終章 Caring Dance

終章

 灯篭が水面に浮かぶ。

 赤と白の、いくつものともし火が夜の海を埋め尽くしていく。

 ゆらゆらと揺れる無数の火影が水面を彩り、幻想的に浮かび上がる。

「──母さんが……そう、分かった。……うん。明日にはそっちに戻るから」

 電話を切り、碧は大きく息をついた。

 終着と、その確かな実感を噛みしめる。

「んぐっ!」

 と、口に無理やりなにかを押し当てられた。

 驚いて振り向くと、隣で瑠璃が笑っていた。甘い、焦がし砂糖の味がする。

 りんご飴だった。口に押し当てられたそれを、瑠璃の手から取り上げる。

 見ると、瑠璃も、その後ろに立つ紫苑も、同じようにりんご飴を手にしていた。

 二人とも浴衣姿に下駄を履き、髪を後ろに結い上げている。

「今の電話、お母さんから?」

「いや、親父から。母さんの視力が戻ったって」

「そうか、良かったではないか」

 紫苑が微笑む。瑠璃も、顔をほころばせた。

「明日、一度東京に戻ります」

「うむ、そうするがよい」

『──みぃ』

 ふと、子猫の甘えるような鳴き声がした。碧の肩に、ぶら下がるように乗った子狐が、つぶらな瞳で碧の顔を覗き込んでいた。

「もちろんお前も一緒だよ。琥珀」

 碧が撫でてやると、子狐は嬉しそうに頭を擦り寄せた。

 柔らかな毛の感触と、温もりが伝わって来る──

「あ、もうすぐ花火が始まるよ」

 瑠璃の声に、夜空を見上げた。

 花火が打ち上がる。

 灯篭の彩る水面から光が上がり、夜の闇に大輪の花を咲かす。光がはぜて、夜を色とりどりに染め上げていった。

 身体の芯にまで響く音に驚いた琥珀が、目を丸くして花火を見つめる。

 光の花が輝き、見上げる少女の頬を照らす。

 消えてはまた光が咲き誇る。海面に映った花が揺らぐ。

 ひと際大きな光が昇り、夏の夜空に刹那の輝きを閃かせる。それはゆっくりと、残響とともに儚くも散っていった。

 月の照る夏の夜。星々と、咲き誇る光の花のもと、海の輝きに包まれて、少年は静かに夜空を仰いだ。


 <結>

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月影の祭 四条建る @takeru-shijo

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