漆黒の騎士は二度死ぬ

「シコク……‼ ぐぅっ‼ 」

 シコクが駆け抜けた個所から次々と火柱が巻き起こる。

 ――バティカが魔王戦で見せていた……精炎装エレメントパワー……まさか、バティカ以外にも精霊使でない者が精霊力を体内に取り込めるとは……


「くそっ、死なせるものか‼ 」

 まだ、ダメージが残っているその身体を奮い立たせると、キミィはその炎の中に向かおうとした。


 その時だった。背後で何かが落ちる音を聞き振り向いた。直後に鳩尾が不吉に冷える様な感覚を覚える。


「シオン‼ 」

 少女は苦しそうに肩で息をし、その場に崩れ落ちている。

「だいじょ……」

 声を掛け、触れた瞬間にすぐにその異変に気付く。

 ――熱い‼

 夢魔の平常体温は人族のそれよりも低い。主に彼らが人族が寝静まる夜に活動する為にその様になったのかどうかは定かではないが。

 ともかくシオンの体温は今、人族であっても異常という程の熱をもっている。


 ――考えれば、当たり前の事だ。

 シオンを抱きかかえると、いつかの時の様にキミィは回復を施せる精霊を呼び寄せた。

 考えれば、確かにそれは当たり前の事なのだ。

 この僅かな期間の間に、彼女の身に降りかかった出来事は余りに多すぎた。その小さな身体と精神で受け止めるには無理があり過ぎたのだ。

 結果――今、シオンの体力は限界を越えた。

 キミィはそこに気が向かわなかった事を悔い、噛みしめた乾いた唇から血が流れる。


 静かに彼女を背負うと、後ろを一度振り向く。

 ――これではまるでカイイの時と同じだ。

 キミィは、再びその思いを心の中で呟き続け、その場を素早く立ち去る。

 ――シコク、死なないでくれ


「ごわっ‼ ごわぁあああぁ‼ 」

 異様な叫び声を挙げながら、それは力任せに持っている者を振り回している。初めは武器、剣を振り回していたが、その怪力により一振りにて破壊されてしまい今では瓦礫の破片、相手の戦士など、在る物を掴んではそれで攻撃しているという状態だ。

 そして――その武器を破壊する一撃は、無論受けた者をそれ以上に破壊させる。まさに地獄で暴れる鬼か。


「クリード」

 シコクの声にかろうじでその目が細く開かれた。

 定められていない焦点が泳ぐと、そのまま彼はにやりと口角を上げた。


「シコク殿、どうかお達者で」それだけ言うと、胸から下を失っていたクリードは静かに黄泉の旅へと向かった。それを看取ると、シコクは文字通り燃える視線をその標的に向ける。

 生き残った同志達が未だにその悪鬼に立ち向かい、そしてなす術もなく打ち砕かれ続けている。

 逃げれば或いは生き残れるだろうに。

 だが――シコクはその者達の先導者として、その行動に深い親愛を刻んだ。


 ――同志達よ、貴殿らの生命……決して無駄にはせぬ‼


 正面から立ち向かう彼らと向き合う様に、シコクは燃える脚でサーヴァインの背後をとった。

 角度――タイミング。そして、踏み込み。

 ――全て良し。


 己を過大評価した訳ではない。

 事実、その一撃は彼がこの世界に産まれ落ちてから記憶したあらゆる全ての事で、最強の一撃である。


 シコクが驚愕したのはその突きを、生物の急所である脇腹に今まさに受けたその相手から、反撃が来たその現実である。


 直撃を受けた左胸部が相手の拳の形に凹み、その衝撃で更なる血統の中でも得体と言われる巨躯が後方へ吹き飛んだ。それを絵ぞる様に紅炎の直線が地に宿る。


「がはっ」背中を壁に打ち付けられた瞬間に夥しい喀血が起きた。肺を潰されたらしい。

 ――精炎装の状態で致命傷を受けるか……想定内だが、信じられんな……

 そんな事を自分がこんな決死の場面で考えるのかと――シコクは思わず鼻を鳴らしてしまう。それは生涯初めての事であり恐らくは、最後の事だろう。


「ガラン」

 偶然にもその音が鳴ったから?

 いや――それよりも不気味な運命それにより。

 シコクは、まるで運命に導かれる様にそれを目にした。


 一瞬だけ躊躇したのは、彼程の戦士にも確かにがあったからだ。

 そして――それを踏み越えれたのは。

 彼を構築する――多くの者達の想い。その力。


「ぐ……おおおおおおおぉお‼ 」

 悲鳴を挙げながら、精一杯の力でそれを掴むと、その鍛え抜かれた手が見る見るうちに煙をあげて焼け焦げていく。

「が……ああぁあああああぁああ‼ 」

 しかし、彼は決してそれを離さない。本来ならばそれは彼が掴む事など、絶対に出来ない筈なのだ。


 やがて――ほんの僅か。本当にほんの僅か、それが先の向きを変えた。

 切れる息をふーふーと荒く整えると、生涯を連れ添った両手を愛おしそうに彼は眺める。

 ――よくぞ、ってくれた。

 炭と化した両手それは、痛みを越え――もう何も自分に伝えてこない。



「うがっ‼ がぁあああああぁ‼ 」

 悪鬼の乱撃により、残っていた更なる血統の最後の戦士が遂に砕かれた。先程からの場の変化に悪鬼は明らかに嫌がる様な素振りを見せ、まるで駆逐を急いでいる様にも思えた。


 だからこそ、この隙は必然と言えるだろう。


「ぬがっ⁉ 」

 凄まじい速度でぶつかったそれは、遠いある記憶を呼び起こす熱を以て激しい衝撃音を漆黒の鎧越しに伝えた。

 余りに虚を突かれた為踏ん張りを利かせるのが遅れ、彼はそれに思いのままに押し進められていく。

 だが、悪鬼と化したサーヴァインは一縷の焦りもなく、それを受容した。いずれ、突進これは止まる。さればその後この小癪な物体を粉々に粉砕すればいい。そんな風に――この状況が必死であるだなどと……思いもしない。


 そうして――気付いた時にはもう手遅れなのだ。

 この自分を押し進める炎を帯びたその者――シコクのこの突進が。

 止まる――という終末を描いていない事に。


「うぎゃ⁉ 」

 やがて、背中を壁に打ち付けた瞬間。彼は悲鳴を挙げた。

「うぎゃぎゃぎゃがががが‼ い……いでぇえええええええ~~‼ いでえええええよぉおおおおおおお‼ 」

 直ぐにそれを取り除こうと手を動かすが、前方からぐいぐいと押してくるシコクのせいで上手くいかない。


「ごふぉっ‼ 」

 次の瞬間、腹から押し上げてきたそれをサーヴァインは激しくぶちまけた。


 それは――一種の賭けだった。

「其方の現在いまの姿を見た時――ハッキリと思ったよ。

 其方は人族ではなく

 我々に近しい存在なのだと……

 人族でもない

 魔族でもない。

 何にもなれない孤独の存在半魔


 知っているか? サーヴァイン。

 貴殿の弟がこの度用いたこの、槍。


 魔力を持った邪悪な存在は必ず滅ぼす――伝説を‼ 」


 二者を串刺しにした魔殺の槍が、凛と切っ先をシコクの背中に見せる。


「ぐあっ‼

 ぐあかあああ――あ、あづいいぃいぃ‼ ひもっ、いだいのもっっ‼ もういやだぁあああああぁああああ‼ 」

 じゅうじゅうと、サーヴァインの身体が炭と化していく。


「どうやら……この狙いは……上手くいったようだな」

 満足そうにそう言って微笑むと、シコクに纏っていた炎がゆっくりと消えていき、それと同時に力なく彼は項垂れた。


「我も、其方も……己の正義の為……仲間の生きる場所の為……

 相手を殺し過ぎた……その罪は赦されるものではないが……

 地獄に共に行こうぞ……哀しき人族の王子よ……」


 同時に、アジト内が悲鳴を挙げる。シコクが突進の前に建物の柱に致命的なダメージを与えていたのだ。


 崩れる居場所。

 燃えさかる周囲。

 止む事のない痛み。


 サーヴァインの中の……が。

 が。まるで瞼に映る映画の様に――あの日を映し出す‼ 今一度、赤子の様に産声を叫ぶあげる


「いやだぁあああぁああああああ‼

 助けてぇええええええええ‼

 マァアアアァアアアアマアアアアアアアアアアア‼ 」


 断末魔の行く先は――確かなる二度目の死。

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