第4話 魔女の転校
はぁー。なんだか嫌な予感がする。
今朝の状況を思い出し、ため息をつく。
「朝からため息なんてついて。どうしたの?」
黒縁の丸メガネをかけているクラス委員の
「いや、別に……」
朝起きたら茉莉がコーヒーを淹れてくれたなんて、言えるわけんねぇよ。
それに一緒に暮らしていることは秘密なんだから。
「別にって、なんかあるって顔に書いてあるわよ?」
ベージュのスクールカーディガンを着ている彼女は、おれの顔を覗き込みようにして訊く。
「ほんとになんでも無いから」
「うそー」
彼女はつまらなそうな表情を見せる。
「やっぱりこれが普通だよな」
表情を見せない魔女のことを思い返した拍子に思わず声が出てしまう。
「ん?」
小首をかしげる西明寺に、こっちの話、とだけ告げる。
「そっか。私、先生に呼ばれてるから先行くね」
「あぁ」
おれより少し前に出た彼女は、駆け足気味で学校へと向かっていった。
「委員長ってのは、大変だな」
そんな彼女の背中にそれだけこぼし、思考を戻す。
まだ四日目。しかし今まで1度も朝に顔を見せなかった茉莉が起きてること事態、普通じゃない。それに何か言われて文句をこぼさないと動かなかったあいつが、自発的にコーヒーなんて淹れるか? なんか変なテレビでも見たのか?
今朝の茉莉らしくない茉莉の行動に理由がつけられず、戸惑っているうちに学校に着く。
入学してから今日でちょうど二週間。明日からは、入学以来二度目の連休となる。
「タクくん、おはよ」
「あぁ、おはよう」
席が隣の水口さんだ。色素の抜けた、真っ白な髪が特徴的で、時折変なことを言うが面白い女子だと思っている。
「いま来たとこ?」
「そうだけど」
例えばこういうのもそうだ。朝だし、ちょうど登校時間だし、部活入ってないって言ったし、どう考えても今来たってわかるはずなんだけど。
「一緒に教室行こっか」
「うん」
てか、この流れは一緒に行くやつだろう。
「最近さー、おっぱい大きくなってきたの」
「っ、へ、へぇー」
「またブラ買いに行かないと。超めんどくさいんだけど」
「知らないよ」
おれたち一年の教室は、北校舎の三階。階段を上りながらされる話としては、なかなかきつい。
「こういう話ってさ、男にするものなの?」
「え? 知らない。話したいときに話してるから」
「あ、あっそう」
出会ってまだ二週間だぞ。もうちょっと自重するとかしろよな。てか、してくれないとおれが困る。
「まぁ、でもこれから暑くなるだろうし、薄い服とか買っといたほうがいいかな」
とりあえず話をそらすためにそう言う。
「あぁ、わかるわー。あ、そういえば」
「どうした?」
「タクくんって兄弟といるの?」
「いや、いないけど……。急にどうしたんだよ」
「うそっ。お姉ちゃんか、妹かいると思った」
「ど、どうして?」
まさか、口が滑って茉莉のこと言ってるのか!?
焦るおれとは反対に、どこか楽しんでいるような表情の彼女は特徴的な白い髪をいじりながら、ポツリと言う。
「におうなって思ったのに」
「犬かよ!」
そうツッコむと、彼女は微妙な笑顔を受けべる。
「そうよね。何言ってるんだろ、私」
そんなことを言っているうちに、教室に着く。すると中からおれに手を振ってくる人がいた。
大きなポニーテールを揺らす黒縁丸メガネの委員長。
「もう用事は終わったの?」
スクールバッグを机の上に投げおき、彼女に声をかける。
「うん。でも、もうちょっとで職員室に行かないとなんだけど」
「やらかしたのか?」
まさか、と彼女は屈託の無い笑顔を浮かべかぶりを振る。
「だよな、西明寺に限ってそんなことないよな」
「そうよ、私はいつだって委員長なんだから」
「はいはい」
西明寺とは中学のときから同じ学校で、クラスは一緒になったことは無かったが、存在は知っていた。いつも真面目で、規範的な生徒だと有名だった。
「あ、そろそろだ」
「何があるってのは訊いたらだめなやつか?」
「んー、口止めはされてないけど、楽しみにしてていいやつだよ」
いたずらっぽく笑う彼女に、表情が豊かってのは話しててもいいよなと思いながら、そっか、と返事をした。
* * * *
ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り響き、学校中の喧騒が収まる。しかし西明寺が戻ってくる様子も無く、担任の姿も無い。
おかしいな。
「今日は休みか?」
誰かが言った。クラスのボルテージはそれだけで上がる。休み、休校、なんて言葉は全国どこの学生でも共通でうれしい言葉である。
「そんなわけあるか」
しゃがれた声と同時に、教室のドア開く。白いカッターシャツにスラックスといった姿の担任は、めんどくさそうに手に持っていたファイルを教卓の上に置く。
「えーと、連絡事項とかは特に無いのだが、紹介しなければならない人がいる」
教室中にざわつきが広がる。
「西明寺、入れてくれ」
「はい」
教室の外から西明寺の声がした。どうやら待機していたようだ。
「ほら、緊張しなくていいから」
西明寺が誰かに話しかける声がする。一人で喋っているわけも無いので、おそらくそこに誰かいるのだろう。
「転校生か!?」
後ろの方に座る男子生徒が声を張り上げる。
「堀、うるさい」
「すいません」
堀という名前らしい男子生徒は先生に注意され、罰が悪そうに表情を歪めながらおとなしく腰を下ろす。
「遠慮しなくていいよ、星宮さん」
星宮……さん? なんか聞き覚えあるぞ。き、気のせいだよな。
自分にそう言い聞かせながらも、前を向くという恐怖に打ち勝つことができずにうつむく。
「どうしたの? ポジション悪いの?」
「アホか。てか、女子がそんなこというな」
水口さんは通常運転でおれに話しかけてくれる。内容はくそだが、心配はしてくれてるのだろうか。
「うおお」
男子の声が洩れる。この反応的に、教室に入ってきたのは女子だとわかる。これでまた茉莉と一致する部分が生まれる。
いやだ、頼む。やめてくれ……。
「きれいな金髪」
続いてそんな声がした。
詰んだ……。間違いない、茉莉だ。覚悟を決めて顔を上げる。
そこには綺麗なブロンドの髪、薄紅色の瞳とおおよそ日本人とはかけ離れた姿の人物が立っていた。
男子生徒はなんと声を上げればいいか分かってない様子だ。それほどまでに彼女の容姿は異常なのだ。
「自己紹介、お願いします」
担任の先生はどこか遠慮した様子で西明寺と並んで立つ、ブロンドの髪の彼女に声をかける。
「あ、はい」
そう話す声と同時に、転校生の靴の向きがおれたち生徒の方に向く。
「ほ、星宮……、ま……茉莉です」
名前もジャストミート。もう間違えようがない。他人の空似って可能性を捨てたくなかった。しかし、名前まで一緒ということなら言い逃れは出来まい。そこに立つのは間違いなく茉莉だ。だが茉莉は家にいる彼女からは想像もつかない姿だった。
表情こそ無表情でいつも通りだが、声が聞いたことないほどに震え、緊張しているように取れる。
「茉莉……」
心配のあまり声が洩れてしまうも、幸い誰にも聞かれてなかったらしい。
「ねぇ、星宮さん。どこから転校してきたの?」
隣に立つ西明寺が茉莉の背中に手を当て、緊張を解そうにして訊く。茉莉は視線だけ彼女の方に向け、口を開く。
「あじ……」
「あぁ、違う!」
間違いない。あいつ、いま。亜人界って言おうとした!
「違うだろ、茉莉」
別に口止めなんてされてないから、言っても問題ないことなのかもしれない。だけど言うべきではないと、本能が止めた。すると、当然のごとくクラスの視線がおれに集まる。
「そういうこと。そういう関係だから、下向いてたのか」
「違うって! 断じてそういう関係ではない」
「昨日はありがとう。本当に嬉しかった」
「だから、茉莉も話をややこしくするな!」
水口さんのちょっかいと空気を読まない、というより読めない茉莉が火に油を注ぐ。
ほらみろ。クラス中の視線が侮蔑のものになってきているだろうが!
「知り合いなの?」
西明寺がおれと茉莉の顔を交互に見て訊く。もちろんおれはかぶりを振る。しかし茉莉は思い切り首肯する。
「一緒に──」
「あぁ!」
茉莉の言葉を遮り、おれは声を上げる。はっきり言って、ただの頭のおかしいやつだと思う。だが、仕方ない。一緒に暮らしてるなんて言われれば高校生活2週間でオワタである。
「た、たまたま道を聞かれて一緒に買い物に行ったんだよ! そうだよな?」
頼む。それでうん、と言ってくれ。
「……うん」
「そ、そっか」
おれの意思が通じたらしく、彼女は不承不承ではあるが頷いてくれた。西明寺はまだ信じきってない表情だが、それでもいちおうの納得を見せる。
「知り合いなら、西明寺じゃなくて永月に任せれば良かったな」
端に寄って聞いていた担任の先生は、そう言うと再度教卓の前に戻ってくる。
「んじゃ、まぁそういうことだからみんな仲良くしてやれ」
教卓の上に置いていたファイルを抱え、教室の外へと出て行った。
* * * *
「ねぇ、あの子のおっぱいは大きいの?」
「やっぱり水口さん、頭おかしいよな?」
「普通よ」
顔だけ見れば、美形と呼ばれる部類だろう。しかし彼女はTPOというやつを考えることなく言葉を発する。
「でも、あの子はおっぱいよりお尻のが綺麗かな」
「本当に女子だよね? 目線がオッサンなんだけど」
「あら、それは間接的に私に脱げって言ってるの?」
「ほんと、どんな思考回路してるわけ?」
「ほら、そこ。うるさいぞ」
黒いスーツに身を包んだ若い男性教師に注意をされる。
「ほら、水口さんが変なこと言うから」
「変なこととは何よ」
今は物理基礎の授業中。彼女は教科書を忘れたらしく、机を合わせておれの教科書をシェアしている。
だから話しやすいというのは、あるかもだがもう少し自重して欲しい。
「下なら触らせてあげるけど? イチモツ無いから」
「ほんと、アホだな!」
細い指がおれの手に触れる。柔らかく、体温を感じさせる。
「いや、ほんとにいいから。分かったからって」
「残念。卒業のチャンスだったのに」
「頼む、ほんともうちょい真面目に授業を受けてくれ」
そう頼んでみたが、結局授業が終わるまで彼女が真面目になることはなく、永遠と話し続けられた。
「やっと解放される……」
どっと疲れが溜まった。マジではやく席替えしたい。
「拓武くん、ちょっといい?」
疲れから机に突っ伏すおれの頭上から声がした。よく知る声だ。
「茉莉か?」
「そうぜよ」
「ぜよはやめとけって」
やべっ。水口さんのテンションで疲れたからか、気が抜けていたのだろう。いつものテンションで話してしまった。
慌てて体を起こして辺りを見渡すも、どうやら昼休みに入ったことによりそんな些細なことを気にしてる人はいないらしい。
「ふぅー、よかった。で、なんだ?」
「お昼ご飯無くて」
「家では──じゃなくて。ちょっと着いて来て」
また家でのテンションで話しそうになり、いちおう廊下に出る。
「家ではどうしてたんだよ」
「カップ麺とか?」
そうだ。こいつお湯だけは沸かせるんだ。ティファールで、だけど。
「はぁー。なら、着いてこい。ちょうどおれも行くところだ」
「ん? どこに?」
「食堂だ」
お昼の食堂は異様なほど人がいる。そしてそれは今日も例外じゃない。
「何か食べたいものあるか?」
「んー、ラーメンかな」
「ラーメンはいつも食べてたんだろ? 別のにすれば?」
「それもそうぜよ。じゃあ、
「
「すいませーん」
声を張り上げ、奥で働くいわゆる食堂のおばちゃんというやつに声をかける。おばちゃんはすぐにやって来てくれた。
「牛丼2つお願いします」
「はい。400円ね」
牛丼2、と書かれた紙と交換で400円を支払う。
「あとは待つだけだ」
「へぇー、すごいね」
彼女は能面のような表情のまま声だけは感嘆のそ
れで言う。
「あー、座るところないなー」
牛丼2つを受け取りお冷を入れてから席を探す。しかし、どの席もいっぱいで座れそうにない。
「おーい。こっち空いてるよー」
そう声を掛けてくれたのは、西明寺だ。
「すまん、西明寺。助かった」
「うんん、全然いいのよ。でも、本当に知り合いだったんだねー」
きつねうどんを食べていた彼女は、おれと茉莉の顔を交互に見ながらうんうん、と頷いている。
「ほら、茉莉」
「ありがとう」
「いただきます」
牛丼とお箸を渡してやると、茉莉は両手を綺麗に合わせてそう言った。
「日本人より日本人じゃん」
「そだな。いただきます」
西明寺の言葉を肯定し、おれは両手を合わせることなくそう言った。
「あー、両手合わせないとダメって言ってたじゃん」
「あー、はいはい」
くそ、めんどくせぇー。胸中でそう零しながらも、おれは両手を合わせて再度いただきますを言い直す。
表情にこそ現れないが、それでも彼女はどこか嬉しそうに見えた。
それから5時間目の授業を受けてから、ホームルームを終え、茉莉とは別で帰路に着いた。
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