第11話 首 塚
「のじゃーっ!!」
「正尊……! 生きてるか!?」
黒のカーテンをかき分け、安否確認を急ぐおれたちが見たものは。
「……おう、茨木……か……。それにお客人……」
血だまりの中に突っ伏し、息も絶え絶えの酒呑童子だった。
「しゅ……
茨木が慌てて駆け寄る。その傍らで正尊が立ち尽くしている。おれは状況が呑み込めず、正尊に向けて問いかける。
「正尊! お、おぬしの仕業か? 何がどうなったんじゃ?」
「そ、
「馬鹿な、鬼には効かぬ筈なのじゃ……! あ、いや、こっちの話じゃが」
しかし、酒呑童子のはだけた胸元は赤・緑・青のまだらに染まり、毒に侵されていることが一目瞭然である。茨木は酒呑童子を抱き起こしつつ、どういうことかと目線を送ってくる。が、おれにも訳が分からない。
その時、背後から物音がした。おれが蹴倒した
「やあ皆さん。ご機嫌はいかがです」
それは
「み、
おれは驚きを隠せない。対照的に、ミッチは普段通りの柔らかな物腰で答える。
「お
……なーんて……。
すり替えておきました。酒呑殿が飲んだのは
「す、すり替えたじゃと!?」
「いかさま、さよう」
ミッチは事も無げに言い放つ。瞬時、茨木はミッチを睨みつけ、みるみるうちに殺気を
「……きさま……。よくもこんな真似を……!」
茨木の頭に巻かれた麻布がざわざわと波打ち、外れて落ちる。あらわになった黒髪が激しくうねる。
「……殺す……!」
茨木は地を蹴り、稲光の如き
「はは、頂いたぞ! 腕を出したな、茨木童子よ。これはこれで集めてたんだ」
ミッチは左手で茨木の腕をキャッチし、右手で太刀を翻しながら言う。流れるような剣捌きである。おれはたまらず叫ぶ。
「な、何でこんなことをするんじゃ! わしを騙したのか!?」
「……え、キャロル殿は特に騙してないと思いますが……。
いや、騙してるかな。私の本名は源
「
「それは小説のキャラでしょう。私はウォーリアー。
この
「じゃ、じゃあおぬしがその辺で斬ったり殺したりしていたのは……」
「目に見えぬ鬼のメイドどもです。このハウスのセキュリティーを削いでおく必要があったので……。あの
ミッチは説明を終えると酒呑童子のほうに向き直り、改めて刀を構える。室内の殺気が一段と濃くなる。……妖魔を斬り慣れた者に独特の、凛としていながら割れ欠けた人間性を伺わせる殺気。こいつは本当のことを言っている。
酒呑童子が血だまりに手を突き、震えながら立ち上がる。
「ぺっ、卑怯なやり方を思いつくもんだぁ。鬼神に
ミッチは刀の切先を童子からそらさず、淡々と応ずる。
「いや、
「言われずとも。その頭蓋を噛み割って、中身をマヨネーズ和えにしてやる!」
途端、酒呑童子の体躯が増大し、身の丈八尺の本性を現す。深紅の髪がさっと立ち上がる。二本の角が燃え上がり、
「……だ、ダメだ
「かあーっ!!!」
茨木の声をかき消し、酒呑童子の大
が、酒呑童子の動きはそこで止まった。ミッチの頭に牙をかけたところで停止し、そのままずるずると滑り落ちる。剃刀のような牙がミッチの額を裂くが、噛み砕くほどの力は既になく。童子の首は地に落ちた。ミッチは顔面に流血しつつ、飛ばされた刀とは別の太刀を斜めに構えている。三本目の腕で。
「はは、文字通り奥の手だ。あらかじめ都で手に入れておいた茨木童子の腕。体内に取り込んでおいてよかった。さっき頂いた腕と合わせて、コンプリートだ」
酒呑童子の首が足元に転がる。その顔は撫で斬りに斬られ、真二つに割れていた。
「……き、きっさまぁあ……!!」
茨木が頭髪を激しくうねらせ、牙をむき出してミッチの喉笛を狙う。掴みかかる茨木に対し、ミッチは背中から四本目の腕を生やしていなす。振り向きざまに三本目の腕を翻し、茨木の首を打ち落とす。ミッチは勝ち誇って
「……茨木童子の腕が二本と、別の妖魔から入手した腕のストックが二本。人間としての手足と合わせて計八本! 八本足を揃えたことで、私は土蜘蛛の妖魔に変ずることができるのだ!」
「よ、よもや!?」
驚くおれを後目に、ミッチの背後から黒煙がもくもくと湧き出す。辺りが
「はははははは! 妖魔を狩る者は、自らも妖魔に和合することで最強となる。聖徳太子の教えだ!」
「さ、最強……! お、おおお……」
おれの心臓が早鐘を打つ。目の前で強力な鬼神二体を下し、さらに土蜘蛛の力を手に入れた武士のサラブレッド。強い、文句なしに強い。そして冷酷で邪悪。……か……カッコいい!
「おおおお、頼光! わしとも戦うのじゃーっ!!」
「苦しゅうない、切り刻んでくれよう!」
おれは十本の爪を×字に構え、狐火をまとってミッチに飛び掛かる。ミッチは生やしたばかりの蜘蛛の腕を振るい、
「これじゃ、これがわしの求めていたもの! 戦いこそ妖魔のコミュニケーション。仲を取り持ってもらうなど、回りくどい真似をしてしまった。人間に毒されておったか。……いや、わしが人間なんじゃっけ? 何でもいい、ぶちのめす!!」
「やってみよ!」
ハウスの瓦礫が降り注ぐ中、戦闘の火花が
* * * * *
打ち落とされて転がった茨木の首が語り掛ける。
「……
血の海に浸る酒呑童子の首が、舌を蠢かせて答える。
「ま、しゃあねえってこった」
「……鬼神に
「気にすんない、いつもの事じゃねえか。……それに
「え……。なんで分かるの……?」
「
「で、でも……。ボクは……」
「何だよ、一緒に来るだろ?
「……ついて行っていいの……?」
「ばかめ」
酒呑童子の首がぐらりと転がり、茨木に口づけた。どちらかの目玉がこぼれて転がり、瓦礫の間に消えていった。
これこそ
……「理由を説明する」とおれは言っておいた筈だ。言ってなかったっけ? 言ったと思うが、あまり記憶がはっきりしない。茨木たちの会話にしても、おれは耳で聞いたわけじゃないから十全かどうか自信がない。なぜならこの時、おれは……。
「面白き勝負であった。しかし、そなたの負けだ」
土蜘蛛と化した頼光は、蜘蛛の腕でおれの額を掻きながら言う。額? この大岩のどこが額で、どこが頭と言えるだろう。
「そなたを封印するのは骨が折れた……。お陰でいいチュートリアルになったぞよ。そなたはこのススキ野で歯噛みでもして暮らすがよい。歯は無いだろうがな。この声は聞こえているのかな?」
おれは再び岩の姿に封印されていた。頼光の声は、かつて慣れ親しんだ
どこで何を間違ったのか……。こうして、おれの岩としての異世界ライフが始まった。
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