第26話 魔女のパートナーの親戚
積もる話もあるだろう。
透さんは茉莉と露亜にそう言い、おれたちを彼女の自宅へと招いた。
外周は石を積み立てた塀があり、自らの領地を強く主張している印象を受けた。その塀の一部としてある門扉は、木造のそれで高級旅館の外見を模しているかのようだ。そしてそこに、滑らかな木目の伺える表札に水口の文字が彫ってある。
「なんつー豪邸だよ」
「あら、うれしいこと言ってくれるじゃん」
「ウチの実家よりヨユーででかいよ?」
「まぁ、この水口ってこのあたりじゃ結構有名だからね」
透さんはどこか自嘲気味にそう言うと、門扉を抜け奥にある玄関へと案内する。流石にその間に池がある、なんてことは無かったがかなり広い庭があるのは目視できた。
「ねぇ、マーリンはどうやってここまで生き延びたの?」
「私は拓武くんに助けてもらってばっかりだったよ」
「うそつくな。おれ、肝心なときに何も出来なかったじゃないか」
茉莉の過大評価に、王鳳の姿がチラつき苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ告げる。
「それが言えるだけ君は強いよ。私もそんな感じだから」
小言程度の声量でそう吐き捨てると、重厚感のある濃い茶色の横スライド式の玄関を開ける。それと同時に、
「ただいま」
透さんは言う。続けておれたちは「おじゃまします」と言う。
室内から香るそれは深い森の中の澄んだ空気のように、爽やかで、体の中の邪気を祓ってくれるような気までする。
明るすぎない室内は、玄関のそれと似た色のフローリングと絶妙にマッチしており旧日本家屋を思い起こさせる。
「あら、お友達?」
そんな感想を抱いていると、奥のほうから割烹着を着た奥様という表現が似合う女性が現れた。
「そんなところかな」
「透ちゃんのお友達にしては、若い子達ね」
「お母さん! 私が年寄りみたいじゃない」
「そ、そんなことないけど」
透さんの言葉に、透さんの母は苦笑を浮かべる。
「でも、優ちゃんのほうが年は近いような気がしたからね?」
続けてそう言った。
「優ちゃん?」
聞き覚えのない名前に茉莉が反応すると、
「透の
露亜がそう言う。
「まぁ、そうだけど……。それよりも奥の和室って使えたっけ?」
話を切り替えた透さんは彼女の母にそう訊く。彼女の母は視線を斜め上に持ち上げ、思い出すかのようにしてから「たぶん」と答える。
「ならいいわ。みんな上がっていいわよ」
一番に靴を脱いだ彼女はおれたちにそう言い、深い陰の落ちる廊下を進み始めた。
通されたのは明るい陽が差し込む、二十畳程の広さの和室だった。これが奥の一室って言うあたり、やっぱり普通とはかけ離れている。
「ごめんね、こんな部屋で」
「こんな部屋って……、広すぎるでしょ」
自分の部屋より少し狭いほどのこんな、と言い放つ神経を疑いながらそう零すと透さんは言うほどじゃないよ、とつぶやいた。
「まぁとりあえず、透さんがめちゃくちゃ金持ちやってゆーことはわかったわ」
部屋の中央においてある背の低いテーブルの前に腰を下ろした竹内さんは、そう言い放つとテーブルの上にセットしてあるお菓子に手を伸ばす。
「お、おい」
「いいのよ。お菓子だって食べてもらって価値が出るのだから」
竹内さんの素行を止めようとするおれを更に止めた透さんは、おれと茉莉にもお菓子を手渡す。
「とりあえず、座ってちょうだい」
「はい」
言われるがまま、竹内さんの隣に腰を下ろすと、透さんも座りにこっと微笑む。
「露亜と知り合いで、その真名を呼んだとなると……茉莉さんは魔女で間違いない?」
「あぁ、そうだ」
「じゃあ、貴方たちが露亜以外で生き残っている最後の魔女ね」
「そういうことになるな」
「でも、よかったわ。最後の魔女があなたたちみたいな人で」
そう言う透さんの表情はどこか残念そうに見え、「どうして?」と訊く。
「もっと暴挙にでる
言葉を失った。もっと真剣な表情で言われたら対応の仕方もあったかもしれない。でも――
「どうしてそんなに嬉しそうに言うんだ?」
「さぁ。流石にウチでも理解できひんわ」
「どうして!? 知らない漢に無理矢理よ? 服を引きちぎられ、血走った目で私の裸体を舐め回すように見られるのよ? こうふ、じゃなくて嫌じゃない!」
「今完全に興奮って言いかけただろ?」
「それに私とかゆーとる時点で、完全に妄想しとるやろ」
おれたちの言葉にハッとしたのか、透さんは少し顔を赤らめ、消え入りそうな声でだって、と零す。
「なぁ、茉莉」
こりゃ重症だ、そう思い茉莉に声をかける。こんな馬鹿みたいな会話が繰り広げられているというのに、露亜という少女と会話していた茉莉は「何?」と返す。
「よかったな」
「うん。ここまで連れてきてくれてありがと」
茉莉は得意の微笑みを浮かべそう言うと、露亜との会話に戻る。
「本当に信頼されているんだな」
先ほどまでの変態振りからは想像が出来ない、凛とした声音で透さんは言った。
「そうだといいな」
「なんや、今更。あんたらずっとあんなんやん」
どこか悔しそうな声で竹内さんが零す。
「何かあったのか?」
何かを悟った透さんがそう訊いた瞬間、部屋の襖が小さくノックされ、人の顔が見えるほどだけ開けられる。
「ど、どうしたの?」
覗いた顔は玄関で見た、透さんの母だった。会話を邪魔したと思ったのか、彼女の母は申し訳なさそうな表情で口を開く。
「なんか優ちゃんが来たみたいで」
「えっ? 今日来る日だっけ?」
「いや、違ったと思うけど……」
そうこう言っている間に、なんだか近づいてくる足音があることに気がついた。
「来た……わね」
「来たら不味いことでもあるのですか?」
表情をゆがめる透さんにそう訊くと、彼女はゆっくりと頷き
「ちょっと頭のねじが緩いって感じね」
「さっきの透さんよりも?」
「あれは忘れてよ!」
竹内さんの言葉に、照れたようにそう言ってから「あれよりも酷い」と加えた。
「あれ? おばさん何でこんなところにいるの?」
――この声……知ってるような気が……。
「ちょ、ちょっとね」
「何よその返事。それにいっぱい靴あったけど、誰か来てるの?」
声は段々と近づいてくる。
「えぇ、まぁね」
「ふーん」
声の主は興味無さそうにそうこぼした。同時に、襖に人影が現れた。その人影は躊躇することなく、少しだけ開いた襖を更に開けた。
「透ねぇー」
「えっ……」
開放的になった部屋に入ってきた人物は、開口一番にそう言った。だが、おれはその人物を知りすぎていた。
透さんと似た綺麗な長い白髪、透き通るように白い肌。それに反比例するかのような黒い瞳にはところどころに赤みがかかっている。どこを言い間違いようがない美少女だろう。彼女は黒いTシャツにその上にジージャンを羽織っており、今日という日には少し暑いように思われる。
「なんでタクくんが……?」
その人物は掠れ気味の声でポツリと訊く。
「それはおれのセリフだよ。水口さんこそなんで?」
そう。その人物こそ同じクラスで、宝楽ランドに行ったとき同じ班で、所構わず下ネタを連発する水口さんだった。てか、下の名前優って言うんだ。初めて知った……。
「なんでって、ここが叔母ちゃんの家だから」
最初から透さんが誰かに似てるとは思ったけど……。
「おれは……、その、えっと……」
甘かったな。ここにいる理由も説明できない自らの行動の安易さと今見ればよく似た二人の容姿に観察眼の低さを思いしり、嫌気を覚える。
「露亜が茉莉さんと知り合いらしくてな。私が招いたんだ」
「へぇ、そうなんだ。てっきりタクくんとあれやこれをしたいから呼んだのかと思ったわ」
「そんなことするわけないだろ!」
「そ、そうよ。永月くんとそんなことするわけないじゃん。それにこんなに女の子いるのに、永月くんが枯れちゃうわ」
「それもそうね。まぁ、タクくんに襲う勇気なんてないと思うけど」
んー、なんか段々と会話がおかしな方向へいってるような……。
「えー、ちゃんと襲ってよ?」
そんな思考を巡らせた瞬間、透さんがおれに話を振る。
「いやいや、襲わないですよ!」
てか、まだ透さんの母親いるんじゃ……。
そう思い襖のほうに視線をやった途端、カタンという音を立てて襖が閉まった。聞いてて止めなかったのかよ。
「えぇ、どうして?」
「どうしてって、普通襲わないよね?」
助けを求めるかのように竹内さんのほうを見る。
「ウチに振らんとってくれる? 襲うも襲わんもその人しだいやろ」
「それじゃあ私は襲う価値なしってこと? これからも誰にも襲われないの?」
何? 透さんって襲われ願望でもあるの? どMなの?
「知りませんよ」
それだけ言っておれは俯く。
「お疲れやな」
「あぁ。水口さんといればずっとこれだけどな」
小声でそう言ってきた竹内さんに、苦笑交じりでそう答える。
「そりゃあ大変やわ」
それから少しすると、水口さんは「透ねぇが襲われたそうだから帰る」といって出て行った。
水口さんなりに気を遣ったのかもしれない。
「優も帰ったことだし、本格的な話をしましょうか」
「ええ」
そう切りだした透さんにおれが答えると、部屋の空気が一気に緊張感を帯びる。ずっと話していた茉莉と露亜までもが話をやめ、静寂が支配する。
「単刀直入に訊くよ? 経験人数は?」
「……はい?」
「永月くんの経験人数は?」
「いやいや、何でそんなこと答えなきゃいけないんですか!」
「まぁ、一応知っておきたいっていうお姉さんの願望かな」
「そんなの知りませんよ」
やっぱり従妹なんだな、と心底で思いながらそう答える。
「もういいわ」
そこで言葉を区切ると透さんは先ほどよりもさらに真剣な表情を浮かべ、強張った声音で訊いた。
「今まで戦ってきた人数は?」
「それは一人です」
「そう。ここにいるってことはそれには勝てたのね」
安心したかのようにそう零した透さん。
「ん? どうしたの?」
しかし、おれと竹内さんの様子の異変を察知したのか透さんは困惑気味に小さく零す。
「倒せてないんです」
「えっ。どういうこと?」
大きなエメラルドグリーンの瞳をさらに大きく見開く透さん。
「おれと茉莉は助けてもらったんです。隣に座っている竹内さんのパートナーであった半魔種の王鳳鳴海に」
「半魔種に助けてもらったって……。魔女と半魔種、それから異端審問はそれぞれ敵同士じゃないの?」
半魔種が魔女に力を貸してくれた、という事実に驚きを隠せないのだろう。透さんは食い気味に問う。
「ウチと鳴海くんの願いは亜人界の和平やった。それを永月くんとまりりんも掲げとったから手を組んだの」
「それなら私と露亜とも組めるわ」
「
竹内さんはどこかさびしそうな笑顔を浮かべそう言う。
「ちなみに戦った相手を聞いてもいい?」
「ムークロイドよ」
強い口調でそう言い放ったのは茉莉だ。その発言に露亜は目を見開き、喘ぐ様に言葉をこぼす。
「あのムークロイドなの?」
「うん、間違いないわ。こちらでの容姿は少年って感じだったわ」
「で、特徴的だったのは裂けた口だ」
茉莉の言葉に重ねるようにそう続けると、露亜は少し体を震わせ、
「なんで貴族のムークロイドが?」
と訊く。
「それだけ異端審問も本気ってことでしょ」
茉莉は淡々と答えると、おれや透さんに向き、
「ムークロイドは現亜人界の王の息子。貴族の中の貴族と言っても過言じゃないと思う。だからこそ、あれほどの
「あれほどって?」
あの戦いを経験していない透さんは恐る恐るといった風で訊く。
「私たちとの戦いで見せたのは三つ。でも、それだけじゃないと私は思ってる」
「そう思って戦いに臨んだほうがいいわね」
茉莉の言葉に透さんは頷き、そう零す。
「逆に訊くけどさ、透さんは戦ったことあるの?」
おれの問いに透さんは小さくかぶりを振り、「言ったでしょ? 運がよかったって」と告げる。
「そうか」
「ウチはもうリタイアした身や。だからこんなこと言うのは変かもしれへん。でも、ウチはちゃんと鳴海くんの
自分の今の思いの丈をすべて吐き出すかのように、竹内さんは叫んだ。
「翔ちゃん……」
「ごめんな、まりりん。ウチが出張る場面ちゃうかもしれんけど、どうしてもゆーときたくて」
申し訳なさそうな表情を茉莉に向けてから、竹内さんはおれと透さんを交互に見る。
「透さん、ここでしっかり永月くんと手を組むって宣言して。じゃないと、ウチは安心して透さんや露亜ちゃんと話せへん」
「そうだね。私たちが敵になったら、敵とつながってたら、永月くんや翔子ちゃんの願いが果たされなくなるもんね」
すべての思いを汲み取ったかのような口調でそう紡ぐや、透さんは口を開いた。
「私、水口透は永月拓武くんと手を組むことを誓います」
はっきりとそう言い放つや、透さんはおれの手を取った。
「古い騎士の忠誠みたいだね」
少し頬を赤らめてから、恥ずかしさを隠すようにそう放つとおれの手の甲に軽く口付けをした。
「これでいいかしら?」
「ごめん。それとありがとう」
「いいよ。これから私たちは、仲間なんだから」
弾けるような美しい笑みを浮かべ、透さんはそう言った。
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