荼毘
直後、剣に多大な重みが加わり、キミィは終わりをその両手に受け止めた。
「やりやがったなーーーーーーー‼ キミィ・ハンドレットーーーーー‼ 」
サーヴァインの怒号で、ようやっと我に返った観客達は混乱に陥いる。
今。起きた出来事は。自分達が期待していた見世物ではない。
殺人。
しかも、殺された人物は、この国最大の権力を持つ者。国王。
前代未聞。未曾有の大事件の現場。
「国王殺害は最早、罪なんて言葉では片付かないぜ~~? 」
そう言いながら、サーヴァインは隣の兵に顎で合図を出し、己に鉄仮面を装着させる。
「随分と、嬉しそうだな。サーヴァイン」
背を向けたまま、スカタの遺体を優しく地に抱き下ろしたキミィは、スカタの安らかな顔を見たまま、そう告げた。
「まぁな。そりゃ、なんつったって、国王――父上を殺した相手を、今から屠る事が出来るんだ。これ以上の喜びはねぇだろ? 」
キミィは、ゆっくりと振り返った。
舞台上空の観客席は、皆が皆逃げ出そうとして大変な事態になっている。
「違うな。貴様の言葉には、
貴様の瞳には、深い闇が潜んでいる。
国王が、私に殺されてもいい。
そう考えながら貴様は、この結末を描いていた。違うか? 」
二人の間の空間が、水飴の様に歪んだのは、恐らく周囲の兵達の錯覚ではない。
「無駄口は、この位にしようぜ。大罪人キミィ・ハンドレット」
そう言うと、サーヴァインが指を鳴らした。
それは、合図だ。
――命を捨て、我に敵を討たせん。
残酷な。主から部下への、殉職宣告。
「あ…………うわあああぁああぁああああ‼ 」
数名の鎧騎士が、剣を振り上げ、突進す。キミィは、それを見ると。
なんと、自ら歩を進め、そこに向かった。
まるで、朝の新聞を玄関に取りに行くように。
その行動に、虚を突かれた鎧騎士達。時間にしては、手を叩いた音が鳴り。そして、鳴り終わる程。つまりは瞬間。
その間に。
キミィの拳が、向かった三人の鎧騎士達全員の鎧の隙間に滑り込んだ。
直後、三つの重い物が崩れ落ちる音。
「あ……あああ……ひ、ひぃいいい‼ 」
彼らは『兵士』ではあるが『戦士』ではない。
知らない。
蹂躙すべき魔族以外を相手取った勝負など。
ましてや。
ましてや、相手はあの。『勇者』彼らの中で、その者の強さを実際に見た事の在る者は居ない。
だが、噂には聞いていた。そして、それはよくある逸話。作り話の域を超えていないものだと……勝手に解釈していた。
――話以上だ。
そう、理解したからこそ。彼らの中で、背を見せキミィから逃げ出した者が居たとしても。それは、何ら不思議な事ではない。
が。
「はれ? 」
逃げ出した鎧騎士達は、相次いで不思議な光景。そして、感覚に陥った。まるで、景色が何回転も巡るのだ。
そして、身体に力が全く入らず、地に倒れる。
「逃げたらいけんだろうが。どう考えてもよ」
サーヴァインの剣に、雨の様に血が滴る。
「あ、あわわわわわ」
残った数名の鎧騎士は、その場に、腰を抜かした。拍子に先のサーヴァインの一撃で頭部を失った仲間の身体が恋人の様に寄りかかってくる。
「ひいいいい」
「仲間を殺すか」
キミィの言葉に、彼は唾を吐いた。
「お前は、国王を殺したがな」
そして、そう言った瞬間だった。キミィがサーヴァインの
しかし。
「うぎゃあ‼ 」
その悲痛な叫びは、遥か後方、いや上空より聞こえる。
「きゃああああああああ」
同時に、悲鳴が挙がった。
「何の真似だ。サーヴァイン……‼ 」
サーヴァインは、両の手に短刀を何本も器用に躍らせている。
「あん? そりゃ、お前。犠牲者は多い方が、あんたを大罪人として、殺す事の評価が上がるだろ? よっっっと‼ 」
あたかも、釣り竿の糸を投げ込む様な気軽さで、サーヴァインは次々に逃げまどい、隙だらけの観客を刺し殺していく。
「よぉぉし‼ おい、お前」
指差された鎧騎士は、一瞬呆然とした後、すぐに直立姿勢をとった。
「油を撒いて、この施設を燃やしてこい。逃げ遅れた奴や、死体がしっかりと灰になる様に。横着せずに、たっっっっぷりっと‼ 油を敷けよ? 」
鎧騎士は、その言葉を聞いた第一声は「は? 」と聞き直すものであった。
「ち」即座に、サーヴァインは彼の鎧の隙間から刃を滑り込ました。
「おい‼ 隣のお前‼ お前は、俺の言葉をしっかりと聞いとったよな⁉ 」
その言葉に、背筋を目一杯伸ばし「はいいいいい‼ 」と、彼は勢いよく答える。
「じゃあ、とっとと、行けぇ‼ 」
その舞台には、キミィの
居るのは、キミィとサーヴァイン、そして。意識の無いシオン。
この言葉が恐らく、表現に最適であろう。
――舞台は。整った。
「行くぜ。キミィ・ハンドレット……」
その言葉が言い終わらない内。サーヴァインの狂気と殺意に満ちた、凶刃が、キミィの袈裟をなぞる様に放たれた。
がッッ‼
――やっっるぅ……‼
紙一重。いや、紙一枚。シャツ一枚。
キミィのボロボロのシャツがその刃の走った後に、ひらりと身を覗かせた。
しかし。そこに、血は滲まず。
その意味。
「カッ」しかし、それを踏まえてなお。サーヴァインの気迫は一切揺るがない。
その頃だろうか。周囲に異臭がまず、立ち込めてくる。
「火が付いた様だな」
その様子を察したサーヴァインが先に理由を伝えてくる。
「おらおらおら‼ 時間はもう、残り少ねぇぞぉ‼ 」まるで、玩具にはしゃぐ子犬の様に、サーヴァインから、目まぐるしい剣戟の嵐。
しかし。
当たらない。
最初の一撃がシャツを切ったのが、最早、遠い記憶か。
――な、なんでだ‼ なんで、一撃も当たらねぇ‼
サーヴァインがここに来てその脅威に、気付いた。
『黒騎士』の称号は、決して伊達ではない。それこそ、王家の血の恩恵によるものでもない。サーヴァインが、鍛錬と、戦運により、得た武功。それにより、評価されたもの。
もう一度、確認す。この称号は、決して伊達ではない。
「お、お前……俺を、嘗めてるのか? なんで、反撃をしてこねぇ? 」
キミィは、全く表情を変えない。それどころか、剣をだらり。と下げ、構えを解いた。
その行動、サーヴァインには侮辱に見えた。そして、その推測。
間違いではない。
「貴様は、切り伏せる価値もない。サーヴァイン。殺した仲間達への懺悔とし、貴様には、戦士としての誇りも与えない」
それは、最大級の武人としての侮辱。
「ふざけるなぁああああ‼ 」
足元で、失神していた鎧騎士に、剣を容赦なく突き刺した。怒りを八つ当たりし、何度も何度も突き刺した。
「貴様は、本当に人の……仲間の命を何だと思っているんだ? 」
サーヴァインは、鉄仮面の顔面部を開くと、その真っ赤に充血し狂気に満ちた瞳をキミィにぶつける。
「はぁっ? んなもん、俺以外の命は、俺の為に存在しているに決まってんだろが。俺が頂点。まぁ、生かしておいていい奴ってのは、王家とか、そう言った選ばれた者だけだ。
他の、ごみの様に湧いて出てくる、一般人は、便所の紙と一緒だ‼ そうだ‼ 魔族はそれ以下の便所の水だ‼ はーっははは‼ 」
その言葉に、キミィは湧き上がる嫌悪感を、表情には出さず、無表情で受け止める。
それに腹を立て、サーヴァインは、生きていた残りの二人の鎧騎士も殺す。
「そうだ、思い出した。すっかりと忘れてたよ。実はお土産があったんだった」
突然、そう言ったのは、最後の鎧騎士を、数十回突き刺して、剣が血まみれになった時だった。
「いやぁ、あんた、羨ましいね。ホント。その魔族のガキにも、懐かれちゃって。滅茶苦茶ぶん殴ってやったのに、口割らねぇの。おまけに、親父が見世物にするっつーから、殺す事も出来んかったし。いや。ホント。ホントよ? ホント。
ほら、こいつなんか、喋らんもんじゃけ、ついつい、勢いで殺しちゃったよ」
そう言うと、腰から何かをもぞもぞと取り出し、キミィの足元に投げる。
一瞬、爆発物を警戒したが、それは、全く違うものだ。
音が、違う。金属や、陶器の様な固い音ではなかった。こう「べちゃ」とか「びちゃ」といった、軽く、そして、軟らかい音だ。
すぐに、それが見慣れた物だと知る。
耳。それは、耳だ。人の耳。それを、切り取って持ってきたらしい。
ここで、疑問が浮かび上がる。誰の? この耳は、誰の耳だ?
キミィの思考が超速度で駆け巡る。
死霊の山は、精霊の加護を受けている自分だからこそ、生活が可能だと思っていた。
ここならば、余計な目は無いだろうと。
だが、監視されていたのだとすれば?
『勇者』その力は、脅威だ。何せ、この世界に幾年にも渡って支配していた最大の力を退けた力。世を捨てたとして。
それを、放置など。許される筈が無い。事実、今『勇者』は味方であった筈の人族にその刃を向けた。
こちらの行動は、初めから監視されていた。と推測は行き着く。
「まさか」
遂に、キミィは口を開かされた。そもそも。この場面。キミィを動揺させる意味合いならば。それが通用するであろうその耳を持つ人種は。僅か。
「ああ。あの豚。最後までお前の事を知らぬ、存ぜぬと言い張ってたぜ。明らかにてめえの店からあんたが、出て来たのを見た兵士が居るってのによ」
サーヴァインは、そこで言葉を区切った。いや、区切らざるを、得なかった。
キミィの蒼の瞳が、輝光の線を絵ぞる様に、動いた。
その始点は、キミィが最初に居た場所。
終点は、サーヴァインに、攻撃が届く最低の間合い。
――待ってたぜ。
サーヴァインもまた、黒と赤のみの。人外のそれが淀み輝く。
振り上げた剣に、闘気が目に見える程、邪悪な。輝き。
完全に、それはサーヴァインが撒いた罠の種。
動きの先を見据え。見据え切った。行動。
はっきりと書こう。
作戦をたて、それが成功した時。喩え、それが大きな戦であり。相手がどれ程、強暴であったとしようとも。
それは、最早、決着と言える。
歴史が物語っている。
一騎当千を成し遂げた最強の武将も。
神をも殺したと言われる神話の戦士も。
作戦。または罠に嵌るなれば。いとも簡単に彼らは屠られている。圧倒的に戦力で劣る者達に。
それが、作戦。そして、罠の力。それに抗える者は居ない。可能性すら約束されていない。
今、サーヴァインの目の前で。
歴史を否定した現実が巻き起こっている。
――おい。
――なんで。
――さっきよりも、そんなに早く動いてんだよ?
明らかにキミィが、彼を振り切った後に、その縦斬りが、地面に刃を突き立てた。
周囲が、炎に包まれ出し、色々な煙が視界を遮りだす。
サーヴァインは、鉄仮面を外す事も忘れ、夥しい脂汗。いや。もう、その表現では正しくない程、場は炎によって灼熱と化していたのだが。
ともあれ、彼は必死でキミィが。キミィの剣が通り過ぎたであろう、箇所を。もう一度己で確認した。
しかし、そこに傷はおろか、変化したものは、何一つ見出せない。
――無傷?
その、様子を見る事も無く、キミィは剣を鞘に戻し、シオンをその手に抱くと、出口に向かい歩き出した。
「な、何してやがんだ‼ てめ……? 」
途端、明らかに感じた自分の異常。サーヴァインの背筋が嫌に冷える。
「
震える足は、遂にサーヴァインの体重を支えきれなくなった。
「があぁ‼ 」いや、それよりも重大なのは。
『痛み』それも、味わった事の無い程度のもの。しかも、それは徐々に徐々に。広がる。そして増していく。
「この術は、私の持つ術で最も、残酷で非道な術だ。身体を斬るのではなく、精神を斬る。貴様にはこれから一刻に渡り、耐え難い激痛。苦痛が襲い続ける。
そして、その痛みに、心が屈した時。
『スサノオ』は、お前の身体が灰と化すまで焼き尽くす事だろう」
その言葉が終った瞬間。
サーヴァインは、獣の様な声を張り上げ、その場で悶え苦しみだした。
「この炎を持って、貴様が奪った命と……私が奪った命……弔いの
倒れていたスカタを見て、キミィは寂し気な瞳を浮かべた。
「ぐ……え……が…………がががががが‼ ぎ……ぎみぃぃいいいいぃはんどぅううれっどおおおおおおおおおおお‼ 」
必死で彼の名を呼ぶその頭上に、遂に熱で耐えられなくなった施設の天井が落ちる。
――……ん。
「目が覚めたか? 」
その言葉にシオンはその身体を起こした。
「あ……」その拍子に、掛けられていた毛皮のフードが落ちた。
「無理に動くな。
一応見える怪我は回復しておいたが、内臓に痛手があったかもしれん」
キミィを蜜色の瞳が見つめた。
「お母さんは? 」
全てが夢であればいいのに。
そう、聴こえる様な声だった。
キミィは無言で、焼け焦げ、もう原型を留めていない施設の跡を見る。
「そっか……夢じゃないんですね? 」
シオンは、立ち上がるとふらふらと歩を進めた。
途中、キミィが手を支えようとするが、それを拒んで、その場へ彼女は座り込んだ。そして、灰を両手で一掬い拾う。
「お母さん……」
シオンの呼び掛けに応える様に、一陣の風が吹く。
まるで、シオンの周りを泳ぐ様に、それは旋風となり、やがて、一つの方向へ流れていく。
「うん。風が変わったね。その風に乗って……里に……皆のお家に帰ってね。そして……おやすみなさい。ゆっくり、おやすみなさい……お母さん……」
夕日を映す、山の向こうへ。それはどこまでも流れていったのだった。
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