15
◇ ◇ ◇
昔々、この地を守る産土神の少女がとある村の少年と出会いました。
少女は少年と同じ時を過ごす内、徐々に少年に恋心を抱くようになりました。
少女は少年を思うあまり、土地を守ることも忘れ、土地は村ともども荒廃していってしまいました。
それを知った伊勢の大神様はたいそうお怒りになり、少女と少年の世界を分かち、二人を離ればなれにしてしまいました。
少女はそれから産土神として懸命に土地を守り、繁栄に尽くしましたが、少女の少年を思う気持ちは消えませんでした。
少女の流す涙は川を生み、吐くため息は深い霧を生みました。
あまりにも憔悴した少女の姿に心を痛めた伊勢の大神様は、年に一度だけ、少女と少年が逢うことを許しました。
そして、少女と少年が結ばれ、引き合う証として、少女の長い髪で糸を紡ぎ、少女と少年の指をそれぞれ括りました。
これが、綱櫛神社に伝わる七夕の伝説です。
◇ ◇ ◇
語り終えた音葉が、静かに身体を離す。
「じゃあ、隔てられた世界を結ぶ糸の役割を、このお守りがしてるっていうのか?」
「う~ん、たぶん」
「たぶんってなんだよ?」
「私だってよく分かんないんだもん。お守りが光ってて、なんとなくいけるかなーって思ったら、悠太にさわれただけだし」
「おまえ、都合のいい幽霊だからなあ」
でも、良かった。
正面に向かい直り、音葉を抱きしめる。
まさか俺から抱きしめてくるとは思いもよらなかったのだろう。音葉が驚いた顔をして、そして頬を赤く染める。
「もう、悠太のくせに」
「なんだよ、くせにって」
強く、強く抱きしめる。
音葉の感触が、香りまではっきりと感じられる。
普通の女の子と変わらない。
「ねえ、高校に入ってから、私のこと避けてたでしょ?」
「そんなことねえよ」
「ウソ。目も合わそうともしなかったくせに」
その通りだ。
音葉には、なんだってお見通しだった。
ずっと泣き虫でいる俺が、乳離れできないでいる子どものような俺が、嫌だった。情けなかった。だから、音葉を避けていた。
「私、ショックだったんだからね。悠太に避けられて」
「……ごめん」
「もういいよ。だって悠太の守護霊になってから、無視されてた分以上に一緒にいれるようになったから」
「なんだソレ」
気恥ずかしさを隠すように、そっけなく返す。
不意に顔を上げた音葉と目が合った。音葉の顔がほぼゼロ距離にある。呼吸が、吐息が感じられるほど接近した距離。
音葉が目をそらし、逡巡するように自分の唇に触れる。
静かな部屋に、二人の吐息だけが響く。
やがて音葉は顔を真っ赤にして、目を伏したまま口を開いた。
「……目、つむって」
「な、なんでだよ、急に」
「目、閉じてってば。無視してたの許してあげるから」
「それはおまえ、もういいって……」
「いいから、早く閉じて!」
音葉が語気を強める。もうヤケクソに近い様子だった。
なにをしたいかなんて、分からないはずがなかった。
ただあまりにも恥ずかしくて、無意味な抵抗をしてみただけだ。
音葉に命令されたから、という大義名分を得て、ドキドキしながらも目を閉じる。
それから、ずいぶん長い間目を閉じていたような気がする。実際は十数秒程度だったのだろうが、心臓がバクバク鳴って、身体がおかしくなってしまいそうで気が気じゃなかった。
そして不意に風が顔に吹き、上唇に一瞬なにかが触れたような感触があった。
しかしその感触は、指が触れたのか、洋服の袖が間違って当たってしまったのか、はたまた本当にキスだったのか、はっきり言ってよく分からなかった。
なんだか釈然としないまま目を開けると、先ほどよりもさらに真っ赤になった音葉の顔が目の前にあった。
「なあ、今のってキ──」
「言わないで! 恥ずかしいから!」
悲鳴のような音葉の声が俺の言葉を遮る。
「どーしよー、ちょー恥ずかしい! 顔熱くてヤバイよ~!」
頬を手で押さえながらも興奮して、息を荒げる音葉。
触れたのか触れなかったのか、それさえも曖昧なくらいのキス。
それでも、微かに残る音葉の感触。
音葉を見ると、ハッとしてまた目を逸らされた。
俺を伺うようにチラチラと目線を動かし、居心地悪そうに身を縮こませる。
どこかいじらしい、猫のような音葉の姿を見て、
「音葉……かわいいな」
つい、ぽろりと言葉が漏れた。
思わず口をついて出てしまったが、言ってしまった自分で恥ずかしくなる。
そして、それを聞いた音葉が驚きの表情のまま固まる。
なぜか涙が徐々に目に溜まっていき、
「どうしよう……私、うれしい」
今にも泣き出しそうなほど声が揺れていた。
俺の腕の中に、あまえるように身を寄せてくる。
音葉の身体がピタリと重なる。女の子らしい柔らかさ。
喜んでくれるのも、抱きつかれるのも良い。俺もうれしい。しかしここまで密着されると、ぐにぐにとつぶれる女性特有のあの二つの柔らかさが気になってどうしようもなくなってくる。
俺が欲望と抑制との葛藤の中で目を白黒させていると、
「ねえ……おっぱいさわる?」
まるで頭の中を見透かされたような言葉に、頭が真っ白になった。
音葉はそっと身体を離すと、ブレザーの前をはだけ、俺の目の前にブラウス越しの胸を持ってくる。
「いい……のか?」
聞きながらも、すでに手はそちらへと向かっていた。
音葉は俺の問いには答えずに、ただ顔を背けて頬を赤く染めるだけだった。
いいのか? いいのか宮本悠太。音葉に、幼馴染みに手を出す気なのか? いや、ダメじゃないよ。全然ダメじゃないし、むしろ音葉は女子の中でもどちらかと言えばかわいい方だし……っていうか、もうすでにさっきファーストキス、音葉としちゃったんだから、今さらここで迷うのは音葉に対して失礼であるわけで。だいたいそれ抜きで考えても、今の状況を断りきれるほど俺はまじめな人間でも、男として腑抜けな奴でもないわけだから……いや、だからと言って誰でもいいわけでは決してないんよ。音葉は確かに今まで兄弟のような存在で、異性として意識したことなんてほとんどなかったし、昨日の夕飯のカレーに赤福が入っていたことは決して許されることではなかったけども、思い切って食べてみたら案外旨かったわけだし、朝に同じの出た時も普通に食べたし、つまり結局なにが言いたいかというと、明日はまゆゆのソロCDの発売日なんだけど、音葉にいろいろ買わされたおかげで金ねーよ、そして綱櫛神社の産土神様いろいろありがとうございます!
しどろもどろになりながらも、勢いで手を伸ばす。
ゴクリと、音がするくらいに生唾を飲んだ。
恐る恐る音葉の胸に手を当てると、一瞬それが洋服の生地の柔らかさなのか、別の柔らかさなのか分からなかった。
しかし指にそっと力を込めると、生地とは違う確かな感触があった。
抱きしめた時に覚えた感触よりもさらに柔らかな。まるでこれ以上力を入れたらとろけてしまいそうなほどふわふわとした繊細な手触り。
「んっ……」
音葉の吐息に、甘い声が混じる。
上気した頬がチークを差したように色づき、それ以上に鮮やかな唇と、呼吸に合わせて見え隠れする舌が視線を釘付けにした。
むせ返るような甘い匂いが鼻孔に充満する。脳の神経まで痺れてしまいそうなあまったるい香り。音葉が息をする度に、髪が揺れる度にただよって、頭がくらくらしておかしくなりそうだった。
手のひらから伝わる暖かく柔らかな感触と、精巣が直接刺激されるような、微かに漏れる細い声。
「……幽霊なのに、こんなの気持ちいいのかよ?」
「う……ん、ちゃんと……感じる、よ」
正気を保つためなんとか口にした言葉に、音葉はこらえるように顔をしかめながら答えた。
動かす指に合わせて、かみ殺すような声音のオクターブが上がる。
それはまるで、音葉の全てを俺が支配しているような錯覚を覚えさせ、自分の中で今まで感じたことのない、音葉への独占欲がどんどんと膨らんでいくのが分かった。
離したくない。しかし、力を入れたら簡単に壊れてしまいそうな。
音葉は怯えるような、少し辛そうな表情を浮かべるが、嫌がる素振りも拒絶もしない。これまで見たことのないくらいに従順な音葉。
俺を受け入れてくれている。
そう思うと、音葉をとても愛おしく感じた。
「メイド服に……なってあげようか?」
他愛もない抵抗。余裕のない様子で音葉は震える手を口元にあてがい、必死に声を押し殺して見つめてくる。
涙を溜めた潤んだ瞳で見つめられ、全身が耐えきれないくらいに熱く、高揚する。
腕を握ると、音葉はピクリと身体を振るわせた。それでも振り払おうとはしない。
もはや脳まで上った熱で頭が回らなかった、鼻頭がじんわりとあつい。
そのままそっと、音葉の体をベッドに倒していく。
「音葉……俺、もう……」
「悠太、私…………って、ちょっと悠太! 大丈夫? すごい鼻血。ちょっと、悠太、悠太ってば──!!」
その日から音葉は、少しずつ眠るようになった。
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