第16話 相互触発・点火


「え、兄弟って……」

「ああ、まるでかがみ合わせしたほどそっくりな兄弟だ。おそらく双子だと思う」


 救急車の到着が迫る中、多少落ち着いてきたのか滝田は苦悶に顔を歪ませながら言葉を続ける。夕日も楽にさせるためにも、今ははき出させた方がいいと判断し耳を傾かせてた。


「俺は不意打ちをくらった。あとはボコられるだけだった。あいつら二人は危険だ、この情報だけでも……」

「だけでも、何ですか?」


 ビル街から歩いてくる人影に、その人相に、夕日と滝田は動けずにいた。

 。根本から食い違っている。

 今からここへ歩いてこようとする人物は、夕日にも滝田にも経験したことのない、DNAでも理解できないものがつぶやきながら歩み寄ってくる。


「その情報……一応僕らとしての「ウリ」なので、言いふらされては困ります」


 感情や温度の気配すら感じることができない。

ただ淡々と言葉だけが這い寄ってくる。


「僕らが兄弟、であることは確かです。長男で血の気が多い良介兄さん。キレて何にでも当たるのは本当に迷惑です」


 靴音だけが響いてくる。その隣には妙な車輪が転がっていた。

 火車……大きな車輪が燃え上がりながら、その人影とともに進んでくる。


「次男でスポーツマンな啓介兄さん。あの人の青臭さは多少鼻につきますが」


 ごろり、と車輪がとまった。

 良介、啓介と名乗った少年を少し幼くした顔つきで、着ている服は有名な進学校の中等部の制服だった。


「そして末っ子である僕……繰介くるすけ。自分の名前なのに変というか、馬鹿にされてる名前で嫌いです」


 幼い体躯が一歩踏み出すと、車輪は途端急速回転を開始した。そのたびに、車輪が回転する速度に追いつこうかとするように、滝田は首を横に振る。何かに取り憑かれたように「知らないこいつは知らない知らない」と「」を連呼していた。


「兄どものの後始末はいつも僕なんです。うんざりする。だから気軽にさくっとやられてください。殺そうって訳じゃないです。そこは保証しますよ」


 感情の色が見えない瞳にかすかな赤の色が差し込んだ。

 大きな瞳の中で真っ赤な飛燕が弧を描き、燃える赤と飛びくる赤が弾けあった。車輪は少年繰介の側ではねて勢いをなくしぱたん、とあっけなく倒れる。

 少年繰介と夕日たちの間に入った炎の化身は大きく息をつく。


 突然の乱入者に繰介は若干の苛立ちを整った顔に見せ、こつんとつま先で倒れた車輪を蹴り起こす。円盤がのたうつように回り始め、ホイールが急速に回転し始める。そこから火花を生み、車輪が再点火を引き起こした。

 

 車輪が炎の衣をまとい、手の中で同じく燃える烈火の鎖を握りしめ、なんとか体勢を取り戻すことができた。


「え……藤崎、先輩?」

「咎原部長の読みが当たったんだ。敵はもう一人いるって」


 それに、と息を整えながら、車輪を側にする少年に視線を集中させる。


「……僕の気にしていたこともあったし」


 後ろに控える二人……特に滝田を視界の端に入れてつぶやく。顔色がひどく悪い。傷以上に疲労や出血でもダメージは続いているようだ。


 改めて、車輪を側にする繰介と向かい合った。車輪には何の変化もない。不意打ちで鎖を投げつけたが、ただ地面に転がした、程度にしかなっていないようだった。


「藤崎……彼が、僕と同じ『ソロプレイヤー』の?」

「炎の車輪……それで滝田さんを攻撃したんだな……」


 滝田はどういうことかと繰介と大護を左右見ながら、体に走る痛みに奥歯を食いしばっていた。


「滝田さんが確認できてなかったのも無理はない。滝田さんは知りようがなかった。だって、その火炎でのだから。攻撃してきたのは後ろからの不意打ち。滝田さんの背中にはひどいやけどのあとがあった……」

「すなわち打撃の良介兄さんに斬撃の啓介兄さん。最後に残ったやけどははたして誰が、となりましたか」


 まるで車輪が一礼するかのように円を描いて繰介の前に立つ。


「聞きたい。『自立デヴォイド』の一件は、君らがやっているのか?」


 出回りだした通り魔の噂。そして平然と通常空間で『スティグマカバー』を体現化させる違法の『ソロプレイヤー』。今目の前にいる少年も同じだろう。特に何をするわけでもなく力を……燃える車輪という異物を従えている。


「君の兄さんから、パトロンがいると聞いた。何か……集団か、組織ぐるみで動いているのかと考えるのは、僕がアニメやラノベに影響されすぎているから、かな。おきまりパターン、って感じで」


 遠くからサイレンが響き渡りってきた。救急車が鳴らす音であった。

 ふう、と繰介が吐息を漏らした。同時に側にあった車輪がきれいに火の粉を散らし消えていった。


「語る義理も意味もないのですが……あなたには宿題を出しておきます」


 ビル風が突風となってチリや埃を舞い上げる。その中で平然と立つ繰介はこちらを振り返りながら離れていく。


「あなたが『ソロプレイヤー』であることと、僕ら兄弟も『ソロプレイヤー』であることと。何が違うのか。考えがまとまったら聞かせてください」

「違いって、何の話……」


 口を開けないほどの強風で、立つことさえ難しかった。その風の中、灰色の風に巻かれ、繰介の背中はあっという間に飲まれ、見えなくなった。


□□□


「くそ、脇腹とは狙ってくるじゃねえか」


 ビル群を抜けて走ってきた後、その場にいた鎌田とししねは大護たちと合流できた。だが他に誰の気配も感じられない。


「ししね先輩!」


 駆けつけてきた夕日を抱きしめるように、軽いハグで返し「大丈夫」と肩をぽんとたたいた。ししねは無傷のようだが鎌田は座り込んだままだった。脇腹を押さえている。


「たいしたことじゃねえ。まあひびぐらい入ってるかもな」


 大護の気遣う気配を感じたのか、鎌田は口早に言ってそっぽを向いた。ししねを見ると、苦笑していた。だがその笑みもすぐに消し、鎌田に目を向けて言った。


「しかし、私個人としてはとても見逃していいとは思いません。できればそちらと連携を組んで……」

「すまねえ、断る。こっちから出向いておいてなんだがな……」

 

 一息つくと、鎌田は傷の具合など感じさせない動きで立ち上がった。


「いや、出向いてからこそ、かもな……お前らはちゃんとした「選手」だ。これ以上非合法な連中と……俺らとも関わってほしくねえ。そう思えたんだ」


 眉間にしわを作り、乱暴に前髪をかきあげた。そこには苦渋の決断を絵で作った顔で大護と向き合った。


「……藤崎。お前もすぐに選手になれ。単に俺とのことを急いてるんじゃねえんだ。ここにいるお前を見て、ハッキリ分かったんだ。拗ねてふてるだけに終わらない、取り囲んでくれる周りがいる、ってことにな」

「鎌田……くん」

「滝田のことも世話になった。これだけは言わせてくれ。「ありがとう」と」


 そっと鎌田が右手を差し出した。それに躊躇を覚えたのも一瞬の事だった。

 大護は自然とその手を握りしめていた。


「だからこそこっちは任せてくれ。なんとかする。俺との対決はその後からでも十分だ」

「……僕からは何も確証が持てる言葉は出てこないけど……」


 固く荒削りな鎌田の拳を握り返し、左手を添えた。


「絶対、鎌田くんと戦いたい。ししね先輩との試合を見て思った。もし僕も、こんな風に戦い続けていられるならって」

「……てめえなら大丈夫だ」

 とん、と肩に手を置いて、鎌田は振り返ることもなく街へと戻っていった。

 その後ろ姿が見えなくなるまで、誰とも何も言葉を発しなかった。空は夜へと形を変え、繁華街は無数の色をともしていた。

 今いる明るさのない空き部屋だらけのテナントビルの群れとは正反対だった。


「帰りましょうか」


 ししねが切り出さなくても、いずれ誰かが促していたかもしれない。現実には謎しか残らなかった一騒ぎと、実際に迫る脅威と凶器があることを知らしめた。

 怖い。すぐ側で、あんな物騒な水面下で進んでいたなんて。そしてこれからはどうなるのだろうか。思考を巡らすだけでめまいを覚える。か細い日の差す道から一歩もなく半歩でも傾けば、二度と浮き上がれないものが潜んでいる。


「宿題、か……」


 ぼそりとつぶやく。

 ……あの繰介が出した言葉を思い返す。


 『ソロプレイヤー』である自分と、彼ら3人の違い。どちらも何かといえば法を犯している犯罪者というだけだ。正規の、神聖なるスポーツでありこんな裏があっていいものではない。

 少なくとも、この夜道にはあの背中は見えない。

 日の光があり草の香りがする平原ではない。


「……『コールプレイヤー』か……」


 とんだ距離と時間を回り道に費やしてきたのかもしれない。

 追いつけるなら。今からでも、一緒に走ることができたなら。

 今までなら、「今更と」と、ふてていただろう。今日の出来事がなければ、そのまま拗ねて世間を横に見ていただけに終わっていた。


「……? どうかしたの?」

「ぼうっとこっち見て、どうしたんです藤崎先輩」

「あ、いえ……」


 気恥ずかしくなって視線をそらした。しかしそれは「異性だから」ではなかった。自分を知ってほしいと思える人たちだというだけだ。そこに踏み込むには、若干の勇気が必要だった。

 でも、今ならその勇気をもらっている。ししねや夕日、そして鎌田重郎が見せてくれた「戦士」という最も力強い存在が、今はすぐ側にいるのだ。


「咎原先輩」


 よし。言葉を口にし形にしてみよう。まずはそこからだ。


「僕、『コールプレイヤー』の正規試験を受けたいと思っています」

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