第25話 魔女と魔女の再開
王鳳がおれたちの世界から消えてから、しばらくの月日が過ぎた。毎日午前と午後の12時に送られてくるLINEの位置情報。それを何度か繰り返しているうちに平日にはほとんど動きが無いことがわかった。大きな動きがあるのは、おおよそ日曜の昼。そしてそれは、おれたちも同じ。
「ここから推測するに、ほかの生き残りもパートナーと行動を共にしてる可能性が高いな」
「そうやね。てゆうことは、パートナーは普段は動きにくい学生とかサラリーマンってことか?」
「んー、それはどうかな。パートナーがお年寄りで、動きにくい状況にあるって線もゼロじゃないと思うよ?」
「それゆわれたら……」
頬杖をついて唸る竹内さん。それから短くため息をつき、窓の外に視線を移す。
緑が映える自然を感じることのできる景色。その上、遠くからは水のせせらぎが耳を掠める。どこか神秘的な世界に迷い込んだような、そんな気になる場所が広がる。
「まぁ、手がかりは少ないけどとりあえず、来るとこまで来た。あとは探すだけだろ」
おれは木製テーブルの上に置かれた黒い液体の入ったコップを手に取り、一気に流し込む。喉を強く刺激する圧倒的な炭酸がしみる。
「っ……。やっぱりコーラの一気はしんどい」
「そりゃそうやろ。てか、なんでコーラなんか頼んだん?」
顔をしかめるおれに、竹内さんは自分の眼前にあるカフェオレを口に含みながら訊く。
「これだけ暑かったらね、炭酸が飲みたくなるのはわかるよ」
「そうなんだよ。さすが茉莉だな」
おれの代わりに竹内さんの疑問に答えた茉莉に同調して笑う。
そう、ここは喫茶店だ。この間の位置情報公開の際に、茉莉のほかに魔女があと一人残っているのがわかった。今日はその魔女がいる、という
「にしても、本当に暑いな」
休憩がてらに入った喫茶店を出て、第一声がこれになるほど今日は暑い。天気予報によると、今年初めての真夏日らしい。
「ほんとにね」
茉莉は白いTシャツの袖から伸びる色素の薄い手を陽光にかざす。
「なぁ、よかったのか?」
声色を少し硬くし、おれは竹内さんに訊く。
「今更なにゆうとん?」
竹内さんは軟い笑顔を浮かべ、試すような目遣いで告げる。
「それならいいんだ」
辛くないわけがない。宝楽ランドに行った日、竹内さんは言ってた。王鳳のことが好きだと。人に言えるくらい好きだった人を失ったことへの悲しみは、おれにはわからない。その原因の一つとも言えるその現象に、おれは……、巻き込んでいる。辛くないわけがない。辛くないわけが……。
考えれば考えるほど、竹内さんに対する申し訳なさがこみ上げてくる。
「なんかごちゃごちゃ考えとるみたいやけど、ウチはやりたいようにやっとんや。きにせんでええ」
にこっと微笑み、竹内さんは茉莉の隣に立つ。
「まりりん以外の魔女なんてはじめてみるから、どんなか楽しみやわ」
「たぶんそんなに変わらないよ?」
「それでも、なんか魔女って聞くだけで、わくわくするやん?」
竹内さんに気遣わせちゃったかな。自分の情けなさを痛感しながら、スマホのマップに目を落とす。
「そろそろ行くか」
「行くって適当に歩くだけやろ?」
「そうだけど……」
「ここにずっといるよりも、動いたほうが新しい発見があるかも出し、行こ?」
戸惑うおれに茉莉の助け舟が入り、どうにか竹内さんが頷く。
菜伝郡の中心街。おれたちの暮らす宝楽町とそう変わりない印象を受ける。並ぶ家々に、田舎らしさが漂う商店街。ただ少し違うのは、南側に丘のような高さの山があることだ。
「あんなんあるから蒸し暑いんやで」
その緑が生い茂る山を一瞥して竹内さんが言った瞬間――
その山から妙な光が走った。注視していないと見逃してしまうような、薄紅色の僅かな閃光。普通に生活していたら気づかないだろう。でもいま、魔女狩りやらなんやらと、分けのわからない状況に放り込まれているからこそ、そのことに違和感を感じ、同時に体の中で、あそこだと叫ぶ何かを感じた。
「あの山に行ってみよう」
「嘘やろ!? さすがにしんどいで」
「それはわかってる。でも、たぶんあそこにいるよ」
これだけは譲れない。この胸のもやもやをどうにか解消したいんだ。
「拓務くんがここまで言うんだから行ってみよ? それに私たちは今しか動けないのよ」
「それはわかっとるけど……」
周りに動きを悟られないようにするため、行動できる時間は限られている。だからこそ、迅速に行動しないといけないのだ。
「そんな目で見られたら……行かへんって言えへんやん」
ため息混じりにそう告げた竹内さんは、再度大きく息を吐き捨て歩き始めた。
「このまままっすぐ進めば、いいみたいだ」
グークル先生のマップに従い、1歩、また1歩と歩を山の方へと進める。アスファルト舗装された道からはね返る日差しがやけに暑く、熱中症になってしまいそうになる。
景色は段々と田舎色が濃くなっていく。商店街などは見えなくなり、個人経営の靴屋や雑貨屋それから駄菓子屋などが視界に収まる。
「うわぁ、駄菓子屋なんかめっちゃ懐いわ」
「駄菓子屋?」
「あっ、茉莉は知らないのか。なら、せっかくだし入ってみるか?」
「えっ!? ええん?」
驚き、そして聞き返すのは竹内さんだ。
「1時間も2時間もいるわけないんだし、別にいいよ。それに茉莉もこんな状態だしな」
ぼーっと、店外から店内を眺め、陳列される駄菓子を珍しそうに見る茉莉に、微笑みをこぼし告げる。
「ほんまにエエんやな」
「いや、その……悪い」
「謝って欲しいんちゃうんやで」
哀愁漂う言葉とは裏腹に、竹内さんは緩い笑みを見せた。それが何ともいたたまれないように感じ、胸が痛くなった。
駄菓子屋に入ると、そこには多種多様の駄菓子が並べてあった。
「うわぁ。これ凄い!」
プリンを象ったチョコレートや、長い棒状のソフトキャンディー。昔おれが口にした駄菓子を視界に収めた茉莉は声を上げる。
「これ好きやったんや」
象の足のような特徴的なケースに入ったモロッコヨーグルトを手に取り、竹内さんは微笑む。
「おれはこれもなかなか好きだったな」
「蒲焼さん太郎って、オッサンじゃん」
「オッサンってなんだよ。いい味付けしてるだろ?」
「んー、色だけ見ると美味しそうだよ?」
懐かしの駄菓子で言い合いをする、おれと竹内さんの間に茉莉が入る。
「味は美味しいんやで?」
何も知らない純真無垢な言葉を放たれ竹内さんは困ったようにそう呟き、
「好きなもん買おーよ」
と言った。
* * * *
「うぅ、もうお菓子ないよ」
駄菓子屋で好きな物を買ってからしばらく歩いたところ。山の入口は少し前に通り過ぎ、今は斜面を歩いている。
歩きながら糖分補給などと言い、駄菓子をポンポン口に入れていた茉莉は口先を尖らせる。
「茉莉が食べ過ぎなんだよ」
「そんなことないよ。だって、翔ちゃんなんてもうとっくにお菓子ないんだよ」
「そうやで。永月くんが食べるの遅すぎやねん」
「いや、食べるの普通だから」
「いやぁーおかしいよー」
そんな会話をしている時だった。不意から音が聞こえた。
「ちょっと静かに」
おれは口元で人差し指を立て、2人に告げる。茉莉と竹内さんも状況を察したらしく、開いていた口を閉じる。
「そこにいるの分かってる。出てきて頂戴!」
女……?
相手側もおれ達が近くにいることは気づいているようだ。しかし、それを咎めるのは女性の声。パートナーが女性ってことなのか。それともこれは生き残ってる魔女の声なのか。それを確かめるために茉莉の顔を見る。だが茉莉はかぶりを振り、知らないと表す。
「なぜ隠れの? やましい事でもしているの?」
いきなりそれを言うか? しかもなかなか大きな声だぞ?
女性が言うには、少し過激なような気がした。しかし、それが妙に誰かと被って思える。
「山の中でヤるなんて気が知れないわ」
「そういうわけじゃないんだ」
ため息混じりに告げられた内容に、否定しなければという思いが勝り飛び出す。
「あなたは?」
だが、否定する前に声の主はおれに訊いた。真っ白な髪。透き通った琥珀色の瞳。筋の通った鼻に、華奢な肩。服の上からでも分かる、大きめのおっぱい。誰かを彷彿させるような容姿の女性に、おれは
「誰でしょうか」
と答える。まだ答えるべきではない、そう判断したのだ。
「そうね。相手の名を聞く前に自分が名乗るのが礼儀ね」
誰かに酷似した女性は、格好をつけるかのように白髪を天に靡かせ、再度口を開く。
「私の名前は
「おれは永月拓武だ」
水口、という苗字。それに白髪で、下ネタを大きな声で言う。あらゆる点から同じクラスの水口さんを思い返されるも、それを端に追いやり自己紹介をする。
「永月くんね。で、その後ろの2人は?」
「ウチは竹内翔子」
「私は星宮茉莉」
「竹内さんに、星宮さんね。私のことは透って呼んでもらっていいから」
淡々と話を進めていく透さんは、続けざまに言う。
「一体全体何のようでここに来たの?」
冷たく棘のある言葉遣い。
「おれたちはその……えっと……」
魔女を探しに来た、なんて言えるわけがない。そのため、紡ぐべき言葉を選ぶことが出来ず、詰まってしまう。
「透さんと同じですよ」
「──っ」
奇を衒ったように茉莉が言うと、透さんはわかりやすく狼狽する。
「透さんがここでしていることと、同じことをやりに来ました」
「それは本当なの?」
「嘘だと思うのでしたら、その岩陰に隠れている《魔女》を出してください」
「嘘!? 魔女がそこにおるん?」
既に分かっている事実を語る茉莉に、透さんはどのような表情を浮かべるべきか分かっていないように見える。
「いるよ。すぐそこにね」
竹内さんの疑問にそう言うと、茉莉は透さんの背中越しにある曲がり角を指さした。
「これは……。想像以上だわ」
戸惑いを隠しきれない様子で、透さんは「出ておいで」と言う。その言葉と共に、茉莉が指さした曲がり角から人が出てきた。
髪色はブラウンゴールドで、長さは肩ほどまである。透き通るようにきめ細やかな真っ白い肌にエメラルドグリーンの瞳。華奢な体躯にそれを包む純白のドレスのような衣装。その姿はさながら異国のお姫様を彷彿させる。
「モンロー」
その姿を視界に捉えた瞬間、茉莉はそう零した。
「知り合いか?」
「うん。亜人界で一緒だった。だから彼女は間違いなく魔女」
「嘘……。マーリン?」
おれにそう説明する姿を見た、茉莉がモンローと呼んだ魔女は喘ぐように紡ぐ。
「こっちでは星宮茉莉って名前だよ」
「そっか、茉莉か……。生きてて良かった」
「モンローこそ。よく生きてたね」
「運が良かっただけだよ。あとこっちでは私、
茉莉や露亜って子にとっては、ようやく出会えた心許せる相手。昔を知り、安心して手を組める相手。2人は、本当に嬉しそうに話していた。
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