act3:エピローグ
「……ん……」
その瞼の向こうに、眩い光が覚醒を促してくる。
僅かに開くと、水の中の様に歪んだ景色の中で……人影を彼女は見つけた。確かな輪郭も確認できないが彼女はその名を呼ぶ。
「キミィ様……」
「気が付いたのか? シオン」
景色の焦点が合うと、その顔を見て思わず鼻の奥から沁みる熱を感じた。
「アタシは……気を失ったのですね? 」
キミィは、彼女の髪を撫でると「何も言うな」とだけ返す。
蜜色の瞳を動かすと、決して少なくない呻き声があちらこちらから聴こえてくる事に気付いた。
見れば、パレスに居た幼体の魔族や、更なる血統達が傷を負い倒れている。
「シコク様……」
囁かれたその名前を聞き、キミィは静かにシオンから目を離した。
「そっか……」
シオンは、身体を起こそうとするが上手くいかず、上半身だけ起こすのが精一杯だった。
「また……アタシは大切な方が窮地に陥っている時に……何も出来ず……」
震えるその小さな身体に、熱い程のぬくもりが包み込んだ。
「違う……‼
それは、違うぞシオン。
君のおかげで――君達のおかげで俺は今生きている。
君を護ると言っておきながら。
君を安寧の地へ連れていくと約束しておきながら……
君の強さに……救われたのだ……」
その逞しい腕から、優しさと同時に哀しみもまた伝わってくる。
「……キミィ様」
しかし、シオンはその事は言わず――そのぬくもりに身を任せ、再び深い眠りへと意識を沈めていくのだった。
それを確認すると、キミィは少し大きくなったシオンを抱え、足早にそこから離れる。負傷した更なる血統達を放って行くのは心に刺さる痛みを覚えたが、彼らにとっては自分達と居る方が危険なのだ。
出来るならば――シオンもここで彼らと共に行かせた方がいいのだろう。
キミィは遠く昇る太陽を見つめた。
「アレク…………助けてくれ……
俺は……どうすればいい? 」
そこに向けて囁くは、過去共に死線を渡った
己の死を願い――世を捨てた男は再び。
その腕で眠る小さな生命を護る為に。
――生きたいと、願った。
キミィ達が見上げたその陽が沈み、月が光る頃。
アルトリウスはその激痛で目を覚ました。
「よかった……‼ 」
瞳が開くと同時に誰かが覆い被さってくる。
正直――皮膚が当たるだけで、身体が砕けそうに痛む為、それはとても迷惑な行為だった。
「ガウェイン……か? ここは……どこだ? 」
しかし、彼はそんな事は一縷も思いもしない。彼女は己の最も信頼した仲間であり、同族であり――女性だからだ。
「ルイスロペス共和国です――王子」
その質問に答えたのは、女性と見間違えそうな程整った顔貌の美男児。
「モードレッド……一体……何が起きたのだ? 」
ガウェインとモードレッドは歯を噛みしめる。やがてモードレッドの視線にガウェインが頷くとモードレッドが語り始めた。
「僕が――相手の術に? ……では……キミィさんは……」
「私達が参戦した時には相対しておりませんので、何とも言えませんが……恐らくは生きているかと……」
その曖昧な答えに、アルトリウスは小さく息を吐いた。そして、間もなく傍に居ない人物が居る事に気付く。
「兄さん……兄上とそれにドリスタンとランスロットは? 」
二人が明らかに表情を変え、俯き黙り込んだ。
丁度その空気を打ち消す様に、荒ただしく兵士が部屋に入って来る。
「ご、ご報告致します‼ 」
「何事か‼ 第二王子様が休まれている部屋ぞ‼ 」
美しい容姿とは裏腹に、モードレッドの声には刺があった。
「も、申し訳ありません‼ で、ですが――」
なおも引き下がらない兵士の後ろから、のそりと人影が映る。
「レッドちゃん――随分、部下の兵士には厳しいじゃないのぉぉ? 」
ふざけた様な声のトーンの後、部屋に入って来たのは見慣れた二人の騎士だ。
「ランスロット……さん‼ 」
ランスロットは、兵士に礼をすると退室させた。
「ドリスタンさんも……よくぞご無事で‼ 」
嬉しそうに寄ってくるモードレッドは、目にも止まらぬ速度で頬を握られた。
「うぐぐ……」
「てめぇ……レッドぉ……今、俺だけにはさん付け忘れてたろ? 」
慌てて、ガウェインが二人の間に入ると、凛とした声を張り上げた。
「止めないか‼ 王子の病前だぞ‼ 」
その声が一番部屋に響く。
「く……ははははは」
ベッドから、思わずと言った感じで笑い声が続く。
「あ、アルス様……」途端、乙女の表情に戻ったガウェインが顔を赤らめた。
ほんの僅か前まで、修羅場に居たとは思えない安らぎがそこにはあった。
「アルスが動けるようになったら、今回の戦果報告に王国へ速やかに帰還するぞ」
ランスロットがそう言うと、彼らは安心した様に身体を机や床に預けた。
間もなく、寝息が聞こえてくる。
「そうだ……」
アルトリウスは背を向けていたランスロットに尋ねる。
「兄上は……どこに? 」
ランスロットが持っていたカップを落すと、甲高い音が部屋に鳴った。
それは、明らかに先の問いに動揺した動きである。
「サーヴァイン殿は……
それを聞くと、先の動きに些か疑問が残ったが「そうか」とだけアルトリウスは返した。
それで、この会話は終わったと思っていた。だが、ランスロットはいつものお道化たトーンを抑え、真剣な口調でこう続けた。
「なぁ……アルス――お前は知っていたのか? 」
それは、彼にとって全く身に覚えのない質問であった。そもそも、何の事かすら分からない。
二人の間に沈黙以上の重い何かがたゆとっている。
「いや――すまない、忘れてくれ。俺も疲れているみたいだ……少し、休むとするよ」
やがて、そう言うとランスロットはその部屋を後にした。
一体、彼が自分に何を訊こうとしていたのか。少しの間その疑問がアルトリウスの中に巡ったが、直ぐに身体が思考を停止せよと、指示を送ってくる。
目を閉じると、間もなくアルトリウスは再び夢の中に戻りゆく。
この一時だけ――彼は帰るのだ。
師に憧れ、焦がれていた――あの熱き時へと。
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