第16話 新たな違和感
次の日──
「ねえ、次のホームルーム何するんだろうね」
「そうだな」
楽しげに訊ねてくる水口さんに、おれは適当な相槌を打つ。本当は何をするか知っている。だが、それを言っていいのかは、分からない。口止めはされてないが、どうせすぐに分かることだしいいだろう。
「なに? あんまり気になってなさそうなんだけど」
「そ、そんなことないよ」
「ほんとに?」
疑いの目を向ける水口さん。あぁ、と適当に頷く。
「まぁ、いいや。それよりも、昨日クラスグルに参加した茉莉って、星宮さんのこと?」
「そうだ」
「やっぱりそうなんだね。後で、カップ数聞いておこ」
「いやいや、なんでそうなるんだよ」
水口さんの思考回路はやっぱりわからん。
「もしかすると、私のが大きいかもだからね!」
「水口さん。そういうの気にするタイプ?」
「気にするよー。だって女の子だもんっ」
恐らく水口さんの中で、渾身のぶりっ子だったのだろう。だがそれはいつもの水口さんと掛け離れ過ぎて、正直言って気持ち悪いと思ってしまった。
「あっ、そうだ。この前さ、家の近所に出来たカラオケのクーポン券あるんだけど、いく?」
「いつ?」
「今日」
いきなりだな。予定はないと言えばないけど……。
「あと誰が来るんだ?」
「まだ誰も誘ってないけど」
そう答えると水口さんは口先を尖らせ、小さく頬を掻く。
「流石に2人は気まずいんだけど……」
「えぇー、いやらしいこと出来なくなるよ?」
「元々するつもりねぇーよ!」
そう声を上げた瞬間、教室のドアが開く。
「永月ー。お前はいつもうるさいなー」
「そんなことないですよ」
『あーあ、怒られてるー』
ニヤニヤとしながら教室に入ってくる先生に反論すると、茉莉の声がテレパシーとして脳内に流れてくる。
「よーしっ、ならホームルーム始めるぞ」
チャイムが鳴り、カラオケの話は一旦置く。同時に先生が声を上げる。
そしてそのまま先生は黒板に文字を書き始める。
「何かな?」
「さぁーな」
スーツ姿の先生は、薄くなり始めた頭に手を置きながらどんどんと文字を書き進める。
──校外学習
先生が黒板に書いた文字はそれだった。
「へぇ、宝楽ランドなんだ」
宝楽ランド。それは、この辺りでは有名なテーマパーク。
特にジェットコースターは、宝楽ランドでも人気のアトラクションの1つ。
てか、学校の校外学習としてテーマパークっていいのかな。まぁ、それだから職員室で場所言えなかったわけか。
「宝楽ランドって、私行ったことない」
「えぇ、なんで?」
近くにあるのに行ったことがないという言葉に、驚き咄嗟に聞き返してしまう。
「んー、近くにありすぎるかな」
ふっくらとした唇に手を当て、水口さんはんー、と声を洩らす。
「それじゃあ、いまからプリント回すからそれ見て班決めてくれ」
先生は紙の束を見せてから、プリントを回し始めた。
* * * *
5限が終わり、おれは帰路に着いてた。
「一緒の班に慣れてよかったね」
「そうだな」
結局、カラオケの話はおれが財布を持ってくるのを忘れていたという凡ミスのために無くなった。
「それは私もだよね?」
おれと茉莉が並んで歩く後から声を出すのは水口さん。代わりに、こうやって一緒に帰っているのだ。
「そうだな」
横目で彼女の顔を見ながらポツリと答える。
おれ達の班は、最終的におれと茉莉、水口さんに西明寺、それから竹内さんと
ほんといつもと変わらないって感じだ。
「でも、箕輪くんってどんな子なんだろうね」
水口さんは、歩く速さを上げ、おれ達の隣にまで来るとそう零す。
クラスメイトなのになぜ知らないかって?
それは彼があまりに学校に来てないからだ。彼がどんな容姿で、どんな性格で、どんな声で話すのか。そのどれもが分からない。
そのため、少し不安を覚える部分もあるが、それでもやはり変わりのないメンバーと遊べると思えると、少し心が躍る。
「分かんないよねー。でも、みんなと一緒だから私は楽しみだなー!」
茉莉はねぇー! とおれの肩に手を回す。
その拍子に彼女の胸がおれの肩に接触する。柔らかく、触れた瞬間にむにゅっと形が崩れ、……柔らかい。
「あっ、顔が気持ち悪いことになってる」
「な、な、なにを言ってるのかな? 水口さん」
「たぶん、星宮さんの胸が肩に当たって気持ちいいな、なんて思ってたんでしょ?」
「そんなことないって!」
慌ててそう吐くも、茉莉からは
「うげぇー」
という声が洩れる。
「だからそんなこと思ってないって!」
どうだか、といたずらっぽい笑みを浮かべながら零した。
「茉莉も宝楽ランド行ったことないよな?」
「ないよ」
「んじゃ、水口さんと一緒だな」
コンビニの横を通り抜け、もう少し歩けばスーパーが見えてくるはずだ。
「水口さんも行ったことないの?」
「ないよ」
白髪の髪先を弄りながらそう答える。毛先はおれが思ってた以上に綺麗に手入れしてあり、西に傾きかけた太陽に映える。
「じゃあ、拓武くんにちゃんと案内してもらわないとねっ」
可愛らしく微笑みながら、おれを見る。くしゃっとした顔は、やはりいつ見ても華麗で、美麗だ。
「いいけど、おれも最後に行ったのが小6だからちゃんとできるか分かんねぇからな」
手短にそう答えると、スーパーの前までたどり着いていた。
「あっ、おれちょっとここ寄るから」
「えっ? 財布ないんじゃ……」
「ちゃんと財布はないよ。でも、買い物するつもりじゃないから」
先帰ってていいよ、と残しておれは店内に入る。まだ、セールの時間帯ではないため、まだ店内の客の数は少ない。
故に、まだレジ打ちの店員さんは暇そうだ。
おれは何も商品を持たないまま、レジに向かう。
「あの、お久しぶりです」
ぺこり、と頭を下げる。
「あっ、きみは……」
「永月拓武です」
スーパーの制服を身にまとい、その胸元には辺見と書かれた名札がある。
そう、この人こそ茉莉が倒れたときに手を貸してくれた彼女だ。
「あの後、永月くんから何にも連絡なかったからちょっと心配してたんだよね」
辺見さんは、ちろっと舌先を覗かせる。それから、真面目な顔に戻り、口を開く。
「でも、私から連絡するのもどうかと思っちゃってね」
「すいません。ちゃんと会ってお礼を言いたくて」
「そう」
彼女は口角を緩め、小さく微笑む。
「ほんとに、ありがとうございました」
そう言い、おれはもう一度深く頭を下げる。
「もういいよ。あの外で待ってる子でしょ? 元気になってよかったね」
辺見さんは、窓から見えるブロンドヘアーの女の子を指差して微笑む。
「えっ」
帰れって言ったのに……、と思いながらため息を零し微笑浮かべ、
「ありがとうございます。また、買い物に来ますね」
そう告げ、帰ろうとしたとき、
「ちょっと待つんじゃ」
と、不意におれを呼び止めるしゃがれた声が聞こえた。
「て、店長!」
辺見さんの慌てた声が耳に入り、店を出ようとしたおれの足を止める。
「辺見さん、この人があの時の少年かい?」
「はい」
少し強ばった声で、辺見さんは返事をする。おれは、背を向けていた店長に向き直る。
背は曲がり、身長もおれより僅かに低い。水口さんとは、違う白い髪の毛はもう薄くなっていて、一声で表すにはおじいさん、といった感じだ。
「あ、あの……」
「よかった。何も問題は無いみたいだね」
おれの声に被せるように店長は、嗄れた声を上げる。
「辺見さんは役にたったかな?」
「役に立ったとか、そんなんではないです。辺見さんが居てくれたからこそ、おれたちはいまこうしてここにいられるんです」
ちらりと視線の先を茉莉に向け、はっきりとそう言い放つと、店長は優しい微笑みを浮かべた。
「そうか。よくやった、辺見さん」
その笑顔のまま、店長は隣に立つ辺見さんの肩をぽんっと叩いた。
瞬間、おれは空気が張りつくような、そんな違和感を覚えた。だが、それは一瞬で消え去り、違和感の正体が何であるのか、勘違いだったのか。おれはわからないままだ。
「わざわざ呼び止めて悪かったね。それじゃあ、気をつけて帰るんだよ」
「は、はい。ありがとうございます」
ほんの一瞬の違和感だったが、やはり胸騒ぎが止まる気配は無い。しかし、それを面に出すことはなく、おれは店長と辺見さんに頭を下げた。
「待っててくれたのか?」
店の外へ出ると、ブロンドヘアーを夕焼けに映やし、まるで映画のワンシーンから飛び出して来たような画だ。遠い遠い遥か
「うん」
茉莉は、瞳の先をおれに向け、小さく微笑む。
「んじゃ、帰るか」
「うん」
家まではあと少し。おれたちは、ゆっくりとしかし、確かに1歩ずつ歩を進める。
「ねぇ、何してたの?」
「あの時のお礼を言ってきた」
「あの時って……」
「茉莉が倒れた日だよ」
あぁ、と陰った声音で茉莉が音を洩らす。
「茉莉、見てみろよ」
おれは不意に見上げた空に、一番星を見つけ茉莉に呼びかける。茉莉は、怪訝げにおれの視線の先を追う。
「あっ、あれって……」
「一番星だな」
まだほのかに明るい空で一際強く光を放つ星。名前なんて知らない。でも、あの星は強く強く、自分は此処に居るんだと、主張している。
「星なんて、滅多に見ないよ。はじめてこっちに来た時、私びっくりしたんだ。夜でもこんなに明るいんだって」
「亜人界では、星は見えないのか?」
「見えないね」
そんな話をしているうちに、1つ、また1つと星が現れる。
「あの光が何千年も前の光だなんて。想像もつかないよな」
「えっ!? そうなの?」
「知らないのか。あれ、何千年も前に、何億光年と離れた場所で輝いた光。それがようやく地球に辿り着いて、おれたちが見ているんだよ」
「へぇー。じゃあ、いま私たちがこうして2人で同じ星を見られてるって、すごいキセキなんだね」
浮ついた声で、茉莉は星を見たまま微笑みをこぼす。
「茉莉のくせにロマンチックなこと言うじゃん」
「くせにっていうのは、余計だと思いますー!」
無表情のまま、彼女はおれを見つめ声を張る。
「うっせぇ」
小さく微笑みを洩らし、おれはさっさと帰るぞ、と声を掛け、止めていた足を動かし始めた。
──いつまでもこんな日々が続けばいいのに……。
同時に、そんなことを思ったのだった。
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