第15話 亜人種と半魔種

 合っていた。おれは茉莉のことを魔女なんて呼んだことは無い。にも関わらず、竹内さんは1文字も違えず、答えを口にする。


「黙ってもたってことは合っとるんやね」

 竹内さんは不遜に微笑み、頼んだミルクティーに口をつける。

「うわぁ、美味しい」

 竹内さんは目を輝かせながら感想を述べた。おれはそれを横目で見ながら、アイスティーを口に含み訊く。

「なんで分かった?」

「んー、私にはまりりんみたいな推測はできてないんやけど、鳴海くんから聞いた話からカンで言うてみただけや」

「鳴海くん?」

「あぁ、王鳳鳴海くん」

 王鳳って呼んでたから下の名前まで覚えてなかったや。

「なぁ、茉莉」

 一人静かにアイスティーを飲む茉莉に声をかける。

「なに?」

「何か機嫌悪い?」

「別にー」

 無表情で起伏のない声が逆に不安を煽る。

「何かあったら言ってくれよ?」

「何も無いって言ってるよ?」

「そ、そうか。ならいいんだが……」

 いつも通り無表情。しかし、何故かそれが今は妙に嫌な感じがする。

「そういうのええから。で、どうすんの?」

 いまおれたちに与えられた時間はおよそ一時間。茉莉の新規購入スマホの準備が整うまでだ。

「とりあえず、竹内さん。竹内さんはおれたちの敵にならないか?」

「そんなの無理よ。私は亜人種で彼は半魔種だもの」

 どこか冷めたような声音で茉莉は告げる。

「えっとね、やつがれ其方等そなたらに協力をしてもよい。だが、1つ約束して欲しいことがある、だってさ」

「テレパシーか。で、その約束ってのは?」

「マーリン殿が帝になった際、我らが半魔種の権利を保障してほしい、だって」

「どういうこと?」

 竹内さんの言葉に、茉莉は眉を顰めた。

やつがれがこの戦に身を投じた理由は、蔑視されている半魔種をどうにかするためだ。それが成されるなら、己が手でなくてもよい。ってことらしいわよ」

「そう。約束するわ。私は元より姉上の想い、全種族の和平を願ってるんだもの」

 茉莉はいつも通り表情を無くし、自慢げにそう言い放つ。

「そういうことなら、ウチらはまりりんたちと協力体制でいるよ」

「助かる。なら、一旦情報をまとめよう」


 おれたちはそこから一時間ほどかけて、現在互いが持っている情報を出し合った。

 おれと竹内さんのスマホには、揃ってunknownという登録名のサムネイルが黒い背景に紫色の文字で大魔王と書かれた者が登録されており、そいつから同じタイミングで魔女狩りに関するLINEが送られていた。

 更に言うと、2人に送られたLINEは大まかな内容は同じであったが、細かい部分がその場を見ていないと分からないような内容で異なっていた。

 また竹内さん曰く、この戦いは各種族代表者が3名ずつ出てきており、同じ種族同士などでチームを組むことも可能かもしれないらしい。


「時間も迫ってきたことだ。そろそろ最後の質問だ」

「そうだね」

 残りわずかとなったアイスティーを飲み干し、カフェに掛かった時計をチラリと見る。

「王鳳の魔法は、最初からあんなに使えてたのか?」

「最後に、なんて言うからどんな質問かと思ったら……」

 拍子抜け、と言わんばかりに肩を竦めると竹内さんは、テーブルナプキンを手に取り口周りを拭く。

「それ、私も知りたい。知らないと……私も、拓武くんも護れない」

 真剣な声色で、しかし無表情のまま茉莉は空になったアイスティーのコップを握りしめる。

「はいはい、分かったから。教えてあげる。って言っても、これはウチが見つけたやつやから、ほんまのやり方とは違うかもしれへんで?」

「あぁ、大丈夫だ」

 期待を込めた声と表情に、竹内さんは呆れ混じりの溜息をつき、表情を固くする。

「最初に言うと、ウチの鳴海もまだ魔法を全部取り戻せたわけじゃないと思う」

「どうしてそう思う?」

 間髪入れずに訊くと、彼女は自分の顔に指をさす。

「表情や」

「表情?」

「そうや。考えてもみてみ? いい大人が表情を浮かべへんなんておかしいやろ?」

 言われてみればそうだ……。

「まぁ、永月くんもそれに気づいてたんでしょ?」

「えっ……。あっ、まぁ、まぁな」

 た、たまたま表情が無いからつけてやろうと思っただけなんだけど……。

「何その感じ。怪しいんやけど」

「べ、別に何でもない。と、とりあえず続きを」

 納得のいかない表情を浮かべたまま竹内さんは口を開く。

「ここからは、ほんまに偶然の賜物の可能性もある話やけど、鳴海くんはウチとの生活の中で表情を覚えるたびに魔法を使えるようになったわ」

「――そう言えば!?」

 茉莉がテレパシーを使えたとき、その二日前に茉莉は始めて微笑みというものをおれに見せてくれた。

「その声が出るってことは、何か表情を浮かべられるみたいやね」

「あぁ」

 茉莉はここぞとばかりに微笑を浮かべる。

「微笑み、か」

 竹内さんは考え込むように顎に手を当てる。

「茉莉、やったな! これで茉莉も魔法が使えるようになるぞ!」

「うん、ありがとう」

 彼女は唯一の表情を際限なく振りまく。優しく、慈愛に満ちたような、どんな男でも落としてしまいそうな茉莉の微笑み。

「ねぇ、ウチからもひとつだけ訊いてもいい?」

「いいぞ」

「その微笑みを手にしたとき、覚えた魔法は何やった?」

「テレパシーだ」

「そう。わかったわ。ありがとう」

 その答えを聞いてからもなお、竹内さんは難しい表情を浮かべていた。


 カフェを後にし、おれ達は携帯ショップに戻った。

「あぁ、永月様ですね? お待ちしておりました」

 anの制服を身にまとった化粧っ気の少ない大人しい雰囲気の女性が声をかけてくる。

「こちらへどうぞ」

 案内されるままに椅子が2つ並べて置いてある受付へと通され、腰を下ろす。

「こちらの商品でお間違いありませんでしたか?」

 店員はおれが選んだ茉莉のスマホに画面を守るフィルムが付けられ、茉莉が選んだカバーが付けられたものを差し出す。

「はい」

「それでは、機種代とフィルムとカバー代合わせて10万900円となります」

 流石に一括払いは高かったか。

「カードで大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫ですよ」

 店員は営業スマイルでそう答えるや、おれの差し出したカードを取り、支払いを済ませる。

「こちらレシートと商品です。ありがとうございました!」

 カードの返却の後、レシートと商品を手渡され、店員は綺麗なお辞儀を見せる。それを横目におれ達は携帯ショップを出る。


「茉莉、ちょっとスマホ貸して」

「なんで?」

 無表情のまま、先程買ったばかりのスマホを大事そうに抱える。

「おれの電話番号とメアドを入れるから」

「あっ、そっか。わかった!」

 彼女は微笑みながらおれにスマホを渡す。

 買ったばかりということもあり、スワイプするだけのロックを解除して、電話帳を開く。そしてよく見て、よく打ち込んだおれの電話番号とメアドを打ち込み、登録する。

「ウチのもしとく?」

「いらねぇーよ。てか、クラスLINEから竹内さんのLINE登録できるし」

「なんなん。釣れへんのー」

「釣られる気ねぇーし」

 そう放つと、竹内さんは茉莉に抱きつきおれに人差し指の先を向ける。

「なんなのよねぇー。こんなにええ女が2人もおるってゆーのに」

「いい女なのは翔ちゃんだけだよ。私は全然、ダメで」

 ケラケラと笑いながら言う竹内さんに、茉莉は真剣な声音で答える。

「そないなことないよ。まりりんもすっごく可愛いし、ウチは好きやで!」

「ありがとう……」

「馬鹿やってねぇーで、早く帰るぞ」

 楽しそうにする2人にそう声を掛け、おれは自分の思考に頭を使う。


 これからどうするか、ってのは決まった。今まで通り、茉莉に表情を教えていくことだ。でも、今まで通りでいいのか? 茉莉はまだ微笑みっていう表情しか手にしていない。

 大して王鳳のやつは、どれほど表情を覚えたんだ?

 1つの表情につき、1つの魔法が使えるというのなら、ざっと考えてテレパシー、宙を浮く魔法、おれ達を襲った時に使った攻撃魔法、それから普段姿を消している魔法の計4つ。つまりは、4つの表情を覚えたということ。

 竹内さんは一体どうやってこの短期間でそんなに表情を覚えさせたんだ?

 それも訊いておけばよかった。

 おれがもっと色んな表情を見せて、教えるってことでいいのかな……。


 そんなことを考えているうちに、少し遠くに学校の姿が視界に映り、運動部の声が聞こえてきた。

「まぁ、今考えても無駄ってことだよな」

 茉莉と話合って決めねぇーと。

「何1人で考えてるの?」

「あっ、茉莉」

 少し後ろで竹内さんと戯れていたはずの茉莉が隣に並んで歩いている。

「竹内さんは?」

「帰ったわよ?」

「えっ?」

 いつ? そう思い、振り返ってみるがやはり姿は見えない。

「電車通学だからって」

「あっ、そうなんだ」

 そう言えば、朝の登校中に会ったことなかったな。

「悪い、じゃあ茉莉放ったらかしにした感じか?」

「そうだよ。せっかく何回も話し掛けたのに!」

「それはほんとにごめん」

 両手を合わせて、彼女に頭を下げる。

「あはは、そこまでしなくてもいいよ。それでね、さっき話してたことなんだけど、最終的に私たちの敵になるのって──」

「異端審問ってやつらだろ」

 茉莉の台詞を先取りしそう放つと、茉莉は驚いたような声を洩らす。

「分かってたんだ!?」

「いや、おれそこまで馬鹿じゃないからな?」

「へぇー、そうなんだ」

「馬鹿だと思ってたのか!?」

 嘘だろ。おれ、勉強するために一人暮らししてるのに、馬鹿だと思われていたとは……。なんて言うか、残念だ……。

「ごめんごめん。それで話戻すけどね、異端審問の人たちをどうやって見極めるかってのも大事だけど、彼らは体内に魔力を有してはないんだけど、何か知らないけど色々と魔法道具ウィザーディングって言うのを使うから危険なんだよね」

 魔法道具がどんなものかわからない。だけど、それらを跳ね返すためにも、おれは茉莉に表情を与える。


「いまはそんな先のことはどうでもいい。いまはおれ達がどうやって生き残るかを考えよう。おれは最後まで茉莉と一緒に居るつもりだからな」

 おれは隣を歩く茉莉より少し早く歩き、振り向きざまに零す。

「……な、何言ってるの?」

 表情はいつも通りだが、声は慌てているのが分かる。そんな彼女を見て、不敵に微笑み、

「さぁ、さっさと帰るぞ。今日は、野菜炒めでも作るか。茉莉は、ご飯炊いてくれよー」

「うん、わかった! なんかお腹空いてきたなー。ねぇ、早く帰ろ!」


 まだまだ魔女狩りについて、分かっていることは少ない。だからこそ、これからだ。茉莉のために、おれ自身のために、頑張らないと。

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