事実

「キミィ。この話をするには先ずは話を本筋から脱線させなければいけない」

 クラリスは、ジッとモニターの向こうを無言で見つめるとシオンの背を押してキミィの隣の席へもう一度促した。


「キミィ。これは魔王との決戦の直後からの話になる。まだ……ボクが人であった頃だ。同じ頃、君はアポトウシスの魔族絶滅隊の隊長として……あらゆる国の魔族残党を追っていた」

 その言葉を聞いて、キミィはカイイの言葉を思い出していた。


 ――あいつ、魔王の肉片を持って帰って。


 そして、その言葉が繋がった時二人にもう言葉はいらない。


「そう……僕はあの戦いの後も、魔王の生体についてずっと研究を行っていたんだ。僕はまだしも、キミィ、カイイ、バティカ。間違いなく世界で1~4の順位が付く猛者を相手に互角以上の戦いを三日三晩休む事なく続けたその生命力……ボクの研究に絶対必要な情報だった。だから、妖魔城の跡地から魔王の情報を捜し続けていた。

 ところで、ねえキミィ? 」

 突然話が転換して話が自分に振られたキミィは「何だ? 」と言葉短に応えるしかない。

「魔王と闘った場所を憶えてる? 」

 その言葉を受けてキミィは頷いた。

「魔王の待つ間まで行く前の吹き抜けの広場に魔王自身から赴いてきたんだ」

 そして、キミィの言葉を代弁してアレクが話しを続ける。


「そう。あの時、バティカが相当に驚いて魔王が自身の間から出た所を初めて見たとまで言っていたよね?

 実は、あの間に……正確にはあの間の更に奥に在る祠に……彼女は居たんだよ。ボク達が魔王と闘っていたあの時から……ボクがその祠を見つけ出すまで……

 魔王の命令で……或る物を護り続けていたんだ」


 話は核心に迫っているのだろうか? 場の空気が重苦しいそれに変わっていく中、コンピューターのファンと、内部の機械音が耳障りな程煩い。


「……ここでまた話は変わるけど」

 そんな空気の中、そう言ってアレクは自ら話の腰を折った。それに流石に呆れたのか、キミィが「おい、アレク」と険しい顔で返すが彼は気にも留めない様子で続ける。

「キミィ、クラリスは君よりも強いかい? 」

 しかも、その質問があまりにも今、この時、この状況で行われるモノじゃなかった。

 だから――キミィが気付く。この会話にも意味が在る事に。


「……正直、万全の体調でも互角にもっていけるかどうかだろう」

 その言葉を待っていたかの様にアレクは間を空けずに質問を続ける。

「じゃあ、彼女は魔王のチカラをどれ程分けられた存在なのだと思う? 」

 今度はキミィがその言葉に息を呑む。先日のクラリスとの戦闘を思い返す。そして、ふと彼女の方を向くとそれに気付き、穏やかに手を振って来たのですぐに目を反らす意味でもアレクのモニターに向き直った。

「……私は不覚をとった――が、あの時代のカイイやバティカ、そしてアレク。それとたった一体で互角以上の戦いを繰り広げた事を考えれば……恐らくは2割程度のチカラだろう 」

 その言葉を聞いて、アレクは解答を渋った。いや、渋ったのではない。彼も言葉が見つからなかったのだ。それ程にこれは衝撃的な事実なのだから。

 それを察したクラリスはモニターに一歩近づくと、静かに語った。


「ワタシは、父上の小指から生まれたのだよ

 つまり……」


 そこまで、彼女に言わせてしまった後悔の念からか。アレクも同時に口を開いた。

「そう、彼女は魔王の小指のチカラなんだ。それは、きっと割という言葉では大き過ぎる割合ものになってしまうだろうね」

 そうして、己の右手の小指を立てて見せる事でその意味を強調する。


「バカな‼ 」

 その言葉を受けてキミィから出た言葉はそれだ。

 先のアレクの言葉通り、キミィはこと戦闘に掛けてはこの世界中の生物で間違いなく上位に入る精鋭だ。そんな者が相手の戦闘力を見間違うだろうか? 在り得ない。

 あの強さを見せたクラリスが本当に魔王の小指のチカラというのなら。自分達が17年前に戦ったあの魔王は。

 そこで、叫び動揺していたキミィが「ビクリ」と身体を一度大きく震わせて動きを止めた。シオンが何事かと心配そうにその背を見つめていると、間もなく糸の切れた操り人形の様に、椅子に「ストン」と身体を落とした。


「まさか」

 アレクが、共鳴する様にゆっくりと頷いた。

「そう……魔王から残った残骸からも、そのデータは矛盾なく観測できた。

 あの17年前の……世界の存亡を懸けて、ボク達が戦っていたあの時」


 その一瞬の間は、その場を凍り付かせる永遠と言ってもいい。


「魔王は――手加減。全力を出さずにボク達を相手にしていた事になる」

 思考を整理出来ないキミィが「待ってくれ」とモニターに掌を向けるが、アレクも興奮した様子を隠さずに、その懇願を無視る。

「魔王の肉片から、その事実と直面した時、ボクも思わず自分の経験を疑ったさ。それが、何を意味するのか……? ボクは突き止める為に、妖魔城の更に奥深くの祠を見つけ、つまりそこでクラリスと出逢った」


「待ってくれ、アレク」


「そして彼女が護っていたそれこそが、この奇妙な事実の矛盾を解く……」


「待ってくれ‼ 」

――頼むから。とそれは続くのだろうか?

 アレクはそれすら振り切ろうとするが、そこで正気に返る。いや、電脳が正気に返るとはそれを如何に表せばいいのだろうか。


「キミィ……少し、休むかい? 」優しく宥める様にその声はモニターのスピーカーから流れる。

 キミィは、今の会話を整理する様に少しだけ瞳を足元に向け、やがて真直ぐにアレクを見つめた。


「もう、大丈夫だ。続けてくれ」

 その顔色は、はっきりと不良を見せている。それを確認する様にアレクもまた瞳を合わせて少しだけ口を閉ざしてから続けた。

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