幕間劇:落ちこぼれの天才 中

 暫くして退室して来た学園長が「お待たせしました」と、頭を下げてきた。


「いえ、構いませんよ。それではパラケルさんの所に案内を宜しくお願いします」

 凄まじい受け応え能力。キミィは、それこそが情報収集において、最も重要な能力である事も理解っていた。故のこの対応だ。

 カイイが、周囲の者に気付かれぬ様、片方の口角を上げる。


 四人は、更に奥へと歩いていくと、そこは先とはまた違う雰囲気を出す作りになっていた。

「んだ? こんだぁ、気味わりぃな。 アンデッドとかの住処じゃねぇだろうな? 」

 カイイの言葉に、大統領は眉を顰め、学園長は苦笑いを浮かべた。

「ははは、ここらの研究所には、日光に弱い薬品なども御座います故。少し居心地は悪いでしょうが、どうかご了承下さい」


 そう言うと、学園長が前方に指差した。

「あの扉の向こうがパラケルの研究室です」

 そこには、まるで魔族の部隊長が待ち構えている様な、禍々しいデザインの大きな扉が姿を見せていた。

「では、私が連絡をとります故、少々お待ちを――」

 そう言うと、一人、学園長は扉に向かった。

「すまない、キミィ様、カイイ様、私も最後までお付き合いするのが筋だと思うが、公務がどうやら、差し迫っておる様なんだ。ここで、失礼するよ? 」

 学園長が扉に着く前に、大統領はそう言うと、踵を返した。

「ご協力ありがとうございました‼ 」

 よっぽど、時間が差し迫っていたのか、大統領は手だけこちらに向けて、来た道を引き返していった。


「お待たせしました……おや? 大統領は? 」暫らくして、戻って来た学園長は、その場に居なくなっていた彼を気にする。

「なんか、仕事だってよ。随分急いでたぜ? まぁ、国の代表ってな、そんなもんなんだろうな」

 カイイの言葉に「そうですか」と、一言だけ返す。少し、不思議そうに首を捻っていた。

 が、すぐに気を取り直すと「ではパラケルと連絡が着きましたので、こちらにどうぞ」

と、二人を案内して、その扉に向かった。


「パラケル。それでは開いておくれ」

 学園長がそう言うと、扉の前に在ったガラスを付けた機械が「キュイキュイ」と動き、彼らの方を向いた。

 そして、少し時間が経つと物重しい音をたてて、その扉が左右に分かれて開いた。


「んだ? こりゃあ、いってぇどういう場所でぇ? 」

 そこは、奇妙な空間だった――地面からぼんやりと、それを照らす様な間接照明に彩られた青と、黒の世界。

 やけに、冷たい風が部屋を包んでいる。と思ったが、どうやらそれは後に『空調機』という機械の機能だったという事を知った。

 しかし、それよりも異常なのは。


「これは、全て動物の死体か」

 そう、キミィの言葉の通り、その部屋には普通の部屋にはない物が所狭しと並んでいた。

 大きなガラスのケースに、一体ずつ丁寧に、それは詰められており、中には部位ごとに分けて並べられている物もあった。


「け、研究にはやはり、解剖学も必要ですので……全て、病死した動物の死体をホルマリンに浸けた物です」

 学園長が、汗を拭きながら、まるで弁解の様に二人に言葉を並べた。

「そ、それより、こちらに。パラケルのデスクがすぐですので、彼にお二人をご紹介させて下さい」

 あまり、この部屋の事は触れられたくなかったのだろう。急ぐ様に会話を切ると、学園長は足早に二人から離れる。

「ち、胸糞わりいな。駄目だ。天下万来は動物に対し敬意を払っているから、こういうの見ると、おいらは……」

 その言葉を聞いていた様で、そこの物陰から人影が現れた。

「やれやれ。貴方達が、大統領の客人。とか言う人達ですか。何用かと思えば、来て早々ぼくの部屋の批判とは……」

 そこに移された顔貌が、異常な程、悪い顔色だったのは、恐らく間接照明のせいだけでは無いだろう。

 細すぎる容姿に、伸びすぎた髪。そして、クマだらけの眼は、異様な雰囲気を彼に与えている。

「君がパラケルか? 」

 キミィの質問を彼は無視した。

「さっき、天下万来が、動物に敬意を払っている――とか、そちらのおじさんは、言ってましたよね? では、貴方達は動物を殺さないんですか? 」

 ジッとその不気味な目を向けられたカイイは、思わず怒りを目に灯した。

「ああ? んだ、てめぇは。

 そうだ、おいら達、天下万来の人族は、こんな風に生物の死体を扱ったりしねぇ! 」

 その反論に、パラケルと思われるその男は、両手を叩いて大きな笑い声を挙げた。

「冗談は、顔だけにして下さいよ。オジサン。

 まさか、知らない訳じゃないでしょう?

 天下万来は、動物肉を使った料理が、世界的にも多いし、消費量もダントツだ。

 それで『俺達は動物を殺したりしない』どの口が言ってるんですか? 」

 その様子と、言葉に、カイイは口を噤んだ。

 しかし、こめかみの血管と瞳には、恐ろしい程言葉以上のそれが宿る。

 だが、目の前の男は怯むどころか、カイイに向かって近づいてくる。

「知っていますよ~~魚とか、生きたまんまバラバラにして食うんでしょう? 活け造りって言うんでしょ? 死ぬ前のぴくんぴくん動く魚を見て、喜ぶんでしょう? 魚の気持ちとか考えた事有りますか? 」

 にやーっと口角を引き上げ、厭らしい笑みを浮かべた顔が、当たるのではないかと言う程カイイに近付いた。

「そうだな――おいらにゃわかんねぇからよ。てめぇ、代わりにバラバラになって教えてくれや――‼ 」

 カイイの身体が「ガクン」と落ちた。引き抜こうとした莫逆の友とも言える愛刀が石の様に……いや、これは失礼な表現だ。刀は石よりも遥かに重い。

 岩の様に動かなかった。

 理由も明白だった。柄の頭をキミィが押さえ込んでいたからだ。

「剣師。落ち着いて下さい。彼の言っている事も、事実で正しい箇所です」

 その冷静な蒼瞳に、当てられて、カイイの殺意はすっかりと奥に戻った。

「ち、おいらは気分が悪ぃ。部屋の外で待ってるぜ――」

 そう言うと、両手を後ろ頭に組んで、もう二人には目もくれずに立ち去った。


「? お、おい。パラケル君。ここに居たのかい?

 あ、あれ? 何かありましたか? 」

 デスクに居なかった彼を捜しに戻って来た学園長が不安そうな目で両者を見ている。

「いえ? 何も。さぁ、それではパラケルさんに、意見を貰いたいのですが」





「結界とか知らん。 無理」

 事情を事細かに学園長から聞いたパラケルは、砂糖が溶けずに浮かぶほど入れた豆の煮汁を啜っていた。

「な……! そ、そんなあっさりと言わないで……

 ね? 大統領も君に期待しているんだよ」

 キミィは、先から学園長の言葉遣いの変化を疑問に感じていた。まるでおだてる様に下てに出ている。

「結界って不解化魔法でしょ。それを解読して無効化とか。計算だけで二年は掛かる。めんどい。無理」

 あっさりと言い放ったが、これは裏を返せば「二年で、魔王の結界を打ち破る」という宣言だ。その絶対の自信を当然の様に言い放った。

 そして、どうやら話は平行線を辿るらしい。

 だが、それでも必死で交渉する学園長に対し、パラケルは異様な反応を見せた。


「も……う……だからぁ~~~、出来ないんだって~~‼ 」

 突然、髪を掻き毟り、頭を机に打ち付けだした。徐々にその威力が増していき、デスクの上の物がバサバサと落ちると同時に、額から流れた血液が周囲に飛び散った。


「わ! や、止めろぅ‼ パラケル君! わ、私が悪かった‼ 許しておくれ‼ 」

 そう言って、彼を抱き締める様にして動きを止めると、困ったような表情をキミィに向けて、学園長は首を振った。


「ありがとうございました――貴重なご意見……参考にさせて頂きます」

 そう言って、頭を下げると、キミィも退室しようとした。


「なんだよぉ……今日はぁ~、買ったばかりの新車は汚れるし~~」


 不意に、後ろで聞こえたその声に、キミィは不思議と既視感を覚えていた。




「んだよ! あの、気味悪ぃクソガキが!

 おい、キミィ‼ あんな奴、頼る必要ねぇ‼

 おいらだけじゃなく、天下万来の文化までコケにしやがって‼

 おいらたちゃ、食う生物には、きちんと『いただきます』って、精神で臨んでんでい!

 それを、あのクソガキ……」


 戻る廊下で、隠すでもなくカイイが怒りを口にしていた。

 それを見ながら学園長はハンカチで汗を拭きながら、何やら神妙な顔をしている。


「どうか、致しましたか? 学園長」

 キミィの言葉に「ビクン」と、学園長の身体が跳ねた。

「あ……いえ……その」

 何故か、言葉がしどろもどろになる。

「すいません。お役に立てませんで‼ それでは、私も職務が有りますので‼ これで‼ 」

 そう、声を張り上げると、こちらの様子を見る事も無く、廊下を駆けて行ってしまった。

「なんでい? ありゃあ」

 取り残された二人は、暫しその理由を考えるが、答えは出ない。そして、それよりも重大な事は。

「どうすっかな。おい」

 そう――カイイの言葉は、全てを集約したものだった。

 ここに来た目的が、今果たせなければ、これはかなりの痛手だ。

 ここ、バレンティアが、その答えの最後の砦だったという事もあるが。魔王の結界を解かずして中央諸島に向かう事。それは、即ち――敗北の可能性を大きく高めるものだ。


 流石のキミィも顔を俯かせ、考える事しか出来なかった。

 そんな、二人の気まずい空気に、場違いな。まるで竹を割った様な声が届いたのは、その後すぐだ。

「あ~~~いたいた。お~~いキミィくーん」

 片眉を下げて見たその先には、まるで世界の幸福全てを受けた様な表情を浮かべた少年が居た。彼は駆け寄ると、直ぐにキミィの手を掴んだ。

「いやぁ、ありがとね‼ ありがとね‼

 おかげで、三時限目の講義には参加出来たよ‼ 君が学園長に証明してくれたおかげだ~」

 だが、キミィ達は、それを喜んでいる暇はない。

「おい、キミィ。行くぜ」それを、表す為、断る事の出来ないキミィの代わりに、カイイが二人を引き離した。

「待ってくれよ。

 君達――『勇者』なんだろ? 」

 離れていく二人を追いかけながら、アレクは話を続けた。


「ねぇ、話を聞かせてよ‼ 外の事や、魔族と言う生物の事‼

 ボクは、ここの勉強だけじゃ、満足出来ないんだ‼ 君達の話が聞きたい‼ 」

 まるで、無礼な態度だが、彼の表情や声には、二人を困らせようと言った色が付いていない。そう。悪意が無い。というやつだ。

 だが、それも時と場合によれば、非常にまずい結果をもたらす。

 特に、この時のカイイには、この行動は不味かっただろう。事実。直後。

「やかましい‼ クソガキが‼

 こっちは、結界の解き方が結局見つからなくて、無駄足だったんだよ‼ 」

 と、アレクの脊椎を破壊しかねない怒号が飛び交った。

 流石のアレクも、一歩後ずさり、距離をとる。


「ち、解ったら、おいら達に関わんな。こっちゃ、おめえさんみたいなお偉いさんじゃねぇから、忙しいんだよ」


 キミィも、言葉は添えなかったが、寂しそうな。申し訳なさそうな瞳でアレクを見て、背を向けた。


「ねぇ――」

 されども、声を掛けて来た彼に、とうとうカイイの堪忍袋の緒が切れた。

「てめぇ‼ こんだけ言っても解んねぇのか‼ 」

 カイイの本気は、キミィでも止められない。

「いけない剣師‼ 」と、その行動を制する言葉を発するだけだ。


 カイイは先のパラケルとの会話から、怒りは頂点を突破していた。

 唯一の良心は……刃を裏返していた事か。

 ――しかし、それでも。

 恐らく、カイイの剣戟は、人を――殺傷する‼


 恐ろしい光景は次の瞬間に訪れるだろう。

 そう――本当の恐ろしさとは。

 予想を覆す――結果。


「おい……」

 カイイは、歴然の剣士。確かに短気な性格が戦士としては、欠点だろう。

 だが、本当の脅威と対峙した時――その全てを置いて、彼は誰よりも冷静さを見せる。

「け、結界って……こ、これの事ですか? 」

 その迫力に、尻餅をついて顔を引き攣らせるアレクと。

「なんでぇ、これはよ? 」

 冷静さを取り戻したカイイ。

 二人の間には、赤透明の光の壁が、その刃を受け止めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る