「すっ! はっ! 」

 顎に手を当てシオンは、ひた向きに剣を振るうキミィを眺めていた。

 まだ、肌寒さを残す朝陽が、その飛ぶ汗に反射して、綺麗な光を浮かべる。


「ははぁ、死霊の山なんぞに、隠居したから大分訛ってやがるぜ」

 その声に振り向くと、カイイがケム草を咥えながら背後に立っていた。

「びっくりした! いつの間にそこに? 」

 そのシオンの言葉に嬉しそうにカイイは笑った。

「ははは。お嬢ちゃん。おいらの駆使つかう『神威一振流かむいいっしんりゅう』は、気配を殺して背後を取るなんかは、基本中の基本でい」



「お嬢ちゃんは、随分あの小僧が気に入った様じゃねぇか? 」

 笑いながら、プカーッと煙を吐いた。浴びたシオンは思わずむせ込む。


「カイイ様も、キミィ様にとても優しい目を向けておられますね? 」

 その言葉に、カイイはニカっと笑った。

「娘の旦那だからな。

 そりゃあ、おいらが気に入らねぇと、大事な娘を渡しゃあしねぇよ」

 その言葉にシオンは「え⁈ 」と解りやすく表情を曇らせた。


「おお、娘も居たんだぜ。丁度お嬢ちゃんくらいの大きさ……うん。よく見りゃあ、お嬢ちゃんによく似てる。ミナっつってな?

 天下万来の言葉『みなもと』って言葉からとってんだ。全ての力の元。ってー意味さー」


 シオンは、なるべくその消沈を隠そうとしてはいるが、表情には一切それは隠れていない。

「結婚――されておられたのですか……キミィ様は……」


 カイイはもう一度プカーッと煙を吐いた。

「悪ぃ事、言っちまったかな? 」

 シオンは首をブンブンと振った。薄藤色の髪が、キラキラと眩く。

「いえ、すいません。ただ、そういう――自分の事。キミィ様はあまり話して下さらないから……」


「あいつの口から、聞きたかったか……」

 カイイの言葉に、顔を赤らめ、俯く。

「参った。お嬢ちゃん。マジであいつにイカれちまってんだな」

 そうして、彼は嬉しそうに笑うが――途端、急に咳き込んだ。

「だ、大丈夫ですか⁉ 」駆け寄ったシオンは、それを見て身体を強張めた。

 彼の押さえた指から滴るのは、真っ赤な血液だ。


「へへ――見られちまったな……」

 罰の悪そうな顔を浮かべると、カイイはゆっくりと立ち去って行った。






「さぁて、ほいじゃあ、今日も呑むか――なぁ、坊主? 」

 シオンは、すっかりと風呂の虜になったようで、朝食の後、また浴場に向かったそうだ。


「呑むって……まだ、陽が上に昇りきってませんよ? 剣師……」

 カイイは、和酒を一気に煽ると「つれねぇなぁ」とすぐに二杯目を注いでいる。


「バティカがやられたと、聞きました」

 その手が止まり、酒が猪口から溢れ零れる。


「――誰が、言っていた? 」

「サーヴァイン……第一王子です」

 徳利を、置くと「それから? 」と、カイイの表情に鋭さが増す。

「やったのは――アルスだと。言っていました」

 カイイは腕組みをし「アルス? 」と聞き直した。

「第二王子のアルトリウスの事です」

 カイイの白髪交じりの眉が動く。

「白騎士の小僧か。確かにその実力は――高いだろうが……まだまだ未熟だ。バティカが遅れを取るとは考えられん……もし、その話が本当だとしたら……」

 或いは――とその言葉は続く筈だった。それが何を意味するのかは現在では繋げる点が無い為、はっきりとは言えない。


 だから、この話は一旦ここで中断する。新たな情報が必要だという事が解ったのが、現在の収穫だ。



「そう言えば……アレクとも連絡が取れないのですか? 」

 キミィにとっては、これも新たな情報だ。是非耳に入れておかなければいけなかったろう。


「おう、あのガリ勉の小僧も、丁度この時期に重なってな。文を送ろうが、使いをバレンティアに送ろうが、行方掴めずよ」

 キミィの脳裏に、嬉しそうに笑う黒髪の青年が、再度浮かんだ。


「思い出すな――バレンティアに辿り着いた時、あの小僧は、落ちこぼれって扱いを国から受けてたんだ。それを……お前は見抜いたんだからな――あいつの本当の才能って奴をよ」

 キミィは、微笑んで首を横に振った。

「いえ……そんな大層な事ではありませんよ。私があんな事をしなくとも――いずれ、彼の功績は認められたでしょう……」

 カイイは懐かしむ様に遠くを見た。


「だが、あいつが仲間に入っていなきゃ、魔王との対決は勝てなかったかもな」

 そうして、猪口の酒を飲み干す。

「確か、魔王戦の後は――魔王の体質の調査や、魔族の研究をしていた筈ですよね? 」

 空いた猪口に、キミィは水を注いだ。

「おう、天才は変人ってな。魔王の肉片を持って帰る~って、戦いでへとへとになったおいら達を、よそに、色々持って帰ってたな……って、おい。キミィ‼ おめえ、水容れたろ? 」


 ――アレク……君まで、居なくなっているなんて……


 二人の間に、しばし沈黙が生まれた。


「キミィ様ーーーーあっ、フジ様ーーー‼ 」

 パタパタと羽根をはためかせ、飛び込んできたシオンがその空気を裂いた。

「はぅあっ‼ し、失礼しました‼ 」

 その場に、カイイも居た事で、我に返ったシオンは、顔を赤らめて、胸と下腹部を両手でそれぞれ隠した。

「ははは。お嬢ちゃん。じゃじゃ馬なのは、別に悪ぃ事じゃねえけど。服は着とかねぇと、色々と不味ぃわな。ここには、おっさんばっかりしか居ねぇからよ」

 一瞬、ギョッとしたが、すぐにカイイはいつもの調子に戻ってそう言い放つ。


「どうしたんだ? そんなに慌てて」

 キミィが近付いて、優しく近くにあった着物を羽織らせた。

「あ……す、すみません」

 シオンは、顔を真っ赤にしてもじもじと、俯きながら答えた。

「お、お風呂に入ってると、町の方から、変わった音が聴こえて……それに混じって子どもの楽しそうな声も聞こえて……

 それで、飛行して遠くから、様子を見ると――何か、とても賑やかな催しを開かれてて‼ 」


 カイイが、ケム草に火を点けると、それに答えた。

「おおう、そういや、今日は『藤祭り』か。おいらも、後で覗いてみるかな? 」

「フジまつり? 」

 蜜色の瞳がキミィに説明を求める。彼は、頭髪を掻くとそれに応える。

「ああ。まぁ……何というか……町の皆でお祝いで騒ぐんだよ」

「どうしてですか? 」

 子どもの無邪気な好奇心だ。質問が早い。


「藤の花が咲く頃ってな――この辺じゃ稲の田植えの季節なんだ。それで、土地の神さんに『美味ぇ米がたっくさん出来ます様に』つってぇお願いついでに騒ぎまくるんだよ。

 お嬢ちゃんも、キミィに連れてってもらうといい。祭りも、天下万来特有の文化だからな。最近はバレンティアも真似てるみてぇだが」


 カイイの言葉を聞くと、解りやすい程、シオンの表情が明るくなった。

「行くか? 」キミィがそう言うと、まるで開いた花弁の様に、その顔が更に緩む。

「はいっ‼ 」

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