隠謎

 風呂から上り、浴衣に着替えた二人を部屋で待っていたのは、三畳は在ろうかという程の大きな机に乗った色とりどりの料理だった。


「おう。ちぃと早いが、晩飯としようや」

 そこに並べられた座布団。キミィの横に倣ってシオンはちょこんと、小さな身体を落した。その様子をにやにやとカイイは眺める。

「おおお~、そうやって服を着とると、いよいよ以て人族のチビ助にしか見えねぇなぁ……その子が、件の淫魔のお嬢ちゃんだろ? 」

 カイイの言葉に、一切の悪意や中傷の意は無かったが、それでもシオンは少し瞳を落した。


「夢魔ですよ。剣師――淫魔は、人族が彼女達に付けた蔑称です」

 キミィの言葉に、シオンの顔が向いた。そして、それを言われたカイイは「ん? 」と暫しその言葉の意味を考えて罰の悪そうな顔をして、シオンに言った。

「あ……あ~~そうか。すまん。すまんかったな。お嬢ちゃん。堪忍してくれ」


 頭を下げながらそんな事を言うから、シオンは慌てて手を振る。

「い、いえ。どうか、お気になさらずに――」

 しかし、それよりも、彼女は記憶を遡り、気付いた。

 ――そっか……

   そう言えば、キミィ様には『淫魔』って呼ばれた事……無かったな。


 食事があらかた済むと、旅の疲れか。いや、それは当然だ。幾ら魔族で知性が発達していようと、身体は人族の幼女程度。

 うつらうつらと、彼女は首を揺らしている。


「お嬢ちゃんは、目ん玉が溶けて落ちそうだな。

 お~い、エリカ。居るかぁ? 」

 その言葉に、颯爽と襖が開かれた。

 そこに、現れたエリカは、着物に着替えており、キミィは思わず口の中の物を一斉に飲み込んでしまう。

「御呼びですか? 」エリカはカイイにのみ、瞳を向け、キミィの方には一切介さない。

「お嬢ちゃんがダウンだ。悪ぃが、布団まで運んでやってくれ」

 そう言われると、静かにシオンを抱きかかえる。

 その姿はまるで、あの日の――。


「カカッ、おい。エリカ。そうやってっと、おめぇら、親子にしか見えねぇぞ」

 その、キミィの思いを、カイイは笑いながら口にした。

 しかし、エリカは一切表情を変えず。

「冗談でも、妻と娘を護る事も出来なかった男と、夫婦の契り等、交わしたくありません。失礼します」

 言葉の刃を、キミィに突き立て、部屋を後にした。


「…………悪ぃな。まぁ、気にしないでやってくれや。あいつは、本当に姉ちゃんっ子でよ。エリスが死んだ後は、ずっと部屋で泣いて出てきやしなかったんだ」

 言葉の刃で痛む胸を擦りながら、キミィは首を横に静かに振る。


「いや……エリカの言う通りです。世界を『魔王』の手から救ったと、周囲に言われて。その実、結局は、愛するエリスとミナを護る事が出来なかった。情けない男です」そう、寂しそうな瞳を浮かべたキミィだが、直後にカイイは厳しい顔つきに変わる。


「そうだ。話してぇのは、その件なんだ」

 その言葉にキミィも瞳を起こし「その件? 」と眉を顰めた。


「ああ。そりゃあそうだろ。おいらの娘と、可愛い初の孫娘が殺されたんだ。

 そもそも、おめぇも、薄々気付いてたんだろ?

 だから、あの――容疑者として捕らえられた少年の処刑を止めた。

 そうだろぃ? 」

 気付けば先までのお道化た雰囲気は一切消えていた。


「だから、おいらは真実を探る為に都度都度、部下の隠密をアポトウシスに放った。

 だけど。だけどな?

 何故か、誰一人として、戻ってこねぇんだ。

 あいつらは、裏切る様な真似はしねぇ。おいらを何度も助けてくれた信頼出来る奴らだ。

 しかも、おいらが頼んだのはその中で精鋭の人物ばかりだ。

 そんな大切な部下を失って、ようやっとおいらは気付いた。娘と孫――二人が殺されたこの事実には……何か、大きな闇が潜んでやがる。

 んで――それを、伝えようとした矢先。

 おめぇは、死霊の山になんか籠りやがるし。バティカとアレクの小僧も行方をくらましやがった」


 それについて、キミィは知っていた謎の情報を、尋ねた。

「そう言えば、バティカが叛逆したと、聞いた。あれは、真実か? 」

 それに、驚いた表情を見せたのはカイイだ。そこには明らかにおかしな点があった。

「ああ? 何言ってんだ? おいらはそれを止める為に、おめえが部隊率いて遠征に向かったって聞いたぜ? 」


「なに? 」今度は、キミィの眉間に皺が寄る。


「何もどうもねぇよ。エリスが心配そうに、幻影転送でわざわざおいらに連絡を入れてきたから間違いねぇよ。おいらは、そう聞いたぜ」

 キミィの鼓動が気味の悪い波形に襲われる。

「エリスが? 」それは、どれも十年以上の歳月を経て、知り得た事実だ。一体それが何を意味するのか。カイイはその様子に、また疑惑を深めた。


「どうやら、この件。まだまだ、調べる必要があるみてぇだぜ? 」

 だがその言葉も届かない程、キミィは困惑を隠しきれなかった。


「おい。キミィ……まぁ折角父子、久々の再会だ。今日はこの辺にしようや……ほれ。注いでくれ」

 そう言って猪口をキミィに向ける。

「なに、時間はこれから、たっぷりとある――し」

 直後、持っていた猪口が「パリン」と、粉々に砕ける。

「おいらと、おめえが組めば、暴けねぇもんなんか、ねぇ。

 必ず、裏で何が起きてんのか……さらけ出させてやろうぜ」

 ぽたぽたと落ちるカイイの血は、まるで、炎の様に、熱を帯びていた。





 床の間まで行くと、そこに用意していた布団に、シオンを降ろした。

 彼女を見つめるのは、氷の様に冷え切ったエリカの瞳だ。


 すやすやと寝息を立てるその顔は、いつか見たあの顔と重なる。

「く‼ 」足音も立てずに、部屋の枕元に飾ってあった護刀まもりがたなを抜くと、その切っ先をシオンに突き立てた。

 だが、身体の振戦がひどく、照準が定まらない。

「くそ‼ 」そう悪態をつくと刀を鞘に戻した。

 その瞳に、月明かりに照らされ、一筋の光の粒が零れ落ちた。

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