抱擁
観客達は、サーヴァインの咆哮に、開口したまま動きを止めた。
そして、少しの間の後、再び騒ぎ始める。
その中の者達は、純粋にこれから始まる見世物に関心があっただけだ。しかも、演者はその国の象徴『魔族絶滅隊』のツートップが一人。サーヴァイン王子。恐らく相手は死刑囚か何かだろうと、気にも留めてなどいない。
「ははは、どうよ? キミィ・ハンドレット‼ お前は、今からこの観衆の面前で、俺に殺されるんだぜ? 」
キミィは、精霊の作った防御壁に包まれたシオンの前に立ち塞がると、まず、鎧を外した。防御の意味を成さないそれは、最早ただ可動域を狭める物でしかないからだ。
ボロボロのズボンとシャツ一枚になると、そのまま鎧に付けていた鞘からボロボロに刃毀れした剣を抜いた。
手入れ云々の問題ではなく、その刃毀れは、限界を意味したものだと、剣の道に携わる者なら、一瞬で見抜けるであろう。
サーヴィン達は、その行動をただ見ていた。いや、それは余りにも不自然な事なのだ。だが、誰もそこに飛び込めない。
彼らも、また見抜いたのだ。
――隙が無い。
不用意に、戦闘中に鎧を脱ぎだす。
そんな、自殺行為とも言える行動の中なのに。
鎧騎士達は、向かった瞬間。
いとも簡単に切り伏せられる己の幻影をそこに見た。
「な、何をしてやがる‼ 全員でぶつかれ‼ 仲間を盾にしろ‼ 犠牲の上でもいい。奴に致命傷を与えた者は、我が右腕としてやる‼ 」
その、サーヴァインの言葉に、若き野望の騎士達は、息巻いた。必死で、己の恐怖に打ち勝つ勇気を振り絞った。
「止めい、サーヴァイン‼ 」
言葉は、遥か上空より落ちてきた。
比喩表現ではない。本当に落ちてきたのだ。
バスン――だろうか? ドシン――とも聞こえた。
重い音をその砂の舞台にたてながら、砂煙が巻き起こる。
「俺が、直々に処刑を下す」
その砂の霧が晴れた時、彼らはその意味を知る。
「国王」
キミィは、瞳を強く見据えた。
そして、今度は会場がドワーーーと、今日一番の噴火を起こした。
「こ、国王だ‼ 」
「で、伝説の魔族殺し、スカタ四世だ‼ 」
「こ、国王の戦闘が見れるのか⁉ 」
その伝説が、今正に目の前に起きようとしているのだ。
その一挙一動に、その場の者、全てが視線を注ぐ。
だが、当の本人は剣を片手に構え、ゆっくりと深呼吸を繰り返した。すると。
「……おい……何か、国王、でかくなってないか? 」
観客が騒めく中、サーヴァインと、キミィの二人だけが、その意味を理解する。
――血圧操作による。
しかし、それよりも重要な事は。
「キミィ・ハンドレットを殺す覚悟が出来ましたか。父上」
サーヴァインの言葉の通りの状況だ。
今居るこの国で最も権力と地位を持った者が。
『自ら処刑を下す』という意味。
抵抗は許されない。
逃げる事も許されない。
執行を甘んじて受けるしか。ない。
つまり。
『勇者』キミィ・ハンドレットは、間もなくアポトウシス国王、スカタ四世によって、処刑される。
それは、もう、必然の事。
そして、この舞台。
世界各国の権力者達が、集まった今夜の舞台。
万が一、この処刑執行をキミィが阻止しようものなら。
アポトウシスだけではない。この世界が。
『叛逆の勇者』キミィ・ハンドレットを断罪する事だろう。
「覚悟はいいか? キミィ」
スカタの言葉に、キミィは剣を同じ様に片手で構える。その姿を見て、スカタは悲しそうに瞳を潤ませた。
「まだ、そんな剣を」
言葉をつまらせる彼に、キミィは、迷いなく言い放った。
「親同然の、貴方から頂いた。初めての物です」
そして、それを。
その相手に向ける。意味。
「キミィ。最期の言葉は何だ? 」
スカタは、ブンブンと、その剣を振り回した。まるで槍術。その場に居た誰もが、地面から砂埃を巻き上げるそれが、剣である事を確認出来ない程の。速度。
対し、キミィは静かに首元に剣を動かす。
正に、動対静。
だが、その行動がまさか、国王に対する反撃など。誰も考えもしていなかった。
ここで、ようやっと観客が気付き始める。
――これは。
あれ程沸いていた彼らは。
事件の予感に、息を呑み、干潮の海の様に静かにそこを、たゆとうだけだ。
「国王――いや」
キミィは、その瞬間を確かに理解した。
この会話が。
血の繋がりは無くとも。親子の如く過ごした二人の今生の。
最期の時だと。
「今まで。ありがとう…………とうさん」
刹那――スカタの足元の砂が爆破した様に後方へ弾けた。何の事はない。その膨大なり強大な脚力が地を蹴った。ただそれだけの事なのに。
それは、常識の範囲で納まる事態ではない。
スカタとキミィの間合いは、一瞬。星が生まれ燃え尽きる光の速さの如し。その一瞬にて。
互いの刃の届く。その殺しの距離に。
誰しもの目には、スカタが凄まじい速度で襲い掛かった様にしか見えなかった、その瞬きの中で。スカタは四つの斬撃を放っていた。
一の太刀は、右頸部を狙った横斬り。だが、致命傷を狙ったものではなく、あくまでも牽制の意味合いの強いものだ。
二の太刀は、そこから得物を逆手に持ち、右足背を貫こうとせん、下段突き刺し。
三の太刀は、そこから通ずる。右足背から、左大腿動脈ないし、左下肢の切断を狙った本命の一太刀。ここで勝負を決するつもりであった。
四の太刀は、スカタの戦士としての本能が動かした、決死の一撃。三の太刀によって重心を崩しながらも、その恵体によって放たれた回転斬り。狙う個所は、もう無い。相手のどこか。どこでも良い。
スカタが何故、その様な心情に陥っていたのか。
その答えは余りにもシンプルなものだ。
その目にも止まらぬ、超速の剣戟。
それを、キミィは全て見切った。
無論、スカタの動きを知っていたとか。戦い方を熟知していたとか。
そんな小細工ではない。
その攻撃を受け。即座に見切ったのだ。
これが。
十七年前に、世界を混沌に落とした絶対の力『魔王』を退けたその力。
「ぬぐっ」
スカタが、小さい呻き声を挙げたのは、その四の太刀が空を切ったそのすぐ後だった。
まるで、平地に落とされた独楽の様に、躍動していた彼が、動きを止めたその直後。
観客は騒然とした。いや、観客だけではない。その後ろで処刑を眺めていたサーヴァイン達にも戦慄が走る。
まるで。まるでそれは。子どもの時に美しい蝶を飾りたいと、真似事でした標本の様に。国王の背から不自然に立ち上る。
刃。
一見、苦戦もなく迎え撃ったキミィは。スカタのその力量に、冷たい汗を流していた。
――手加減など、出来なかった。
苦しまぬ様、刃を持ち上げ、心臓を切り裂こうとしたキミィの腕を、スカタが押さえた。キミィは驚きで一瞬瞳を見開く。
「が……ハッ……やったな……キミィ……お前は……もう、終わりだ」
口から多量の血を吐きながらも、スカタはその力を緩めず、顔がぶつかる様なその距離で人とは思えない狂気と増悪に満ちたその目を、真直ぐキミィにぶつけた。
それは、呪いだ。己の死を悟り、それでも相手を絶望に陥れる、呪いの言葉。
「お前の行動は……全て、ここに居る……世界各国の……上層部、に‼ 知れ渡る……勇者が……魔族に手を貸し……魔王が再来したと……
世界が……お前を、殺そうと……ぐふっ‼ 動くだろう……
寝ている時も……食事の時も……女を抱く夜も……
二度と、お前に……安寧は訪れない……
お前に、待っているのは……地獄っ‼ 地獄だ……ふはははは‼ 」
バシャバシャと、貫かれた胸と、口から出血を放ちながらも、スカタは笑ってみせた。
異様なその光景を。誰もが眺めている事しか出来なかった。
何故なら。
『起きてはならない事が起きた』のだから。皆、自分が次にどう行動すれば良いのか、探る事ばかりに気を取られていたのだ。
「命を……狙われる? 」
キミィが囁いたその声に、スカタは口角をにーっと上げた。冥土の土産に己を殺した相手の絶望に満ちた言葉を持って逝こうとしたのかもしれない。
だが。その後に続いた言葉は。
「構わない」
スカタの瞳を真直ぐに見るその瞳は。あの頃の面影だけを残した。
少年から、大人へと成長した。瞳。
スカタの瞳から、
「己の命を狙われ続ける? 永久の安寧の不在?
そんなもの……」
キミィを、精霊の加護が。金色の光が。包み込んでいく。
「他者に――子と親が永別を強制される世界。
それに比べれば……地獄などと‼ 」
スカタは、再度理解した。
あの、舞台に魔族の幼体を救いに行く直前に、キミィに感じた直感。
スカタは、剣を握るキミィの手を離し、そして。
「見事であった――我が息子……いや……『勇者』よ」
きつく、きつく。彼を抱き締めた。
淀みが全て消えた。その純粋無垢な瞳で。
確かに、父と、子であった――遠い記憶と共に。
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