第10話 呼び声もなく・破損
和尚からある程度は聞いていた。
その男は飄々と街を渡り歩き、そこで開催される『オケリプ』に参加し賞金を得て日銭で生きる、金稼ぎのような生き方をしていたと。
『コールプレイヤー』にはならず、彼が望んだのは、『スティグマカバー』との絆だという。
荒唐無稽、という言葉が頭に浮かぶ。『スティグマカバー』との絆? とオウム返しに言ったことを覚えている。
『スティグマカバ-』はただの媒体だ。英雄悪魔、神々の力を引き出すだけの装置にすぎない。それに、意志の疎通でもはかろうとしたのか。
『スティグマカバー』の中身。それは歴戦の強者の一部分がインストールされているだけに過ぎない。そんな「部品」と交流を見いだす?
しかしその男は朗らかだったという。
□□□
電流をほとばしらせる電撃の『デヴォイド』からは軽口はなくなった。それは、相対する者への警戒心がそうさせていた。
「テメエ……何で『インデコ』モなく直に『デヴォイド』から力を使ってイル?」
伺うような声に、大護は黙ったまま、火が揺らぐ野太い鎖を握りしめているだけだった。
「フン! まあイイサ。俺ガ楽しめりゃナンデモいいのサ!!」
電撃の『デヴォイド』は、体中に纏っていた電流を竜巻のように練り上げた。離れた位置からでも肌の表面が痛みを覚えるほどのものだった。これが直撃すれば……竜巻はどんどんと膨らみ、人間と同じ大きさへと規模を広げていた。
回避しなければ感電程度ではすまされない。衣服は焦げて肉はあぶられ、内蔵はショックで機能を停止するだろう。つまりは死そのものになる。
大護の後ろにいたししねは、すぐさま逃げろと自らも立ち上がろうとした。しかし、自身の体が感じ取った危機感が体を縛り、膝が震えていることに気づかなかった。
リングの上でなら自在に身体能力を引き出せる。『スティグマカバー』の性質を駆使した戦術はいくつも並ぶ。
しかし、ここはリングではない。
たったそれだけの状態が、ししねの自由を奪っていた。
「ふ、藤崎くん……逃げて……」
かすれた声を出すのが精一杯だった。意識を失った女性も安全な場所へと避難させる必要もある。だが、返ってきた後ろ姿からの声はししねの声よりも鋭く、どっしりと構えたものだった。
「咎原先輩は動かないでください。ここで死守します」
じゃらりと流れる鎖を握り、大護は振り返ることもなかった。
さらに電圧を高めた竜巻がうねりを上げ、電撃の『デヴォイド』はくつくつと笑い出す。
「間抜けヲ超える間抜けガ現れたナ。とりあえず、死んでオケよ!」
暴風が稲妻のうねりをさらって地面を滑らせた。コンクリートの床には小さな亀裂が走り破片を弾き飛ばして突撃する。
竜巻は身をくねらせ、電流の頭の深淵で大護を飲み込もうと大きく伸びた。人が簡単にすっぽりと収まるサイズまで成長したそれは大護の真上から降りかかろうとする。
大護は足を大きく開き、自らの手に揺れる火を、鎖を、大きく空けた口に満身の力で食らいつき、かみ砕く勢いで歯に食い込ませる。
歯茎までむき出しになった口の中で、大護は思い切り鎖を引いて火花を散らした。
歯と鎖の間から飛び出る火の粉は一つ二つと重なり、燃え上がる赤の揺らめきは次々に連鎖してつながり広がった。
顔の半分を燃える赤に染め、全て大護の牙から研がれた鎖は火炎の鞭そのものへと変貌した。
「おおおお!!」
体の半身を火に宿した大護は、真上へと迫っていた電撃の竜巻に向け、紅蓮の鎖を振り切った。
鎖はうねる電撃の気流へと吸い込まれる。火も暴風に消えたのか。しかし鎖が電流の中に消えた後、鮮血のような衝撃が内部からはじけた。
赤く突風を弾けさせた轟音は、電撃の渦を粉々に四散させた。
ひしめく電気のほとばしりを散らした後、舞い吹雪く火の粉にあてられ消滅していく。
「な……!?」
電撃の『デヴォイド』に顔があれば、困惑の色を濃くしているだろうか。そんな驚きの声だった。
大護はその怯みにつけ込んだ。さらに足を踏み出し火炎の鞭を電撃の『デヴォイド』に向け真横にしならせた。
電撃の『デヴォイド』は迫り来る赤い鞭に、防御を固めようと体全体に電撃のスパークを纏った。
炎の鞭は、その電流の鎧をあっけなく砕いた。ただ力任せに打ち出したものではない。鎖が稲光の渦に接触した際、電撃の渦を破った時のように、内部から熱が膨らみ自ら纏う暴風の鎧を膨張させ、小規模の爆発を起こしていた。
鎧をなくした電撃の『デヴォイド』は、頭部にあたる鉱石の飾りの半分を夜空へと散らかした。
こつん、と軽い音が地面に転がる。
「な、んで……」
合成音も途切れかけ、地面には起き上がる姿も想像できないチェーンは、もうすでに役割を放棄したように動く気配を見せなかった。
「……お前は自分の体に電流を纏った。そこには熱が発生する。磁場が発生するんだ。『ジュール熱』って知ってるか。電流が発生した際、その中央に生まれる熱のことだ」
大護の手の中で燃えていた火が落ちて、鎖は揺らく赤の色を失っていく。大護の顔半分に宿り揺れていた炎も鎮まっていく。
「すでに熱を自ら発生させている物体にさらに熱を加えればどうなるか。答えは見ての通り……自らの許容量を超えた、単なるオーバーヒートだよ」
返事はなかった。今地面に転がっているものは、半壊した単なるペンダントでしかなかった。
「割り振れるポイントが妙に少なく、中途半端に入っていた理由はこれのため、なのかしら」
ようやく調子を取り戻したししねは立ち上がり、ふうと大きく息をついた。
「あなたが『ソロプレイヤー』だった……そこまでは、和尚様には聞いてなかったけど」
破損選手。『ソロプレイヤー』とは汚名そのものだ。
無許可で『デヴォイド』に手を改造する。通常空間でも「力」の使用が可能になり、今回のような「力」をもって暴力に訴える。すなわち無法者。
公式運営からは『オケリプ』参加権利は剥奪され、本来なら二度とリングに立つ事はできず、『インデコ』も『デヴォイド』も没収される。
だがそれでも『オケリプ』の力に魅入られた者たちは、また不法を犯し『デヴォイド』を入手、力を持つこと自体が目的となり魅力でありステータスとなる。ほとんどが重犯罪者として取り締まり、逮捕に至る。致死にいたる可能性も含むため、15年以上の懲役か5000万以上の罰金をくらうこととなる。
「お寺に帰るふりをして山道を通り、街中で起こっている異変に目を光らせていた……飛び込んできたのも、街へ通じる旧山道だったみたいだし」
ショッピングモールの一部は山沿いを切り開いて開拓したものもあり、本来のハイキングコースのいくつかは閉ざされてしまった。女性が追い込まれたバックヤードにも、柵で仕切られた向こうに山道らしきものを見ることができた。
「もうすぐ警察が来るわ。あの男のことは私がなんとかする。その後でいい。明日、学校で会いましょう。その時にじっくりと聞かせてもらうから」
ししねの言葉にただうなずいただけの大護は、フェンスを跳び越え獣道へと姿を消した。
生ぬるい風が、血のにおいを運んで胸の中に泥を塗ったような気持ち悪さを感じた。微風に草木が揺れた後、慌ただしく現場へと警察が駆けつけサイレンが鳴り響いた。
この街でまた新しく傷が残った。しかし、微熱を発火させ、炎上させる鎖がその根元を焼き払った。
事情を聞きたい、という事でししねはパトカーへと乗せられた。そのさなか、考えていたことはただ一つ。電撃の『デヴォイド』が放った言葉にあった。
そう、俺らは中身さ。テメエら人間が抜き取った過去の英雄や悪魔たちの要素それだけを抽出したカバーの中身……つまりは『スティグマ』サ。
犯人は確保された。だが、犯行はまだ続くと思えた。「俺ら」と言った電撃の『デヴォイド』が……つまりは『スティグマ』そのものが意志を持つという、この事件の性質が本来あり得ない。ナンセンスといってもいい。
しかし、目の前で、自分の目でみてしまった。
夕暮れはとっくに終わり、ひんやりとした夜が上空を支配していた。
聴取は長くなりそうだ。しかし明日、学校へ行かなくては。
「『スティグマカバー』……『スティグマ』との絆、か……」
夜景を流していく窓を見ながら、ししねはぼそりとつぶやいた。
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