捕縛
「ようこそ、いらっしゃいませ。衝撃と爽快のショールーム『ナイトクラブ』へ
失礼ですが、施設の入場許可証はお持ちでしょうか? 」
その建物の入り口に向かうと、直ぐに礼服を着た軽薄そうな男が飛びついてきた。
キミィは、先にサーヴァインから、受け取った紙を見せる。
「……サーヴァ……し、失礼いたしましたぁあああぁ! 」
それを確認した途端、男は先の薄く軽い態度を変え、深々と頭を下げた。
シオンも、その様子に狼狽えていたが、力強い腕に押され、中へと入る。
「へ、そ、そのお子様も、入場されるんですか? 」
その言葉に、キミィは無表情で振り向いた。そして、じっと目を見据える。
「ひっ、も、申し訳ありません。どうぞ、ごゆっくり、お楽しみ下さい‼ 」その反応が怒りだと思ったのか、先の手紙の効力か。男はもうただただキミィ達に
その施設内は、城とは違う。まるで異世界の様な空間。少し似た場所をキミィは思い出した。
――あいつの街に似ているな。
脳裏に浮かぶは、顔を隠すほど長い黒髪で白衣の青年。無邪気にはしゃいでいるその姿。
しかしそれと、同時に。
「人が多いですね。こんなに集まって。一体ここでは、何が行われているのでしょうか? 何故、里の皆が、このような場所に……」
シオンの言う通りだ。
人が多すぎる。城下町よりも、それは明らかに。
それを集中して観察すると、疑問は解ける。
――バレンティア国、天下万来の国民も来ているのか?
そう。違和感を覚えたのは、人数だけではない。その人達の服装や顔の形。それが違うのだ。
――想定以上に大規模なモノらしい。
「あ、あの……キミィ様? 」
返答が無い事に不安を覚えた彼女は、キミィを見つめ続けていた。
「すまん、随分広い建物だと、感心していてな。心配ない」
訊いた事の全ては返ってこなかった。シオンは不器用な笑顔を浮かべて、その意味がじっとりと、心を満たしていくのを感じていた。
通路を行き進むと、再度明らかに雰囲気の違う部屋が見える。
――解りやすくて助かる。
不自然に、その部屋の戸の前には鎧騎士が立ち塞がっている。キミィは、シオンの頭を叩くと「ここで、待っていろ」と声を掛け、その部屋に一人進んだ。
「何者か」近づいてくるキミィに気付いた鎧騎士は、腰の剣に手を掛けた。
まるで、先程の再現だな。と思い、キミィは背後を見た。心配そうにこちらを窺う毛皮のフードを着た幼女が見えるだけだ。
「何者か‼ 」その反応が、不可解に見えた鎧騎士は、先よりも声を荒げ、再度尋ねる。
「すまない。サーヴァイン殿から、国王への言伝を頼まれて、参上した」
「サーヴァイン様……だと? 」
思った通りの反応が返ってきた。ここは、間髪入れる必要は無い。
「こちらが、その証明書だ」先の直筆の手紙を取り出すと、鎧騎士の方へ開いて見せる。
剣を手にしたまま、鎧騎士はそれを受け取ると、キミィの方へ警戒を向けたままそれを確認した。
「た……確かに……サーヴァイン様の字だ……」心なしか、その声は震えている。
「は、入れ。だが、もう承知と思うが、この先はスカタ国王の個室となる。くれぐれも無礼な真似はするな」
その言葉を聞くと、キミィは一旦引き返し、シオンの元へ向かった。
「これを、持っていろ。何か聞かれたら、この紙を見せて適当な事を言って誤魔化すんだ」そう言うと、その小さな手に、先の紙を握らせる。
「行ってくる。期待していろ。とは、言えないが。ベストは尽くす。君は、ここで待っているんだ。いいな? 間違っても仲間達を捜しに、この敷地を探るんじゃないぞ? 」
先の鎧騎士の配置からして、恐らく『決して立ち入らせてはいけない場所』には、見張りが居るであろう。無暗にシオンに動かれては、ややこしい事態になりかねない。
この判断は、概ね正しいものである。
無論、シオンも彼に逆らう気など毛頭ない。頷くと、フードを被り、人混みの中に消えていった。
それを見届けると、キミィは再度その部屋へ向かう。
「入れ」
中から、威圧的な声が聞こえた。そう言えば、彼はこんな声をしていたな。と思い出して、キミィの胸が小さく痛む。それを忘れる様に、首を小さく数回振ると、彼は、その扉を開いた。
部屋は、思わず見渡してしまう程広く、壁と床一面には、オータムクリスタルで敷き詰められている。
「息子から……何か、言伝だ……そうだね? 」
その言葉は、遥かに離れた窓辺から聞こえた。
沈む夕日の陽光を、背に数人の男が立っているのが解った。
「それで、要件という…………のは? 」
国王が、そう尋ねる途中で、その男を、
「……キミィ……なのか? 」
その言葉が出てしまったのならば、もう、隠す必要はあるまい。
「ご無沙汰しております。国王」
それを言い終る頃には、もう、国王は彼の目の前にまで来ていた。
「戻ってきてくれたのか‼ 」
そして、きつくその身体を抱き締める。
スカタ四世は、血の恩恵だけで国王に昇りつめた男ではない。
彼は、三人兄弟の末っ子であった。
長男と次男の兄は、その恩恵に甘え、堕落し、欲望のままに生きていた。
その態度が、スカタは気に入らなかったが、それでも、彼らはじき王国幹部の席が約束されていた。それも、スカタより先に。
同じ王子として産まれても、先に産まれたかどうかで、継承順が優先されるのはおかしい――そう訴えた彼は、自ら戦場に趣き、多くの魔族をその手で討取る。
その武功は、やがて国民の心を動かし。国民はスカタを王に支持した。
国民の支持を失った彼の兄二人は、止む無く他国へ亡命するしかなくなる。
だが、彼はそこで詰めを止める男ではない。
直後、自らの指示で、血を分けた兄を暗殺する。これにより、その先起こり得るであろう小さな反乱の可能性まで摘み取った。
それが、スカタ四世の王としての器である。
「嬉しいぞ。お前が居てくれるならば、この国は安泰だ。勇者よ」
キミィの白髪をそう言って、優しく撫でる。
「変わりませんね。国王。私は、もう子どもではないんですよ? 」
そう言うと、ゆっくりとスカタを押し離した。
「お? ははは、すまんな。つい、嬉しくてな。ははは」
その笑顔の内に、彼は要件を伝える事にした。この笑顔を曇らせるのは、やはり申し訳ない。
「すいません。それと、要件が済んだら、また
国王は、静かにその言葉を聞くと、片眉を下げ「そうか」と寂しそうに呟いた。
「それで、要件なのですが……」キミィはそこまで言うと、窓際に立つ人物達に視線を向けた。
その事に気付くと、スカタ四世は彼らに何かを話した。それを聞くと、彼らは次々と部屋を後にして行った。
「人払いは済ませたぞ」
「すみません。ありがとうございます」
どうやら前準備は、全て整った様だ。
「それで要件は? 」スカタ国王のその問い掛けに、彼が口を開いたその時だった。
「スカタ国王‼ 」
バンッと、大きな音をたてて開いた扉の先で、鎧騎士が叫びながら飛び込んできた。
「客との謁見中だぞ。何事か」
その厳しい声に、鎧騎士は、背に鉄骨が入った様に、直立不動の体制をとった。
「はっ‼ 申し訳ございません‼
しかし、ショールームの方で、緊急事態が起きまして‼ 」
キミィの胸に、嫌な予感が渦巻いた。
「緊急事態だと⁉ 来客に、何か起きたのか? 」
スカタは顔色を変え、その鎧騎士に詰め寄った。
「い、いえ‼ 魔族の子どもが、人族の子どもに変装して、淫魔の檻に侵入している所を、見張り兵が確認。捕獲致しました」
キミィは、顔を二人と正反対の方向へ向け、その動揺を隠した。
「檻から、逃げ出していた。ではなく、人族の格好に変装して、乗り込んで来たのか? 奇妙だな。入り口のチェックをどうやって突破し……そうか、淫魔と言ったな。
大方、催淫を施して、幻を見せたか……しかし、子どもが何故」
その疑問には、鎧騎士が答える。
「はっ‼ どうやら前日、黒騎士部隊が捕らえた淫魔達の生き残りであるようでして‼ どうやら、親、仲間を助けに忍び込んだ様であります‼ 」
その言葉を聞いたスカタは、口を開けたまま呆けた顔で鎧騎士を見つめた。
そして。
「ふ……ハハハハハアハハハハハハハハ‼ なんだと? 親、仲間を助けに、折角拾った命を賭けて? この舞台に上がってきたというのか⁉
いいぞ、いい。
いい、ショーのアイデアが、浮かんだぁ‼
鎧兵‼ 今日この後の、ゴブリンとオークの殺し合いは中止だァ‼ もっと、良い見世物を来賓にお出しするぞぉ……すぐに、ショーテラーを呼べ‼ 」
その言葉に、鎧騎士は、敬礼を行い、直ぐに部屋を出る。
「悪いな、キミィ。少し、忙しくなりそうなんだ……
そうだ。もしよければ、お前も見ていくといい。
とびきりの席を用意しておくぞ? 」
――シオン……何故……
キミィは、小さく一度頷いた。それを見ると、スカタはまるで狂人の様に、顔を歪め、それはそれは、嬉しそうに笑っていた。
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