再会

 それは、その時よりも10年前に遡る。


「……ここか」

 獅子と人を分け合った様な巨大なシルエットがそう呟くと、軋む戸がゆっくりと開かれ、月明かりが中へ差し込んだ。


「アレク……小生だ。今参ったぞ」

 しかし、中から返事はない。


「入るぞ」

 そう言って、踏み込んだ瞬間だった。

「ふっ」

 暗闇から、その者の死角目掛けて矢の如き蹴りが放たれた。

 しかし、その蹴りは先の呼吸の一瞬と同時に躱される。そして、両者は月明かりの僅かな光で互いをハッキリとその眼光に捉え合い、目標を観測。


「ちっ」蹴りを放った水色の髪の女が悪態をついたのは、蹴りが躱されると同時に、その足首が屈強な腕に掴まれ捕縛されていたからだ。

「無駄だ、捕まえたぞ。貴様アレクをどうした? 」

 だが、その尋問の途中で女は「ゴリンゴリン」と股関節と膝関節を激しく鳴らし、およそ掌握しきれない動きで、相手の首元へ貫手を放つ。

「なんと‼ 」

 それには掴んでいた足を投げる様に離して、回避するしかない。


「貴様……人ではないな……」

 投げ飛ばした女を睨むと、その女はにやりと口角を上げて「バキバキ」と外した関節を戻し、構えをとる。


 ――人ではないのなら、手心は不要……


「今一度、訊こう。アレクをどうした? 」

 女が、予想外の出来事に動揺を見せた。先の先まで、間合いの外に居た相手が突如背後に出現したからだ。


「その癖の悪い両足をまずはもらう」

 が、その途端多大なる殺気が彼を包み込み、その動きを硬直させる。


 ――こいつ……‼

 それは宣言通り両足の切断を狙おうとしたその鋭い爪を持った巨大な腕が一瞬戸惑う程であった。

 そしてその隙を見逃す相手ではない。足を宙に浮かすと同時に、女は消え入る程の速度で回転。そのまま手刀をその相手の首元に狙う。


「そこまでだ‼ 二人とも、もう止めるんだ‼ 」


 女の手刀は相手の首に到達した所で止まり、僅かに触れた個所から蒼い血が滴り落ちる。

 しかし、驚くべきはその相手も女の腹部に左拳を直前で止めており、何物かの叫び声がなければ間違いなく女の腹部を突き破っていたという事実だろう。

 そして、刹那の時を経てその両者の攻撃の風圧が辺りに起こり、壁が軋んだ。


「クラリス……やりすぎだよ……」

 その声がそう、緊張感を解く様な言葉を投げかけるが、二者は未だに相手の急所に拳を定めたまま睨み合っている。


「ちょ、ちょっと、バティカまで……悪かったよ。ボクが彼女にやってみなよなんて、軽口を言ってしまったからなんだ。彼女を許してあげておくれよ……」


 先に拳を下げたのは、バティカであった。

「アレクよ……緊急だと、呼び出しておいてこの様な刺客を差し向けるとは……それ相応の説明をもと……」

 そう言って振り返ったバティカは言葉を失う。


「それは、何の冗談だ? 」


 声の方に一歩詰め寄るバティカにクラリスは、両膝を地に付けた。

「失礼致した、バティカ殿。今宵の悪巧みは、全てわらわの計画した事。どうか、主人を責めないでほしい。バティカ殿をここに御呼びしたのは、紛れもなく何にも変えられぬ重要なお話が主人よりあったからです」

 その作法を見て、思わずバティカは息を呑んだ。


 ――なんと、高潔な……いや、それだけではない……何故だ?

 己の心中に宿るその心は、不意打ちを受けた怒りや不信感ではなく。

 この者にひれ伏させてはならないという――。


 忠誠心。


 気が付けば、バティカはその思いに従い、クラリスの腕を引き上げ立たせる。


「一語一句説明をしてもらうぞ。アレク」

 彼の方を見ぬままそう言うバティカに、ホッと安堵したアレクの声が掛けられる。

「勿論だよ。バティカ」


 一体、どれ程の時間が経過したのだろう。

 淡々と、彼を呼んだ経緯を離すアレクをバティカはただじっと静止して聞いている。


 そして、彼が重そうにその背を壁から離した時、ようやっと一通りの説明が終っていた。


「なるほどな……では、小生はキミィとカイイをここに連れてくればいい訳か」

 瞳を真直ぐに紡ぐと、アレクは申し訳なさそうに言葉を小さく続けた。

「すまないね、カイイは体調の関係で無茶をさせる訳にいかないし、キミィは王国の目を避けながら、二人を連れてくる事なんて不可能だった。

 消去法で、バティカ。君しか頼める人が居なかったんだ」

 その言葉に「グルル」と喉を鳴らすと、バティカはアレクの声の方へ近づき、腰を曲げて顔をそこに近付けた。

「全く、アレク……お主には驚きを通り越して――尊敬の念を禁じ得んよ。共に戦えた過去と現在もなお自分の分野で闘い続けているお前を小生は誇りに思う」

 その言葉に、アレクは照れ臭そうに頬を掻いた。

「しかし」

 話の切り替えしにアレクは間抜けに口を開いた。


「魔王の娘と婚姻を結ぶなど……やはり、理解は出来ぬな。しかもそのような相手を小生に遊び半分でぶつけるなどと……」

 アレクは、バツが悪そうに子どもの様に顔をクシャクシャにする。

「でもさ」

 今度は、アレクが話しを切り返す。

「不意打ちの文句は、バティカ――君が言っちゃ駄目じゃないの? 」

 コンピューターのファンの音のみが響く程、場が静まり返った。

 余りの変化に、クラリスが様子を窺った瞬間であったろう。


「だーーーーっはっはっはっは‼ 」

 空気が震える程、二人が同時に大声で笑いだしたのだ。その正に異変と呼べる状況に、クラリスだけが困惑してその細く美しい眉をへの字に顰めて二人を窺う。


「く……くくく……」それを知る由もないバティカはその凶器とも言えそうな掌で歪む我が顔を必死に抑えている。

 その笑い声を喉の奥に嚥下し終わった頃だ。


「では、行くとしよう」

 出口に向けて歩き出すバティカに、アレクは言葉を贈る。


「くれぐれも気をつけて、バティカ」

 その大きな脚が止まる。

「……心配はいらぬ。それよりも、アレク。キミィにはどう説明するのだ? お主のその姿を」


 その言葉に、困った様に彼は不器用な笑みをつくった。

「まぁ、よい。キミィも、お主の本位と信念を知れば自ずと納得をするだろう……カイイは呆れ果てるだろうな」


「結構、便利なんだけどね」










「さぁ、ここだ」

 クラリスと接触して、2日目の夜。ついにキミィ一行は目的地であるアレクの住処へと辿り着いた。

「私が開いていいのか? 」

 戸の前に立つキミィにクラリスは小さく頷いた。


 ――……暗い。

 その質素な小屋の様な建物は外見と反し、屋内は丈夫な造りになっているらしい。しかし真っ暗な部屋に、ポツンと光を灯すモニターが見えるだけで、その全貌は見えない。

 そして、異様とも言える多数のコンピューターのファンの音がまるで落ち着きなく響き続けている。


「やぁ……その足音は……キミィだね」


 その懐かしい声に、キミィは叫び返す。

「アレク‼ 君か⁉ 何処にいるんだ? 部屋が暗い。灯りを点けてくれないか? 」


「おっけー、でもさキミィ、その前にもう少し近付いて、顔をよく見せてくれないかい? 」


 不自然な感覚と、不可思議な感覚は抱いていた。

 確かに、親友とも戦友とも言える友人の声を感じる。

 だが、この部屋には。

 生物の気配を……感じない。

 そして「近付いて」という、言葉。一体どこへ? 率直に言葉を読み取れば、部屋に入って来てくれという意味だろうか?


 具体的な提示がない。

 だがしかし、ゆっくりとキミィは導かれる様にその部屋で唯一灯りを放っていた。そのモニターの前に向かった。

 そして。


「やあ、キミィ……随分老けたね」


 その、戦友とも親友とも言える友人は。

 17年前と変わらぬ姿を、その箱の中から見せ彼にそう言ったのだ。

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