第24話 事の顛末
軋む頭部。鮮烈な痛みは、治まることなくまだズキズキという感覚で蝕んでいる。
だが、背中には柔らかで自分を包んでくれる何かを感じる。
――ここ……は? 一体何があった?
確かおれは……、竹内さんに王鳳、それから茉莉と学校で会って。それで、ムークロイドとかいう異端審問を名乗るやつと戦って、それで――
そこまで思い返して、ようやく全ての辻褄が一本の線となり、理解する。
「茉莉は!?」
慌てるように、戸惑うように、張り裂けそうな心を感じながら、おれは閉じていた目を開ける。
暗黒から一転。飛び込んでくる圧倒的な色量に一瞬めまいがするも、それはすぐに収まる。
白い天井には、少し黄色っぽさがある。それを隠すかのように、青白い電気の光が部屋全体に這う。やわらかい、と感じたのはどうやら布団のようだ。
「って、寝てる場合じゃねぇ!!」
その言葉ともに跳ね起き、部屋を見渡す。ベッドからでも触れられる距離にあるテーブル、奥に見えるキッチン、その手前にある冷蔵庫。うん、間違いないおれの部屋だ。
「まだ寝てないとだめだよ?」
キッチンの奥から姿を見せたブロンドの髪が特徴的な端麗な顔立ちの女性は、滑らかにそう告げた。
「茉莉……」
持ち上げた体は、表現しがたい痛みが走る。人間の体とは、これほどまでに脆いのかと改めて痛感する。
「どうかしたの?」
額に大きなガーゼを貼り付け、頬には血がこびりついたような痕が残っている。また、口端は切れ、未だに血が止まっていないようだ。
「茉莉は大丈夫なのか?」
「私は大丈夫だよ。それに、これくらいすぐ治るよ」
「それはどうかな」
弱々しく言い放った茉莉の言葉を突き放すように新たな声が耳に突き刺さる。
「だってまりりんのゆっとるのって、向こうの世界に居ったときのことやろ? それやったら、こっちの世界でもそれが通用するかは分からんやん」
「それはそうだけど……」
おれの前まで移動してきた茉莉は俯き、か細い声で零す。
「竹内さん、何もそこまで言うことは――」
「何ッ!? ウチが間違っとるん!?」
何かに押し潰されてしまいそうな、見えない何かから逃げるような、切羽詰ったような、そんな声音で竹内さんが叫ぶ。
「ど、どうしたんだ?」
状況がまったく理解できないおれの発言に、茉莉が視線を合わせてくる。
「どうなってるんだ?」
小声で訊いたそれに、茉莉は小さく頭を振るだけ。
「アンタは何も知らないわよ。アンタがいまここにいる理由もね」
「そう……だな」
言葉に込められた悲壮感。それが妙におれの心をざわつかせる。
「おれは何も知らない。だから教えてくれ」
茉莉に向いていた視線を、茉莉の奥で佇む竹内さんに向ける。
顔は俯き加減。膝には、滲む血が窺える。
「いいよ、教えてやるよ」
持ち上げられた顔。そこは、涙色に濡れていた。どれほど手を伸ばしても、届きはしない。遥か、遥か遠くで悲しみにくれて、一人で闇にいる。悲壮、悲哀、哀愁、哀惜、憂い、どの言葉でも言い表すことができない。彼女の想いなど一片でも触れることも、知れることもできない。
「ウチらがここに居れるんは、全部鳴海くんのおかげなんや」
「王鳳のおかげ?」
そのどれもを押し殺した竹内さんの言葉に、おれは鸚鵡返しをする。
「そうや。鳴海くんは、自分の体を蝕む炎を魔力調和? かなんか言うやつで消して、気絶した永月くんをかばうまりりんを助けに行ったわ」
「私がもっと強ければ……」
竹内さんの言葉に被せるようにそう嘆く茉莉。
「そうよって、問い詰めたいけど。今はそんなことしとる余裕ないから」
短くそう言い、竹内さんは口を開く。
「鳴海くんの使える技は四つ。そのどれもを完全に使いこないしていたと思う。けど、あいつには勝てんかった。必死に戦う鳴海くんとずっと一緒に居たかった。ウチもあそこで死んだほうがッ……」
悲しみが、苦しみに、怒りに、嘆きに、憤りに、彼女の中を感情がめまぐるしく右往左往する。
「もしかして……、王鳳は……」
竹内さんの言葉の最後に引っかかりを感じ、同時に最悪のシナリオが頭をよぎる。
「そうよ」
短く切られた言葉に、感情の全てが乗っていたような、そんな気がした。
「最初は、多分鳴海くんも一緒に逃げる気やったと思う。『先に行ってろ。後から必ず追いつく』そう言ってたもん……」
じわっ、と涙が溢れ、耐えきれなくなったそれが真珠の如く大きな珠となり、竹内さんの頬を伝う。
それを機に、堰を切ったように嗚咽を混じえながら、涙を零し、立っていることすらままならなくなり、その場に崩れ落ちる。
「私は、拓武くんを背負い、翔ちゃんは鳴海くんって叫びながらその場を少しずつ離れていったの。その間、王鳳くんはずっと1人でムークロイドを引き付けてくれてた。でも──」
泣き崩れた竹内さんに代わり、茉莉があとを継ぎ言葉を紡ぐ。
「そこで殺られたのか……」
小さく頷き、茉莉はか細い声で続ける。
「私たちが十分に距離を取れたくらいだったと思う。圧倒的な力の余波が全身を襲い、同時に低く野太い、王鳳くんの叫び声がしたの」
二の句が紡げない。どんな言葉を放つのが正解なのか。いや、正解なんてないのかもしれない。でも、最適解はあるはず。だが、それすらも分からない。崩れる竹内さん、視線を合わせようともしない茉莉。場には重く沈んだ空気が流れる。
そこへ、軽快な通知音が響いた。
「まさか」
自然と零れた言葉は、泣いていた竹内さんの嗚咽さえも止めさせた。
スマホを片手に、時刻を確認する。──1時だ。
「くっそ」
毒づくように、苛立ちを隠すように、吐き捨て、スマホの画面を点灯させると、unknownからのLINEだった。
「ふざけんなよ!」
内容を一読したおれは、そう叫ばずにはいられなかった。
そこにはたった二、三時間。それほどしか経っていないにも、関わらず3名の脱落者が出た旨が嘲るように書かれていたのだ。
それと一緒に、送信者が夜中に居場所を送るのは面倒だから、と居場所配信は、毎日午前午後共に12時のみにすると書かれていた。
どれだけ自分本位で、人間を舐めているんだ。
ヒクヒクと肩で呼吸を整える竹内さん。心身ともに傷を負い、満身創痍で、それでも、おれたちにちゃんとあったことを説明してくれた。
それをこんな弄ぶようなことをして許されるのか……。
「なぁ、茉莉」
竹内さんに、何かかける言葉を探した。でも、それはやはりわかることは無かった。だがら、代わりに茉莉に言葉をかける。そしてそれは、もちろん竹内さんに聞こえるように。
「何?」
それを察したのか。茉莉は、おれと同じく少し声を大きくして返事をする。
なんて物分りの良い奴なんだよ。
心底でそう呟き、言葉を紡ぐ。
「茉莉を必ず生き残らせてやる。それで、絶対王鳳の思いを遂げさせてやろうぜ」
これを宣言することで何かが大きく変わることなんて無いだろう。何の役にも立たず、みんなの足を引っ張ることしかできなかったおれが言うのも違うような気もする。でも、それでも……。こうでもしないと、おれの中の弱い部分が発狂して、ここにいることすらできなくなりそうな、そんな気がした。
「うん。私が、必ず……王鳳くんの願った亜人界の和平を実現させてみせる」
「お願いね……?」
「うん」
茉莉の決意に、竹内さんは肩を震わせながら言葉を挟んだ。茉莉は、それを優しく包み込むような、温かさを秘めた声音で返事をし、ゆっくりと竹内さんを抱きしめた。
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