第23話 初めての戦闘
──23時57分。
学校の正門の前。おれと茉莉、竹内さんと王鳳は揃った。
「あと3分で0時ってことは……」
「また位置情報が公開されるかもね」
おれの言葉に続けて、竹内さんが苦笑を浮かべる。どうやらここに来るまでに王鳳から大まかな説明は受けたらしい。
「可能性は否定出来ない。だがどの時間を以て1時間ごとと言ってたのか分からない」
闇夜に溶け込む漆黒のスーツのような衣装に身を包む王鳳は、満天の星空を仰ぎつぶやく。
「それもそうだ。でも、1番の問題はなんで居場所がバレてるのかってことだよ」
「鳴海くん、発信機とか付けられてへんやろな?」
おれの言葉に合わせるように竹内さんが放つ。
「無いとは言いきれない」
「それは違うよ」
曖昧な言葉で答えた王鳳に、否定を挟んだのは茉莉だった。
「分かるのか?」
「多分だけどね……」
微笑みを浮かべる茉莉。しかしそれが苦笑に見えたような気がした。
「私たちは、亜人界から来た言わばこの世界に居てはいけない人。ならこの世界に留めるために、何かしらのエネルギーが働いているとしたら? そのエネルギーを感知できるとしたら? 私たちの場所が分かるんじゃないかな?」
茉莉の言葉に王鳳は頷き、おれも納得した。
GPSを付けられてるって可能性は捨て難い。だが、それならもっと細かい位置まで示されてもいい。それをしなかったのは、最低限のプライバシーを守るためかと思ったが、出来なかったのでは?
そうなると辻褄が合う。
「その可能性は大いにあると思う。てか、茉莉すごいな」
冴える茉莉に驚きながらスマホに視線を落とす。23時59分。
「あと1分か」
不安が、動揺が、焦りが、震えが、混ざり合う。
「何かめっちゃ緊張するんやけど」
「分かる」
文字通り手に汗を握りながら、言葉を交わす。
瞬間、時刻が0時0分となり、日付が変わり、おれと竹内さんのスマホが同時に震える。
「来たな」
そう零し、LINEを開く。もちろん相手は大魔王と名乗る奴だ。
『現在の居場所を発表する。
──魔女:宝楽町
半魔:宝楽町
異端審問:宝楽町──』
「やっぱり来てやがったな」
吐き捨てるように放つ。
「えぇ、予想通りです。それともうひとつ」
「なんよ?」
王鳳の言葉に竹内さんが突っかかる。
「来たってことよね」
焦りを滲ませた声で茉莉が紡ぐ。
「どうゆう……」
竹内さんのその言葉は最後まで紡がれることなく、一筋の光が走った。
車のヘッドライトのような強烈な閃光に、おれたちは反応すら出来なかった。
「やァァとォ見つけたァァ」
狂気に満ちた、人間のそれとは思えない声が轟く。
「やはりムークロイドでしたか」
ため息混じりに王鳳が吐く。
「おォ? オレァ様のォ、名前を知ってるってェェことはァァ──貴族だな?」
王鳳がムークロイドと告げたその人物は、夜中だと言うのに声を高らかにあげ、爛々と輝く赤色の瞳をおれたちに向ける。
「んでェ、そっちのジョーちゃんはだァれェだァ?」
「いちいちクセが強いねん! あんた普通に喋れんのん?」
指をさされた張本人である竹内さんは、怒りに任せて言葉を放つとムークロイドと呼ばれた高らかに笑う。
「うっせェよォ、クソババァがァ!」
瞬間、金縛りにでもあったかのように体が動かくなる。そして次の瞬間、低く鈍い音が響く。
「やらせませんよ?」
「なァんだァ、貴様だったのかァ。落ちこぼれのヴァンパイアさぁーん」
声は、おれの真横から聞こえ、そこには竹内さんを殴ろうとするムークロイドの拳を、王鳳が手のひらで受け止めている画があった。
無理だ……。次元が違いすぎる。
目で追うことすら不可能な、戦闘に人間如きに何ができる?
「五月蝿い」
拳を受け止めたまま、王鳳は脚を振り上げ、目の前にいる小柄な少年──ムークロイドの頭を狙う。
だが、ムークロイドはそれをいとも容易く体をしゃがめるだけで避けきると、間髪入れず両の手を王鳳の腹部に当てる。
「
見たままの子供らしい声音で、そう唱えられた瞬間、彼の手から赤い炎が湧き上がる。
湧き上がった炎は、炎々と燃え上がり王鳳の体を飲み込んでいく。
「鳴海くんっ!!」
今にも張り裂けそうな声で竹内さんが王鳳を呼ぶ。
「これぐらいで
闇に溶ける漆黒のスーツは破れ、煙が上がっている。その下に見える病的にまで白い肌は、赤く腫れ上がっている。しかし、王鳳は竹内さんに普段と何一つ変わらない笑顔を浮かべる。
『私も動くよ』
その姿を見た茉莉が、テレパシーでそう告げる。
「待て!」
間髪入れずそう叫ぶも、茉莉は小さく頭を振るだけでムークロイドの眼前に立った。
「ほぉォ、やっぱりその髪ィィ。帝に盾突いたァァ、あの小娘のォォ関係者かァ?」
釣りあがった紫紺の瞳は、妖しく光り、
「あなたなんて、私知らないわ」
「そりゃァ知らねェェだろォォォ。オレァ様だってェェ、貴様を見るのはァァ初めてだよォォ」
そう言うと、ムークロイドは右手を伸ばし茉莉の顔を掴む。
「でもなァ、この汚えェェェフィーヌスに似たァ顔をォォ、忘れるはずァァねぇェよなァァ?」
憎悪に満ちたような声は静寂な夜を切り裂く如く響く。
「姉上を知ってるの?」
顔を掴まれている茉莉は、詰まりながら言葉を紡ぐとムークロイドは眼光を鋭く光らせる。
「うっせェ!!」
同時に茉莉を地面へ投げつける。
「大丈夫か?」
慌てて駆け寄ると、茉莉は苦く微笑み頷く。
「私は、平気よ」
「これは一筋縄ではいきませんね」
隣に立つ王鳳は苦しくそう告げる。
「ごちゃごちゃうるせェェェ」
瞬間、ムークロイドは王鳳へ向かい脚を振り上げる。王鳳は、半歩後ろへ下がりそれを避け、左手を振り上げる。
「
体に響く重い声と共に左手に光が集結し、閃光を放つ。
「小賢しいんだァァよォォォ」
ムークロイドは子どものような甲高い声でそう叫ぶと、小柄な体を捻り跳ねる。そのまま宙で更なる回転を加え、ムークロイドは小さな竜巻のようなものを作上げる。
「魔法道具
閃光は消え、代わりに鮮血が散る。
「これがァァ力の差なんだァァよォォ」
「私の力……。目覚めて!
鮮血よりも紅く、熱量のある
「ちっ、このクソォ姉妹はめんどくせぇェェェ」
そう毒づき、ムークロイドは後退を図る。
「ダメ! 追って!」
喘ぐように、願うように、縋るように、茉莉が言うと焔はそれに応えるように移動する軌道を変え、ムークロイドを追従する。
「鬱陶しいィィィ!!」
紫紺の瞳に禍々しい光を灯し、そう叫ぶやムークロイドは両手を自分を追従する焔に向ける。
「魔法道具 火炎器」
声と同時に両の手から炎が姿を現す。
「
王鳳は短くそう告げると、闇夜に溶け込む。
人間のおれたちなんかでは気配すら読み取れない。
おれ……、なんにも出来てない。茉莉を護るって言ったのに……。奴に飛ばされた茉莉の元へ行くことしか出来てない。そこからおれは1歩も動けてない。くそっ、どんだけ情ねぇーんだ……。
焔は炎に掻き消さられることは無かった。だが、十分に相殺され、ムークロイドを襲った焔は極小でまるでダメージになっていない。
「あァ、熱っゥゥ。やけどしたんじゃねぇェェ」
「それくらいの傷は負うべきですよッ!」
言葉とともにムークロイドの背後をとった王鳳は強く握り締めた拳を繰り出す。
骨が軋む音が耳に届き、同時にムークロイドは目を開き嗚咽を洩らす。
「まだまだッ!」
王鳳は声を荒げ、長く伸びた足を振り上げ、そのまま彼の脳天目掛けて振り下ろす。
これが決まれば……。そんな淡い考えを抱いた刹那、ははは、と高笑いが轟き攻撃を仕掛けていたはずの王鳳がその場に崩れていた。
「我らァァ異端審問が世界に君臨するのはァァ、世の理ィで決まっているゥゥ。それをォォ捻じ曲げようォォとするなァァァど、愚かァとしか言い様がないィィ」
ムークロイドは嘆息気味に言い放つと、目にも留まらぬ速さで移動し、竹内さんの前に姿を見せる。
「何なん?」
怯えを隠すように、張り上げた声。奥歯をかみ締め、恐怖に打ち勝とうとしている。
だが、それを嘲笑うかのようにムークロイドは瞬間的に動き彼女を蹴り飛ばす。
「ふざけるな!!!!」
怒りにおぼれた王鳳の声は、今までに聞いたことのない声音だった。重圧的で、破壊的で、破滅的。
その威圧感に圧されたかのように、ムークロイドは表情をゆがめる。
「そういうゥゥゥ吸血鬼種の態度がムカつくんだよォォォォォ!」
これまでに見たスピードのどれよりも速い移動速度で王鳳に詰めると、胸部を突き出す。
「終わりィィいしてェェやるゥゥゥゥよォォォ!
魔法道具 破壊の核”ダイナマイト・ブレイク”」
声に反応したのか、突き出された胸の中心が黄金色の光を放ちだす。
その目映さのあまり、目を細めた。その瞬間、大地が大きく揺れ、紅蓮の炎が立ち上がった。
「鳴海くんッ!!」
竹内さんの金切れ声のような張り詰めた声が王鳳の名を呼ぶ。しかし、返事はない。代わりに――
「この魔法道具だけはァァ使いたくなかったァァんだよなァァ」
という言葉が耳をつく。
この独特の話し方。間違いなくムークロイドだ。
そう考えた瞬間、ムークロイドは茉莉の前へと移動し、顔面に拳を叩きつけていた。
「きゃあ」
悲鳴のような声を上げる茉莉。その声を聞くだけで、おれの中には怒りが、苦しみが、ぐちゃぐちゃになって全身を駆け巡る。
「ねぇ、鳴海くん! ねぇったら!!」
涙にぬれた声が紅蓮の炎が立ち上がるそこから聞こえる。だが、それに対する答えは耳に届かない。
王鳳は……無事なのか?
不安が押し寄せる。だが、それ以上におれの心は茉莉のことでいっぱいだ。
「頼む……茉莉、無事でいてくれ」
絡みそうになる足をどうにか前へと進ませる。
「おっとォォ、この先は行き止まりだよォォォ」
怒りを誘う微笑みを浮かべるムークロイド。彼の着ていた無地のグレーのTシャツは、先ほどの魔法道具の発動で消し飛び、今は上半身は裸だ。
「うっせぇ」
そこをどけ、と言わんばかりに手でどけと合図する。
「人間風情がァァァ、我らに敵うとォォ思うかァ?」
その態度がおれの感情を逆なでしたのだろう。それでもないとおれの行動は、自分でもわからない。
瞬間にして強く握った拳が、ムークロイドの頬を捉えた。
流石のムークロイドも、おれのその行動は、予想の範疇になかったのだろう。まともにくらったムークロイドは数歩後ずさった。おれは、その隙を逃すことなく茉莉の元へと駆け寄る。
「大丈夫か?」
「私は、平気だよ」
弱弱しい声音だ。それがまた心を締め付ける。
「ごめん。おれ、守るって言ったのに……」
「何言ってるの。拓武くんはちゃんと私のところに来てくれたじゃない」
「来るのは当然だろ! そうじゃなくて、守るって言うのは──」
言葉を紡ぐ途中、不意に背後から重たい大きな一撃が加えられた。
「ぐはっ」
肺まで到達していた酸素が逆流をし、口の外へと零れでる。
呼吸の仕方を忘れたかのように、息が苦しくなり視界がチカチカとする。
「守るゥゥって言うのはァァァ、相手にィィィ指一本触れさせねェェェってことなんだァよォォ」
右手を強く握ったままの格好のムークロイドが、息を荒げ、そう吐き捨てる。
「それは……ちがう」
「何がァァァ違うんだよォォォ! てめェェェの姉もォォォ、結局は死んだんだろォォォ?」
「うるさい!」
茉莉は目を赤くし、奥歯を噛み締め、怒りを堪えるかのような表情で言う。
「何もォォうるさくねぇェェェ。勝手なことォォしやがってェェ」
「勝手はあなたたちの方でしょ! 私たちのこと何にも考えず、好き勝手やって!」
目を赤くし、茉莉は怒りを露にした。瞬間、ムークロイドは表情を歪めた。
「ちっ」
そして小さく舌打ちをし、1歩、2歩と後退を始める。
「逃げる気!?」
「んなじゃァァねぇェェェ」
目を見開き、挑発するようにムークロイドが放ったと同時に茉莉の体に光が集まり始めた。
どこから現れたのか、どのような原理で光が茉莉に向かっているのか。そのどれもが分からないが、茉莉は何事も無いかのように、ただ真っ直ぐにムークロイドを見つめる。
「茉莉!」
名を呼び、おれは痛む頭部を無視してムークロイドに向かって駆け出した。
ムークロイドが下がった理由、茉莉の身に何が起こっているのか。その全ては理解出来ていない。でも、それでもこれは彼女の覚醒であるような気がして止まない。なら、おれは、その可能性にかける。
「うっぜぇェェェ」
近づくおれにそう言い放つと、ムークロイドは深く沈み込み、大きくジャンプをする。
「どこへ……」
闇夜に溶けるように姿を消したムークロイド。姿を見失い、言葉を零した瞬間、彼は眼前に現れた。
「危ないっ!!!!」
張り詰めたような茉莉の声がおれの耳に届いた瞬間、視界は赤く染まった。
──動かないと。おれが茉莉を守るんだ……。
頭では理解出来ている。だが、それを実行しようとすれば、意識を繋ぐ何かが擦り切れるように熱くなる。
そして、次の瞬間。おれの視界、意識、感覚、その全てが閉ざされた。
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