第18話 おれと水口さんとお化け屋敷


「1つ、聞きたいんだけど……」

「何?」

「お化け屋敷ってこんなに並ぶところだっけ?」

 水口さんに連れられ並んだお化け屋敷。客数は、常時と比べてかなり少ない。しかし──

「てか、多すぎだと思うんだけど」

「まぁーねー」

「まぁねって、知ってたのか?」

 少し声が上擦りながら、訊ねると水口さんは妖しげな笑顔を見せる。

「な、なんだよ」

「お化け屋敷のある場所って、宝楽ランドのどこでしょうか」

 突然の問題ってなんだよ。

 そんなことを思いながら、入口で取ったパンフレットを広げる。


「えっと……。あっ、入口から1番近い」

「そういうこと。で、私見ちゃったんだよね。私たちが来る時に、小学生っぽい集団を」

「うん。で?」

「えぇー、まだわかんないの?」

「何が?」

 試すように言葉を放つ水口さん。なんだか弄ばれてる気がする。

「簡単だよ。近いところから制覇する」

「……あっ」

「まぁ、そうじゃない人もいるかもだけど、まず近いところからってなるでしょ」

 人差し指を突き立て、嬉しそうに語り、おれの腕に手を回す。

「それ分かってんなら、ここじゃないところから行けばよかったじゃん。みんな待たせてるんだし」

「ばーか。だからいいのよ」

「は?」

 何言ってんだ? 並ぶより遊んだ方が楽しいだろ。

「こうして2人で一緒に長くいれる」

 おれの腕を持つ手が水口さんに引き寄せられ、その拍子に水口さんの胸に腕が触れる。

「あ、あっそう」

 知らないふりだ。何ともない、平気なフリを。

「ねぇ、いま平常心保とうとしてるでしょ?」

「な、何の話だ?」

「私の胸。当ててるんだもん」

「わざとならやめてくれ!」

 声を荒らげるおれに、水口さんはケラケラとお腹を抑えながら笑う。

「やめなーい。だって、タクくん面白いんだもん」

「言っとくけど、おれは全然面白くねぇーからな」

 もぉー、と水口さんは口先を尖らせおれの腕から胸を離す。

 よかった。離してくれなかったら、おれのおれが爆発してしまうところだった。


「そんなことよりもさ、タクくんって好きな子いるの?」

「急にどうしたんだよ」

 前に並ぶ人は少しづつ前に進み、順々にお化け屋敷の中に吸い込まれる。

「べ、別に。西明寺さんとか、星宮さん、竹内さんも、なんか色んな女子と一緒にいるなって思って」

「そんな理由かよ。言っとくけど、おれに好きな人いないぞ?」

 てか、付き合ったことすらねぇーのに。

 それを口にすることはなく、視線を眼前にある木の建物に向ける。乾燥し、触れればポロポロと木屑がこぼれそうな木板で建てられた建物は、如何にもお化け屋敷と言った雰囲気を醸し出している。

「そ、そうなんだ」

 どこか嬉しそうに聞こえる彼女の声。それと同時に、お化け屋敷の中から甲高い悲鳴が聞こえる。

「おぉ、なんかすごい声がするじゃん。ここのお化け屋敷、怖いってイメージないんだけど」

「ほんとに? 入ったことないだけじゃないの?」

 水口さんは、グイグイと詰め寄りながらおれの発言を問い詰める。制服の僅かな隙間。そこから谷間が覗く。

「ほ、ほんとだよ、たぶん。てか、離れて」

 上向き加減で答え、水口さんが離れるのを待つ。

「ほんと、ウブなんだからー」

 屈託のない笑顔をおれに向ける。そして、白髪の髪をなびかせながら、背を向ける。

 いつの間にか前に並ぶ人は、かなり少なくなっている。あと、何組後くらいかな。

 水口さんの背中はワクワクを体現しているようだ。僅かに体を上下させ、時折、おれの存在を確認するように後ろを向く。

 その拍子に揺れる髪、その隙間から見える大きな目、筋の通った鼻。本当に、おれなんかが一緒にいいい子じゃないと思う。


「ねぇ、次だよ?」

 それから3組がお化け屋敷に入った。ようやく次がおれと水口さんの番だ。

 おそらく待ち時間は、20分ほどだが、外で待っている他のメンバーはかなり長く感じているだろう。

「結構並んだな」

「だね。でも、その分私と一緒にいれたと思うと幸せでしょ?」

「さぁーな」

 眼前には着物姿の若い女性が立っている。首からは、着込んでいる着物とはミスマッチの宝楽ランドのスタッフだと示す名札がぶら下がっている。

「本当に仲が良いのですね」

 そのスタッフは、おれと水口さんをカップルか何かと間違っているのだろう。優しい微笑みを浮かべ、そんなことを零す。

「そうなんです。ねぇ、タクくん」

「アホなこと言うなよ」

「もぅ、あんなこともこんなこともしたのに?」

「何にもしてねぇーだろ!」

 初対面の人を前にしても、この態度は変わらないんだな。

「あはは」

 そんなことを思っていると、女性スタッフは苦笑を浮かべる。

「あの、なんかすいません」

「いえいえ、大丈夫ですよ。すごい熱烈な方でしたら、キスされるので」

 気を遣い、おれが謝罪を口にすると女性スタッフは更に気を遣い、フォローを入れてくれる。

「タクくん。私たちもキスしてみる?」

「ふざけるのはいい加減にしろよ」

 キス顔でおれに迫る水口さんの額にデコピンを食らわせ、ため息混じりに吐き捨てる。


 そんなことを言っていると、不意に女性スタッフは右手を耳に手を当て、左手を胸元に付けているピンマイクを持ち上げる。

「──はい。……了解です」

 真剣な声音でそう告げると、おれ達の方に向き直りにこやかな笑顔を浮かべる。

「どうぞ、お入りください」

「ありがとうございます」

「行ってらっしゃいませ!」

 両手をお化け屋敷の入口に向け、声を張る。おれ達はその声に従うように、屋敷の中へと入った。


 屋敷の中は、想像通り真っ暗だ。先ほどまで明るいところにいたため、上手く視界が定まらない。

「水口さん。いる?」

「い、いるよ?」

 おれの問いに水口さんは、少し震えた声で返事をする。

「なんか声おかしいけど、大丈夫?」

「へ、平気だよ」

「なら、先進むぞ」

 近くにいるだろうと信じ、段々と慣れてきた視界を頼りに1歩、1歩と屋敷の奥へと進む。

「ははは、余裕だねー」

 棒読みのセリフがおれの隣から聞こえる。多分、水口さんもお化け屋敷得意じゃないな。

 妖しげな音楽が屋敷の中に流れ、ひんやりとした空気が蔓延している。

「思ったより本格的だな」

 時折、床がミシッと軋むのは流石のおれでもビビるぞ。

 そんな時だ──。か細い声が聞こえたような気がした。

「……一枚…………二枚…………」


「なぁ。なんか聞こえないか?」

「何? 私を怖がらそうとしてるの?」

 うん、思いっきり怖がってるな。

 震えた声で言う水口さんは、指先でおれの袖を掴んでいる。別にそれを追及するつもりは無いが、強がるならそこは離すべきだったな。

 そう思いながら苦笑する。

「いや、お皿数えてるの聞こえたー!! ねぇ、ねぇ!! 逃げよ?」

 所々に用意してあるロウソクの灯が赤くなった水口さんの顔を照らしだす。声は、今にも泣き出しそうで何だかおれが虐めているような気がしてしまう。

「逃げてもいいけど、いいのか?」

 せっかく並んで入ったんだから、楽しんだ方が……。

「いいの! もう耐えらんない!」

「なら入らなかったらよかっただろッ!」

 袖を掴んでいた彼女の手を一旦離し、強く手を握り直す。

「えっ……」

 短く、喘ぎのような声を零す水口さんを無視して、手を引く。

「行くぞ」

 軋む床を強く蹴り、先へ、先へと進む。所々、曲がり角を曲がった所で顔を白塗りメイクをしたお化け役の人が脅かしにやってくる。

 一瞬、心臓が止まりそうになり、足が止まるもすぐさま自分のペースを取り戻し駆け出す。


 あぁ、お化け屋敷でこんなに疲れるとは思わなかったな。

 何人かのお化け役の人の横を通り抜け、ようやく奥に出口の光が見えた。

「おい、水口さん。もう着くよ」

「ほ、ほんとに?」

 おれの声に、怯えたような声で返事が来る。

「ほんとだよ。てか、怖いんだったら入らなかったら良かったのに。無理する必要ないだろ」

 生まれたての子鹿のように脚を震わせている彼女の背に手を当て小さく呟く。

「それくらい気づいてよ、馬鹿」

「えっ。なんで馬鹿なんだよ」

「もういいよっ。とりあえず、ありがとう」

 ぷりぷりと怒りながら、おれより先に出口へと向かう。

「ほんと、何なんだよ……」

 水口さんに罵倒された意味は全然分からない。てか、長い時間並んでまでお化け屋敷に入る意味なかったじゃん……。


 そんなことを思いながら、お化け屋敷を出て、先を行く水口さんと合流する。

 そして、お化け屋敷の入口付近のベンチで待っている茉莉たちの元へ行き、宝楽ランドの奥の方へと進む。


「お化け屋敷どうだった?」

 お化け屋敷に入らなかった茉莉がおれと水口さんの顔を交互に見ながら訊く。

「普通だったかな。お子様向け?」

 全然覚えてないけど、そう言ってないと水口さんが……。視界の端で恥ずかしげに俯く水口さんに気を遣いそう言葉を紡ぐと、茉莉はそっか、と笑顔を浮かべる。

「私も行けば良かったかなー」

 そして、ケタケタと笑う。

「次は何に乗る?」

 そんな会話をしている横で西明寺が真剣な表情で問う。

「私はちょっと休憩しようかな」

「ボクもいいよ」

 やつれたような声で水口さんが言うと、続いて箕輪くんが呟く。

「私はジェットコースターに乗りたいな」

「ウチはパスー。あれ早くて怖いわ」

 頭上に繋がるレールを見ながらポツリと零す。

『そんなに早いの?』

 竹内さんの言葉に少しビビったのか、茉莉がテレパシーでおれに訊く。

「まぁまぁかな。体が出てるから怖いって言えば怖いかな」

 茉莉の耳元でそう零すと、茉莉は声を上げて

「私はもやめておこうかな」

 と、告げる。

 ならさ──

 不意に竹内さんがぐいっと体を近くに寄せる。

「なぁ、次ウチとゴーカート乗らへん?」

 指で少し先にあるゴーカートが置いてある場所を指し、艶かしい声が耳元で囁かれた。

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