第2話


ふと聞き慣れた犬の声がして、顔をあげる。

気付けば家の前に着いていた。


今ならまだ間に合う。

もう一度駅まで行って電車に乗れば、今日こそ学校に行ける。


そんな事を頭の隅で考えながら家のドアを開けて、中に入る。


玄関で立ち止まる私の足元を素早く走り回る茶色。

いつからか笑わなくなった同居人の女性。


「ただいま。」


誰かに言ったわけではない。

返事がほしいわけでもない。


ただこの家が私の帰ってくる場所だと信じていたい。


リビングの椅子に座って赤いエプロンを身に纏った女性は私のほうを見つめ、恐らく昨日と同じことを言うであろう口を開いた。


「いつまで続けるの?

駅まで行って帰ってくるくらいなら最初から行かないで勉強追いつけるようにしなよ。

その時間が無駄だと思わないの?」


思わないよ。

声には出さずに心で叫ぶ。

無駄だとは思わない。

思いたくない。


私が学校に向かって歩くことが無駄だったら、私は今一体何のために…


緩んだ涙腺を笑顔で隠す。


「そうだね。 ごめん。

勉強するね。…ごめん。」


女性は悲しそうにこちらを見つめ、台所へ消えた。


静かに階段を登り、2階にある自室へと向かう。

窓を開け、縁に足をかける。


あと一歩。

あと一歩で、ここから落ることができた。

あと一歩で、電車に乗ることができた。


あと一歩、踏み出す勇気が私にあれば。


楽になれる気がした。


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