ティーブレイク
両者は、後続で入室してきたシオンとクラリスの気配を感じても身動きせず互いをジッと見つめていた。
「……アレク」その沈黙を先に破ったのはキミィだ。
「君は何処に居るんだ? モニター越しという事はここに来れない状況に置かれているのか? 」
そこで、部屋に灯りがともされた。クラリスが電灯のスイッチを入れたらしい。
そして、シオンの後ろに近付くと、その耳元で「シオン、お主も二人の会話をよく聴いておくのじゃ」と囁く。不思議そうに一度その顔を窺うが、表情が崩れる様子もない。シオンはモニターに話し掛けるキミィに再び視線を戻す。
「…………キミィ、ボクはここにいるよ。今君が目の前で見ている僕が……正真正銘のアレク・クラウンだよ」
キミィは、眉をしかめると勢いよくモニターの置いてある机に両手を叩き付ける。
「アレク‼ 今がふざける時ではない事くらいは解っているだろう‼ もし、救出が必要なら言うんだ‼ すぐに助けに……」
だが、画面の向こうのアレクは静かにキミィに視線を合わせるだけだ。
それが。
それだけの反応が。
この二人の絆で、それが事実だと認めさせる。
「……ボクの肉体はもう既にこの世には無い。アレク・クラウンの存在はこの電脳信号の一つとしてしかないんだ」
キミィが首を横に振るう。
「何故‼ 」
アレクはお道化る様子もなく、真摯にその言葉に応えた。
「キミィ。君達との旅の後ね、ほとんどすぐだったかな……ボクの身体から癌細胞が見つかったんだ。抗癌剤治療等も試してみたんだけどね。残念ながら効果がなかった。
だから、ボクは以前から創っていた人の脳をコンピュータと一体化させる電脳システムを自分に施した。そこのクラリスにも協力してもらってね」
振り返るキミィに、クラリスは小さく頷いた。
「何故だ……アレク、私を頼ってくれれば……精霊の加護で……」
「ははは、キミィありがとう。でも、こんな状態になっておいてなんだけど……やっぱり命には終わりがあるから、尊いんだと思う。だからボクもそれを救う道を追い求めてたんだ。
そしてね? ……実は、命を繋ぎ止める目的だけじゃなかったんだ。
ボクは――きっと、病死しなくても自分を電脳化していたと思う」
そう言うと、アレクはモニターの向こうに居ながら、言葉を止めて俯いた。
「ここからは話が長くなるね。何か飲み物でも欲しいな。
ごめん、クラリス。紅茶を淹れてくれるかい? キミィ、シオンちゃん。君達も何か飲むといい。何でもあるよ? 」
キミィが眉を顰めてその顔を覗く。
「分かったわ。シオン、手伝ってくれる? 」
そう言った時には、もう彼女は彼らに背を向けて台所に向かっていた。
「え? へ? あ、はい! 」自分の名前を突然呼ばれた事など、疑問が余りに多く思考を停止していたのだろう。慌ててシオンもその後を追う。
「……機械の身体で、腹が空くのか? 」
キミィの呆れた様な声に、アレクは髪を掻いて笑う。
「……まぁ、確かに必要性はないけどさ。ほら、いつだって僕達はそうしてたじゃないか……出逢ったあの夜も」
その言葉で二人は懐かしさを味わう様に、静かに瞳で語る。
「カイイが、ウィスキンをグラスにストレートで飲んでな」
「あったね」
「……なぁ、アレク」
「……ん? 」
そこで、キミィは首を横に振った。
「いや、何でもない」
「キミィ。これから話す事は、君にとって――そしてシオンちゃん。いや……この世界全ての理を大きく根本から揺るがす事になる。
だからこそ、僕は10年前にバティカに頼んで、君とカイイにも決断を相談しようと思っていたんだ」
キミィの迷いを断つ為か。まるで彼の覚悟を確認する様にアレクはそう言った。
「お待たせしました」
シオンが陶器の音色を奏でながら盆を恐る恐る運んでくる。
キミィが避けた先のテーブルに盆を置くと、紅茶のカップを手に取り「どうぞ」とキミィに笑顔を手渡してくる。それを受け取るとキミィも笑顔を返す。
「ごめんクラリス」
アレクが言葉を送る前に、もう彼女は何かコンピューターに付属されている機械に紅茶を流し込んでいた。
「今日は、野イチゴのソースを混ぜておいたわ」
クラリスの言葉に、アレクはモニターの向こうで大喜びする。
「……味が……解るのか? 」
キミィが訝しそうに尋ねるとアレクは向こうで頷いた。
「勿論さ、まぁタネはCPUによる成分測定だけどね。ふふふ。おかげで人体にとっての毒も平気なんだよ? フグって魚の美味しさがこの身体になって解った」
そんな談笑で、少しだけ場の空気が軽くなった。
シオンもキミィの隣に座り、そこで一口初めての紅茶を口にする。
途端、傍から一目瞭然な程に少し微妙そうな表情を浮かべる。
「シオン、だから無理せずにミルクティーにしておきなと言うたじゃろ? 」
それに気付いたクラリスがミルクの入った瓶をウリウリとシオンの頬にぶつける。
「う~~……結構です……」
「シオン、素直になるがよい。羽根がしおれておるよ」
「嘘っ」
なんとも、賑やかな先程とはうってかわって緊張感のない雰囲気が部屋を包む。
「いや、女の子が二人も居るとやっぱり華やかだね」
いつの間に紅茶のカップまでモニターの中に表示されてそれをアレクが口付ける。
そのカップの中身が空になった頃。
いよいよ、物語は動き出すのだ。
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