伏線

 右腕破壊。

 一対一の戦闘において、それは戦果と言えるのではないだろうか?

 だが――それを相手から奪取うばったキミィに、余裕は皆無い。


 それどころか、キミィの胸中に敗北の予感が渦巻く。

 ――しくじった


 その、観察眼と。相手アルトリウスの自分に対しての過大評価。

 それは――この戦闘で、唯一キミィが彼に対して付け込める隙。即ち勝機であった。


 繰り返す。

 結果は。

 右腕破壊。

 決着に至らず――‼



「見事……お見事……それしか、言葉が有りませんよ。

 父が駆使つかっていた筋肉肥大パンプアップ……まさか、ここでそれを用いてくるとは。

 父を殺した時に盗んだのですか? 」


 ギリギリと、刃がキミィの肩を何度も行き交った。


「答えてくれないのですか……応えてくれないのですか‼

 そうですか‼ 理解わかりました‼

 キミィさん‼ 貴方は‼ 勇者という存在は‼

 危険――‼ 危険だ‼ 」

 アルトリウスの背景がぐにゃりと歪んだ。


 ――僕は……どうかしていた。

   キミィさんを、生け捕り……コントロールする?

   馬鹿か‼

   今。

   今、ここで――彼を討ち取らねば……


「ぐう……」

 キミィは小さく唸った。右肩に食い込む刃が僅かずつ。僅かずつその身を進めていく。

 やがて「パキィ」と、キミィの手枷に罅が入る音が鳴った。


 ――勝つ……このまま……

 刀身を支える手枷は間もなく砕ける。すれば刀身から身を護る物はない。その身に致命傷は避けられまい。

 喩え、利き腕でない左手でも、それは訳もなく実行される。

 腕力の差は歴然。

 その目前の勝利に――いや、勝利の予感から。アルトリウスの戦闘の才が何かを伝えてくる。


 ――おかしい。


 それは、必然的に行きつく推察。


 ――武器は、更なる血統達の手前、手放しているとして。


 それは、彼を知るアルトリウスだからこそ、行きつく推測。


 ――何故、精霊術でなく、体術を用いた?


 神威一振流はアポトウシス国にも国家剣法として伝えられている――が、それはカイイ・ハンマが竜王を討った当時の話。現在は更に理論的にも極められた王国戦闘法『スペリオル』が教え込まれている。


 偶然――である。

 キミィが体術を選択した事。それはアルトリウスの焦りの隙を突くと同時に。

 アルトリウスが『知り得ない』神威一振流の型であった。


 無刀の型。

 そして、超速の技を主とする竜の型。

 この二つは、魔王討伐数年後にカイイが新たに創り出したものだった。


 魔王戦。そして――その前日のバティカの急襲。

 この二つの闘いをカイイは己の「敗北」と評した。

 魔王戦では止めを担う事になり、バティカは後に「不意打ちでダメージを与えれなかったら恐らくどちらかが死んでいたであろう」と語った。だがカイイは敗北した。と評した相手からの賛辞とも言えるその評価をけっして鵜呑みにしない。


 カイイには信念があった。

 ――仲間の力を頼っての勝利は最強にあらず。


 剣神。その称号は、他者からの評論だけではない。

 最大の自負も存在る。最高の自尊心が所得る。


 ――一撃必殺では駄目だ。自分より早い相手には当てれない。


 ――不意打ちで刀を奪われる可能性もある。


 挫折という暗黒を穿つものは。

 自分の長き努力と、思慮だけなのだ。


 一つ彼に誤算が有るとするならば――それは、やはりその完成型を描きながらも実現出来なかった事に尽きるだろう。

 




 話は、死の羅刹を行く二人の男。その場面に戻る。


 結果だけを視るならば。体術を選択した事は正解と言えるのでは無いだろうか?

 事実――それは、アルトリウスの虚を突いた。

 ――否。

 だからこそ、不可解おかしいのだ。


 その疑問の要点は。

 追撃の投げである。

 つまりは、結果的にダメージを与える事に成功した。アルトリウスの知識の外からのその攻撃が――彼にその事を気付かせた。


 ――精霊術であれば、決していた。


 精霊術。どの国にも加担しない精霊使という特殊な能力を持った一族のそれは。

 人族が持ちうる最大最強の兵器でもあった。

 且つて、それは国同士の争いに使われた事もあると、遥か――遥か遥か古。魔王が現れるその前の事だと言われているそれによると。

 彼らが力を貸した、一兵団は。

 一国の人口の七割を消し去り、相手国を消滅させた。

 以降――人族は争いの一つの条例を他国同士で誓い合った。

「精霊使は、戦争には加担させない」という、誓いを。

 彼らがその気になれば――人族にとって魔王に成り代わる存在になる。


 一撃が確実に決まるタイミングで。

 キミィは、彼を投げた。


 ――手加減をした?

 瞬間、彼はその考えを否定した。

 最初の首への一撃、投げの際の頭部の角度は決して殺傷率の低いものではないだろう。

 ――と、なると。


「そういう事か……」

 その言葉と同時に、キミィの肩にかかる圧力が消える。

「グオッ‼ 」

 直後――腹部へ強い衝撃。アルトリウスの膝が突き刺さる。


 ――あばらが2本……


 俯き崩れるその身体を必死で持ちこたえると、血反吐を吐きながら、キミィは相手を目測する。

 アルトリウスの顔にも、夥しい量の脂汗か。雨で流されつつも、表情からそれが伺える。

だが、それを踏まえて。キミィも気付く。彼の目線が先とは違う自分の箇所に向いている事に。

 ――気付かれた……か


「そうか……そうですか。その手枷。唯一の防具になり得るからこそ。防御に徹しているのかと思えば……真の狙いは僕にそれを破壊させる事……」

 キミィは、ゆっくりと彼を中心として円を描く様に、左方向へ動く。


「幻朧石ですね。キミィさん。更なる血統と同盟を結ぼうとしながら、その相手にその様な仕打ちをする。一体何故、それでも彼らに付くと言うのです? アポトウシス国を脅かそうとするのです? 」


「……なぁ……アルス……」

 アルトリウスは、耳に神経を集中させながらも、構えを取りながら、キミィの方向へ身体を追わせた。

「勇者。と言う者が。もし――もし、人族を救う為に。人族の繁栄の為に、その能力を与えられた者なのだとしたら……」


 直後、丁度、最初の位置からアルトリウスを中心に円の四分を廻った時だった。

 今度は先に仕掛けたのはアルトリウス。


 精霊術が駆使えない――その事実だけで、最早後の先を獲る必要性は無くなった。唯一不安要素が存在るのならば、折れた右腕だけだが。

 ――一縷の問題もない‼

 それどころか、それを利用すらする、驚くべきはアルトリウスの格闘センス。攻撃選択の少ないアルトリウスの右側にキミィが動くと読み切ったその一撃。


「ぐがぁッッ‼ 」



 思わず、逃げるその小さな足が止まった。

 彼女は、聴こえない筈のその叫びを確かに聴いたのだ。

「キミィ様……」震える小さな指が首飾りに揺れる赤い石を強く握る。

 だが、本当の狂気は。彼女の前方から近付いていたのに。





「…………勝った……」

 アルトリウスがそう宣言する程の完璧な手応えであった。

 視線は遥か先に崩れる壁の瓦礫。

 今は、その砂煙ではっきりと目測は出来ないが、彼には確信があった。

 完全な角度とタイミングで捉えた剣の柄を使った中段突き。

 内臓が潰れる音と、感触。致命傷に近い、決着の一撃。

 今まで何度も何度も、それを確かめてきたアルトリウスだからこそ。その確信は揺るぎない事実と同義する。


 砂煙が少しずつ晴れる。どうやら、先の雨が弱まったらしい。陽光の明るさが視界を更に助ける様に注がれる。

 ――キミィさん……大丈夫です。拘束した後、直ぐに回復を施します……


 ここで、綴らなければならまい――

 戦いにおいて、最も危険な状況は。

『戦場において勝利を確信する事』である。

 生還してこその勝利であり、決着。


 アルトリウスのは。

 追撃を怠り、キミィに止めをささなかった事。強大な攻撃の後だからと、手を止めた事。

 途中、危険と判断し――生け捕りを諦めながら。

 精霊術が駆使えない状況と知り。目標を生け捕りに戻した事。


 その、異変に気付いた時。


 アルトリウスの全身から多大な冷汗が噴き出した。


「バカな……何故、身体が……」


 砂煙は完全に晴れた。

 真直ぐに捉えたその光景は、中々にユニークなものであったが、アルトリウスはその瞳孔を縮こませ、眉間に深く皺を刻む。


 在ったのは、二つの人影。そう……二つ。

 それは、決して急に現れたりした者ではない。


 キミィがアルトリウスの会心の一撃によって、吹き飛ばされた場所。

 そこに、初めから居たのだ。


 そう。

 同じく、彼の攻撃によって。


「全て……」

 アルトリウスはようやく理解した。

 そして、不思議でならなかった。

 これは、偶然の産物か?

 それとも計算の上の罠?

 だとしたら。

 だとしたら、いつから?


「全て……貴方の掌の上の出来事だったと? 」


 二つの人影は、一か所で重なり合っていた。

 それは、腕だ。

 キミィがまるで、服を着替えさせてもらう幼児の様に万歳している。

 それを彼の丸太の様な、そして、鋭い爪を携えた指が掴んでいる。

 いや、語弊を詫びよう。

 正確には、その腕は、キミィの手を掴んでいる訳では無い。

 掴んでいたのは。

 互いの視線が絡み合った時、その大きな掌に隠されていた、幻朧石の手枷は、砕け、瓦礫の海に「ゴトリ」と飲み込まれていった。


「海の精霊……『アメノミクマリ』……『止雨籠しうかご』……」


 キミィが呟いたその名は知っていた。

 何度も。

 彼も、仲間達が、幾度と助けられた術。それは、個体に対しではなく、場所に対し発動する特殊な精霊術。


 首すらも動かなくなるその状況で、彼は足元に視線だけ落とした。


「初めから……あの、体術も……

 そして……それで、僕が幻朧石に気付く事も……全て……」


 描かれていた。

 彼を中心に、囲む様に。地に。それは、キミィの足によって――

 最初の一歩で、わざわざバランスを崩すかもしれない、血の泥濘ぬかるみを踏み抜いたのは。

 その霊呪陣れいじゅじんを刻む塗料が必要だったから。

 不自然に思えた体術は。あくまで、通過点にしか過ぎなかった。

 そして……一見、理に適っていた破壊されたアルトリウスの右側に動いたその動きすら、本当の目的は攻撃を受ける事だった。

 いや、それこそが――その場所に辿り着く、最後の仕上げ


 到達したその結果を振り返ると。

 全ての伏線は、まるで無駄などない。


「見事だ。キミィ・ハンドレット……」

 意識を失いそうになるキミィをシコクはしっかりと支えた。

 そう。見事。

 見事、この窮地をキミィは退けたのだ。

 だが。


「ぞごまでだ……」

 地獄の底から、響く様なその声の主は。

「うごげば、ごのごむずめをごろず……」

 正しく、地獄の業火の中から生まれし、黒灰の鎧を纏った……

 地獄の使者であった。

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