黒騎士
「それで、これからどちらへ? 」
シオンが毛皮のフードから彼へ蜜色の瞳を向ける。
「城へ行く。君の仲間達が捕らえられているであろう場所には、そこで許可証を得なければならない。大丈夫だ。すぐに済む」
心配などしていない。ここに来るまで、そして王都に着いてからも、キミィの行動には迷いがない。それはとても心強く。まだ、大人の助けを必要とすシオンにとって――それは。
人通りがやがて緩やかになると、そこは見えた。
「これが……お城」
見上げるシオンのフードに掌を当てると、彼は身体を屈めて視線を合わせた。距離が近かったので、シオンは少し背を緊張させる。
「これから、少し向こうに行ってくる。だが、さっきの酒場と違って、ここでは君を連れて行くと、必ず説明が必要になる。それは危険だ。いいか? 人目につかない様にここで待っていられるか? 」
シオンは頷きながら尋ねた。
「でも、さっきのお店に居るのは、駄目なんですか? 」
キミィは立ち上がりながら「あまり、あいつに面倒を掛けたくないんだ」と優しい瞳を見せる。その気心は、シオンにも人と魔族の隔たりは在っても理解出来るものだ。
「じゃあ、行ってくる」
「キミィ様も、どうかお気をつけて」
その言葉に、頷くと、キミィは門へと向かう。
近づいてきた騎士に、二人の門番は槍を互いに交差させ、威圧する様に叫んだ。
「何者か‼ アポトウシス王国の中心。ジェイド城に何の用か‼ その位置から答えよ‼ 」
キミィは立ち止まると、剣を鞘に納めたまま足元に落とした。
「我が名は、キミィ・ハンドレット。スカタ王、又はアルトリウス殿に、謁見したく参った所存なり」そして、そう返答する。
「なぁに~? 王か、アルト様に、謁見だとぉ~? 帰れ‼ 帰れ‼ お二人は、貴様の様な得体の知れぬ相手に会える程、暇ではないわぁ‼ 」
これには参った。門番が、自分の事を知っていれば。と思ったが、全く話にならない。仕方が無い。なるだけ穏便に済ませたかったが。
キミィの瞳が、妖艶に光る。
少しだけ、眠ってもらう。そう思った瞬間だった。
「何事だ~? 」
全く気配を感じずに背後を取られた。と実感したキミィは、無意識の内、横へ跳んだ。それは、明らかに非凡な身体能力であったが、門番はその、キミィの背後に居た人物に注意が動いていた為、それを見逃す。
「さ、サーヴァイン様‼ 」
その声には、敬意と共に、畏怖の感情が混ざっている。
飛び退いた所から、キミィはその背後に立っていた人物を確認する。
――彼がサーヴァイン……‼
漆黒の鎧を身に纏い、真っ赤に逆立つ短髪の青年。身長は自分より頭一つ小さいが、その鋭い目付きは十年前と変わらない。これは、生物を殺す者の眼だ。
「ハハッ、すっげぇ、ジャンプ力だねえ、お兄さん……ん? おい、そこの門番。今、どういう状況だったんだ? 」サーヴァインは、右の門番に対して、指差す。
指名された門番は、即座に敬礼を見せ、遠くまで聞こえる様な大声で答えた。
「はっ‼ この者に、王か、第二王子との謁見を求められた為、追い返そうと助力していた次第で御座います‼ 」
――? 何だろう? 門の方が……騒がしい。
城の周り、人気のない林の中に隠れていたシオンにもその声は届いた。キミィに言われた通り人気に着かない場所でひっそりと彼を待っていたのだ。
――何か、あったのかな?
不安に駆られ、彼女は慎重に、城門が見える位置まで動いた。
――あ れ は‼
そして、それを見た時、身体が言う事を聞かなくなる程、強い震えを起こす。思わず叫び出しそうになる口を両手で押さえ込み、その場に膝を折る。
――あの、黒い鎧……‼
門番の返答を、瞳を瞑り、腕組みの体勢のまま聞き終えると、そのまま指を曲げてその、門番を呼ぶ。
門番は、疑問の表情でこめかみに一筋の汗を流し、急いで彼の傍に寄った。
「バカ野郎が‼ 」
何も言わさぬ、凄まじい早さの一撃だった。
殴られた門番の彼は、大きく吹っ飛び、そのまま堀の池へと落ちる。
「へ? へ? ええ⁉ 」
状況が理解出来ないもう一人の門番は、慌てふためく。
サーヴァインは、そのままキミィの方に掌を上にして伸ばすと、残った門番に吠えた。
「このお方はなぁ‼ 十七年前に、魔王を倒して、このアポトウシス王国、並びに全大陸をお救い下すった『勇者』様だ‼ そんな人を、門前払いなんてしやがって‼ ぶん殴られて、池に落ちるくらいじゃあ、済まねぇ‼ その首、たった今、すっ飛ばしてやろうか‼ 」
その言葉に、門番は全身を硬直させた。
「よし、そのまま動くんじゃねぇぞ」
直後、シュラっと滑らかな音を鳴らし、サーヴァインは剣を抜いた。
「止せ、もういい」
振り返ったサーヴァインが見たのは、その肩に先の落とされた門番を抱えたキミィの姿だった。それを見ると、彼は美しい動作で頭を垂れた。
「兵が、とんだ失礼を致しました。キミィ殿。この罰は、このサーヴァインめの責任で御座います」
キミィは門番を降ろすと、もう一人の門番を呼んで、彼の治療を頼んだ。急いで門番は彼を担いで城中へと消えていく。
「やりすぎだ。気を失う程の一撃を受け、鎧を着たまま池に落とされれば、溺死は必然だろう」
その言葉を聞くと、サーヴァインは更に、膝を地に付けた。
「お見苦しい真似を致しました。どうか、お許し下さいませ」
そのまま地に額を合わせる。
「止せ、止めろ。サーヴァイン。もういい」
その言葉を聞き、ようやっと彼は顔を挙げた。
「それで、一体本日は何故、父上か弟に謁見を? 」
城の中へ案内されそうになったが、キミィはそれを拒んだ。何となくだが、今、城中に入れば、もう出てくるのは難しい気がした。更に、これは好機だとも思った。
「実は、少し入用でな。
国王が主催している、魔族の見世物の施設への入所許可を貰いたいんだ」
すると、途端にサーヴァインはまるで子どもの様な無邪気な笑顔を見せた。
「でしたら、私がご用意致しますよ」
狙い通りだ。順調すぎて怖い程の。
サラサラとサーヴァインは筆を走らせると、それをキミィに差し出した。
「これで、入所も、施設の設備も全て制限なく使えます。
父上も、今日は、もうあちらに向かわれている様ですし。是非会ってやって下さい。喜ぶと思いますよ」
その言葉に、キミィは頷いた。
「ああ、ありがとう、助かったよサーヴァイン」
そう言って、立ち去ろうとするキミィの背を、サーヴァインは追いかけた。
「ほ、本当に城には寄ってかれないのですか? 在る物にはなりますが精一杯、持て成させて下さい‼ 」
キミィは、微笑むと、それを拒む様に手を振った。そして、振り返ったから、彼は知らない。
それを知り得たのは遠く。恐怖で震える眼で、その動向を見守っていたシオンのみ。
悪鬼の如く、不気味に笑ったサーヴァインのその顔を。
「シオン。どこだ? 」
なるべく小さい声で彼は呼び掛けた。
返事がないので、左右を確認しながら、林の方へと足を踏み入れる。その時だった。
「うわっ」思わずキミィは身構えた。何かが自分の胸に飛び込んできたのだ。
それは、体温を帯び、しかし、小刻みに震えていた。
「……一人で、心細かったのか? 」
いや、真実は違う。
だが、それを口に出す事すらも出来ない程。
彼女は怯えていた。
「……君には悪いが、時間は待ってくれない。しっかりするんだ。
もう、その場所は目の前。後はそこに向かい、君の仲間達の解放を頼むだけだ」
そう言うと、キミィはその小さな背中を優しく叩き、引き離した。
「行こう」
その力強い言葉に、シオンは小さく頷いた。
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