幕間劇:落ちこぼれの天才 上

 それは、魔王の討伐の為、キミィとカイイが、旅をしていた頃の話。


 彼らは、旅の途中で魔王の居る世界の中心に向かう方法を、研究者達に聞く為、そこに訪れていた。

 そこは、学問と科学の国『バレンティア』豊かな緑と、水に囲まれたその土地の外見は、カイイの故郷、天下万来に似た様子であったろう。

 しかし――住人達が生活を営む、その街が全く違った。

 それは、彼らにとって、正に別世界。異世界、と言った方が良かったかもしれない。

「なんでい? あの灯篭は? 何で、炎の色が変わってんだ? 」それは、ネオン。

 

「あぶねえぞ、どいてどいてー」

 二人の横を、謎の乗り物が、すごい速度で通り過ぎた。これは、エンジン付き自転車だ。


「どうやら、期待出来そうじゃねぇか。なぁキミィ? 」

 カイイが、その厚い胸板に手を入れると、ケム草を一本取り出した。

 途端「ピッピー」と、聞いた事も無い音が聴こえた。

「そこ、ここは、禁煙地区だよ‼ ダメダメ、ケム草はしまって‼ 」

 どこからか、警備員がカイイに向かって駆けてくる。

「おいおい。マジかよ」

 罰の悪そうな顔をすると「おいら、ちょっとケム草吸ってくるわ」と、街の外に出て行ってしまった。


 ――さて……では、情報を集めるとするか……

 キミィは、マントを翻すと、その道の土地に足を踏み入れた。

 その直後だった。


「おらぁ‼ どけどけーー」

 先とは違うバイクに跨った、ガラの悪い男がその隣を抜けていく。

 だが、その先には驚いた様に動きを止めた子猫が居た。

 キミィが、非凡なる身体能力でそれを救うのは、容易な事だった。

 だが、ここに入国してから、行動に慎重を払っていた。だからこそ、動きが鈍っていた。

 そのバイクに撥ねられた子猫を、見て彼はその判断を後悔した。

「最悪だ‼ 買ったばっかの新車で猫轢いちまった~」

 そんな事を叫びながら、彼はその場をあっという間に離れていった。


 キミィが駆け寄ると、周囲の人達も轢かれ、息を引き取ろうとしている子猫に近付いてきた。

「すげ~」

「内臓バッチじゃん」

 しかし、その人達は子猫を助けるではなく、懐から、四角い物を取り出しそれ越しに子猫を見ると、まるで買い物に来たように各々で話をしている。


 ――どうなっている?

 しかし、そんな事に気を取られていたら、子猫は死んでしまう。

 ――目立つ事は避けたかったが……‼


 キミィは、金色の髪を靡かせると、宙に印を刻み始めた。

 が。

 その印は、中断を余儀なくされる事となった。


「まだ、助かるよ‼ 」

 そこに、自分と同じくらいの歳の、少年が飛び込んで来たからだ。

「こっち‼ 君、手伝って‼ 」

 彼は、唯一子猫に対し、その目で視線を送っていたキミィにそう言った。

 一瞬戸惑ったが、彼はその瞳に『救いたい』と言う信念を宿していた。

 ――この眼の者は、信じれる‼

 キミィは頷くと、素早く子猫をその少年と共に、水場へと動かした。


「よし‼ 損傷した内臓を切り取り、無事な内臓同士を接合し、傷口を縫合する」

 そう言うと、鞄が開かれ、そこには目を奪われるような光沢に彩られた、食器の様な道具が所せましと並んでいた。

「じゃあ、君は、猫の傷に、水を掛け続けて。それと、ボクの汗が落ちない様に、定期的に、額を拭いて‼ 」

 一方的な命令だったが、キミィの勘は、それに従う事を選んだ。


「よぉし、これで、もう大丈夫だ」

 最後の糸を、きつく結ぶと、彼は、汗まみれの顔をすぐに後ろに下げた。

「見事なものだ。バレンティアの『医療技術』だな、これは。

 感服したよ。子猫の呼吸も安定している、完璧だな」

 キミィの言葉を受け取ると、彼は束ねていた黒髪を戻して笑った。


「いや、君の介助のおかげだよ。

 あっ――‼ ごめん、名乗るのを忘れてた。

 ボクはアレク。アレク・クラウン」

 そう言うと、彼は血に塗れた右手を差し出す。

 一切躊躇う事も無く、キミィはその手を握った。

「キミィ・ハンドレットだ」


 二人は、少し恥ずかしそうに笑ったが――。

「いけない‼ もうこんな時間だ‼

 一時限目の講義に遅れちゃう‼

 ごめんね、キミィ。その猫ちゃん、頼んだよ‼ 」


 手を差し出した時、覗いた手首に付いていた機械を見て、彼は慌ただしくその場を走り去って行ってしまった。


 ――アレク。か。

 傍に、人気が無い事を確認すると、キミィは子猫の傷口に、手を当てる。

 すると、みるみるうちに、傷口が閉じていき、縫合した糸が解けて、その場に落ちる。

 子猫は、目を覚ますと、何事も無かったように、壁に跳んで行ってしまった。


 ――バレンティア。どうやら、中心大陸までの鍵は、ここに在りそうだな。

 それは予感よりも確かな、何かだった。


「なるほど。中心大陸に辿り着く方法ですか」

 キミィ達は、スカタに聞いたバレンティアの最高権力者『大統領』の元へ足を運んでいた。

「あの地には、魔王の結界が貼ってあり、精霊術を使用するにも、空路は困難です。

 かといって、海路には、海魔達が、わんさかと居る。

 なれば、第三の道筋を見つけるしかないんです。

 どうか、バレンティアの研究者様達の知識をお借りしたい」


 とても、目の前の十二、三程の歳の少年の台詞ではない。

 大統領は、その二重の顎に手を当て、考えた。


「わかりました」

 その答えが出たのは、間もなくの事であった。

「この国で、最も知識の高い者が集まる場所――『学園』へ案内致しましょう。恐らくそこならば、その解決法を見出す者も居る筈です。


「学園……」

 キミィがそう言った後、カイイが「なんじゃこりゃあ? 」と、出されていた飲み物を吐き出していた。

「にっげ~~、和茶とは、違って焦げた苦みばっかじゃねぇか‼ 失敗してんじゃねぇか? 」

 それを見て、大統領は困った様に額を掻いた。

「この国の南の地方で採れる豆の煮汁です。私達バレンティアの国民にとっては、大衆飲料なんですが……」

 キミィも、気になり、その黒い液体に口を付けた。

「……うまい」

 その声に、大統領は向き直ると「でしょ? 」と笑った。

「ちぃ~、おめえらの味覚、おかしくなってんじゃねぇか? 」


 カイイの言葉を尻目に、キミィはもう一口、それを口に含んだ。



「なんじゃ、こりゃ? 魔族が作る塔じゃねぇか? 」

 大統領に案内され、着いたそこに聳え立つは、天を突く様な白く高い建物。


「バレンティア最高学問施設。学園『摩天楼』です」

 心なしか、誇る様に大統領はその大きな腹を張った。


「素晴らしい――魔族の文化からも、己達の進化の為に取り入れるこの、考えは、必ず人族の繁栄に繋がる進歩でしょうね」

 キミィが、感嘆の声を挙げると、大統領は嬉しそうに鼻を伸ばした。


「はじめまして。大統領から、話は聞いております。

 私が、ここの学園長――トーマスと申します」

 白衣に身を包み、片方の目にのみ眼鏡をはめ、白髪だらけのその小さな老人はそう言うと、キミィに手を伸ばす。


「信じられない――こんな子どもが、伝説の精霊に選ばれし『勇者』……」

 その態度に、カイイは、素早く手を払う。

「失礼だぜ、ジジイ。勝手に人の身体に触ろうとするもんじゃねぇ」

 手を擦りながら、その老人は苦笑いを浮かべた。


「失礼した。いや、我が国では長年にわたって、精霊力――ここでは、エレメンタルエナジーと呼んで、長年に渡って研究をしておるのです。

 その為、目の前にその力の手掛かりがあると思うと……つい」

 頭を下げると、中央の禿げた部分が露わに見える。


「わかりゃあいいんだ、顔上げてくれ。おいらも、手を払って悪かった」


「それで、話を聞いた限りですが――かなり、その方法の活路を見出す事は難しいでしょう。それは、我が学園の学び人達を以てしても――です」

 カイイは首を横に振るった。

「それじゃあ、無駄足だ。大統領さんよ。他に、どこか偉い奴が居る所は無いのか? 」

 その言葉に、同じ様に大統領も首を横に振る。

「ここ以上の場所は、この国にはありません。

 園長――これは、バレンティアだけの問題ではなく、人族全体の未来に通じる問題だ。

 何か、心当たりは無いか? 」

 大統領の、その真摯な態度に、学園長は小さな呻き声を挙げた。


「わかりました。パラケルの所へ案内致しましょう」


 キミィとカイイは、その名の者の詳細を視線で求めた。それに気付いた学園長は説明を続ける。

「我が学園の首席学び人です。

 精霊の研究にも秀でており、恐らくは魔王の結界に反応しない精霊術……

 私達が、制作しようとしている技術。

 人工精霊による方法を最もよく知る男でしょう

 まだ、実用には時間が掛かると、以前には言っておりましたが、状況が状況です。

 私からも打診しましょう」


 キミィとカイイは顔を合わせると、一斉に頭を下げた。

「よろしくお願いします‼ 」


 四人が、廊下。と呼ばれる、真っ白い窓だらけの通路を歩く。

「か~~落ち着かねぇ色のたてもんだぜ。マジで、中まで塔そっくりじゃねぇか」

 カイイの言葉に、学園長は振り向かずに答える。

「この構造が、最も人族の『脳』に刺激を与えてくれるのです。

 全ては、この学び舎の者達の、更なる学問の進化の為。ならば、魔族の文化だろうが、獣の文化だろうが、我々は吸収する依存で御座います故」

 それが、この国の信念なのだろうと、キミィは感心しながら三人について行く。

 その先。不自然に扉の前で直立している男が見えた。


「なんだ、アレク‼ お前、また廊下に立たされているのか‼ 」

 学園長が、先までとは明らかに質の違う声で、彼に失跡の言葉を浴びせた。

 ――アレク?


 その名に、聞き覚えのあったキミィは、前に駆け出してそれを確認した。


「いや~すいません、学園長。

 あれ? お客様ですか?

 ……ん? え? その人、大統領にとても似てません⁉ 」

 呑気に、そう言う彼は、先程、子猫を助けたアレクと、同一の者だった。

「バカ者!

 正真正銘の大統領本人だ! 失礼な態度を謝りなさい! 」

 禿げ頭に、稲妻の様な血管を浮き出させる学園長に、大統領が「まぁまぁ」と宥めている。

「じゃあ、他の方は……あれ? 」

 ようやっと、キミィに気付いたらしい。

「やあ。また会えたね」

 微笑むキミィに、彼もまた嬉しそうにその顔を歪めた。

「あれ~~? 何で、こんな所に、居るの? え? ひょっとして、君も研究者なのかい?

 うわ~嬉しいなぁ、君みたいな優しい人が一緒に学問を学んでくれるなんて、嬉しいよ~」

 無邪気な子どもの様に燥ぐ彼に、学園長は拳骨を落した。

「バカもん、失礼な⁈

 この方達は、アポトウシスからわざわざおいで下さった、大統領の大切な客人だぞ⁉

 申し訳ありません。キミィ様。カイイ様」

 無理矢理、アレクの頭も下げさせると、一緒に頭を下げた。また、その禿げ頭が露わになる。

「いえ、止めて下さい。学園長さん。

 それよりも、何故彼はこんな場所に立たされているのでしょう? 」

 そのキミィの質問に、学園長は頭を下げたまま答えた。

「この、アレクと言う男は、この学園一の問題児でありまして、授業の邪魔は勿論、教えても居ない研究をしてみたり、講師に意見を述べたりするので、こういった罰を受けている事ばかりなので御座います。

 いわば『摩天楼』の恥。いや、お恥ずかしい。この様な所を『勇者』様や『剣神』様のお目を煩わす様な、このような所を」


 その言葉に、アレクは呑気そうな声で「ひどいな~」とだけ返した。


「まぁまぁ、園長。それで? 今日は何故廊下に立たされているんだい? 」

 大統領の言葉に、押さえてあった手が弾かれるくらい、アレクは勢いをつけて顔を挙げた。

「そうなんですよ。聞いて下さいよ!

 子猫が、バイクに撥ねられて、死にそうだったから必死でボクは救命活動をしたんですよ。

 そしたら、一時限目に遅刻して。

 理由を説明したら『嘘を言うな! 三時限目まで廊下に立っとれ‼ 』ですよ! くあ~~、救命活動はバレンティア国の、国民義務でしょ?

 なんで、ボクはそれに沿った行動を行ったのに、廊下に立たされるんでしょう? 」

 身振り手振りを咥え、必死で説明する彼に、思わず大統領は一歩引いてしまう。


「バカもん‼ 」三度目の拳骨がその頭に落ちる。


「また、下らぬ嘘を吐きおって! そんな嘘ばかり吐くからお前は……! 」


「いえ、学園長。彼の言った事は真実です」

 それを、遮ったキミィの声に、学園長は鳩が豆鉄砲を食ったような間抜けな顔を浮かべた。

「え? いや……しかし……」

 キミィは、一歩近づき、掌の血の跡を見せた。

「俺が、彼の補助に入りましたから。

 ――素晴らしい、医療技術でしたよ。アレクの手裁きは……! 」

 その言葉を聞くと、眉を顰めたまま、学園長はアレクの顔を覗く。

 アレクは「にひー」と、歯を見せて笑った。

「ですので、早急に彼の罰の誤解を解いてあげて下さい。俺の発言が必要なら、一緒に行きますが? 」

 その言葉に、学園長は残り少ない髪が乱れる程、大きく首を振るって「滅相も無い」と、引き攣った表情を浮かべて、そのままアレクの首根っこを掴み、教室の戸を開けた。

 一緒に、そこに入る時に、アレクは首だけこちらに向き、Vサインを見せながら「ありがとうキミィ」と笑っていた。


「おいおい、知らねぇ間に、そんな関係築いてたんかい? すげえな『勇者』ってのは、人を惹きつける才能があるとは、聞いちゃいたけどよ。見事なもんだぜ」

 カイイが、肩をポンポンと叩く。

「そんなものではないが……確かに、いい出会いではあったよ」

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