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 それから、八年の月日が流れた。

 悪霊に襲われ崩壊した村は、再興を遂げていた。村を襲った悪霊のことなど忘れ、皆平和に暮らしていた。

 ある夜、そんな村に九尾の狐が姿を見せた。

 突如、なんの前触れもなく現れた九尾の狐は、村を焼き尽くし、村人たちを無残に食い殺した。

 村を執拗に襲い続ける妖狐は、まるで村の全てを根絶やしにすることを望むかのように、炎をまき散らした。

 村人たちが逃げても逃げても妖狐は追いかけた。近隣の村や町にまでもその被害は及び、死者は数百にものぼり、妖狐の放った炎は七日が経っても消えることはなかった。

 その妖狐、九尾の狐が琥珀であると、真白は一目見て分かった。

 あの時、置き去りにしたことを呪い、自分を殺しにきたのだろうと。

 これは全て、自分の力が無き故に起こったこと。自分の命を投げ打つ覚悟はあった。

 しかし、真白には妻である若菜と、若菜の腹には身篭った子供があった。

 真白は、若菜を京へ逃がした。

 だが、妖狐の憎しみは、村人の皆殺しを望んでいた。いつか、京へ逃げ伸びた若菜とその子供へも、妖狐の手が伸びることだろう。

 真白は神に祈った。どうか、妻と生まれくる我が子をお守りくださいと。しかし、紅蓮の炎に焼かれ、燃え尽きる村を眺め、神などいないのだと思った。そもそも神が御座したならば、あの時琥珀を救ってくださったはずだと。

 神などいない。育ての親である村長の亡骸を抱きしめながら真白は泣いた。

 神などいない。だから、琥珀もあんな姿になってしまったのだろう。


 ある日のこと、真白が大江の山道を歩いていると、突如、頭の中に声が聞こえてきた。

 ひどく鮮明に、男の声が直接頭に響いた。


『力が、欲しいか?』


『生きたいか?』


 それは、鬼の声だった。

 この地には鬼の伝説があった。その昔、京を荒らし回った大鬼が住んでいたと。


『力が、欲しいか?』


『殺したいほど、憎いか?』


 鬼は問う。

 真白は願った。力が欲しいと。

 たとえそれが鬼の力であったとしても、大切なものを守る力が欲しかった。自分の身体や命など、鬼にくれてやるつもりだった。

 声が、不気味に笑う。


 そして、真白は鬼となった。


 燃え盛る炎の中、黄昏に茜色の光を浴びて、真白と琥珀は向かい合った。

 それは本当に久しぶりの、八年ぶりの対面だった。

 子狐だった琥珀は九尾の狐と姿を変え、子供だった真白は鬼となっていた。

 八年前の面影など、何一つありはしない。

 二人の間には、憎しみ合う気持ちしかなかった。

 構えた剣が振り下ろされ、炎が舞う。

 死闘は、三日三晩にも及んだ。


 勝利したのは、真白だった。身体は満身創痍ながらも、みごと妖狐の喉を切り裂き、首に突き立てられた剣は妖狐の血をすすった。

 妖狐がそれでも真白を睨みつける。血走った目で、真白を呪う。

 あの時、自分が無力だったせいで、こんな結末しか迎えられなかった。

 八年前、自分に力があったならば──

 真白は自分自身を呪った。力ない自分を恨んだ。

 妖狐の身体が限界を迎え、断末魔の叫びを上げながら朽ちていく。

 しかし、その憎しみと恨み、真っ黒に染まった魂は消えなかった。

 呪いとなってその魂は闇に飲まれていく。

 いつの日か、恨みを晴らすために。

 いつの日か、また真白と出会うために──

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