第五章 月影の祭
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鬼の力の覚醒以後、碧は圧倒的な力を誇った。
当初、あまりの力にその使い方をあぐねいていた碧だったが、力を使いこなし、加減を覚えるのにさほど時間はかからなかった。
大地を駆け、天を舞い、襲い来る狐面を次々と葬り去るその姿は、まさに鬼のそれそのものだった。今となってはむしろ、その絶大なる力を振るうこと自体に優越を覚え、戦うことを心のどこかで楽しんでいるようにも見えた。
先日もえぎに、「碧くん、最近その力も板について鬼っぽくなってきたんじゃない?」と会話ついでに言われた。「やっぱ男は強い方が素敵よね!」冗談っぽくそう続けていたが、深刻な表情で急に押し黙ってしまった碧に気付き、「ゴメン、なんかあたし悪いこと言っちゃった?」ともえぎは悪びれたように口をつぐんだ。空気が重くなり、その場は、なんでもないからと適当に取繕ったが、『鬼っぽくなってきている』その言葉は、図星を突かれたように、碧の中に不安の種を生んだ。
鬼としての本能なのだろうか。決して破壊衝動が起こる訳ではない。しかし、力を使うこと、振るうことに対し、悦楽を感じているという事実を完全に否定することはできなかった。
夜。空にぽっかりと浮かぶ黄色い月は、既に半月に満ちていた。
鬼鎮神社本殿に、紫苑、もえぎ、千草の三人が集まる。
紫苑は揺れるロウソクの火をぼんやりと見つめながら口を開く。
「予想以上に影響が強く出ておる」
ぼそりと呟いた。その言葉は誰に向けて発せられたのか分からない。ただ、揺れる炎の中を透かすようにみつめ、ここではないどこか遠くを見ているような、そんな印象。
「碧様の力の覚醒以後、京全体の力場のバランスが崩れだしています。触発された霊たちが活発にざわつき、結界にもひずみが生じ始めています」
「碧の力が直接の原因ではないのじゃがな。あのほど度の力で崩れるほど、やわな結界は京には張っておらん。まあ、確かに碧がその引き金になっていることは間違いないが……」
千草の言葉に、紫苑は顔をあげる。しかし、そのうつろ気な表情は変わらない。
「結界の歪みが大きいのはどこじゃ?」
「碧様の力の覚醒した大江山から、京と丹後の国境にかけて。それにこの比叡山周辺にも大きな力場の乱れが生じています」
淡々と千草が答える。紫苑は小さく舌打ちをし、顎に右手を当てて考え込んだ。
「やっぱり碧くんの力に呼応して、魂魄が動きだしてるんですか?」
不安げに口を挟んだのはもえぎだった。
「そうなのじゃろうな。正直、碧の力がここまで直接的に影響を与えるとは思ってもなかった」
一拍置いて紫苑が口を開く。
「覚醒の際になにかしらの交信があったのやも知れぬが、それはわしには分からん。ただ、碧の力を感じ、共鳴しておるのは間違いない。こんなに嬉しそうに力を余しておられるのは久方ぶりじゃ。魂の高ぶりが共振し、京全体の力場に影響を及ぼしているのじゃろう」
「このままでは、結界や力場に大きな亀裂が入るのも時間の問題かと」
「早急な対処が必要か……」
「結界の張り直しと強化だけなら二、三日もあれば終わるけど……いかんせん碧くん本人が京にいるんじゃ、それも難しいのよね」
もえぎの言葉に二人が黙る。なにかいい方法がないものか。
紫苑は、傍らにある刀架に飾られた褐色の鞘を持つ日本刀を無造作に手に取り、弄ぶように柄を握ってみたり、指で鞘をなぞったりした。
ロウソクの炎の揺らめきが紫苑を怪しく照らす。物思いにふけるように、無表情に刀に触れる紫苑の顔に乱れた髪が一櫛落ちて目を覆うが、紫苑は気にする素振りもなく、ただ刀をいじり続ける。その姿はいつも以上に若く、妖艶で。どこか幼くさえ見えた。
ややあって、「そうじゃ」と言って紫苑が顔をあげる。
にやりと笑い、怪訝そうな面持ちの二人を見る。
「おあつらえ向きの、ちょうど良い案件があったのを思い出したぞ」
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