第6話 恋 重 荷

 みかどゲームのその後について言えば、茨木と酒呑童子がくじを毎回引き当ててドタバタやって終わった。茨木が不正を行っていたのは間違いないが、どんな妖術を使ったのかはおれにも見抜けなかった。夜はいつまでも明けなかった。


 「ここは終わらない修学旅行だ」というのが酒呑童子の言だ。彼奴きゃつが言うには、シェアハウス「大江山」での日没や夜明けは、酒呑童子の寝起きとバイオリズムに合わせて回るようになっている。そういう結界だということだ。


しゅうちゃん、いつものやつやって~」


「おーし、ひとさし舞うかぁ。♪あ、さてお肴は何々ぞ。頃しも秋の山草……」


 茨木はご機嫌だ。酒呑童子もそれに応じ、扇を取って舞いに立つ。が、さしもの童子も酔いが回ったか、やがて足元はふらつき、よろよろと尻もちをつく。


ひたりひたり。今宵はここでお開きとしようか」


 酒呑童子は茨木の肩を借りて立ち上がり、鉄の扉のほうへと向かう。彼の寝室はその奥にあるのだ。茨木は腰を抱かれつつ、一緒に扉の前まで歩く。が、扉に手を掛けたところで、酒呑童子は手を放す。


「ああ、茨木よ。今日は客人に話を聞かせてもらう約束なのだ」


「え……」


「おーい、お僧、正尊しょうぞんよ。来てくれい」


「……うけたまわってそうろう


 呼ばれて、正尊はゆっくり立ち上がる。酒呑童子はその手を取り、鉄の扉を押し開く。


「ではまた明日な、皆の衆。明日また飲もうぞ」


 そう言って、酒呑童子と正尊は扉の奥に消える。茨木はその場に取り残され、憮然として立ち尽くしている。


「……いつもなら、夜伽よとぎはボクの役なのに……。ボクが帰ってきた日の夜は……。」


 その手指は微かに震え、目の前の出来事が信じがたいといった風だ。おれは卓に残ったビールを飲み干し、声を掛ける。


「浮気じゃね?」


「!!!!!!!!」


 茨木は声にならない叫びを上げつつ、恐ろしい勢いでこちらを振り向いた。その目は見開かれ、瞳は小刻みに揺れ。藍色の光が薄っすらとゆらめき……。


「待て待て待て、待つのじゃ、わしが悪かった。屍術を発動するのはよせ」


「……………………」


 茨木は無言のまま息を荒げている。


「う、浮気とは限らんな、うん。一緒に寝室に入っただけじゃ。の、のうミッチくん! なんでじゃろうな、主が正尊殿を招いたのは? 何か事情が?」


 おれは何と言っていいか分からず、ミッチと自称する源氏の男にお鉢を回した。


「ふーむ、私もよくは知りませんが。正尊殿は東国から来られたということで、主殿は色々尋ねておられましたよ。私も珍しい話をいくつか聞かせてもらいました」


「なるほど、東国の情報を聞いとるんじゃないかのう。実際『話を聞かせてもらう』とか言うておったし。のう、茨木?」


「…………。ボクは、まあ、みやこ周りのことしか知らないからな……。しゅうちゃんも、新しい情報が知りたいか、そりゃあ」


 茨木は少しずつ落ち着きを取り戻す。ミッチが重ねてフォローを入れる。


「正尊殿は、たまたまここに迷い込まれたわけですしね。長い間滞在されることはないでしょうし、聞けるうちに話を聞いておきたいのでは」


「ああ、それじゃな。多分そういうことじゃ。のう、茨木」


「……そうかも。なんだ、そういうことか……」


 茨木の瞳のゆらめきは収まり、握りしめた拳をゆっくりと解く。そうしてこちらに向き直った時には、普段の茨木に戻っていた。


「ごめんね、なんか騒いじゃった。ボクももう寝るよ……。キャロル、その辺の布団は適当に使っていいから。ミッチさんも、おやすみ」


「分かったのじゃ。おやすみ」


 茨木は自分のコップを片付け、三階へ上がっていった。その背中を見送った後、おれはミッチにこっそりと尋ねる。


「正尊殿は、どういう頻度で招かれとるんじゃ?」


「……ここのところは毎日。来てから一か月くらいになるんですが……」


 おれたちは顔を見合わせる。アチャーって感じだ。


 * * * * *


 七面倒くさい色恋沙汰はごめんだ。何事もストレートでなくては、こんがらかった事態に追い詰められてからでは遅いのだ。八本の肢で千々に糸を巡らす、われら土蜘蛛の種族にあっては特に。


 おれがそう言うと、小野小町がせせら笑って否定する。曰く、複雑なコミュニケーションに親しんでこそ和歌の名手と言えるではないか。和歌の名人は恋愛の名人、恋愛の名人は人生の名人。三角関係の一つもこなせないようでは、社交界でこの先生き残れないと。


 聖徳太子がおれたちの間を仲裁する。思想的なことはともかく、今は「和」をもって尊しとなし、状況を打開しなくては。


 義経は少しも話を聞いておらず、全力で敵と切り結んでいる。


 おれたちは昼間から三体の怨霊に襲われていた。


「なーにが人生の名人じゃ! 全部おぬしのせいじゃろが、この和歌バカ!」


 おれは四本の蜘蛛の腕で浮遊卒塔婆にぶら下がりながら、残り二本の腕で同じくぶら下がっている小町を指さし、非難する。三メートル下で義経と争う霊どもが不快な唸り声を上げる。小町はこちらに反論を返す。


「あたしのせいって何よ! そんなこと言うなら卒塔婆から降りなさいよ、あたしの和歌力で支えてるのよ!」


「なら、もうちょっと高く浮かせられんのか! 霊どもの攻撃が届きそうではないか!」


「浮かせようとしてるわよ。でも妨害を受けている。和歌使い、大伴黒主おおとものくろぬしの霊によって!」


 巨石からなる浮遊卒塔婆はその本来の重さに抗いきれぬかのようによろめき、今にも墜落しそうだ。霊の放った火炎魔法がおれの足の裏をかすめる。おれの穿いている下駄が一瞬で炭になって落ちる。


「のじゃっ!? ……あ、足は焼けてない……。セーフ」


「黒主……。あたしの才能に嫉妬し、あたしを陥れようとして逆に恥をかいたショックで自害するなんて。そんなことでは、どっちみち社交界でこの先生き残れないわ!」


「う、浮かせられないなら、何ぞ戦う術はないのか? このままではジリ貧ぞ」


 その時、霊の振るった剣撃がおれの蜘蛛の腕をかすめた。鉄より硬く密集した体毛がバターのように削ぎ取られ、はらはらと落ちる。小町はため息をつきながら言う。


「この威力、さすがは深草少将ふかくさのしょうしょうの霊。彼はあたしに惚れていたので、あたしがネタで100日間寝ずに口説けと言ったところ、真に受けて99日寝ずに口説き続けて来たほどの執念の持ち主……。その後、疲れすぎて死んでしまったと聞くわ」


「おぬし、ひどすぎ」


「そういう説話なんだから仕方ないじゃない。まあとにかく、業界はそういう感じだった……。深草少将の霊は怨念パワーにより、あたしに対し殺傷力プラス99の修正がかかっている! うかつに戦うと危ないわ」


「やっぱおぬしが悪いんじゃん! っていうか、それならわしは戦えるんじゃ?」


「属性が女だから同じ殺傷力が適用されるわ」


 なるほど、弁慶が義経の影に隠れ続けているのもそのせいか。つごう、義経が一人で奮闘していることになる。義経は少しも騒がず霊を斬り続けるが、敵のHPは高く、ウィザードの黒主とナイトの深草が織りなすコンビネーションも厄介だ。


「あれ、もう一人の霊はどこいったんじゃ?」


 おれはふと気付く。さっきまで三体の霊がいたはずだが……。


「う、上よ!! きゃあ!」


 見れば頭上に怨霊が跳び、こちらに鉄杖てつじょうを振り下ろしてきた。おれは咄嗟にぶらさがる腕を入れ替える。人間の腕のほうで身を支え、蜘蛛の腕を振るって杖を叩き落さんとする。……が、その時。


「のじゃぁあっ!?」


 身を支えている両腕に、いきなり激しい重力が掛かった。たちまち柔肌が裂けんばかりに張り詰める。


「うぐっ!」


 辛うじて蜘蛛の腕で鉄杖を受けるが、叩き落すことはできない。霊は卒塔婆の上に立ち、おれたちを見下ろしながらゆっくりと第二撃を構える。小町が口を開く。


「……これは、無名時代のあたしに惚れていた庭師・山科荘司やましなのしょうじの霊。あたしがネタで『この5トンの荷物を持てたら付き合ってやる』と言ったところ、真に受けて持とうとしたが全く持ち上がらず、落ち込んで死んでしまったと聞くわ」


「さっきのと同じじゃねえか! おぬしは発言小町か!!」


「いや、あたしは遠回しに断ってるんじゃん! 分からない方がおかしいし! 同じ職場なわけだし、ストレートに言ったら言ったで揉めるんだから。いずれにせよ、彼は怨霊として重さを操るスキルを身に付けたようね……。うぐぐっ……」


 小町も身体を重くされているようだ。卒塔婆に掴まる手がガタガタと震える。おれの両腕も今にも千切れそうだ。聖徳太子は戦闘力がないので、せめて皆の言い分を同時に聞き分けようと構えている。どうにもならねえ!


「恋愛なんてこりごりなのじゃーっ!!」

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