第3話 魔女との生活


 星宮茉莉という魔女がおれの家に住み着きはじめてからもう2日が経つ。

 どうやらまだ学校の連中にバレてる様子はなく、今まで通りに生活している。

 まぁ、たぶん。まだ高校入学して間もないというところが大きいのだろう。ほとんどの人とはじめましてという状況だ。多少変なやつだと思われても、そういうやつだで済む。

 不幸中の幸い、というやつだろう。

 そんなこんなで3日目。まだ3日目だが、学校を終え家に帰る時間となっていた。

「じゃあ、今日のホームルームはここまで。明日も遅刻のないように。では」

 それだけ言うと、担任の先生は教卓にあるファイルを束ねて教室を出て行った。

「帰るか……」

 家で待つ騒々しい彼女の顔が脳裏にかすみ、ため息を零す。それから手早くカバンに荷物をまとめ、席を立つ。

「あっ、永月ー」

 不意に声がかかる。

「なんだ?」

「今からカラオケ行くんだけど、お前もどうだ?」

「んー、今日はちょっとやることあるからいいや。すまんな」

「おうよ! また誘うわ」

「あぁ」

 そうしてクラスメイトからの誘いを断る。別段行きたくないわけでもない。しかし家にいる珍獣とも呼べる茉莉をこれ以上一人にするわけにはいかないのだ。


 昇降口に並ぶ下駄箱で靴を履き替え、校門を出る。学校の正面にある信号を渡り、右に曲がる。そこをまっすぐ進む。

 通りにはコンビニやスーパー、それからファミレスが並ぶ。それらを無視してまっすぐ歩くとおれの住むアパートがある。

 アパート自体は4階建て。その中でおれの部屋は2階の角にある。いわゆる角部屋だ。

 いつも通り、今まで通りに、鍵穴に鍵を差し込んで回す。ガチャ、という音はない。

「いつも鍵は締めとけって言ってるだろ。アホか」

 嘆息気味に小さく零すと、如何にも鍵を開けたような素振りでポケットの中に鍵を戻しドアを開ける。

 そして一人暮らしを装い、無言で室内へと入り、ドアを閉めて鍵をかける。


 そこまでしてようやく、

「ただいま」

 と言える。

 するとすぐに

「おかえりー!」

 と、元気一杯な声が返ってくる。

「その元気、もう少しどうにかして欲しいよ」

「えへへ」

 能面のようないつもと変わらない表情で、声だけは照れたような声を出す。

「前にも言ったけどな、もう少し表情を覚えた方がいいぞ。無表情キャラは、もう十分だ」

「む、無表情キャラ?」

 戸惑う彼女におれは首を横に振る。

「まぁ、とりあえずそんなに無表情だとおれも茉莉の感情を読むのが大変だってことだ」

 靴を脱ぎ、室内に上がる。表情には出ていないが、おそらく嬉しそうに、なのだろう。玄関にまでお出迎えに来てくれた彼女は、カバンを預かりましょう、と言わんばかりにこちらに手を伸ばしてくる。

「そんなところだけは……」

 そう呟くと彼女は小首をかしげた。

「何でもないよ」

「そうですか?」

 戸惑う彼女にカバンを預け、

「そうだよ」

 と答え、リビングにへと入る。


「昨日も言ったけどさ、茉莉。おれが学校に行ってる間、何してる?」

 リビングのテーブルの上。そこにはおれが朝食べ、出て行った痕跡が今でも残っている。

 そしてそのテーブルの周辺には、畳んでおいてくれ、と頼んだ洗濯物が朝の状態のままである。

 代わりに机の上には、新たに見たこともない古いDVDがある。

「日本の勉強ぜよ」

「はぁ?」

「夜明けは近いぜよー」

 元々おかしい頭が更におかしくなったのか、そう思い落胆し視線を落とした。

 ──《龍馬伝》

 な、なるほどね……。

「こんなので日本が勉強出来るかよ」

「嘘!?」

「昨日は、水戸黄門で言ったよな? 学べても歴史だけだって」

「これが目に入らぬかー」

 テーブルの上に積んであった龍馬伝のDVDを取り出してそう言う。

「いや、だから……」

 頭を抱え込む。こんなやつ、どうやって普通にするんだよ……。

「お主、気にするでない」

「いや。誰だよ」

 肩をポンポン、と叩く彼女におれは蔑むような目で向けてそう言い放った。


「あ、そうだ」

 能面のような表情のまま、彼女は何か思い出したかのような声を出す。

「どうした?」

「言うの忘れてることあった」

 手をポンと打つ彼女に、おれは何だか嫌な予感を覚える。

「誰か来たか?」

「違う違う。帰ってきた主には──ご飯する? お風呂にする? それとも私?」

 色気もクソもない。棒読みのセリフ。

「いや、まじでそういうのいいから」

 昔はやってほしいな、とか思ってた時期もあったよ。でもな、そんなのは夢なんだよ! 夢を壊すなよ!

「これって言う決まりじゃないの?」

「そんな決まりはねぇーよ」

 少し怒ったように表情を崩して告げる。

「そ、そっか」

 しかしその怒りが通じたか通じなかったのかは分からない。なにぶん、彼女は表情が乏しいのだから……。

「んじゃ、着替えるから」

「うん」


 そう残しおれは脱衣場で制服を脱ぎ、部屋着に着替える。

「ほんと、なんでおれなんだろ」

 ほとんどのことを考えないようにしたが、やはりそれだけは頭に残り続ける。

「あー、考えてもダメだな」

 かぶりを振り脱衣場を出る。

「ねぇ、ご飯にする?」

「ご飯にするって、茉莉料理できないだろ」

 楽しげな声で言う彼女に、おれはため息を洩らす。すると彼女はお腹を鳴らす。

「腹、減ってるのか?」

「うん。朝から何も食べてなくて……」

「いやいや、茉莉が起きないからだろ!」

「えっ? 起こされたっけ?」

「起こしたよ!」

 茉莉といると、とことんペースを崩される。

「まぁ、いいよ。ご飯作るか」

 そう言い台所へ入ろうとすると、彼女は両手を広げて通せんぼをする。

「な、なんだよ」

「台所は女の戦場よ」

「ほんと、何言ってんだよ。茉莉、料理できないだろうが」

 住み込み1日目。彼女に何か出来ることがないかと、色々やらせてみた。そのうちの一つが料理だったのだが、これがまぁ酷い。卵は割れないわ、米も研げない。

 その上IHヒーターで焼ける肉に『これは魔法なの!?』と興奮するほどだった。

「むぅ」

 料理ができないとおれに言われたことが嫌だったのか、声だけはいじけたような声を出す。

「そこで表情を付ければ、相手にいじけたって伝わるぞ」

 そう付け足してやり、おれは彼女の肩に手を置き横をすり抜け台所へと入る。

「って、元々おれの部屋の台所だしな」

 なんで茉莉にあんなこと言われないといかんのだ。


「で、今日は何を作ろうかな」

 正直毎月50万というのは、二人暮しであっても余裕で余る。だから先日おれが買い出しに行った際、かなり無駄遣いをしてしまった。

「とりあえず、この肉とキャベツとピーマンと。それからこの玉ねぎでいいかな」

 今までは常に空寸前といった状況だった冷蔵庫は、ちゃんと冷えるのか、と言うほどパンパンに詰め込まれている。

「ねぇねぇ、何作るの?」

「いや、回鍋肉的なやつでいいかなって思って」

「ほ、ほいこーろ?」

「回鍋肉。まぁ、素使って作るから失敗しねぇと思うから邪魔するな」

「はーい」

 彼女は手を挙げて台所を去ると、テレビをつけた。それを確認してからおれは、包丁を取り出し、肉やキャベツを切り始めた。


 夕食の準備は整った。あとは、盛り付けるだけだ。

「茉莉ー。ご飯入れてくれ」

「了解でござる」

「その変な語尾やめてもらえるかな」

「何が変なのさー」

 ふてくされるような声でそう言うや、彼女は洗いたての食器を手に取る。

「ちゃんと拭いてから入れてくれよ」

「ふく?」

「そうだ。お茶碗、まだ濡れてるだろ? それをタオルで拭き取るんだよ」

「あーあ、了解でござる」

 数回頷き、茉莉はすぐそばに置いてあるタオルを手に取り、お茶碗を拭き始める。

「これでいいでぜよか?」

「いや、ほんとなんでそんな語尾が変なんだよ。まぁ、それでいいんだけど」

「えっへん!」

 声だけは自信満々の彼女に嘆息する。

「はやくしろ」

 そう言いおれはお皿のうえに回鍋肉を盛った。


 それからテーブルのうえに運び、おれたちは向かい合って座る。

「いただきまーす」

 座ると同時にそう言い放つ彼女は、お箸を握って持つ。

「こらっ、そうじゃないって昨日も言ったろ?」

「あはは、ごめんなさい」

 無表情で照れるように言うと、彼女は少し眉を歪ませながらお箸の持ち方を正そうとする。

「そう……あぁ、そこはそうじゃなくて」

 ご飯が食べたい、という気持ちと持ち直そうとすればするほどおかしくなる茉莉のお箸の持ち方にじれったくなり、おれは彼女の手を取った。

 暖かく、それでいて柔らかい。おれの手とは作りが違うらしい。

「え、えっと……」

 彼女は表情を崩すことはない。しかし声には恥じらいと照れが感じられた。

「ここをこうやって、こう持つんだよ」

 彼女の手をいじり、説明しているあいだ彼女は消え入りそうな声で頷いていた。

 どうにかお箸を持てた彼女はおれに向く。

「もう食べていい?」

「あぁ」

 表情では分からないが、でも確かに期待がこもった声だった。

 まだ茉莉と生活をはじめて3日目。しかもその半分を学校で過ごしており、彼女と丸1日一緒という日はまだない。

 それでも同じ屋根の下で暮らしているというのは、大きいことなのか。もう打ち解け始めている自分がいることに気づく。

「美味しいか?」

 ご飯のうえに回鍋肉を乗せて、ガツガツと食べている彼女におれは訊く。

「うん、美味しい!」

 まだ彼女の本当の表情は見れていない。言葉だけの感情しかみれてない。

 ただの居候。だけどおれは彼女との生活に楽しみを覚え始めている。

 ──こんなのでいいのかな。

 その言葉は口にすることなく、ご飯と一緒に喉の奥へと運んだ。


「ほら、ごちそうさまは?」

「あっ」

 食べ終わるなりテレビに向かう彼女にそう言う。すると彼女は無表情のまま。しかしやってしまったと言わんばかりのテンションで言葉を放つと、テーブルに向き直る。

「ごちそうさまでした」

 そしてピッタリと両手を合わせてそう言った。

「よろしい」

「上から目線の言葉は嫌いぜよ」

「はいはい」

 出来の悪い妹を持った気分だ。

「ごちそうさまでした」

 おれも手を合わせ、食材への感謝の意を込めてそう告げてから立ち上がる。

「茉莉ー」

「何でござる?」

「いや、もうござるはいいから。それよりも、皿洗いできるか?」

「出来るわけないでしょ?」

「はぁー」

 何かはやらそうと思う。それにいちおう研修で来てるなら何かやろうとするべきだと思う。しかし彼女は何もしようとしない。

 こちらから何かすることを与えても、それをこなす気配がない。

「茉莉」

「何よー」

 リモコンをいじっている彼女の背中に声をかける。

「そっちにあるお皿持ってきて欲しい」

「んもー。仕方ないぜよ」

 そう言う彼女の声はどこか嬉しそうで、楽しそうに感じた。


 * * * *


「洗い物も終わったし、風呂入るか」

 水で濡れた手をタオルで拭きながら零す。

「そうでござるね」

「もうござるはいいから。で、どっちから入る?」

 この問題は3日目の今日でも大きい。お湯を張るのはシャワーで済ますより多くの水道代がかかる。故にシャワーを浴びるのだが、問題はやはり順番だ。

 いくら場所の違う存在だとしても、やはり男と女だ。気を遣ってしまう。

「どっちからでもいいよ?」

 大して面白くもなさそうな動物番組から視線を逸らすことなく、彼女は気にした様子を見せずに答える。

 そういうものなのかな……。

「んじゃ、おれから行くぞ?」

「うん」

 なんだか空返事なような気がする。ちゃんと聞いてるのかよ。

 どれほど頭の中で考えたところで魔法が使えるわけでもないおれが分かるはずがない。

「まぁいいや。じゃ、行ってくるから」

 それだけ残し、おれは脱衣場に入る。


 春ではあるが、夜になるとやはりまだ少し冷え込む。脱衣場はほかの部屋よりも寒く、服を脱いだ瞬間から空気が肌を刺す。

「うぅ、寒い」

 服は部屋着なので、平日はだいたい2日に1回洗えば事足りる。しかし下着はそういうわけにはいかないので、洗濯機の中に放り込み、お風呂の中へと入っていく。


 一通り体を洗い終わり、全身にシャワーを浴びる。洗い終わってすぐに浴室から出るのもいいのだが、やはりそれでは体が冷えてしまうような気がする。だからおれはいつも洗い終わった後、こうやってシャワーで全身を流す。


 でも魔女之帝ってやつは茉莉に何を求めてるんだ?

 生活の合間に時折考えてみる。しかしこれといった答えは見つかってない。それにおれと彼女との確執。どうやっても埋めることの出来ない文化の違い、考えの違い。それらが必ず存在するはずだ。

「それをどうやって埋めるか、だよな」

 シャワーの水音の中におれの声が木霊する。まだ3日と割り切ることは簡単だ。しかしそんなことをしていては、いつまで経っても距離を縮めることはできない。


 そんな考えを巡らしているときだった。

 不意に背中にひんやりとした空気が触れた。

 あれ、何で?

 疑問に思い、振り返る。

「……えっ?」

 目の前に広がる光景に、おれは何を言葉にすればいいのかわからなくなる。ただ喘ぐようにそれだけが零ただけ。

「どうしたの?」

 眼前にいるのはここにいてはいけないはずの存在で、いるはずのない存在。のはずだが、彼女はそこにいた。しかも一糸まとわぬ姿でだ。

 見てはいけない。見てはいけない。そう思えば、思うほど視線をそらせなくなる。

 きめ細やかで病的にまで白い肌。キュッと引き締まった腰にはくびれまである。また上半身に目をやるとそこには小さすぎず大きすぎない、魅力的な胸があった。

 見ている者を惑わし、虜にするような。そんな彼女の裸体。

 おれは頭が真っ白になり、思考回路がショートし、わけが分からない。

「そこまでジロジロ見なくても」

 彼女は不服そうに声を上げる。

「ご、ごめん」

 ようやく追いついた思考でそれだけ口にすると、前を向き彼女の裸体に背を向ける。

「見えた?」

 おそらく表情は無いのだろう。しかし声は明らかに震えている。

「い、いや? な、なんか謎の光と異常に濃い湯気が現れて。うん、大事なところはぜんぜん見えてないよ? うん、見えてない」

 自分に言い聞かせるのが半分、彼女を納得させるのが半分。あまりにも無茶な言い訳を突き通す。

「そ、それよりも、なんでいるんだよ」

「えぇー、裸の付き合いは大事でしょ?」

 こいつは……。

「言っとくけどな、裸の付き合いってのは本音を言い合えるような人間関係のことで、本当に裸でどうこうするってのは違うからな?」

「えぇ、ウソっ!? だって夕方の再放送ドラマで、男同士で裸の付き合いだーって言ってお風呂入ってたんだもんっ!」

「それはドラマ上での演出だよ」

 困ったような声を出す茉莉に、おれは分かりやすくため息をつく。

 それからシャワーを止め、立ち上がる。

「入ってきたものは、しょうがない。おれはもう上がるし、ほら」

 彼女の方を見ないまま、後ろにシャワーを伸ばす。

「う、うん」

 彼女の細い指が、おれの手に触れる。

「持ったか?」

「うん」

「んじゃ、おさ――」

「待って!」

 お先に、と告げて上がろうとしたおれに、彼女は張り詰めるような声を上げた。

「な、なんだよ」

 振り返りかけた体を前に向きなおし、聞き返す。

「もうちょっと……。もうちょっとだけ、一緒にいてくれない?」

 試すかのように震えた声で、可憐な少女はそう言った。

 おそらく彼女なりに考えた行動なのだろう。

「わっ、わかったよ」

 おれは上げた腰を再度下ろす。

「う、うん。ありがとうでござる」

「ここでござる入れるのやめてくれる?」

 微笑を浮かべて彼女に言う。彼女はなんだかうれしそうな声を上げている。

「んっと」

 声と同時に彼女の手がおれの肩の辺りから伸びてきた。

「お、おい」

 突然の出来事に動揺し、声を出すと彼女はシャワー出したくて、と答える。

「そ、そんなの言ってくれよ」

 背中に押し当たる彼女の柔らかな胸の感触を、できるだけ排除して、気にしない振りをして、おれはシャワーの蛇口をひねる。


「ありがとね」

 少しの間おれたちの間に会話はなく、ただひたすらに彼女が体を洗う音だけが耳に届いていた。しかし幾らかの時間が経ってから、不意に彼女はこぼした。

「急にどうした」

「私を家においてくれて、本当にありがとう」

「置いてくれてって、茉莉が勝手に来たんだろうが」

「でもそれでも追い出したりしなかった。魔法陣だって、消さなかった。あれが私……本当に嬉しかった」

 まるで今までにそうされてきたような口振りで彼女は語った。人間というのは、基本的に自分さえ良ければいいと考える。だから自分だけの生活空間に誰か知らない人がやってくるとなると、良い気はしないだろう。でもだからと言って……。

「そうか」

 ──おれは追い出したりなんてしないからな。

 口にするには恥ずかしすぎる。だから胸中でポツリとこぼす。

「安心しろ。じゃあ、おれはあがるから」

 最後にそれだけ言い、立ち上がる。今度は待ったの声は掛からない。おれの言葉で彼女は安心出来たのだろうか。

 彼女の胸中なんて分からないけど、そう思うことにした。


 * * * *


 おれがお風呂から上がってからしばらくして、茉莉は上がってきた。前にボタンが四つ並ぶ典型的なパジャマを着た彼女に訊く。

「なんか飲むか?」

「大丈夫」

 茉莉はそれだけ言うと、ベッドのうえに寝転がる。彼女が来てからは彼女にベッドを使わせ、おれはテーブルを壁に立てかけ、床の上に布団を敷いて寝ている。

「もう寝るのか?」

「うん」

「なら歯磨きは?」

「お風呂上がった時に、一緒にしてきたよ」

 3日目となれば慣れも出てきているのだろう。彼女はそれだけ言うと、スヤスヤと寝息を立て始めた。


「何したらそんなに疲れるんだよ。ずっと家にいるくせに」

 コップに麦茶を入れ、飲み干してからそうボヤく。

「おれなんて学校まで行ってんだからな」

 ベッドの横に行き、彼女の寝顔を覗いて呟く。綺麗なブロンドの髪。長い睫毛。筋の通った鼻。本当に日本人離れした整った顔だ。

「まだ早いけど、おれも寝るか」

 時間はまだ23時を少しすぎた頃だ。彼女が来るまでなら確実に起きていたし、彼女が来てからも今日までは起きていた。

 だが彼女が寝てしまっては、大きな音でテレビを見ることもできず、3日も彼女と話す生活を送っていると一人でいる時間が妙に寂しく感じるようになってしまっている。

「おれもダメだな」

 苦笑を浮かべながら机を壁に立てかけ、収納の中にしまってある布団を取り出す。

 それを広げ掛け布団をその上に投げ下ろし、脱衣場に設置してある洗面台に向かい、歯磨きを済ませる。

 それからリビングに戻り電気を消す。

「おやすみ」

 布団に転がり、掛け布団をかぶってから言う。返事は綺麗な寝息。おれはそれを聞き届け、目を閉じた。

 ──とりあえず彼女に表情を教えてみるところからはじめてみようかな。

 そして密かにそう思うのだった。

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