第19話 おれと竹内さんとゴーカート

 竹内さんに引っ張られる形でゴーカートの列に並んだのは良い。だが、何故ここまで並ぶのか。

「狙ってんだろ?」

「えへへ」

 竹内さんは、全ての企みが上手くいった子どものような笑顔を浮かべる。

「どうせ水口さんにも言われたやろ?」

「何が?」

「並んどる人が多い理由」

「あぁ、言われたよ」


 たかがお化け屋敷で長く並んだことを思い返し、その結果がダッシュで終わったということを少し残念に思う。

「入口から近いからだろ?」

「そう」

「あぁ、みんな順番に乗ってるってことか」

 てことは、ここから先も確実に並んで乗るってことか……。

 おれ、並ぶのそんなに好きじゃないんだけどな。

 隣に立つ竹内さんには、気づかれないようにため息を零す。

「てか、竹内さん。なんでゴーカートなんて乗りたいって言ったの?」

「だって、私高所恐怖症だし。お化け屋敷嫌いだし。なら、2人になるには、みんながあんまり乗りたがらへんこれしか無いかなって思って」

「なんで2人になりたいんだよ」

 水口さんもそうだったけど、2人になりたい意味が分からない。

 前にはお化け屋敷の時と同様、前にはかなりの人が並んでいる。それに、どうやら此処にはカップルが多いようだ。

 手を繋いでいるペアに、腰に手を回してるペアだったり……。正直、見ていて心地の良いものではないし、どこを見ていいかすらも分からない。

「てか、竹内さんって苦手なもの多いんだな」

「何? 悪い?」

「あはは、悪くは無いよ」

「なんか馬鹿にされた気分やわ」

 綺麗に整った顔をクシャッと崩し、竹内さんは笑顔を見せる。そして、ふわっとした茶色のくせ毛を弄りながら前を見る竹内さんは、ふと重い声で言葉を紡ぐ。

「それで、まりりんの様子は?」

「あぁ、現状維持って感じだな」

「そう。なら、まだ使える魔法は増えてないってことやね」

 おれたちの視線は交わることはない。ただ前を見つめ、言葉だけを交わす。

「まだ誰にも襲われてないってのが不気味な感じ」

「日本全国に散らばってるのかな」

「さぁ。それはわからんけど、そろそろ来てもおかしくないっては思うね」

 その言葉と同時に、前に並ぶ人が1歩2歩と前に進む。

「おっ、進んだな」

「だね」

「お化け屋敷より進み遅いぞ」

「ゴーカートの数決まっとるしね」

 竹内さんは苦笑気味にそう告げ、空を見上げる。

「空は青いね」

「急になんだよ」

 あまりに唐突な言葉に驚きを表しながらも、空を見上げる。瞬間、耳に熱い吐息を感じた。

「……」

 何を言っているかは分からない。しかし、何かを言っているの分かる。

「なんだよ」

 嘆息気味に吐き捨てながら、見上げた視線を下ろし、竹内さんの方へ向こうと顔を下ろす。

「っ……」

 言葉が紡げない。いや、何の状況なんだ?

 分からない。何がどうなってこうなっているんだ。竹内さんが、なんで? どうして?

 頭には浮かぶ限りの疑問符が浮かび、頬に感じた柔らかい感触に思考が追いつかない。

「い、いきなり……な、何なの?」

 具体的なそれを口にすることは、あまりに気恥しい。それに、先程のアレが事実であるということを認めたくない。

「何って、キスだよ?」

 やっぱり……。あれは間違いなくキスなんだ。いや、それはそれでおかしいだろ! なんでだ?

 おれには竹内さんにキスされるような好感度はないはず。意味がわからない。

 しかし、頬には竹内さんのふっくらとした唇の柔らかさが残っている。

 触ればまだ温かさもあるだろうか。

「意味がわからないよ」

 声を荒らげられない。それよりも驚きが強い。驚きが形となり、紡ぐ言葉がかなり早口になる。

「ウチら、共犯関係ってことやん?」

「何がだ?」

「何がって……」

 わかりやすくため息をつき、竹内さんはおれの顔を覗き込む。

「ウチらは、種族は違うけど一緒に戦う。言うたら、共犯関係や。なら、その証をいま見せただけや」

「証?」

「そう。裏切らへんっいう誓いのキスや」

 そんな事しなくても、おれは竹内さんを裏切らなし、裏切られるつもりもなかった。

 でも、その考えが甘かった。甘い考えが、茉莉の存在を失うことになる。

 そんなの絶対にいやだ。

「悪い。おれ、甘かったわ。もっと本気で茉莉や、この戦いについて考えるべきだった」

 すまん、と頭を下げる。すると、竹内さんは親指を突き立て、気にせんでもええよ、と笑う。

「次の方」

 案内係の人がおれたち客の案内をする。いつの間にか、この次がおれたちの番となる。

「ねぇ」

「なんだ?」

 目の前にいる若い男性のスタッフに目をくれることなく、竹内さんはおれに声をかける。

「やっぱりまりりんのこと、好き?」

「はっ、はぁー!? ちょっと、何言ってるか分からないんだけど」

 そりゃあ一緒には暮らしてる。だから他のみんなよりとは、違う感情がないとは言えない。

「でも、べ、別に好きだなんて」

「嘘。じゃあもし。いま何者かに襲撃されてまりりんがこの世から消えたら? もし、賎しい男共に強姦されたら?」

「そ、そんなのあるわけない」

「あるわけないじゃない。仮定もしの話やって!」

 もしの話。頭では理解出来ている。しかし、想像するだけでも激しい吐き気が、尋常ならざる憤怒が、そして自分でも醜いと思える感情が沸々と湧き上がる。

「んなこと、許すわけねぇだろ」

 驚いた。おれ、こんないびつゆがんだ感情を剥き出しにした声、出せるんだ。

「ねぇ。それって好きってことじゃないの?」

 竹内さんは、大きな丸い目でおれを覗き込み試すように訊く。


 好き……。おれが? 茉莉のことを?

 有り得るのか……。一緒に居た日はまだそんなに長くない。

 でも、こんなに異性と一緒に、様々な時間を過ごしたのは始めてだった。一緒の部屋で、同じ時間に眠って、起きて、朝食を採って、登校して、下校して、買い物に行って、夕食を採って、また同じ時間に眠る。

 そう言えば、一緒に料理したこともあったっけ。

 フルーチェ作った時。茉莉が牛乳の量間違えて、変な味になったよな。

「何わろてるん?」

「あれ? おれ笑ってた?」

「うん。めっちゃ不気味な笑顔やった」

「まじか」

 でも、そうだな。目を閉じて数日前のこと思い出せって言われたら。やっぱり思い返されるのって、茉莉のことなんだよな。

「まぁ、だからって好きってことにはならないよな」

 短く嘆息すると、同時に案内人から声がかかる。

「とりあえず行こか」

 竹内さんは、おれの腕を取り、空いたゴーカートに向かって歩く。

「好きとか、嫌いとかハッキリさせてあげて。まりりんは、きっと反応してくれるわ。それが新たな感情を生み出すかもしれへんし、そうならへんかもしれへん。ウチには分からんけど、でも、答えはアンタの心の中にあるやろ?」

 背中越しに聞こえる声。それには、すごく説得力があり、まるで誰かの過去をなぞったかのようだ。

「それは、おれが見つけてみせるよ」


 決意を見せ、おれはゴーカートの中に体を入れる。赤い車体のそれは、思ったより狭く竹内さんと並んで乗ると少し肩が接触する程度だ。

「それでは、いってらっしゃーい!」

 元気な声と共に、ゴーカートの前で通せんぼをしていたバーが上がり、いつでもスタートできる状態になる。同時におれは、ハンドルを切る。

「おぉ、いいねー! めっちゃ速いやん」

 ごぉーっと空気を切り裂く音が耳を劈くなか、竹内さんは、まるでジェットコースターに乗っているかの如く、両手を天に掲げながら楽しげな声を洩らす。

「ほんと、速いな」

「もっと上げてええでー!」

 あはは、と笑い声の中に言葉を交え、楽しそうだ。

 そして、眼前では道路がカーブになっている。ハンドルを切り、ゴーカートの行く先を緩やかに曲げていく。

「なぁ、竹内さん」

「なに?」

 上手く曲がれた。そう思ったが、後部がカーブの角に擦れて、車体が揺れる。

「竹内さんは、あの男。王鳳のこと、好きなの?」

 途端、大きく声を上げていた竹内さんが黙り込み、ゴーカートから発される騒音と風を切る音だけが耳につく。そして、そうしている間にも次のカーブがやってくる。

「どっちだと思う?」

 冷静で、静かな声だ。聞き逃す可能性すらあっただろう。しかし、何故だろうか。自分でも驚く程に彼女の声が明瞭に届いた。

「知らねぇーよ」

 思い切りハンドルを切り、ゴーカートを激しく揺らす。

「うぅー!! 激しいーね!!」

 高らかに笑い声をあげる竹内さんは、急におれの肩に手を載せる。

「あ、危ねぇーって!」

「さっきね。訊いたよね?」

「な、何を!?」

 そんなのどうでもいい。とりあえず、肩から手退けてくれ。もう目の前まで来てんだよ、カーブがっ!!

 言ってしまえば、たかが遊園地のゴーカート。しかし、ゴーカートにあることは変わりはない。このまま壁に激突でもすれば無傷とはいかないだろう。

「はい、離したから。上手く運転してねー!」

 ほんと、遊ばれてる。分かってるけど、ここで何もしないなんて度胸はおれには無い。

 ぐいっとハンドルを切り、ギリギリでカーブを曲がりきる。あとは、直線を進みゴールだ。

「さっき訊いたよね。ウチは、鳴海のことが好きかって」

「あぁ、訊いたよ」

 ゴールが目前に近づいて来てたのを確認し、スピードを緩める。

「答える義理なんかある? って言いたいけど、答えたる」

 そこで言葉を区切り、竹内さんは短く吐息をこぼした。

「──好きや。大好きや」

 スピードは緩まり、空気を切り裂く音も小さくなったこともあり、竹内さんの告白はおれの耳にハッキリと届いた。

 艶やかで、艶めかしい。その中に慕いがあり、愛情が、誰にも触れることの出来ない禁断の領域が、見え隠れする。

「そ、そうか」

 ここまではっきりと言われるとは思っておらず、思わずたじろいでしまう。しかし、しっかりとブレーキを掛け、ゴーカートを停車させる。

「ありがとうございます!」

 ハリのある声とともに、出口へと案内される。

「で、貴方はまりりんのこと好きなの?」

「正直、わかんねぇよ。そんな対象として見てこなかったから。でも──」

 出口に向かって、並んで歩く途中。おれは自分の想いの片付け方が分からず、頭の中がぐちゃぐちゃになっていくのがわかった。

 自分の感情が、ここまでも複雑でめんどくさいなんて知らなかった。

 形にならないもやもやが腹立たしい。

「でも、何?」

 それを是が非でも形にさせようとする竹内さん。おれの言葉を拾い上げ、続きを促す。

「……。茉莉が居ないくなるのは嫌だ」

 どうにか言葉を絞り出す。濃い霧が僅かではあるが薄まるような、胸の中にあったわだかまりが繊細に融解していくような、忘れていた物がゆっくりと思い出されようとしているような、そんな気分になる。

「そっか。まぁ、そんだけ言えたら大丈夫やろ。ウチら、お互いに頑張ろな」

 おれの言葉を聞いた竹内さんは、嬉しそうに整った顔をくしゃっとさせて笑う。屈託ない、輝かしい笑顔はとても綺麗だ。


 あぁ、茉莉にもこんな風に笑ってほしいな。


 柄にもなくそんなことを思ってしまう。

「ほら、はよ行くで。次はどの子と乗るん?」

「ギャルゲーみたいなことしねぇーよ!」


 そう叫んだはいいが、結局おれは、西明寺とジェットコースターの列に並んだ。

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