狂宴
「レディ~~~~スエンド、ジェントルメントルゥ‼ 本日は、予定していた、オーク対ゴブリンの殺戮ショーは、急きょ中止となりましっった」
遥か下方に、円を描く様に設けられているその砂場の舞台で、スポットライトを当てられた司会であろう男が、躍る様に身体を動かし、それを伝えると、会場から嵐の様なブーイングが巻き起こった。
「しッかッしッ‼ どうぞ、ご安心下さい‼ 我が国王はッ‼ そんな、皆様の為にッッ‼ とッッッ――っておきの悲劇をご用意致しました‼ 」
今度は声援が噴火の様に、湧き上がる。
それを、鏡越しに、座り心地が悪くなる程上質なソファに座ったまま、キミィは眺め、気を害した。余りにも異常な熱気と狂気。これで気を保てというのが、無理な話だ。
「どうだ? 中々盛況だろう? 」
その言葉と一緒に、背後の戸が開かれ、王冠を外し軽装となったスカタが、姿を見せる。
齢六十に近い筈ながら、相変わらず軽装ではその筋肉質な体躯が目を奪う。毛皮の腰布が、その野性味を引き立てている。
「国王」
何かを言おうと立ち上がったキミィをスカタは手を伸ばし制した。
「まぁ、見ろ。キミィ」
視線は、キミィではなく、窓に向きながらも、その声には有無を言わさぬ迫力。凄みがある。
キミィの胸に、ある種の疑惑が沸く。
「さぁ~~~~皆様、どうぞご覧下さい‼
東の方向より、出でしは、今回のショーに選ばれし可憐な乙女‼ なんと、淫魔。サキュバスの幼体でっ‼ 御座います‼ 」
わーーーっと騒ぐ民衆を眺め、キミィは少し腰をあげ、そこから出てくる魔族の幼女を確認した。
――シオン……‼
間違いない。両手両足を×の字に縛られた、夢魔の幼女がそこから姿を見せる。どうやら殴られた様で、鼻血と涙でその綺麗な顔が、醜く歪んでいる。
立ち上がり、窓の外を睨むキミィを、スカタは無表情で見つめていた。
「でわでわぁあ~? この憐れなサキュバスの幼体を救えるのは……今より西の方向より現れし、成体のサキュゥゥバスゥゥ‼ その美貌。正に、悪魔の如しッッ‼ さらぁああっにぃっ‼ このサキュバス同士は……何とおやぁぁぁああああぁっっっくぉッッ‼ 」
もう一度、客席が激しく沸いた。
「果たしてえぇっ‼ 親子の絆は、この悲劇を打ち破る事がッッ出来るのかぁあ? それは、最早、神のみがぁあぁぁあ~~~知るッッ事で御座いますッッ」
司会が、客席を沸かせている間に、その円形の舞台には数名の鎧兵が入り、シオンの四肢に繋がれた鎖を機械に繋げはじめた。
「何を……する気なんだ……」
それは、尋ねるでもない。キミィの口から無意識に漏れた言葉だ。この狂気の渦巻く中。一体これから起きうる事態は想像の範囲内に収まる出来事か。
それすらも図れない故の一言。
「さぁ~~~~ッッ‼ それでは、皆さんッッ今宵行われる、母と子の絆は、果たして魔族であっても、その悲劇を乗り切れるのかッッ‼
これより、そのルールを説明させて頂きたくッッ思いますッッ‼ 」
変わらず、窓の外に意識を集中しているキミィに対し、スカタはようやっと口を開いた。だが、その表情は静かで。
「なぁ、キミィ」
「今宵行われる宴は、その名も『運命を描き直せ‼ 魅せよ‼ 愛の絆』
愛娘の死の運命を。母は書き換える事が出来るのか⁉
愛娘が捕らえられしは『
ここに繋がれし、細く小さな手足‼ その先をどうぞご覧下さいッッ‼ 」
少し、間が開くのを確認すると司会者は身体を大きく動かし、その先に置かれていた滑車を指差した。
「そうッ‼ この時計塔が十秒進む事に、この滑車は‼ 淫魔の幼体に繋がれた鎖を巻き取り続けて~~行くのですッッ‼ その可憐な手足が、どれ程その力に耐えられるのかはッッ解りませんがッッ。三ッ分‼ 三分経てば、間ッッ違いなくぅぅ、その四肢は、切断ッッ‼ 切断される事はぁぁッッ‼ 確実でッッ御座います‼ 」
会場が、その司会者の声を遮る程、歓声で沸き上がった。
――狂っている……
思わず、窓ガラスを握り、そこが小さく罅割れた。キミィの指先に血が滲む。そして、スカタは自分の声にも気づかない彼を、変わらず無表情で見つめ続ける。
「さぁッッ、そんな、死の運命を待つ娘を救えるのはッッ‼ ご覧下さい‼ 母親のその腕には、娘を解放する為の鍵ィィッッ‼ そう‼ 三分の間に、母親が娘の所に辿り着き‼ 解放する事が出来れば‼ ミッションコンプリーーーート‼ 母子共に、生還‼ 」
途端、会場がブーイングに包まれる。
「簡単すぎる」
「殺せ」
そんな、言葉がボロボロと、零れ落ちる垢の様に、次々と形を大きくしていく。
その会場の声を聞くと、瞳を閉じたまま、司会の男はにやりと口角を上げた。
「ご安心下さい‼ この館の神は、とても残酷なのです‼
その母親を待つ試練はッッ‼ 我が王国が誇る戦士『魔族絶滅隊』の精鋭達‼
え……?
催淫を使われたら……どうするんだって?
無論ッッ‼ 対策は万全で御座います。
彼ら、精鋭の戦士達の鎧ッッ兜ォッッ‼ そこに刻まれる呪印は……‼ かの学国、バレンティアから、我が国、アポトウシスに帰化した、天才。パラケル氏が考案した、対催淫装備で御座います‼ 催淫さえなければ、淫魔など、最早いっっっぱっっんじんっっ‼ 」
会場が最大級に狂った熱狂と、怒号に塗れる。
「さぁ~~~、それではお手元の時計をご覧下さい‼ その長針が、上空を指した時。この悲劇は幕を開きますッッ‼ 」
観客達と同じ動きでキミィは、時計に目を向ける。
その時刻は、十八時五十七分。
――あと……二分少し……
もう、事態は一刻。いや、文字通り一分を争う事態だ。
「国王」
キミィの真剣なその眼差しを、国王は静かに受け止める。
「この宴を中止して下さい」
色々な言葉を考えた結果。キミィは、最も簡素な言葉を選んだ。
それこそが、言葉以上に、その意味を相手に伝えられると、信じたからだ。
「――残念だよ。キミィ……」
その言葉の真意を窺おうとしていたキミィに対し、スカタは腰布を取ってみせる。
それと、同時に、部屋の戸が開かれ、ぞろぞろと鎧騎士が雪崩れ込んできた。
「そりゃあ、自白だなぁ……? キミィぃぃぃ、ハンドゥレッットゥゥ‼ 」
その中央を、掻き分けて現れたのは、赤い逆立つ髪に、漆黒の鎧。サーヴァイン、その人だ。
「キミィ。何故だ。何故、勇者のお前が魔族を連れて我が国に、来たんだ? 」
そう言ったスカタの手には、見憶えのありすぎる毛皮のフードが握られている。
――最早、全て知れている……か
キミィは、この頼み事がもう穏便に済む問題でないという事を、実感した。
「こんな見世物は狂っています。相手が魔族と言えども、彼らに、戦いの意思は最早ない。これは、虐殺以外の他ならない。これでは魔王が君臨していた頃の魔族と何ら変わらない。誇り高き人族ならば、こんな事。魔族と同じ事はしない! 」
キミィの言葉を、スカタは表情を一切崩さずに聴く。
サーヴァインは、にやにやと、周囲の鎧騎士にほくそ笑んだ顔を見せあっている。
「虐殺……か」
ようやっと、スカタは静かにその言葉に答える。
「その通りだ。キミィ。これは、魔族の虐殺。
だが――それの何が悪い? 」
キミィの片眉が一瞬動く。
スカタは、眉間に皺を寄せ、その表情が一気に厳しさを増す。
「魔王が消えて以降、世界では、人族による犯罪が急増した。
何故か?
簡単な事だ。
恐怖。多大なる恐怖。それからの解放。
その間に、蓄積されたそのストレスは。自分達が受けたそれを、他者にぶつける事によって解消するが、最も容易」
スカタは、ゆっくりとキミィに近付く。
「キミィ。精霊の村からお前の両親に、お前を託された時。
俺の心にも、それは灯った。
復讐心――俺の父、先代スカタ三世は、魔王に捕らえられ、俺や兄、母達の見ている前で、指を一本一本切り落とされ、そして、足から徐々に燃やし尽くされ、家族の前で死を懇願するまでに痛めつけられた。
誇り高き、人だった。そんな、父は。魔王の処刑に。痛みに。虐殺に。屈したのだ。器も。精神も」
遂に両者の額はぶつかった。
「お前が、魔王を殺してくれて、本当にスッとした。お前を託してくれたお前の両親。そして、キミィ。お前には感謝をしてもしきれない」
サーヴァインが、何かに気付いて、そこで怒号を挙げる。
「お、ち、ち、うえぇぇええ‼ まさか、その人族の裏切者を、赦すおつもりですかぁああ? 」
その言葉、全くスカタは相手にしない。
「人族の敵は、人族ではない。
この見世物は、その事を世界の人族に知らしめ、そして、人が人を傷つける。再度その考えを修正する為の方法なんだよ。
魔族は……その為、人族の未来の為に死ぬ。それだけの為に存在している」
一切、動かない二人の瞳が。ぶつかる様な距離で。互いを撃ち続ける。
「さぁ~~~~、お待たせいたしました‼
それでわぁあああ‼
正に、その時。時計は、頂点を指し示していた。
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