第13話 風を絶つ、氷を屠る・群雄
「先手必勝!!」
深く膝を折り体を伏せた鎌田は、屈伸の運動に似た動きで膝を立たせ上半身を前へと飛ばす。その手の先には細い警棒のような姿のカスタマイズされた『芭蕉扇』のモデルがさらに前へと突き出される。
マットが心臓の鼓動のような音を立ててたわんだ。歪むリングにはね飛ばされたのか、氷の槍を構えていたししねは一瞬宙を舞いリングに身を沈めた。しりもちをつくよう倒れたししねはすぐに飛び起き、険しい目で鎌田を見据えていた。
ダメージの気配はない。それに鎌田は舌打ちするものの、嬉しそうな野生の笑みを浮かばせていた。
「な、何が起こったんだ?」
「鎌田くんの『スティグマカバー』が疾風の類いを飛ばしたと思う……断定はできないけど……」
第二波を警戒してか、ししねは自ら踏み込もうとしない。変わらない間合いを維持しながら、足先をじり……と前に這わせ、微調整を行っていく。
「藤崎先輩、あの……この試合って、難易度はどうなってます?」
言われてリング上に浮かぶパネルを見上げた。
「難易度A……!? 実戦そのものじゃないですか!」
「あ、あの~、すまない。その難易度とは」
少し離れた位置から滝宮が声を送る。
「この『オケリプ』は格闘技のスポーツなんだ。だからある程度選手を守るようケアが施されている。難易度を落としていくほど、痛感は薄くなっていくんだ。加えてダメージは体感できるものだけで、選手が直接けがをするわけじゃない。体力は減るけど……」
「じゃ、じゃあこのAって、実戦そのものって……」
「うん、二人は直に『スティグマカバー』のやりとりでダメージを受ける。ケアはない。食らった一撃が致命傷になる危険もある。……使う『スティグマカバー』が強ければ強いほど、相手にも自分もひどく危険な難易度なんだ」
そうこう言っている間にも、リングからは突風が吹き荒れる。
見ることもできない「風」の塊にししねは動けず、槍を盾代わりに構えるも、足元や腰などガードしきれない打撃を受けて動けずにいた。
さながら「風の拳」そのものだった。槍の防御範囲を外して一撃、また一撃とししねの肩や脇腹、腕などに食らいついていく。制服の布地が引きちぎられ、肌は次第に鬱血で赤黒く染まっていた。
「っはは! これが全国レベルの優勝者か? すっとろくて打ちたい放題だぜ!」
鎌田の突きは絶え間なく突風を送り続けていた。その打撃は氷の槍にも削り出される。
だからだろう、その時聞こえた氷をそぐような鈍い音も、ししねのガードによるものだと思っていた。
「確かに、あなたは強いわ。今あなたのランクは……C。検定を受けなさい。あなたならBクラスのレベルへ確実に入れるわ」
ししねの姿勢は変わらぬままで、鎌田の風による打撃が二度も三度も鈍く氷を圧縮する音を生んでいた。
「はは! 押されっぱなしだと思いきやこっちを持ち上げるのかよ! パネル見る余裕があるってかぁ!? 変わった強がりだなぁおい!」
ガチン! とししねの体勢が腕ごと氷の槍が上に押しやられる。氷の槍には鋭利な牙でかみ砕かれたような傷跡が穿たれ、細かい薄氷のかけらがリングの上を煌めかせた。
「じゃあ本領発揮と行くぜ! この『クイックバラッド』の大爆風で、そんなつまようじみてえな槍ごとへし折ってやる!」
鎌田自身が『クイックバラッド』と名乗った『スティグマカバー』が、折りたたみの傘のようにばらりと広がり、大きな旗となって現れた。まるで団旗の様になびく軌道を追い、立つことすら難しくなるほどの気流が生み出される。
リング外にいる大護たちでさえ目を開けるのも難しいほどの暴風だった。
通常、どんな難易度設定でもリングには見えない壁がリングをコーティング加工し、影響はほとんど……熱や冷気、風などもシャットダウンするものである。
例外があるとすれば難易度Aの実戦設定だが、それでも最低限の防御壁が設定される。しかしこの風はそんな
風が体育館そのものをきしませるほどの暴風は何故起こるのか。
答えは単純明快なものだった。
この風は、
「ししね先輩!」
ししねを案ずる夕日の声もかすれたものとなり、縦横無尽に吹き荒れる風が声をすりつぶした。ししねは立つだけで精一杯となり、なんとか踏ん張っていた足も地面から……離れた。
「そのまま地面にたたきつけてやるぜ!」
乱気流に飲まれ、ししねはリングの上に設置された透明な天井へとたたきつけられる。リングとの距離は10メートル。気流のうなりがししねを天井に結びつけているのか、ししねは一向に動けないでいる。
「っはは! さあてノックアウトといこ……」
荒く息巻いていた鎌田は高く旗を……本来であれば扇の形を取っていたものを天高く突き上げ、その姿勢のままで固まった。
大護たち外野がどうこういう前に。リングの中では氷を砕くような音が鳴り響き、その間隙へと食い込み、四方八方から空気を凍結する音が搾り取られていった。
「雪がきれいな結晶を持って降ってくるのは何故か、それぐらい知っているわよね」
天井にいるししねの言葉が、荒れ狂っていた気流を吸収していく。手に持つ槍が天井に食い込み無数の氷がししねの靴底に張り詰められていた。
「水蒸気を含む空気が上空で冷えて、細かいチリなどを枝葉のように広げ凍る。『過飽和』というものね。それらが密集してくっつき、雪の結晶へと膨らんでいく」
先ほどまでの異音が何だったか。いち早く理解したのは、リングにいる鎌田だった。鎌田は戦慄を顔に出しながら周囲を見渡していた。
「そしてその雪は降り積もり空気が冷えれば氷にもなる。あなたの『スティグマカバー』が存分に空気を書き散らし雪の結晶を育てた。私がこの『スティグマカバー』……『
まるで茨がつたうように、リングの全表面を白く固い氷結が走り、無数の氷弾が芽吹いていた。
尖るだけではなく、一流の鍛冶屋が鍛えたかのような切っ先は、全て鎌田へと向けられていた。それに射すくめられたかのように、鎌田は動けず、ぎしりと奥歯をかみしめた。
「……俺の攻撃を受けていたのは、単純に俺の攻撃を捉えるため、っわけか」
「ええ、あなたの攻撃の速度なら、充分な冷却温度になると思った。そして何度か試した結果使えると判断したの」
「え、試した……? いつ?」
「たぶん、鎌田くんの連打をいなしてた時だと思う。いびつな音が……氷が砕かれるような音がしてた時かな……咎原先輩は風の打撃……正確にはその中に含まれた埃やちりを固められるかどうかを試し、咎原先輩の『スティグマカバー』でなら氷結化できる速度だと判断したんだ」
ししねが防戦一方の傍らで、鈍く音が氷をそぐものに聞こえたのも、今目の前に広がる「氷の箱」の中身を作る一端にしか過ぎなかった。
リング内部に走り回る氷のツタはつぼみを作り、そこからイチゴを連想させるような氷結の弾丸が全て内部……鎌田重郎に向けられている。
天井でリングに刃を立てたままのししねは、下で困惑の色を隠せないでいる鎌田にぼそりとつぶやく。
「できれば打ちたくない。いくらあなたの「風」が優れていても、まともに受ければ肉に食い込み下手をすれば致命傷になるかもしれないから」
「……くそ」
鎌田は無念の気持ちを口に出し、しかし嬉しそうな笑みを口の端に見せていた。乱暴にマットへ『スティグマカバー』を放り投げた。
結果鎌田が『スティグマカバー』を放棄したことで試合はししねの勝利となり、オートモードにしていたリングのコンフィグが自動的にリングを解除していく。
リング内に張り巡らされていた氷は一瞬で溶けて消滅し、弾丸のような氷の塊も姿を消した。
氷も解除され、ししねは軽い浮遊感とともにリングへと降り立ち、制服をはたいて埃やチリなどを追い出す。
「で……あなたの真意はどこにあるの?」
夕日に滝宮、そして大護が後にリングへと上がり、軽く息を乱す鎌田の元に集まった。
「手こずってんだろ? 『自立デヴォイド』に」
ふう、と呼吸を深く落とした後、鎌田はすくりと立ち上がった。今までの疲労など一切感じさせることなく、ふらつきもない。
そして脱ぎ捨てた制服を乱暴につかみ上げると、その中から一つボールのようなものを投げてよこした。大護が慌ててキャッチする。
「それがあれば『オケリプ』やってるからには連中を確実に仕留めることができる」
「え、ええ!? ば、爆弾……!?」
驚きで取りこぼそうとした大護はなんとかそのボールらしきものを抱きとめため息を落とした。
「そんな物騒なもんじゃねえよ。もっといいもんだぜ」
制服には四つ、ソフトテニスで使う大きさと柔らかさを持ったそれを、各々が不思議そうに見える。説明がなければただの黒色のボールにしか思えない。
鎌田が言葉を発する前に、スマートフォンの呼び出し音が鳴った。鎌田はブレザーからスマートフォンを取り出し耳に当て、「分かった」とだけ返して終わる。
「言っていうより実際目にした方が早いだろうぜ。ついて来いよ」
「え……実際って……」
ブレザーの袖に腕を通した鎌田はにたりと笑い、手にしたボール状のものを手の上で弾ませる。
「出たってよ。『自立デヴォイド』がな」
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