第4話 鉄鎖を知る仁王・導入編
「あ」
校門を出て路地を歩くさなか、談笑していたししねは突然足を止めてしまった。
「どうしました、先輩」
話し相手だった夕日が小首をかしげた。そしてその女子トークに入り込めなかった大護は後ろで一人歩き、頭の中で『ポケモンいえるかな?』を合唱中メノクラゲで止まってしまい考えるに終始していた。
「ごめんなさい藤崎くん」
「めのー、メノー……あ、はい?」
顔を上げると申し訳なさそうに手を合わせて眉を難しそうによせるししねがいた。
「ごめんなさい、帰りに寄る場所があったの。そこの用事を頼まれてて……」
「あ、そう……ですか」
転校初日、女子と帰路につくという人生初の特大イベントが発生したのだが、入り口もなく終わってしまったらしい。
「あ、もしかして氷室さんのところですか?」
夕日がぽんと手をたたくと、大護に振り返り遠慮の笑みを浮かべた。
「なら是非藤崎先輩も一緒にいった方がいいですって!」
「え、ええ!?」
今困惑しているのは、提案がとっさのものだったのかそれとも、ぐいっと腕を引っ張られ女子の体に触れることができているからか。
それとも女子生徒の、後輩からの「先輩」とつけて呼んでもらえた現実が、大護の脳裏にエンドロールを流し始めていた。
「まあ、藤崎くんのご予定に差し支えなければ……確かに今後のためにもなるかも、だけど」
ししねが大護を見やるが、大護は感極まりないという表情で空を眺めていた。
「これから『オケリプ』の選手養成所……つまりはジムに寄るのだけど、もしよかったら藤崎くん、どうかな。見学だけでも大きな収穫になると思うわ」
「……。え、養成所?」
幸福の金縛りから『オケプリ』という単語が頭に入り込んでいき、幸福云々は押し出され消えていった。
「ええ。「氷室総合ジム」といって、このあたりでは有名なジムなの。かく言う私も以前そこに通っていたわ」
懐かしむように言うししねに、大護は小首をかしげた。
「通っていた、ということは、今は?」
「学校での作業が多くなって、受験も控えてるし、館長と相談して一時的に離脱してるの。そのジムで汗を流したのは一年ぶりになるかしら」
落ち着いたらまた通いたい。そんなニュアンスを言葉の端に乗せていた。遠くを見る目を横で眺めながら、大護は改めて底知れなさを垣間見た気分になった。
この人は、たぶん永久に戦い続けるのだろう。何と、誰とも分からないのに。
会って間もない、試合すら見たことのないつかの間の人物だというのに、大護の想像は簡単に浮かび上がっていた。
「それでですね、藤崎先輩。そのジムの館長がすっごく……すっごく……?」
まだ大護の腕を拘束している夕日は言葉を詰まらせながら、視線をあっちこっちに飛ばし始めた。
「え、えと……強い、とか?」
「強いのも当たり前なんですけど、えーっと……うまく言葉にないなあ」
「ひょ……ひょっとしてすっごく怖い人とか?」
今のご時世でも竹刀片手に大きな怒声で生徒を絞る。そんな平成初期でも分からない熱血指導者を想像させた。
「いえいえ、館長はすごく優しい方です。指導もきっちりばっちり。各言う私も時間があれば通っているんです。それに館長はみんなから慕われてるんですよ?」
「へえ……じゃあ会ってみたいなぁ」
□□□
「石井てめえ何サボってやがる! 足運びに意識飛ばせっつてんだろぉ!! あと新島、何だその切れ味のない拳は! てめえで徒手空拳選んだんだろ! だったら試合の成果でてめえの選んだ責任果たせぇ!!」
……何故だろう。見たこともないのにステレオタイプ像がここまでぴたりと頭の中で一致する現象。それに名前をつけたかった。
「おら木下!! 打撃出した後相手の動き予測しろっていってんだろ! 相手がてめえの拳に当たってくれるとでも思ってんのか、あぁ!?」
「かんちょー!」
鳴り合う怒号の指導と気合いの、腹の底から出た返事がジム内に響き渡っている。いや、もうそれ以外の音が聞き取れない。その中で夕日があげた声はすぐに埋没した、かのように思えた。
しかしそこで、長身の男性が一人、夕日の声に反応した。握りしめた竹刀を片手に入り口で待っていた大護たちへと振り返った。
「おう、夕日と咎原じゃねえか。どうし……ん? なんだ男連れか?」
「へ? い、いえ自分は……」
「あぁ? 男なら毅然と背筋張って腹の底から声引きずり出せや!!」
「は、はびぃぃぃ!!」
返事なのか悲鳴なのかも分からない謎の声がのどを破りそうになった。
「よし、休憩時間とする! 各自体のメンテナンスを怠るな。水分も取っておけ」
生徒たちの大きな声が重なり合い、びりびりと床を伝いしびれが足下からやってきた。
間違いない、体育会系だ。テンプレ通りの根性道場だ。飴と鞭、ではない。鞭と鞭とまた鞭だ。残念ながら大護にはそんなプレイは高等テクニックして認識されず、「プレイエリア外です」としか表示されなかった。
その大男……身長は180を超えている。二の腕の筋肉は樹木のごとくふくれあがり、胸板は鉄板が豆腐に思えるほどの強度を張り出し、足も太くジャージの外から見ても脈動する筋肉が張り詰められていると容易に想像できた。
「ご無沙汰しております氷室館長。お忙しい中、時間を割いてくださり感謝いたします」
「んなかたっ苦しい挨拶はやめろ……こっちが対応に困るだろうが」
ししねのしとやかな身のこなしに、館長氷室は困り顔で頭をぼりぼりとかく。
「本日はメンテナンスを頼まれていた『デヴォイド』のお返しに寄らせていただきました」
ししねは鞄の中から小さなケースを取りだし氷室に渡す。菓子折の箱のようにも見えるがこの氷室という大男が持つと、マッチ箱のように思えてしまう。
「おお、そりゃ助かるぜ。ここの連中荒っぽいからなあ。メンテさぼってたらすぐだめになる」
その言葉に生徒たちから「かんちょーがあらっぽいんです!」「壊すほど練習するのが基準っておかしいでしょ~」と気さくさを交えたヤジを飛ばす。それに氷室は「う、うるせえ! 壊れたら直しゃいいんだよ!」と図星を突かれた様子で言い返した。
そこには「自分を偽らない」という元でできた信頼関係を、はっきりと感覚で捉えることができた。だからこそ、こんな強い言葉をもらっても選手たちは歯を食いしばってついて行くのだろうか。
「おい、そこの坊主。お前も『オケリプ』……ん?」
ジムを見回していた大護に氷室の視線は大護の左手首に向けら得た。
「……お前、名は?」
「は、はい! 藤崎大護、でうす!」
声と視線にプレッシャーを感じ、姿勢を正し腹の底から声を出す。かんでしまったが。
「藤崎……お前か、
「は、はい! お、おしょしょー様とはお知り合いで!?」
器用な言葉の詰まらせ方だった。しかし黙っていると間が持たない。大護は即座に返事を返すが、氷室はしばし考え込むようにあごに手を当て黙り込んでしまっった。
「あの……館長?」
「……。大護といったか。どうだ、ちょっとここで軽く撃ってみないか?」
太い笑みが氷室の口元に浮かぶ。
「ここは見ての通り、全員が徒手空拳のプレイスタイルを持ったジムだ。選手の中には歴代の剣士の剣技を使うものもいれば魔術のような飛び道具をもつものもいる」
確かに、ストレッチを行い水分補給にいそしむ生徒たちは何も手にしていない。強いていうなら拳にバンテージを巻いていることが共通点と言えた。
大護と氷室のやりとりを後ろから見ていた夕日はこっそりとした声で、
「左門時、さんって誰ですか?」
「お寺の和尚様だけど……館長、お知り合いだったのかしら」
ししねも聞いた覚えはないらしい。
そしてそれ以前に。大護はこちらに来てからまったく『オケプリ』の試合も行っていない。一言も話しておらず誰も知らないはずである。
大護自身の武器が何であるかを。
「え、えと……それはむしろありがたいのですが、なんで……僕のプレイスタイルまで? 和尚様に聞いたのですか?」
「はは、あの破戒僧は携帯もスマホも使えない機械音痴だぜ? 聞いたんじゃない、知っているんだ」
大護の左手首に巻かれた『デヴォイド』を指さし、氷室はかすかに憧憬を交えた目を向けた。
「知ってる……?」
「ああ、お前の『デヴォイド』を使っていた男、をな」
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