第27話 辺見さんの異変

 透さんの誓いが終わり、おれたちは自分たちの置かれている状況と今後の方針について口にする。

 状況は芳しくないどころか、最悪の一歩前といったところだろう。真の味方といえる魔女は茉莉と露亜しか残っていない。対して異端審問は三人残り、半魔種に至ってはその存在を消してしまった。

「要するに、ここから先は魔女と異端審問の討ち合いってことだ」

「透さんらはまだ戦ったことないってゆーとったな」

 おれに続き竹内さんが言う。

「そうだよ」

 そう答えた透さんに茉莉が訊く。

「じゃあまだムークロイドとかと会ってないんよね?」

「そうだよ」

 露亜が答える。

「ならお互い情報が割れてるのは片方だけってことか」

「そうゆーことになるね」

 おれの呟きに竹内さんが相槌を打ち、場は静まり返る。

「茉莉、いま使える魔法ってどれだけある?」

 味方として自分たちの戦力を共有するためにも全体的に訊く。それに茉莉は観覧車に乗った際に体を光に包まれていた。それはひとえに魔法が開放されたことを意味しているのではないのだろうか。

 経験地不足なのは否めない。だが、それを補えるだけの知力と胆力と、策略がほしい。そのためにも今できることを把握しなければ……。

 そんなおれの胸中を察したのか、茉莉はいつもになく真剣な声音で言葉を紡ぐ。

「いまはテレパシーと真空烈火バキュームバースト。それから治癒の英知”ヒールベール”が使えるわ」

「えっ、三つも!?」

 てっきり二つだと思っていたので驚きが隠せないでいると、竹内さんが悪戯っぽく笑った。

「なんだよ」

 不貞腐れたような声音でそう言うと、竹内さんはからかうような目で茉莉を一瞥して口を開く。

「まりりんが三つ目を使えるようになったんは永月くんがきっかけなんやで?」

「は? どういうことだよ」

「もうっ。翔ちゃん……」

「ええやん。おもろいし」

 恥ずかしそうにする茉莉を横にそう言い、竹内さんは続ける。

「ムークロイドに永月くんがやられて、気失ったときまりりんがブチ切れしたんよ。その瞬間に体が光って回復魔法を使えるようになったらしいわ」

「茉莉……」

 茉莉が自分のことで切れてくれた、そのことが妙にこそばゆくてうれしかった。今すぐにでも抱きしめてお礼を言いたい、なんて衝動が襲うほどにはうれしい。まぁ、そんなことしないけど……。

「やっぱり感情だったんだ」

 埋まらないパズルのピースを見つけたかのように、心のもやもやが晴れたらしく透さんは感嘆に似た声を洩らす。

「どうしたの?」

「うんん。私、間違ってなかったんだなって思って」

 そう告げた透さんの瞳は涙に揺れ、眉間にしわが寄り、目じりに真珠のような大きな涙が溢れ出しそうになっている。

「そういえば、露亜ちゃんしゃべっとって普通やった」

「言われてみれば……」

 茉莉が最初に魔女だと言い切ったので気にしていなかったが、違和感を覚えない亜人界の者などいないのだ。どこか人と離れた姿を持ち、感情が欠落したかのように無い表情。どこをとっても違和感しかないはずなのに、露亜に至ってはそれを感じなかった。容姿に至っては普通ではないだろう。しかし、それは茉莉や王鳳で見慣れているということもあり、異様な違和感を抱くことはなかった。だが、もう一つの違和感についてはどうだろうか。

 感情の欠落など普通に話していれば気づいて、変だと感じるはずだ。だが、露亜はそれを感じさせなかった。つまりそれは――

「表情の無い露亜を見て私、ちゃんと人にしてあげなきゃって思ってがんばったの。一ヶ月かかっちゃったけど、露亜はちゃんと感情を理解して人になってくれた」

 涙に濡れた声でそう述べた透さん。恐らく並大抵のことではないと思う。現におれと茉莉は随分と苦戦しているのだ。

「じゃあ魔法は?」

 喘ぐように言葉を零してそう訊く。

「あっちの世界にいたときと同じだけ使えるよ。それと記憶も全部もどったよ」


 * * * *


 午後九時を少し回ったところ。おれと茉莉は自分の家に戻っていた。午後七時ごろに透さんの家で夕食を頂いてから家に戻ったのだ。

「正直ためになる話しかなかったな」

「そうだね。まさかモンローがこっちにきて、生き残ってるなんて思いもよらなかったよ」

「そうか。おれ的にはその相棒が水口さんの従姉だってことも驚きだったわ」

「それもそう!」

 茉莉は明るく笑い飛ばした。それは、おれが今までに見たことのある微笑みとは違う本気の笑顔だった。

「茉莉、いま笑ったか?」

「えっ? 笑えてた?」

 不思議そうにそう告げた瞬間、茉莉の体に光が終結し始める。そして、まるで発光しているかのように肌がきらめき、部屋の電気よりも眩い光を放った。

 いつもながらそれは一瞬。刹那の出来事で幕を閉じる。

「だ、大丈夫か?」

 少し顔色を悪くした茉莉にそう訊く。

「う、うん。でもちょっとしんどいかな」

「そ、そうか、ならもう寝るか」

「いいの?」

「しんどい時は寝るのが一番だって」

 魔法開放における副作用みたいなものだろうと推測できる。だが、茉莉を心配する心が強く前面に出てしまいそう言う。

「ありがとう」

 茉莉は得意の微笑みを浮かべ、ベッドに横になった。


 それから数時間が経ち、午前零時となった。いつも通りにLINEにメッセージが入る。

『世界は満ちた。我が望むは魔女の掃討。残り期間は一ヵ月半。せいぜい余生を楽しむことだ。

 魔女:宝楽町

 異端審問:開捏町かいねつちょう

 魔女:菜伝郡なつてぐん

 異端審問:欧駈町おうくまち

 異端審問:政尾市まさおし


「人数こそ減ったが場所に変化なしか」

 布団に転がりながら、現時点でのそれぞれの場所を確認してから眠りについた。


 次の日。学校で水口さんにいろいろと透さんとのことを訊かれた。いつもの調子の水口さんで下ネタを織り交ぜられ、かなり疲れた。しかし、それをどうにか乗りこえ、茉莉と帰路に着いていた。

 いつもはもう少し学校に残ったりするのだが、今日は早足で校門をくぐる。

『今日学校帰りに永月くんの家に行くね』

 と、透さんからLINEが送られてきたのが理由だ。

 正直言って話すことは無いにも等しい。昨日数時間も話しているのだ、これ以上何を話せというのだ。

 そんなことを考えながら、道なりに進みいつも通りスーパーに入る。

「いらっしゃい」

 少ししゃがれた、しかしどこか覇気のある声音を持つ声がかけられる。──店長だ。

「あっ、店長さん」

「あぁ、君か。久しぶりだね」

「はい、お久しぶりです。今日は辺見さん居ないんですね」

「いや、来るはずじゃよ。まぁ、彼女も学校があるからのぅ。来るのは大体17時か18時くらいじゃがな」

 もっと来て欲しい、というのが丸わかりの表情で笑う店長に、そうですか、と返してから卵や野菜を適当に買う。店に入るとあれも欲しい、これも欲しい、と駄々をこねるので店の外で待たせていた茉莉と合流し、自宅へと向かった。


 自宅に着き、買った物を冷蔵庫へと入れていた時だ。チャイムが鳴った。

「はい」

 インターフォン越しに見るのは、白色の綺麗な髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ人物だ。

「水口透です」

「今開けます」

 少しかしこまった声音で名前を告げた彼女にそう言い、鍵を開け家へと上げる。

「男子の部屋ってもっと汚いものだと思ってた」

 リビングに入るやそんな感想を零す透さん。

「おれの家がよく分かりましたね、って言いたいですけど……どうして辺見さんまでいるんですか?」

 透さんが来ることは分かっていた。しかし、彼女の後ろに控える黒髪が良く似合う女性が来るとまでは聞いてない。

 水口さんに聞いて来るものだとばかり思っていたが、まさか別の人物を連れてくるとは思ってもいなかった。

「辺見さんって私のこと助けてくれた人?」

「そうだ」

 名前に聞き覚えがあったのだろう。茉莉はおれにそう訊ねてから、頭を下げる。

「その節はありがとうございました」

「ほんとに元気だ。よかった……」

 優しい笑顔を浮かべ、そう告げる辺見さんに透さんが口を開く。

「まぁ、曜から高校生カップル助けたって聞いてたけど……、それがまさか永月くんたちだとは思わなかったな」

「それはこっちのセリフだよー。従妹が高校にいるって聞いてたけど、まさかそれが永月くんたちの同級生で透の知り合いなんて普通思わないよ」

「あの……1番驚いてるのおれなんすけど」

 楽しそうに笑う2人に苦言を呈すると、透さんは大きく笑った。

「それはそうと、急にどうしたんですか?」

 2人の前に冷えたお茶を出しながら訊く。

「おっ、気が利くじゃん」

 ニコッと笑いながら透さんは言い、辺見さんはおれに軽く会釈してからコップに手をつける。

 ……あれ?

「学校帰りに寄ってみようって思ってね」

 コップを取るために伸ばした辺見さんの腕が少し赤らめて、火傷でもしているように見えた。

「それって用ないって言わない?」

「寄り道って用事だよ」

「それを用事がないって言うんですよ」

 ため息混じりにそう言うと、透さんは途端に表情を暗くして、

「別にいいじゃん」

 と吐いた。


「あの……、辺見さん」

「どうしたの?」

 透さんの発言から暫くしてから口を開く。

「手、大丈夫ですか?」

 そう言った瞬間、辺見さんはわかりやすく表情を崩し半袖の袖をぐっと引っ張り、おれが見た火傷らしい傷を隠す。

「な、何もないよ?」

 何かある、そう言わんばかりだ。

「辺見さんいったじゃん。強がりはいい、困った時は助け合いって」

 そのシーンは今でも鮮明に思い出せる。茉莉が倒れて困り果てた時に彼女が言ってくれた。闇に染まってしまいそうなおれに光をくれた言葉だ。

「……そうね。でも、これは本当に何も無いの」

 今にも泣き出してしまいそうな、そんなか弱い声でそう告げた彼女の表情は辛さに満ちていた。

 助けて欲しい。でもそれを口にすることはできない。

「そう……ですか」

 だから、おれが不用意に立ち入ることはできない。でもやっぱり……、助けて貰った恩があるから救いたいと思ってしまう。

「透さんって大学生なの?」

 そんな張り詰めた空気を打ち砕くように、微笑みを浮かべ快活な声で言ったのは茉莉だ。

「そうだよ。どうして?」

「水口さんが透ねぇって呼んでたから年上とは思ってたけど……」

「まさか大学生だとは思わなかったってこと?」

 試すような笑顔を浮かべた透さんに、茉莉は小さく頷く。

「そっか。透は外見は若いもんね」

「外見だけって何よ」

 口先を尖らせ、いじけたように笑う透さん。

「辺見さんも十分若いですよ」

「若い人に若いって言われてもね」

 フォローのつもりがフォローにならなかったらしい。

「あっ、もうこんな時間」

 不意に時計を見た辺見さんが立ち上がる。

「用事?」

「バイト」

 透さんの疑問に苦笑気味に答える。

「スーパーのですか?」

「そうよ」

「やっぱり結構大変ですか?」

「そうね。それに私いつも大変な時しか入ってないし」

 そう言いながら、辺見さんは火傷の位置に手をやり軽く摩る。

「そうなんですか、頑張ってください」

 どうしてこの会話の時に火傷に触れたのか、気にならないことは無い。だが、それを聞くのはやはり何か違う気がして、おれはそう言った。

「うん、ありがとう。また買いに来てね」

「今日はもう買ってきちゃったんで、また明日にでも辺見さんのいる時間に行きます」

「もう……買いに行ったの?」

 リビングから玄関までの道のりは長くない。玄関に着き、靴を履いているところでの会話だ。辺見さんは既に買い物を済ませた事実に、驚き声を洩らす。

「ダメでしたか?」

「う、うんん。ダメじゃないけど……、大丈夫?」

「何がですか?」

 言っている意味が分からず首を傾げると、慌てたように笑顔を作り辺見さんは

「なんでもないよ」

 と告げ、部屋を出ていった。


 リビングに戻ったおれは、その事を透さんに話した。

「んー、やっぱりか。最近、様子がおかしいとは思ってたけど……まさかバイト先が怪しいとは」

「様子がおかしいって?」

 透さんの言葉に茉莉が反応する。

「改めて言葉にするのは難しいけど、簡単に言うと曜らしくないってことかな」

「さっきもスーパーにいる時と何か違ったような気がした」

 本人不在で答えの出ない問題に唸りをあげる。

「まぁ、ゆっくりと探っていくわ」

 暫く唸ってから、透さんはそう答えを出し家へと帰った。

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