第11話 過去からの蛇行・前編
いつもと変わらない朝の喧噪。ホームルームが始まる前の自由時間をフルに使おうと、女子のおしゃべりや、男子のおふざけで賑わう。
昭氏滝宮も昇降口から上がり、その喧噪を心地よく耳に入れていた。
だが、2年C組……彼、昭氏滝宮のクラスの前には周囲とは違う異質なざわめきが淀みのように流れていた。
「おーい、昭氏ー」と小声で呼ばれ、滝宮は振り返った。クラスメイトの一人が声をかけて、そっと近づいてくる。
「お前、「アレ」の知り合いか?」
アレ? そう言われ、クラスの前にできた人垣の奥に目をやった。
詰め襟の制服とは違う、ブレザーの制服を着た男子生徒が腕を組み、教室の入り口で仁王立ちになっている。
足を肩幅程度に広げ、ぎっしりとした腕を組み、険しい相貌を左右に光らせ立つ男子生徒は、暴威そのものだ。すくなくともこの2年C組に入りたい生徒にとっては不動明王の足下をかいくぐるような心境だろう。
ともあれ、このようにギンギンと視線を飛ばし続けるブレザーの男子がいる限り、周囲の緊張感は溶けないだろう。滝宮はちいさく息を落とし、人垣をすり抜けて男子生徒の前にた立った。
「やあ、おはよう。君は……」
「あ? 誰だてめえ」
開口一番、こちらからフレンドリーに接しようとしていた滝宮の出鼻がくじかれる。それに聞きたいのはこちらの方だ。
「あ、ああいや。ここに立ってても他のみんながちょっと気をつかってしまうかなぁと」
「俺のことは気にしねえで、遠慮なく入ってくれ」
それができない雰囲気にしているのは君なんだよとほほ、と滝宮は肩を落としていた。
「ところで、他校の生徒みたいだけど、何しにきたの? そっちの学校は休んで来たのかい?」
「……探してる奴がいる。それはこのクラスにいるって聞いたぜ」
「うちのクラスで探してる? 誰かな?」
「ああ、藤崎大護っていってな」
□□□
「ここなら誰かに聞かれることもないわね」
校舎裏の空き地にて、ししねはまだ一言も発していない大護へと振り返った。
大護は手を握りしめたまま、唇を固く閉じて横一文字にしている。
だが顔はうつむくことなく、まっすぐに目を前に向けていた。
その視線の先、咎原ししねは小さく息をついた。
「正直何から聞けばいいのかも分からないのだけど……藤崎くんとしては、どこまで話してくれるかしら」
「返答可能な限り全てを」
淡々と返ってきた答えに、ししねは腕を組みしばし無言を身に纏った。今日は残暑がいつもより高く残っており、校舎の日陰に入ってはいるものの、風ひとつなければあっという間に汗だくになってしまう。
ししねはハンカチを取り出し、額をぬぐいながら頭の中で情報を処理し、最適化して質問を組み立てていく。
「じゃあまず……あの独りでに動く『デヴォイド』。あれは何なの? 助けに入ってくれた時、あなたは「あれ」を見てたじろぎもしなかった」
ししねはその時に見た大護の戦闘力と、何故『ソロプレイヤー』なのかという質問は後回しにした。それらは直接大護に聞けばいい。だがあの電撃の『デヴォイド』が残した言葉が忘れられない。
そう、俺らは中身さ。テメエら人間が抜き取った過去の英雄や悪魔たちの要素それだけを抽出したカバーの中身……つまりは『スティグマ』サ
今でも背筋をざわつかせる、蛇のような身のくねらせ方と合成音で笑う声は、ししねの体にまとわりついて離れなかった。
「単独で動ける『デヴォイド』、ですね。あれ自体に関しては、僕も完全に詳細を把握しているわけではありません。ですが、「あいつら」と向かい合うのは初めてではありませんでした」
ししねは口には出さず、のどに固い息を飲み込んだ。やはり……そんな心境になった。
初めて見たししねは混乱を起こし冷静な判断ができなかった。ただ恐怖で震えるだけに終わったのだから。
「僕は「連中」と相まみえるのは初めてじゃありません。……ここに転入する前に……」
「探したぞ藤崎」
やや言いよどんでいた大護の言葉を、後ろから野太く大きな声が押しだした。
ししねが「誰……」と口にする前に、大護は振り返ってぴくりと眉の端をつり上げた。
「鎌田……くん?」
「ここいらで例の『自立デヴォイド』が出たって聞いてな」
ししねの頭の中で『自立デヴォイド』の言葉に、昨日の電撃の『デヴォイド』がぴたりと頭の中で当てはまった。
「ん……? あんた、確か……」
ししねの存在に今気づいたかのような口ぶりにしばし沈黙をはさみ、
「前回の全国大会の優勝者か。確か、咎原ししね……だったか」
「今回も自己紹介はなしで手間が省けたけど、ずいぶん踏み込んでくれるわね。今私は藤崎くんと話しているの。何故他校の方がいるのか分からないけど、遠慮してもらえるかしら」
加えてこの鎌田という少年も事情を知っていそうだ。彼からも話を聞かねばならないだろう。
だが、不遜とも言える仁王立ちのような風体からは、とても身を引くという雰囲気のかけらすら浮かんでこない。ここは俺の縄張りになった、よそ者は黙ってろ、と言わんばかりのふてぶてしさである。
「藤崎。俺も全て把握してるわけじゃねえがお前……まだ『ソロプレイヤ-』なんてやってるってな」
「……」
眼光するどく大護を射貫いた視線は、無言のまま真正面から受け、しかし大護に言葉の引き出しを開こうとはさせない。
それにふん、と鼻息あらくする鎌田は苛立ちをあらわにした。
「てめえいつまでふて腐れてやがる。あの時もそうだったな。てめえは一人で突っ走りスタンドプレイ。こっちの連携もクソもねえ。それで『自立デヴォイド』はなんとかなったが、言ったはずだ。お前には、正式な『コールプレイヤー』になるべきだってな。その『デヴォイド』を使っている限りならな」
「……」
わずかに、一瞬だけ大護の顔が影を生んだ。だが微風がふわりと舞い上がった後には、大護の視線は再び濁りなく鎌田へとまっすぐに向けられていた
「そしてそこで俺とケリつけようぜってな。それがまだ無視されてるってんなら頭にくるのは当然だろうが」
憤りを隠せない鎌田の怒り、憤りは表情を歪ませ固く握った拳を震わせた。そしてそれに対し何も返答しない大護の間には、目に見ない空気のきしみが生まれてはねじれ、音すらはじき出されそうなほど、緊迫感は膨張していた。
「その前に。鎌田くん、といったかしら」
ししねの声が冷風代わりとなったか、ぶつかり合う視線は消滅し鎌田はうっとうしいものを見る目で視線だけをししねによこした。
「藤崎くんはうちの『オケリプ』部の部員です。彼に用があるのでしたら、まず私から話を通してください」
大護は身に覚えのない言葉だったが、ししねは視線だけを送り、大護はこの場では沈黙を選んだ。
それに特別なそぶりも見せず、いつも通りの落ち着き様で告げるししねに、鎌田はのどの奥をくつくつと鳴らして笑う。
「つまりは……チャンプ。あんたを倒せば藤崎への用事はかまわねえってことだな?」
「話が早くて助かるわ。リングのある体育館へ案内する。今日は授業さぼってね」
そんなことをすれば教職員たちが黙っていないだろう。勝手に体育館のリングを起動させるのも校則違反だ。
しかし、今は時間が惜しい。正確な情報を得ることが最優先と言えた。
「藤崎くんには教室に……」
「ついて行きます。この一連の騒動には、僕も含まれるものですから」
いつもの大護じゃない。無邪気で無垢な、『オケリプ』に対し情熱を燃やす少年が放つ気配ではなかった。
今は、さび付いた鎧を身に纏ったブリキの兵隊だった。彼の見知らぬ過去が、体にブリキを吸い寄せ、表情も組み上げてあしらわれた能面となっていた。
前例がある。『独立デヴォイド』の騒動。これを今は解き明かさねばならない。
ししねの後ろに続いて、鎌田、そして大護が体育館に足を踏み入れ、リングに電源がともされた。
誰も言葉を発することもなく、大護はただリングの側にたたずみ、ししねと鎌田の対決を見守ることしかできなかった。
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