攻防

「キミィさん……隊長。僕は、強く……なっていますか? 」

 それは、二人が未だ少年だった頃――訓練の合間に、アルトリウスがそう尋ねてきたある日の事。

「勿論」キミィは剣を、まるで舞踊の様に振るいながらそう答えた。


「キミィさん……隊長に――勝てるでしょうか? 」

 その踊っていた剣が、ぴたりと止まった。

「俺と、戦う? 」

 その己が吐いた言葉に、思わずアルトリウスは焦りを表に出して、訂正した。


「……考えた事も無かったな……」

 だが、その謝罪の言葉も耳に入らないかの如く。キミィは顎に手を当てて考えている。


「九対一で……俺に分があるだろうな」

 やがて、キミィはそう言うと、彼に向かいくすりと微笑みかける。

 その微笑み。呆気にとられ――その意味に気付いた時、彼は頬を膨らませた。

「ちぇ、ひっくり返せないくらいの差――という訳ですか? 」

 へそを曲げた黒髪の少年は、力いっぱいに身の丈程の大剣を振るう。


 キミィはその背を優しく見つめ、更に呟いた。

現在いまは……な」




 そうして。


 そうして――今、その時を経て。

 二者は、その解答こたえ合わせを迎える事となった。


 アルトリウスが魔殺の槍をこの戦闘に用いないのは、キミィに対して手加減をしている訳では無い。

 魔殺の槍は、邪心の或る者にしかダメージを与える事が出来ない。

 一体、どういった物理法則かは未だに人族の歴史でも、紐解かれてはいないが、魔族が用いる呪術に似た仕組みだと考えられている。

 そもそも、手加減を加えるならば。

 手枷を与えられた丸腰の相手に、刃は向けない。

 アルトリウスは、理解しているのだ。


 ――この状況でも。


 相手は。

『勇者』

 己が追いかけ続け。

 その強さを知る父親を――兄を斬り伏せた。

 最強の英雄。


 ――殺さずに……屈服させる……出来るか? 僕に……


 この圧倒的有利且つ、実力を見せつけたアルトリウスが。

 キミィを目の前にして。初めて焦りを見せた。

『殺さないで相手のコントロールを奪う』という技法。それは『殺す』よりも遥かに実力差が必要とされる高度なモノ。


 それを。

 前述の。

 最強の相手に。


 アルトリウスは、すり足で、僅か。本当に僅かずつ間合いを詰める。

 キミィは、後ずさりはしない。背後が見えない以上、壁を背にすれば敗北は必至。そして、今アルトリウスの猛撃を止めなければ。

 ――パレスが……落ちる。


 アルトリウスだけではない。キミィもまた、ぎりぎりの極限で戦慄を抑えていたのだ。

 恨めしく、両手首の手枷の幻朧石を睨む。


 ――いや……

 それが無く、万全の状態で。果たして退けれる相手か?

 十数年前に圧倒的だったその差は。

 間違う事無く、その距離を縮めて。


 ――いや。


 キミィの脳裏に、先の戦闘の光景が蘇る。


 ――剣術だけなら……既に俺を超えている。


 圧倒的不利な条件。

 剣術すらも、己を凌駕する相手に。

 精霊術も無く。徒手空拳で立ち向かう。

 だからこそ。

 キミィが用いるその武器が功を奏すのだ。


「グチャ」

 気付かれない程の距離を慎重に進んでいたアルトリウスは、一瞬迎撃体勢が遅れる。

 足元に蔓延る魔族の蒼い血と、雨の水溜まりが弾ける様な音を出した時には、既に互いの攻撃の間合いに、キミィは居たのだ。


 ――馬鹿な‼ 何という速度‼

 次に視線は、彼の露わになった下肢に動いていた。

 先程とは、明らかに太さの変わったそれは。


 ――国王の……筋肉肥大パンプアップ

 

 アルトリウスに戦慄。走る。


 ――自ら、距離を詰めた! この距離は……!




 徒手空拳で、武具に立ち向かう時、唯一といっていい対策がある。

 そして、それは必勝法とも言える。


 ――ゼロ距離ッッ!


 唯一、拳が最大に効果を発揮し。武器のリーチが無力化されるその距離。


 その――肌が密着する程の間合いで。

 キミィの青眼が、眩く輝いた。


 ――まずい‼ 拙い拙い拙い!

 焦り。その僅かな揺らぎを。

 キミィの観察力は見逃さない。

 次弾の対処の動きが明らかに遅れたのも拙かった。


 キミィの脳裏が一瞬で、数パターンの攻撃をシュミレートする。

 その中から、導かれた攻撃は。

「ぐはっ‼ 」

 アルトリウスが、唾液と共に、小さな悲鳴を挙げる。

 幻朧石の手枷を、思いっきり喉にぶつけたのだ。下手をすれば、首の骨に損傷を与えれかねない一撃だ。いや――上手くすれば。か。


 そうして、その怯みを予測したキミィは、次の動作に既に移っている。


 ――投げ!

 アルトリウスの背筋に再度、悪寒が走った。

 武器を最も効率的に無力化する素手の技で、打撃よりも、極めよりも、それは遥かに高い性能を持つ。しかも先の当身にて、完璧とも言えるその伏線は完成した。


 必然。

 ――神威一振流無刀の型、初の技。手首しゅこうべ落とし

 手関節で、武器を最も手放す確率が高い手首を極めたまま、一本背負いの要領で投げ飛ばす神威一振流の中では比較的地味とも言えるその技は。

 この窮地にて、キミィに逆転の面を与えた。


「あ……ああああああああ‼ 」

 キミィの段位は免許皆伝。つまりは、その流派の最大点の到達を意味している。

 キミィに体勢を崩された時点で技は決まる。

 それは、決められた事。運命の筈だ。

 しかし――‼


「く……そッッ‼ 」

 キミィが振り向くよりも早く、その袈裟に向かい、閃光が走る。

 その光はキミィの肩口で止まり、正体を見せる。

「お……お見事……流石キミィさん……」

 右手の手枷で止めた閃光の正体はアルトリウスの持つ刀身。先はその肩口に食い込み、真っ赤な血を伝えさせる。


「まさか……自ら手首と肘の関節を外すとは……」


 アルトリウスの一撃は、確かに先に剣を持っていた右手ではなく、左手に移っていた。その動作があったからこそ、キミィもその死の刹那に間に合った。間に合えた。


「残念ながら……肘は、折りました」


 そう言うと、アルトリウスは、脂汗を浮かべながらも微笑んでみせる。ぶらりと下がった右腕が呼応する様に振り子の様に揺れた。

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