第13話 疑惑の学校
「おはよう」
いつもと変わらぬ無表情で茉莉は言う。学校指定の制服に身を包み、いつもと変わらぬ姿で寝起きのおれを覗き込む。
「あ、あぁ……。おはよう」
昨日あんなことがあったのに、自然な感じの茉莉に少し違和感を感じてしまう。
非現実な状況に巻き込まれているというのに、世界はそれを無視して日常を求め、日々を回す。
だからおれも日常を送らなければならない。
体を起こし、まだハッキリとしない視界を定めるべく何度か瞬きをする。
「ご飯は昨日の残りで良いんだっけ?」
「そうだよ」
だよね、と言いながら茉莉は冷蔵庫の中からポテトサラダと生姜焼きの残りを取り出し、IHヒーターの上に置かれたままの味噌汁の入った鍋に火をかける。
「じゃあ、用意しておくから着替えておいで」
「おう」
脱衣場へ移動し、顔を洗う。
ほんと、最初と変わったよな。一昨日からだっけ。たった2日なのに、もう慣れてきてるよ。
昨日のこと……。まだ信じられないけど……、おれのやることに変わりはない。
もう一度、顔に水を掛けタオルで水分を拭き取る。
「でさ、茉莉」
「なに?」
「今日、授業終わったらさ、予定ある?」
パジャマを脱ぎ、学校指定のカッターの袖を通しながら訊く。
「えっ……。ないけど。どうして?」
「んじゃ、帰り。ちょっと寄り道すんぞ」
えっ、と驚きの声を洩らす茉莉におれは素知らぬ顔でカッターのボタンを止めていく。
まだ状況を把握できてないらしく、無表情ながら戸惑いを示す茉莉を無視して学生ズボンを手に取る。
「どういうことなの? ねぇ!」
「そのまんまの意味だよ。てかよ、多分沸騰してんぞ」
キッチンの方でピューピューと音が鳴っていることを指摘する。
「あっ、やばい!」
目と口を丸く開け、キッチンの方へとバタバタと駆けていく。
それを見送り、おれは脱衣場でズボンを脱ぎ学生ズボンに履き替えた。
* * * *
制服姿で並んで歩く。すると、否応なしにおれたちは目立つ。いや、実際にはおれじゃなく、茉莉が目立っている。
転校して少し日は経ったが、やはりブロンドヘアーの日本人離れした容姿をした彼女は目を引く。
「やっぱり茉莉って目立つよな」
「そんなことないと思うよ?」
「いやー。その容姿だからなー」
横目で彼女をチラリと一瞥する。膝少し上から伸びる細く長い脚。紺色を基調としセーラー服に生えるブロンドの髪。顔は言わずとも美形だ。
「もしかしておっぱい見てた?」
「アホか。誰が茉莉のやつなんて見るかよ」
「ひどーい」
酷いって思うんだ。来た当時はお風呂あがり、裸で家中歩いてたくせに。
「また一緒に登校してるの?」
そんな他愛もない会話をしていると、不意に背後から声をかけられた。
「西明寺。どうして?」
確か昨日……、電車通学だって。なら逆方向から来るよな?
「あぁ、朝は電車の中人多すぎてね。バスで来てるんだ」
「痴漢とかにあったら困るもんな」
女子は色々と大変だな。
「まぁ、私がそれにあうかどうかはべつとしてもね。なんか人が多いと気持ち悪くて」
「拓武くんみたいな人がいると困るもんね」
「茉莉、何言ってんのだ?」
「私のおっぱい見てた人がー、やらしー」
「いや、ほんと何言ってんだ?」
「ほんとに見てたの?」
「見てるわけねぇーだろ!」
蔑むような視線を浴びせながらおれに問う西明寺に、声を荒らげて答える。
「いやぁ、でも逆にこんな可愛い子相手に何も思わないって……ゲイじゃないの?」
ジャストタイミングで後ろから声がする。
いや、誰だよ!
そう思って振り返ると、そこには白髪の綺麗な女の子がいる。見た目は普通なのに、会話が頭の悪い水口さんだ。
「ゲイとかやめくれる?」
ため息混じりにそう答えると、水口さんは口端を怪しく釣り上げる。
あっ、やばい。これは完全にスイッチ入ったぞ。
「じゃあ。私の日々大きくなるおっぱい揉む?」
「なんでおれの周りは朝から頭おかしい会話するやつしかいないんだよ!!」
「私もそれに含める?」
ため息混じりで語気を荒げる西明寺。
「いや……、それは……ごめん」
黒縁丸メガネの委員長に引きつった笑顔でそう答えるのだった。
学校に着くと4人で登校したためか、いつもより時間が掛かっていた。
「水口さん、この近くに携帯ショップあったっけ?」
「え? 機種変でもするの?」
「いや、そうじゃないけど」
「じゃあ、なんで?」
「まぁ、それは置いといてさ。あったっけ?」
「あるよ。駅前だったかな」
「そっか。ありがと」
んじゃ、今日の放課後駅前に行くか。茉莉に携帯持たせとかないと、茉莉のテレパシーの一方通行じゃ不便だからな。
「ところでさ、近くにホテルってない?」
「ホテル? ビジネスホテルとか?」
「うんん、ラブホ」
「んなの、知るわけねぇーだろ!」
「ありゃ、残念」
「馬鹿なのか」
「馬鹿じゃないわよ」
そう答えると水口さんは、小さく微笑みいたずらっぽくウインクをして見せる。
「もし私が好きって言ったらどうする?」
「はぁ? 冗談は止してくれ」
「だからもしって言ったじゃん」
「もしもクソもねぇーよ。変な会話しかしない水口さんのこと、好きとかそんな目で見れねぇーからよ」
「……そっか。まあ、そうだよね」
そう言われるのは分かっていたのだろう。水口さんの放つ言葉は用意していた返事のように見えた。しかし、その台詞はどこか寂しそうに感じ、おれは少し胸が締め付けられるような気がした。
『ねぇ、翔ちゃんが来た』
その瞬間、脳内にテレパシーが流れた。日曜日、茉莉とショッピングモールへ行った時会ったその人。
別段その人がどうとかそう言ったものではない。だが、問題はその人が連れてた人だ。
黒く禍々しささえ感じる髪の中に交じる紫の房を携える。切れ長の瞳は鋭く、怪しい雰囲気をさらに怪しくさせる。
その人こそが
分かってるよ。
心の中でそう答え、おれは入口を強く見つめる。栗色でふんわりとした雰囲気のある竹内さんは、何も知らない感じで自席へと歩いている。
『何も知らないのかな?』
「そうであって欲しいけどな」
茉莉のテレパシーにポツリと小声で零す。
「やっほー、どったの? 難しい顔して……」
「い、いや……。何にも無いけど……」
何も……知らないのか。
なら、あの時一緒にいたのって……たまたま? なわけないよな。
でも彼氏って聞いて、それはちょっと違うって言ってたけど……。
分からないが積もって、分からないが大きくなって、理解ができなくて、おれは頭の中がこんがらがる。
『ねぇ、騙されちゃだめだよ?』
「えっ?」
頭の中に流れた茉莉のテレパシーの声に、思わず口をついて反応してしまう。
「どないしたん?」
「い、いや……何でもない」
「そう」
竹内さんは少し首を傾げ、おれの横を通り過ぎた。
『たぶん、翔ちゃんはあの人と一緒にいる。同じ匂いがした』
……なら、竹内さんは敢えて知らない振りをした、ということか?
茉莉と話し合うことすらできず、おれはただ1人で悶々と考えるしかできない。くそっ。
「ねぇ、竹内さんと仲良いの?」
「あぁ、いや。そんなことないけど」
声を掛けてくる水口さんにそう答えると、
「そう」
と、水口さんは何故かは分からないが微笑を浮かべていた。
* * * *
昼休み。おれは手短に昼食を済ませる。
「ちょっと用事がある。後で着いてきてくれ」
教室を出る際、茉莉の横をわざと通りポツリと零す。誰にも聞こえないように、誰一人として不自然と思わないように、心がけて。
教室を出たおれは、後ろを確認することもなく歩き、階段を降り、渡り廊下を通り、南校舎へと移動する。
それから、階段を上がり4階まで移動するとその階の1番端に存在する大きな教室の前に立つ。
掛かっている札は図書室。
『歩くの早いって……』
「そこはがんばれよ」
そう零してからおれは、図書室の扉に手をかけた。
図書室の中はカーテンが引いてあり薄暗い。それに相まって古書の匂いが充満していて、歴史感が漂う。おれは迷わず奥へと進み、西洋と分類された棚に移動する。
棚の前で本1冊ずつに指を走らせ、目的の物を探す。
えっと、どこだ……。ま、ま、ま……。あった!
おれはある1冊を手に取る。ちょうどそのタイミングで図書室の扉が開く音がする。
その周辺の本を手に取り、図書室中央部に設置してある机に行く。
「茉莉、来たか」
「急にどうしたの?」
「魔女狩りについて調べようと思って」
広げられる魔女狩りに関する書籍。
正気言うと、読者なんてするのは久しぶりだった。更にいえば、こう言った小説ではない本を読むのなんて苦手でしかない。
だが、やるしかない!
「えっと……まずはこの本からだな」
昼休み全てを使い、分かったことは本当に極小だった。
魔女狩りは現代のように刑が判明してから行われたのではなく、容疑者となった時点で迫害され、処刑された。
それは魔女裁判という、形だけの裁判でギルティか否かが処され、99%でギルティとなる。
ヨーロッパ中世末の15世紀には、悪魔と結託してキリスト教社会の破壊を企む背教者という新種の「魔女」の概念が生まれるとともに、最初の大規模な魔女裁判が執り行われた。そして、16世紀後半から17世紀にかけて魔女熱狂とも大迫害時代とも呼ばれ、魔女裁判が大いに盛り上がったこと。
要するに疑わしきは罰し、周りからの告発により殺されることもあったという。そして、それらを執り行ったとされる者が──異端審問らしい。
異端審問に、魔女。魔女裁判、魔女狩り。今回の茉莉との件に関わりがある単語が多すぎる。
5時間目、視界の端で茉莉が普段通りに授業を受ける姿がある。
分かったことが少ない上、おれは力がない。まだまだ茉莉を護ってやることは出来ない。
情報戦、なんて言葉があるように。情報があればあるほどこの事件のことが分かり、動きやすくなるというのに……。
自分の知識不足が腹立たしく、それ故に歯がゆい。
「また怖い顔してる」
「そんなことねぇーよ」
心配の声を掛けてくれる水口さんに、強くそう吐き捨ててしまう。
「あるよ。何を気にかけてるか知らないけど、そんなに気になるんだったら全部話せばいいと思うよ。自分で考えるより、人を頼って、意見を求めた方が効率はいいしね」
「……分かってるよ」
聞く相手はいるんだ。張本人のような存在が、すぐ後ろに……。なら、聞けばいいじゃないか。竹内さんにおれ達を襲った王鳳という男について。
「ありがと、助かったわ」
逡巡し、水口さんに聞こえるか聞こえないか程度の小さな声でそう告げるとおれはノートをゆっくりと破っていく。
ビリ、ビリビリ。その音に反応して、数1の授業をしている先生がピクリと反応するも、バレることはなくノートを1ページ破る。
そして、そのノートにシャープペンを走らせる。
──王鳳とは一体何者なんだ? 竹内さんとの関係は? 何故おれ達を襲った?
知らないなんて言わせてたまるか。絶対に、絶対に吐かせてやる。
そう決意し、その紙をぐしゃぐしゃと丸め、先生が黒板に文字を書いてる隙に竹内さんに投げた。
それを手にした竹内さんは不思議そうにおれを見る。
よ、め、!
口パクでそう伝える。竹内さんは怪訝げにそれを広げ始めた。
もうしらは切らせない。さぁ、はじめようか!
おれと茉莉の逆魔女裁判だ。
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