第12話 過去からの蛇行・後編

「そういや、ちゃんと名乗ってなかったな」


 第二体育館は主に武道の部活動を行うために設置されている。

 四方を畳、木張りの床などで固められ、空手、柔道、剣道、その他多目的にもうけられた一角などの中心に、『オケリプ』のリングが大きくスペースを取って広がっている。


「さっき藤崎が呼んでたが……俺の名は鎌田重郎かまたじゅうろう。呼び捨てでもなんでも好きに呼べばいいぜ」


 どさり、と重たい音を立てて上着のブレザーが床に落ちる。少年漫画のキャラクターのように着るものに重りでも入っているかも入れない。


「今から試合……という割には落ち着いてるわね。そちらの学校でも部活で『オケリプ』を?」

「まさか。貧乏な学校だからな。稽古は近場のジムでしかやれてねえ」


 だからかも、と付け加えた後、鎌田は高い天井を仰ぎ大きく息を吸う。胸を膨らませていた息をゆっくりと吐いていく。


「こうした場所で試合ができるってのが、たまらなく嬉しいのかもな」

「荒い気性かと受け取っていたけど、取り組む姿勢は真摯なものね。そこは無礼をわびます」


 静かに頭を下げるししねに、鎌田は不敵者の面構えに戻り、からからと笑い声を上げた。


「んな堅苦しいもんじゃねえだろ。俺らが語るとすればな」


 鎌田の言葉にししねは微笑だけを返し、リングの設定に入った。その間鎌田はストレッチなどで体をほぐし暖め始める。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 大護、何がどうなってるんだ?」


 体育館の入り口に息を切らせた滝宮がいた。教室から走ってきたのだろうか。しかし二年生の教室がある場所からはこの体育館の様子は見えないはずだが。


「い、いや。すまん、あの鎌田って奴を通したのは俺のせい、みたいなもんなんだ」

「滝宮くん、の?」

「ああ、すごい形相で聞かれたもんだからつい校舎裏にいるって言っちゃって……」

「せ、先輩! なんでリングをセッティングなんてしてるんですか!?」


 今度は夕日が息を荒げてリング側にいた大護へと説明を求めた。一年生の教室が並ぶ校舎からは防風林越しで様子をうかがえることは可能だが、もうホームルームは始まっている時間だ。抜け出してきたのだろうか。


 しかし夕日はとなりに立つ大護の横顔を見て、不安そうに見上げた。


「……ほとんど僕のせいかな、今回は。曖昧な答えや煮え切らない気持ちのまますごしてたから」


 あはは、と大護は苦笑を漏らす。


「わ、笑ってる場合じゃ……これ顧問の先生も知りませんよね! 勝手にリング使うだなんて……!」

「うん、分かってる。だから今回は僕に責任を取らせてほしい。全部、僕のせいだから」


 マットの上に淡い粒子が気泡のように舞い上がっていく。間近で見上げると、まるで海の底へと潜っているように思えた。

 だが、隣人はそんな心境ではなかったらしい。


「……藤崎先輩。見損ないました」

「え……」


 夕日を振り向くと、こちらをまっすぐ見つめる瞳が大護の心を貫通した、そんな痛みを覚えたものだった。


「藤崎先輩が一人良い子ぶって背負って、それでどうなりますか。不当に体育館を、リングを使用した事実は変わりません。いくらししね先輩が藤崎先輩を機に動かしたとしても、無断使用はどんな理由があれ罰せられます。それに今はホームルームの時間ですよね。今私がいうのも説得力ないですが、その間どうするつもりだったんですか」


 矢継ぎ早にまくし立てられ、大護はぞくりと冷たいものを感じた。

 現実、現状という目の前の罪状リアル

 自分の体内だけで加熱されていくものが、冷たい空気に当てられ、熱がはがれていく。


「それで自分が悪いから一人ですませる、ですか。じゃあそんな先輩を心配する人たちの気持ちはどうなるんですか! 全員のでもあるのに罪総取りして他の人の罪悪感はどうやって払拭できると思うんですか!」


 夕日は半ば涙混じりの目を開き、鼻声になって続けた。その後ろにいた滝宮もまた、こくりとうなずいた。


「じゃあ俺の場合は共犯かな。罰なら一緒に受けるべきだ」

「……っ」

「今、俺のことは関係ないって言いそうになってたと思う」


 大護が声を上げる前に、すとんと滝宮の言葉が落ちた。


「……軽はずみだと、認めてくれますよね」

「……ごめん」


 大護の顔から曖昧な苦笑は消え、謝罪のため以外何ものでもない言葉をつぶやいた。


「外野が盛り上がってるが、まあそんなしけた面すんなって。祭りだよ祭り。『オケリプ』ってのは祭りなんだ。誰が一番強いやつなのかを決める、にぎやかな喧嘩だ」


 すでにリングに上がり、腕時計式の『デヴォイド』を調整しながら明るい声で言う。


「そうね。夕日は少し真面目すぎるところもあるから。でもごめんなさい。心配かけちゃったね」


 同じくリングに上がりながらししねが会釈を見せる。夕日は手に持っていたハンカチで顔を覆い、そのままこくりとうなずいた。


「藤崎くんも。一度反省したなら引きずらないこと。もちろん、私も一緒に謝るから」


 その言葉を聞いて大護ははき出そうとしとした謝罪の言葉を飲み込み、「はい」と大きくうなずいた。今必要なのは謝罪の言葉ではない。目の前の現実を、自らのものにするという不安で後ろめたい事実を起こした、その自覚だ。


「よお、話はすんだか?」


 鎌田はカッターシャツを脱ぎ、タンクトップ姿となりシューズから靴音を鳴らせる。


「へえ、いいリングだな。シューズも手入れが行き届いてやがる」

「褒め言葉なら嬉しいわ。でも、今は言葉ではなく「こちら」よね」


 青いフィールドの上で固く重たいものが凝縮されていく。圧迫の音がししねの手のひらの上に、氷の姿となって広がっていく。

 始めはナイフのような形状から、次は野太い棍棒のようなものに代わり、氷がはがれてリングの青色に反射されていく。

 その瞬時、棍棒はせり上がり鋭利な先端を持つ円錐形の形へと姿を変貌させ、大きさも80センチはあるだろう長い獲物へと氷を爆発させた。


「へえ……それがあんたの『スティグマカバー』ってか」


 『デヴォイド』に眠り、『インデコ』により調整され、リング上のみで生まれ出る様々な武具。それが『スティグマカバー』と呼ばれる固有の能力だ。

 武器となり盾にもなり得る、自分独自の戦術が試されるものが能力を使いこなす知恵と技術もまた必要とされる。つまり『デヴォイド』に眠る『スティグマカバー』の力を最大限にして行使することが必要になってくる。

 そして……


 大護としては二度目となるししねの『スティグマカバー』だが、『自立デヴォイド』の一件で素直にこの力に……カバーのに絶対の信頼をよせていいものか。不安になるものがあった。

 

 千差万別、神々の力から悪魔の能力、過去時代を駆けた武勇の戦士たちから力の一部を我が物とし、超常の力としてリングの上のみ許可され、その戦いを自身をカスタマイズする競技。それが『オーケストラ・リプレイ』。


「さて、ルールははしょっても構わないかしら。1ラウンドのみで時間は3分。先生たちが駆けつけてくると面倒だしね」

「っは! 自信家なんだな。俺を3分以内にやろうってか」


 鎌田の腕時計から「ねじ」のようなものが引き出され、二段に伸びた特殊警棒へと姿を変える。本来腕時計などには入りきらない長さを持つそれは、持ち主の鎌田の前髪を揺らす送風をまとって現れた。


「相手は風が武器、か?」


 動こうにも動けなかった滝宮は結局観戦を決め込んだようだ。


「……『芭蕉扇』、がモデルのシリーズなんだ。市販されてる中でも人気があってほとんど出回ってないものだけど」

「それって……『西遊記』とかに出てくる『芭蕉扇』か? その割にはスリムな……」

「鎌田くんが独自に特性を操作して今の形になったんだ。本当は大きな扇の形で見栄えするのがセールスポイントだったんだけど」


 青い光の粒をまき散らす風を纏いながら、鎌田は大胆不敵に歩を歩めていく。

 それを迎え入れるように、ランスを片手に一礼し、両者は互いに腕が届く範囲の開始点へとシューズのかかとをそろえた。


『試合開始』


 電子音が鐘の音が鐘を鳴らし、マットの上は荒れ狂う気流で満たされた。

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