act2:エピローグ

 時は、少し遡り、キミィとシオンの手が離れた時。

 実は、キミィを以てして気付かない程の、完全に気配を殺した大きな影が、彼らの向かい側に居たのだ。

 それは、負傷し、墜落せんとするシオンに向かい、交互に崖の壁を蹴り上げ、彼女を抱き締め、そのまま川に落ちる。

 とても、巨大で、力の象徴の様なその塊は。むき出しの卵を護る様に、優しく。優しくシオンを抱き締めたまま、川の流れに身を任せ。滝へと落ちた。



 そんなシオンが、目を覚ましたのは、その全てが終った二日後だった。

「う! 」

 起き上がった時、弓矢を受けた肩が痛みを走らせた。

 しかし、その個所を見ると、そこには包帯で処置が施されている。そして、自分が寝ていた場所は……ベッドだ。それも、清潔な。シオンの頭に止めどなく疑問が浮かぶ。


「気が付いたか」

 その声は、どこかで聞いた様な覚えが在った。しかし彼女は最もその声を掛けてほしかった相手の名前を呼んだ。

「キミィ様? 」

 そう、呼び掛けながらも、そこに居たのは、明らかにその人物の影とは違うものだった。

「元気そうで、何よりだ」

 そこに、腰を掛け、腕を組みこちらを見ていたのは、およそ人族とは違う容姿。

 獅子を思わせる上半身に、異常に発達した筋肉の身躯を持った。

 一言で表すならば……怪物。


 しかし、シオンはその者を見て、怯える事も無かった。

 それどころか、再会を喜ぶ様な声を挙げたのだった。


「お久しぶりです!

 ――シコク様‼ 」






 朝陽が、山々の向こうから、そこを照らす頃。小鳥がまるで喜び、歌う様に鳴いている。

 エリカの遺体は、意識の戻った焔の都の者達によって運ばれていった。

 聞くと彼らにも、エリカから命令が下されていたらしい。

 もし、キミィ・ハンドレットの捕獲に失敗したならば、それを、自分の死を持って責任をとると。そして、その後はキミィ達の後は決して追うな。と。

 カイイは、肺の病に侵され、もう余命が幾ばくも無かったらしい。

 焔の都は、周囲の都に比べ、力が弱かった。それでも大きな都に引けを取らず交渉が出来ていたのは、剣神。範馬魁夷の絶対的存在だったのだという事は、誰にも明らかだった。

 彼女も、また、その圧力を感じていたのだ。娘として――次期長として。都をその背に負う重責に。


 そんな時、都を脅かす様な自分達がやって来た。

 彼女は焦っただろう。しかし、それは逆を返せばチャンスでもあった。

 王国に叛逆した伝説の『勇者』。

 それを捕える事が出来れば、彼女もまた『剣神』の娘として――焔の長として。恐らくは大きな力を得る事が出来たであろうから。

 二人を失った焔はどうなるのだろうか? その力を失い、衰退し消えていくのか?

 ――いや。

 そんな事は、絶対に無いだろう。

 彼らは、種を蒔いた。そして、その『心』を伝えた。

 必ず、それを受け継いだ新しい、若い芽が、また都を支えていく筈だ。

 それが、カイイとエリカの証明にもなるのだから。




 キミィは、大きく息を吐くと、崖を再度睨んだ。

 ――シオン……


 崖の下に、彼女の姿は無かった。

 それが、何を意味するかと言うと。

『死んだ事実は無い』という事だ。

 単に、遺体が川に流された可能性もある。だけど、キミィはそれを除外した。


 ――必ず、見つけ出す。


 その胸に灯るは、決意の炎。

 あの、夜に誓った言葉が、再度己の中で蘇る感覚を彼は確かに感じた。


 朝日に、その強い視線を向けると。

 彼は、力強い一歩を踏み出したのだった。

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