5

 淡い不思議な光が碧の体を包み込む。

 法力というらしい。瑠璃の使う護符も原理は同じだと紫苑は説明した。紫苑のおかげで、傷はすぐに塞がり、動けるようになった。

 魔法みたいだなと碧が言うと、同じようなものだと紫苑は答えた。

「お主、さっき他人が被害に会うと聞いたとたん、飛び出して行ったな」

「なぜだ?」と紫苑は問う。碧は一瞬迷った。その答えは、碧にとってのトラウマであり、狐面と戦い続ける最も根底にあることだったからだ。

 しかし、碧はそれを話すことにした。

 それは、先ほどの紫苑の力を見たせいかもしれないし、瑠璃が自分のためにここまでしてくれたからかもしれない。

 碧は、紫苑たちのことを信頼しようと思い始めていた。

「……昔、初めて狐面に襲われた時のことです。恐かった。急に奴があらわれて、俺は死に物狂いで逃げた。逃げても逃げてもあいつは追ってきて。怖くて怖くて、俺は……俺は、母親に助けを求めたんです。母の後ろに隠れたんだ。母親を、盾にして」

 一呼吸置く。紫苑はなにも言わず、静かに聞いていた。空を見上げると、木々の合間から細い月が心もとなさそうに浮かんできた。あと数日で新月、どおりで辺りが暗い訳だ。

「母親は見えていなかったみたいだけど、狐面が母親に襲いかかったのは覚えてる。そしたら急に母親が倒れて……次に目を覚ました時には、母は両目の視力を失い、足も不自由になっていた。今でも原因不明の病気として、母さんは入退院を繰り返してる。俺のせいで母さんは、あんな身体になってしまったんだ」

 碧の目に、後悔の念と薄い涙が滲む。

「だから、もう誰も巻き込みたくない。ずっと俺は一人で戦ってきた。もう、だれも犠牲にしたくないし、俺のせいで他人を不幸にしたくないんだ」

 話し終わって碧は立ち上がり、全身についた土埃を払い落す。少し熱くなった頬に夜気の冷たさが心地よい。

 紫苑はあごに手を当て、何事か考えているようだった。そして、

「そうじゃ碧、明日ちょっとお使いをたのまれてくれんか?」

「お使い?」

「市内まで瑠璃と一緒にな。詳しいことは瑠璃に伝えておく。京の観光もまだしておらんのじゃろ? 今は祭もやっておる、一緒に見てくるといい」

 はあ、と意図を汲みきれない碧があいまいな返事を返す。

「京は良いところじゃぞ。人が多いのが難点じゃがな」

「それじゃ戻るぞ」と言って紫苑が歩き出す。碧が慌てて後を追う。が、三歩ほど歩いて不意に紫苑は立ち止まった。

「碧、わしをおぶっていけ」

 急になにを言い出すのだこの人は。せかすように、背中を出せと促してくる。

「もう傷も癒えたじゃろ? この山道、年寄りにはちときついのじゃ」

「年寄りって、あなた幾つなんですか? 俺だってもうへとへとなんですから」

「ほう、それを聞くか……?」

 たしなめるように言う碧に、紫苑はまるで意外なことを聞かれたとでもいうような顔をする。

「そうじゃのう……もう七十年近くになるか。──この体を使い始めてから」

 夜空を仰ぎ、遠くを見つめる紫苑。まるでそれは遠い過去を思い返しているようにどこか儚げで、全てを見通すような目をしていた。その闇夜に佇む巫女装束に身を包んだ人は、どうみても二十歳前後にしか見えない、美しい女性の姿をしていた。

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