幕間劇:ギセイノチカラ

 あの死の激戦から、アルトリウスの折れた右腕が完治した頃。


 アポトウシス王国は国民に対し第一王子サーヴァインが先の半魔魔族同盟団との戦いで命を散らした事を大々的に報じる。

 それに次いでアルトリウス第二王子がスカタ五世を襲名する事を国民は囁きだした。国王と王子、相次いで王族が殺害されたという不吉報に、民は明るき話題を求めていたのだ。



「ここに居られましたか、アルス王子」

 戦場の甲冑姿ではなく、女性らしい服装に身を包んでいるとガウェインは正に一輪の華の如し麗しい乙女にしか見えない。現に城下町の行き交う人達は彼女に視線を奪われて離せないこの事実がその証明とも言えるだろう。


「ガウェイン……」それだけ言うと、アルトリウスは再び空を見上げた。

 城下町の小さなその公園の、更に僅かな部分の草むら。

 そこに座るのは、その国の現最高権力者だと、すぐ見て解る者は居ない。そこに、そんな者が居る筈が無いと思うのだ。

 だからその公園に居た者達は、、皆そこに寄り添っていた二人を。誰もがうらやむ美男美女の恋人としか思えなかった。


「黒騎士殿……お兄様の事をお考えでしたね? 」

 アルトリウスは、黒い髪ごと頭を片手で抱えた。

「君には、全てお見通しという訳か」

 そう言ってはははと、笑って誤魔化す彼に彼女は強い視線を与えた。


「すまない……茶化した訳ではないんだ。ただ……兄上が死んだという事が信じられないんだ。兄上……兄さんは、とても強い方だった……父上は僕の方が強いと言ってくれていたが……戦場で見る兄さんの姿は、まるで違った」

 ――キミィとも違う種類の。と続けそうになり思わず言葉を区切った。


「……アルス様……」

 ガウェインが、そっと彼の鍛え抜かれた石壁の様な肩に首を預ける。

 アルトリウスが、横を向くと二人の近づいた唇を遮るものは、僅かな空間だけ。


 ――その、甘く優しいひと時を破壊したのは、地を揺らし空気を切り裂く轟音だ。


 周囲の人々は混乱し逃げまどい、二人は目配せもなく素早く体勢を整えた。

 先の先まで穏やかな日常を司っていた公園は、一瞬でその姿を変える。


「…………! これは‼ 」

 巻き起こった砂煙の奥から見えたのは、人影ではない。

 にび色に揺らめく光を帯びて、それは以前よりも遥かに巨大となっていた。


魔殺の……槍セイント・グングニル? 」

 アルトリウスの声に共鳴する様に、槍から奇妙な音が鳴る。


「な、何だ? この音……」

 その様子にガウェインが駆け寄る。

「い、如何なされました? 王子‼ 」

 アルトリウスはその異音に両耳を押えるが、駆け付けるガウェインの反応を見て彼は疑問を投げかけた。

「ガウェイン、君はこの音が何ともないのか? 」

 彼女はその細い眉を顰めた。

「音? 」

 ――僕にだけ、聴こえている?

 そう、気付いた時――先程まで頭を砕こうとしていたあの音は、まるで優しく語りかけてくる童歌の様に変化する。


 ――受け取りなさい。アルトリウス。そして、真実を知りなさい。

 

 ――真実?


 ――そう……そして、貴方はまことなる貴方の役目を知るのです。


 フラフラと立ち上がるアルトリウスにガウェインは、手を伸ばした。それは、反射的に……本能的に。まるで……今、彼を離してしまえば……二度と、彼が戻らない様な。

 そんな気がして。


 魔殺の槍の前にまで来たアルトリウスの瞳は、槍と同じ様に色を失い鈍く――光る。


「駄目ぇええ‼ 」

 本当は、その行動自体を止めたかった。しかし、何故か身体が動かない。彼女に出来た精一杯の抵抗はその声を挙げる事。


 しかし――次の瞬間、迷いなくアルトリウスは、その柄を握りしめた。


 瞬間。


「うわぁああああああああああ‼ 」

 体中を、電撃が走り抜けた様だった。

「アルス様ぁああ‼ 」


 ガウェインの声が遠くに聴こえる。

 しかし痛み、震える体と裏腹に、アルトリウスの頭はとても鮮明だった。

 そうして、目の前に空虚の景色がじわじわと滲み現れていく。

「なんだ……これは? 」

 そこは、先日己も命と誇りを賭して戦った場所だ。

 そこで怪物が修羅が如く暴れ、魔族を殺している。幻覚か何かかと思ったが彼はそこから目を離せない。

 だから――やがて気付く。

 その魔族を殺し続けている怪物が、見慣れた人物の面影を残している事に。


 ――兄さん?


 アルトリウスにとって、サーヴァインは信頼、尊敬出来る兄であった。

 その行動力を恐れる様な事も在ったが。兄の行動は全て自分。ひいては祖国の為である事に確信があった。

 自分に魔族こそが悪。そして、それを駆逐する自分達が正義――そう、教えてくれたのも兄であった。


 その兄が。


 あの姿は……魔族?


 目の前が蠢く。足が震えてもいないのに力が入らない。


 やがて、その景色の場面が変わる。

 獅子を思わせる人型の怪物と、兄が魔殺の槍に串刺しになり、消滅していくその瞬間だ。

 槍の効力は痛い程知っている。

 この槍は――決して人族を殺さない。


 ガリガリガリと、目の前が雑音で歪んでいく。

 魔、魔族は悪であり。

 じ、じじじじ人族を恐怖に陥れるるるるるるさ、ささささ災厄。

 ぼ、ぼぼぼくたちじ、じじじじじじじ人族は……それを打ち滅ぼぼぼぼぼぼし


 せ。



 ――正義を……執行する事こそが‼ 僕の役目‼



 目の前に。

 父親の偉大な背中が見える。

 母親の優しい微笑が見える。

 自分に享受してくれる。兄の真剣な眼差しが見える。


 己の両の手を見る。これほどまでに小さかったろうか。

 まるで、景色までもあの頃に戻った様に。

 その頃から。見失わない様に。

 追いかけ続けた。

 自分の思う『正義』その象徴が。

 見える。


 世界は偽りに包まれている。

 純真無垢な眼では、その全てを見る事は決してない。


 アルトリウスは理解した。


 自分もまた、大きなる闇によって欺かれ真実を見抜く事も出来ない哀れな愚者だった事を。


 アルトリウスは理解した。


 だからこそ。

 だからこそ、自分は貫かなければならない。

 その――正義を。

 自分が信じ続けたこの国の――正義を。


 アルトリウスは理解した。


 その為に、必要なモノは、ただ一つ。


 圧倒的なる――チカラ‼




「アルス様‼ アルス‼ 」

 涙声が混じるその女性の声で、アルトリウスは目を覚ました。

「ガウェインか……」

 時間にしては、僅かの事であった。その感覚はあの戦いの時に受けた相手魔族の術に似ていた。まるで白昼夢に包まれた様な感覚。

 だが、アルトリウスは確信していた。

 あれこそが――魔殺の槍の見せた世界の真実なのだと。


「アルス? 」

 涙を浮かべたガウェインを引き離すと、アルトリウスは冷たい瞳のまま槍を担ぎ、その場を去っていく。

 取り残されたガウェインはその瞳に彼の面影を必死で求めていた。

 しかし――自分の中で何かが警告を鳴らし続けるのだ。




 アポトウシス王国の一角に、一部の者しか通れない場所が在る。

 そこは、一般の国民には存在すら知らされていない。


 亡命者達を匿う場所。

 彼らは止む無い事情で祖国にいれなくなった者達ばかり。


 スカタ四世が彼らに、その地を与えたのには理由がある。

 無論、これは慈善的行為ではない。

 彼は、亡命者であっても『祖国で優秀な能力を持った者』だけを招いている。

 つまりは、そういう事だ。


 等価交換。


 その集落で最も大きな屋敷に向かうと、門兵が彼の顔を見て驚いた。

「お、王子様‼ きょ、今日はご訪問の予定日でしたでしょうか? 」

 アルトリウスは、それには答えず「パラケルに会いたい」とだけ伝える。

 間もなく、その屋敷の門が開かれ執事風の老人によって、奥へと案内される。

 一番奥の大きな扉の前で、執事は横の機械に何かを素早く打ち込む。

 すれば、その扉が地鳴りをあげて開いていく。


「おやおや、これはこれはアルトリウス王子……この様な場所に如何なさいましたか? 何か不備でもありましたかね? 」


 開かれた扉の向こうでは、髭を胸まで蓄えた顔色の悪い中年男性が甘い菓子を口いっぱいに頬張りながらそんな言葉を吐く。


「では、わたくしめはこれにて……何かありましたらいつでも御呼びください」

 そう言って、執事は二人を残し、その扉を閉めた。


「……今は誰だ? フィリップスか? アウレオールスか? 」

 アルトリウスはそう言うと、男に近付く。


「…………これは、失礼。わたしはフォンと申します。王子はわたし達の事を詳しくご存知の様だ」

「テオに、ある武器に使用する為に人工魔力発生装置を創作つくってもらった時にな。

 テオに代わってもらえるか? 」

 その言葉にフォンは持っていた菓子を机に置き、首を横に振るった。


「申し訳ありませんが、パラケルの人格の中ではわたしめが統率をさせて頂いております故……宜しければ要件をお聞かせ願えますかな? 」


「力が欲しい」

 何の脈絡もなく、アルトリウスはフォンに言い放った。


「力……とは? 」


「或る男を滅する為に……今以上の強さが要る」

 フォンは、その真剣な眼差しを受けたまま溜息を吐いた。

「アポトウシス王国で最大武功の象徴とも言える白騎士殿が、何を」

 そしてくくくと、鼻を鳴らした。


「相手は『勇者』キミィ・ハンドレット」

 その言葉を聞いた瞬間。フォンの顔色が変わり突如苦しむ様に呻きだした。


「き……」

「キミィ……ハンドレット……だとぉおお? 」

 一気に、声質どころか、その者の周囲の空気すらも変わったようであった。しかし、アルトリウスは全く動じず、その男に尋ねた。


「テオか? 」

 呼応する様に、男は据わった瞳を彼に向けた。


「王子さんよ。今の話は本当か? 勇者の野郎はどっかの山で隠居してたんじゃねぇのかよ? 」

 アルトリウスは、顎を挙げると見下す様に彼に視線を向ける。


「もう、数カ月前にこの国に勇者が凱旋した事も知らないのか」

 甘さは一切ないその言葉に、テオはその油まみれの髪を掻き毟る。

「なんだとぉおお……じゃあ、奴も……アレク・クラウンも来ているのかぁ‼ 」

 跳び上がろうとするテオの肩にアルトリウスが触れると、息巻いていた彼の動きが止まった。


「落ち着け。テオ。戻って来たのはキミィ・ハンドレット一人だ。そして、彼ももうこの国を出ている――父を……国王を殺害してな」

 テオが大きく目を見開いた。

「今や、奴は世界を敵に回した大罪人。そして、その凶行に及んだ理由が……」

 アルトリウスの眼前に、テオの掌が向けられる。


「理由とか……どうでもいい。

 ……じゃあ、何か? いよいよ。あの……俺達から全てを奪っていったあいつらを……合法的に……殺せるって事か? 」

 にやあっと、醜く顔が崩れていく。


「…………そうだ、そして僕は既にキミィと相まみえている」

 テオが椅子の背もたれにふんぞり返った。

「だのに、ここにいるって事は、仕損じた。って事かい王子様」

 思わず、拳を握るがゆっくりと息を吐くとアルトリウスは続けた。


「単純な力勝負であったなら、こちらに分があった。

 ……勝敗を決したのは向こうに特別な能力チカラが在ったからだ」


 テオの表情がふざけた笑みからスッと変わった。

「ほう……」


 そして、僅かな間をもってアルトリウスは話の核心に触れる。


「お前が父に――スカタ国王にここに呼ばれた理由は知っている

 ――『人造精霊アン・エレメント』だったな。

 現在は無き、お前の祖国『バレンティア』でお前は国家と共謀し、多大なる犠牲の下それを研究していた事は既に資料で知っている。

 だから――誤魔化しは必要ない」


「ふぅん」とテオは茶化す様に片方の口角を上げる。


「その人造精霊――ここアポトウシスでも水面下でお前がスカタ国王によって研究を続けている事もだ」

 テオは、両手を前に出した。

「何が言いたいんだ? 王子様? いや……

 俺の予想が確かなら……

 あんた……」


「そうだ――『人造精霊』が既に完成段階である事を知っている。

 それを――次のキミィ・ハンドレット討伐戦に僕直々に試用したい」

 バリバリバリとアルトリウスの目の前に見えない雷光が降り注ぐ。


「そこまで、知っているなら――材料もご存知だな? 」

 アルトリウスは、無表情で答える。

「無論」

 テオはそれを聞くと、椅子から跳び上がり黒板にカリカリと数式を記入していく。


「俺達、パラケル・ホーエンハイムが研究し見つけ出した

 この世界の元素。そしてそれに伴うであろう精霊は4種。

 火の精霊『イフリート』

 水の精霊『ウンディーネ』

 地の精霊『ノーム』

 風の精霊『シルフ』

 そもそも、五属なんて無駄な数は要らないんですよ。この4つの元素を操れれば、誰でも世界を統べる『勇者』になれる。

 あんな『精霊使』なんて胡散臭い物に頼る必要はない。


 つまり――この四体の精霊を具現するならば、4つの大きな生命エネルギーが必要となる。

 数より――質の高いそれがね? 」


 アルトリウスの目の前に、過去の映像が流れ込む。


 ――アルス‼

 ――アルトリウス王子‼

 ――アルス様‼


「心当たりがある。僕が認める……生命力に溢れた四人が」


 テオは「ひゅ~~」と軽率な音色の口笛を鳴らした。


「オーライ……いつでも実行出来る様にこちらは準備を整えておきましょう。

 では、王子。貴方はその四人とやらをなるべく早く。生かしたままで、ここに連れて来て下さい。解りますね? 薬でも何でもいい。とにかく健康且つ五体満足な方がいい。

 精霊化は、それ程に高い生命力を要するのですよ。くくくく」


 アルトリウスは、立ち上がると踵を返し扉の前に立つ。

「あ~、今執事を……」

 テオがそう言った直後、彼は持っていた巨大な槍で宙に素早く絵を描く様になぞった。


 テオはそれを見て、小さく舌打ちを入れる。

 直後――重い轟音が響き、その大きな扉が崩れ落ちた。


「心よりお待ちしておりますよ。王子様。

 次はちゃんと扉は開いて出て行って下さいね? 」

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