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車内アナウンスが流れ、淀屋橋駅への到着を告げる。
まもなくして電車が停止した。ここから環状線へと乗り換えである。
起こされた瑠璃は目をこすり、寝ぼけ眼の様子。
千草は手早く荷物をまとめると、一番に立ち上がった。
「碧、瑠璃、早くしないと電車が出てしまいますよ」
「ふぁい」と、間の抜けた返事をする瑠璃。しかし一拍置いてから、
「あれ……碧? 呼び捨て? いつのまにそんなに仲良くなったの?」
そんなことをボケボケと考えていると、降車口から「置いてくぞ」と碧の声がかかった。発車のベルが鳴る。瑠璃は慌てて電車から駆け降りた。
依頼主。とは言っても今回の場合、団体からの依頼なので、それはその代表者ということになるのだが。その依頼者との待ち合わせ場所は、大阪市の湾岸部、某有名テーマパークの近くにそびえる、高層ビルのような高さを誇るホテルだった。
降り立った最寄りの駅は、そのテーマパークのために作られた駅と言っても過言ではないもので、駅を出たとたん、広がっていたのはまさに夢の国だった。
まず目に飛び込んできたのは赤青黄など、原色に色付けされた派手な建物群だった。土産物やキャラクターグッズを取り扱っている店がほとんどで、外壁や看板にも多くのキャラクターがデザインされている。
次に匂い。まるでアメリカのキャンディでも目の前に持ってこられたような甘ったるい匂いで鼻孔が支配される。あまりの匂いに思わずのけ反ってしまいそうだった。
そして極め付けが、この人、人、人! もう昼も回ろうという時間なのに駅前を埋め尽くさんばかりの人の多さ。夏休み真っ只中というのも手伝ってか、あり得ないほどの人に碧はうんざりした。この駅に向かう環状線に乗った時から覚悟はしていたが、まさかここまでとは……
傍らに立つ千草にも碧と同じようなきらいが見えた。うんざりというか、若干呆然としたような顔。この場に至って千草の巫女姿は、夢の世界の雰囲気に溶け込んでいるのか、それとも逆に浮足立っているのか、もはや分からない状態だった。
瞳を輝かせ、目移りさせている瑠璃には申し訳ないと思ったが、碧は早くホテルに向かおうと千草にそっと耳打ちした。
ホテルのエントランスをくぐると、そこには光溢れる吹き抜けの空間が広がっていた。ロビーは広く、洋館にありそうな大きな階段が、吹き抜けの二階に向かって二股になって掛けられている。洗練された白を基調とした、高級感あふれるホテルだった。
千草が足早にフロントに向かい、要件を述べる。
すぐに碧と瑠璃も呼ばれ、従業員に案内されたのはホテル内の一室を使った、会議室のような部屋だった。会議室とは言っても、単に六人掛けほどのテーブルが置かれただけのさほど広くもない部屋で、中では四十代ほどの、頭のやや薄くなった小太りの男が一人待っていた。
碧たちは部屋の隅に荷物を置き、男と向かい合うようにして椅子に腰かけた。窓からは、テーマパークが臨め、その全景を上から見ることができた。
男は名前と自分が市の職員であること、それに今回紫苑に依頼を出したのは自分自身であることを告げると、深々と頭を下げた。その後、三人に一枚ずつ名刺を丁寧に配ってから、男は椅子に着いた。
碧は男の馬鹿丁寧な対応に正直驚いていた。こんな、傍から見ればどうやっても遊びに来た学生にしか見えない三人、どうせ信用もされないのではないかと内心思っていたからだ。だが、どうやらそれは違ったらしい。まあ、確かに一人巫女が混じっていると言えばそうなのだが……
男は額の汗をハンカチで拭いながら、また馬鹿丁寧な話し方で、依頼の詳細と事の次第について説明し始めた。
依頼の内容は怨霊退治。これは既に紫苑から聞いていた。
男の話によると、現場はこのホテルから道路を挟んですぐの海岸沿いにある広場で、夜になるとそこで幽霊のようなものがたびたび目撃されるというのだ。最初の目撃情報がいつで誰によるものだったのかはもはや分からない。噂は口コミやネットで徐々に広がり、面白半分に肝試しと称してやって来る者も少なくなかった。
巷では、臨海都市開発時の事故で亡くなった者の霊だとか、怨恨で海に身を投げた女の怨霊だとか噂されていたが、事実その現場は事故の多発していた場所で、それこそ開発中の事故で亡くなった工事員もいたし、テーマパークに修学旅行で来ていた学生のバスが海に転落し、大勢の生徒が命を落とすという大事故も起こっていた。そんな事実もあってか噂には拍車がかかり、このことは一種の都市伝説のような形で大きな広がりを見せ、一部のゴシップ紙でも取り沙汰されるほどになっていった。
しかし、ただの幽霊騒動では市政が動くはずなどなかった。確かに市民からの情報が寄せられることもあったが、噂が独り歩きしすぎている上に、マスコミまで手を出している。これでは話にどこまで尾ひれが付いているか分からないし、情報の信ぴょう性も極めて乏しかった。そもそも、幽霊や怨霊などといったオカルト現象に対して税金を割いて対処を講じようなどと、この御時世許されるはずもなく、それこそ市政のあり方を問題視されてしまう。市としては見て見ぬふりではないが、夜間に海岸付近に近づくことへの危険性に対し、市民に注意を促すに留まっていた。
事情が変わったのが約三か月前。その幽霊に、襲われた者が出たのだ。
被害者は二十代のカップルだった。幽霊の噂を聞き、興味本位で例の海岸広場にやって来たらしい。
明朝、現場付近を車で通りかかった一般人から、男女二人が倒れているという通報が入った。二人は発見時、意識不明のこん睡状態だった。特に外傷はなかったのだが、まるで精気を吸いつくされた死人のように二人の顔は青白かったという。
女はその数日後に目を覚ましたが、過度のショックを受けたのかパニック障害を引き起こし、情緒不安定の状態が続き、いまだに精神病院通い。男の方に関しては、三か月を過ぎた今でも意識が戻らず、半植物状態が続いているらしい。
その後も同様に幽霊に襲われるという事件が数件続き、その被害者のほとんどが意識不明の状態で発見された。都市伝説と化していた噂はこの頻発した事件の影響で現実味を帯び始め、市民に不安を抱かせるのにさほど時間はかからなかった。
そして約一月前のこと、とうとう死者がでた。朝発見された時には、既に息を引き取っていたという。
車内で発見されたその死体は、当初交通事故によるものではないかと目された。それは、車体が信号機の主柱に派手に突っ込んだ状態だったからだ。その半壊した車中から被害者は発見された。
しかし、この辺りは見通しがかなり良く、夜になると交通量もめっきり少なくなる。検死の結果、飲酒をしていた形跡もなく、信号に追突する理由がいまいち明瞭ではなかった。さらに、衝突時に負ったものであろう外傷はあるものの、いずれも致命傷に至るようなものは見つからなかった。ただ、一連の被害者と同様に、見つかった死体もまた異常に青白い顔をしていたということだ。
亡くなった被害者は、肝試しのような面白半分でやってきた類の人間ではなく、近隣で働くサラリーマンで、残業で遅くなった仕事を終え、家に帰る途中だったらしい。
警察は、最終的に交通事故としてこの件を処理したが、前例が前例なだけに市民やマスコミはそれでは納得しなかった。
そしてその一週間後、二人目の死者が出てしまった。
ここ三カ月の間で被害者は十五名にものぼり、内二名が死亡している。ここまで来てしまっては市政も重い腰を上げざるを得ない。幽霊だろうとオカルトだろうと、確かにナンセンスではあるけれども、このまま放っておく訳にはいかない。事態はそれほどにまで切迫してしまっているのだ。
そこで今回、京都でも高名な霊能者である紫苑へと依頼を出した、というのがここまでの経緯らしい。
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