第一話…「短所を補う者と長所を伸ばす者」


「ほれほれ、動きが鈍ってきているぞ。魔法が切れかけている証拠だ」

 晴天の日差しが燦々と草原を照らす中、その自然溢れる空間には普通り合いな、金属同士がぶつかり合う音が木霊する。

「発声魔法による魔法切れは、純粋な魔法の魔力切れだ」

 俺ことガレス・サグエは、自身の向かって振るわれる剣を捌きながら、ソレを振るう者に助言を飛ばす。

「発声魔法による強化は、発動時こそ魔力を込める強弱で、その強化量に差異が生まれるが、発動した後は、その量で一定化する」

 目の前で、俺と対峙しているのは、弟子であり、複数の事を同時に熟すのが、なかなかに不得手なアレン・プディスタだ。

「だから、魔力の注ぎ過ぎで体が壊れるなんて、いちいち恐れるな」


---[01]---


 ある種の荒療治、頭で考えて出来ないのなら、体で覚えろ…という方向に舵を切った。

 癖のように凝り固まるのも問題だが、発声魔法を使う上では、基礎技術の一つであり、ソレは発声魔法に留まらず、他の魔法にも言える事だ。

 発声魔法にとって、それは単なる燃料投下に過ぎない、それこそ、焚火に薪をくべるようなモノである。

 しかし、他の魔法はそうはいかない…、弟子たちに教える血制魔法は、その燃料の量に応じて、魔法自体の効果量も変化するのだ…といっても、最初からソレをやれと言った所で、出来る奴がいる訳もない…。

 魔法1つに意識を全集中するならまだしも、何かをしながら…、それこそ魔物や魔人と戦いながら、ソレを行おうとすれば、力んだ時に余計な魔力の投入で魔法が暴発する可能性だってある。


---[02]---


 慣れぬ事をする弊害だ。

 魔力を注ぎ、その量にも意識を向ける、単純な部分だけでも、戦いという生死を掛けている場所で、それらを熟さなければいけない…、魔力を注ぐ感覚が上手く掴めず、ドバッと倍以上の魔力を注ごうモノなら…、考えただけで体が震える。

「身体能力の強化なら、体感でも効果量の変化がわかるはずだ。その都度、魔力を注げ」

「はいっ!」

 魔力が切れるから魔力を注げ、その第一歩に慣れさせるための訓練だ。


 いくつもの国を巻き込んだ敵ヴィーツィオの宣戦布告、その計画を阻止するための任務。


---[03]---


 進捗といえば、正直な所、芳しくはないだろう。

 それでもやらなければいけない事…として動き、大陸の西に位置する国オーロヴェストで起きた問題を、新しい問題を抱えながらも解決した俺達は、次の目的地である大陸の北に位置する国「アルドア」へと向かっている途中だ。

 今は、ちょうど昼時、自分達を含め、20名を超える隊員が食事休憩を挟み、延々と続く馬車移動の影響で、凝り固まった体を解しつつ、まだまだ先の長い旅に嫌気を差しながらも、ソレに向けて英気を養っている所。

 そんな休憩の時、大体2日に1回の間隔で、アレンが鍛錬を付き合ってほしいと手を上げる。


 彼は向上心が弟子の中で一番たくましく、オーロヴェストにおいて、魔法による身体強化を行い、後日、ソレについての話をした際、問題点を洗い出し、元々感じていた自身の苦手分野を再確認、その問題解決に熱を入れている。


---[04]---


 コイツ自身、自分の苦手分野をどうにかしたいと思っているのだろう。

「たくさんの事をいっぺんに出来るようになる必要はないぞ」

「はい」

 そもそも、頭で理解しても出来ない事なんて、世の中にはゴロゴロと、その辺の石ころのように転がっているのだ。

 この体に覚え込ませるのもそう。

 やらなければいけない事が、頭からすっぽ抜けるのなら、考えなくても出来るようにする…、そんな理由もある。

 もちろん、大事なのは魔力の調節だが、アレンにとっては、考えなくても出来るようにするというのが一番の目的のようだ。

 そもそも、それができなければ、話にならん。

「過剰な魔法の行使が、体にどれだけの影響を与えるか…」


---[05]---


 アレンの振り下ろす剣を、自身の剣を片手だけで持ち、受け止める。

「それをなまじ知っている分、怖いか?」

 俺は魔法使いとはいえ、魔法に頼り過ぎないように…と体を鍛えている…、ソレは騎士団の人間であり、騎士として訓練しているアレンと比べても、遜色ない程だろう。

 もちろん身長差からくる体格差こそあれ、鍛えている以上、それなりの力をアレンは持っているはずだ。

 しかし、アレンの一振りは、軽々と俺に止められる。

 それはひとえに、魔法による強化の差だ。

 発声魔法が、込める魔力量で強弱が付くと言っても、同じ呪文を使っている今の状態で、雲泥の差になる事はない。


---[06]---


 だが、この瞬間、アレンは体重を乗せた一撃を、俺に片手で止められた。

 それはつまり、魔法の効果が弱まっている証だ。

「ほら、魔法に対する魔力の補充が全く足りてないぞ?」

 アレンの剣を押し返し、体勢を崩す相手の肩を掴んで、後ろへと無理矢理押し倒す。

「あてッ!?」

「発声魔法での強化は、強化量の上限が決まっている。普通の強化なら、怖がらずに魔力を補充しろ」

「は、はい」


 オーロヴェストでの戦闘、各国共通の敵であるヴィーツィオによって引き起こされた災厄。


---[07]---


 その戦闘において、アレンは、他の弟子のシオとフォーの助力を得て、自身に過剰とも言える肉体強化を施し、一時的にとはいえ、戦場を支配した…といっても、人づてに聞いただけで、俺はその場面を見ていた訳ではないが…、しかし、見ていた譲さんこと隊のリーダー「アリエス・ガヴリエーレ」からは、なかなかの戦いぶりだったと聞いている。

 過剰なまでの肉体強化をしたのだから、単純な力強さはあって当然だが、それでも、単純に力を振るうだけでは、支配する…と呼ばれるまでには至らないだろう。

 それはすなわち、アレンには戦う技術も備わっているという事だ。

 まぁ、見た目は美人(だと思う)な譲さんだが、それでいてなかなかに訓練は厳しいものがあるし、アレンはそれに常日頃から参加しているのだから、当然と言えば当然だが…。


---[08]---


 何にせよ、無理をしたとは言え、その瞬間は確かに、アレンは強者たり得た。

 味でも占めたか?

 まぁ強くなれる…と言うのは、男として魅力的なモノだ。

 昔はそうでもなかったが、今は俺もその魅力を重々に分っている。

 実際の理由は知らんが、ソレをこいつが求めるのなら、俺はソレに応えるだけだ。


 アレンはそれでいいとして、コイツのように熱心になった奴とは別に、不機嫌そうに訓練に励む奴もいる。

 アレンに休憩するように伝え、俺は少し離れた位置で、一心不乱に重々しい両手剣を振る男へと視線を向ける。

 セ・ステッソ・フォルテことセス。


---[09]---


 弟子の中で…どころか、下手をすればこの場にいる誰よりも背の高い男、甲人種という種族的にも体が大きくなる譲さんの部下のレッツォと比べても、遜色ない。

 体に自信のある巨漢でも、10回も振れば、腕が悲鳴を上げそうな、ただただ重い両手剣を、一心不乱に振っている。

 オーロヴェストでの一件は、それ自体を見れば、不幸な出来事だったが、アレンのように、何かを見つけるきっかけとなったモノだった。

 アレンは、自身に足りないモノを改めて見出し、他2名シオとフォーもそうだが、ソレはセスの方も同じだったようで、自分から率先して肉体強化の魔法を教えるように言って来た。

 明らかに人にモノを聞く態度ではなかったが、俺が求められているモノは、人間の性格の矯正ではなく、魔法使いとして、故郷の魔法…血制魔法を教える事だ。


---[10]---


 もちろん、度が過ぎれば何かを言う事はあるし、人間性に難があれば教えるのをやめるだろうが、今はそのつもりはない。


「そっちの調子はどうだ?」

 セスには、アレンと同じで、発声魔法で体の強化を行わせている。

 向こうと同じで、魔法への魔力補充の感覚を覚えてもらうためだ。

「調子だぁ? てめぇにいちいち心配されるような事は起きてねぇよ。わかったらさっさと底辺野郎どものおもりに戻れ。」

 相変わらず口が汚い。

 サドフォークでは屋内での訓練という事もあって、皆が肩を並べて魔力そのものに対して、体を馴染ませる訓練をやっていたが、その時は仲も良さげに見え始めていたのだが…、ここに来て振り出しに戻ってきているように感じる。


---[11]---


 まぁこういう問題は、一朝一夕でどうにかなるモノでもないと思うし、無理に近づけさせるつもりもないが。

 邪険にされるのはいつもの事として、しっかりと魔法に関しての鍛錬を行っている訳で、魔法が嫌になった…という訳ではないようだ…、むしろ最初の頃よりも、集中力が増しているようにすら思う。

 今までは、自身の実力と相手の実力を、いちいち気にしているように見えたが…、その影は薄れているように感じた。

 これも、オーロヴェストでの一件で、俺の知らない所で、何かを得たのかもしれない。

 ソレに比例して、不機嫌さは増している気がするが…。

「聞いたんだが、お前、家並みのデカさの化け物を叩き倒したんだって?」

「・・・」


 ブラン…、ヴィーツィオが使役していると思われる全身真っ白な肌を持つ、人の姿をした者達…。


---[12]---


 俺が対峙したドラゴンモドキも、そんなブラン達が合わさり合って1つの巨体を形成した。

 報告では、街の方で暴れたデカブツも、そんなブランの集合体だったらしい。

 そして、そのデカブツを、ほんの少しでも足止めをしたのが、セス…という話だ。

 これは、オーロヴェスト側の報告と、何故だかその場にいた俺の傍付きである獣人種の女性ティカの報告の2つが上がり、事実であると認識している事の1つだ。

 家並みの大きさ、俺もドラゴンモドキと戦っていた訳で、その見上げる程の大きさの化け物を、想像するのは難くない。

 話によれば力技で無理矢理…て事らしいが、いくら力技とはいえ、人間ができる事には限度というモノがある。

 鍛え上げられた肉体、俺なんて比べモノにならない程、セスの体は筋肉に包まれ、そして大きく、生半可な訓練で手に入れたのではない事を、目に見えて証明していた。


---[13]---


 といっても…だが。

 ブラン達の体重は、その見た目相応の体重だ。

 大人の男の見た目のブランなら、体重も大人の男相当、その集合体の化け物とくれば、その質量は計り知れないだろう。

 当然、普通の人間ができる事ではない。

 弟子達には、これまで、魔力を扱いに慣れさせる事を優先させ、発声魔法も教えていなかった。

 まぁ、身体能力強化の呪文程度なら、俺からでなくても、知る術はいくらでもあるだろうが、とりあえず俺は教えていない。

「発声魔法で体の強化をやったのか?」

「・・・」

 返事は無い。


---[14]---


 セスは一心不乱に超重量の両手剣を振るう。

 まったく、素直じゃない。

「別に叱る気で聞いている訳じゃない。魔法ありきでないとできない事をお前はやった。それが自覚してなのか、それとも無自覚なのか、魔法を教える師として、ちゃんとはっきりさせておかないといけないんだ」

 自覚しているならそれ用に訓練を組めばよし、無自覚で、がむしゃらにできた…じゃ、ソレは魔力の制御ができていない事になる。

 アレンのように、やり忘れた…やる余裕がなかった…なら、1が0になるだけで、当人に影響は無い…、やるかやらないかの違いで、それ以上もそれ以下も無いからだ…、だが、0が1になるのは、無視できない。

「発声魔法は、上限が設けられている。魔法自体が力を制御してくれるからな」


---[15]---


 しかし、無自覚の場合、そもそも発生魔法を使っていない事になる…、呪文を唱えていないのだから当然だ…、魔力をそのまま力に変換しているんだ…、それは、古き良き何の制約もない魔法と言えなくもないが…、制限がの無いのは問題だ…。

 制限が無いって事は、魔力次第で0が1どころか、10にもなるし、100にもなる…、もしかすればそれ以上にも…。

「つまり、度を越えれば、死ぬ」

 大事な事だ…、ちゃんと言っておかなければならない。

 俺の言葉に、セスの手が止まる。

 不満げに、どこか不貞腐れたような顔を浮かべながら、まるで品定めをするように、俺の方を見た。

 まぁ言いたい事は言ったし、これまで通り、真面目に魔法の訓練にしてくれるのなら、今はそれでイイ、その化け物を叩き倒すバカ力が偶然の産物なら、同じような状況に陥らない限り再現する事はないだろう。


---[16]---


 無茶をしなければ…。

 だから今は、言いたい事を言えただけでよしとしよう…と思っていたんだが…。

「てめぇの話をちゃんと聞けば、あの力を自分のモノにできるのか?」

 ・・・と、予想外な言葉が帰って来た。

「・・・」

「どうなんだ?」

 表情は相変わらずだが、その目は真剣だ。

 てっきり、ひとしきり不機嫌をこちらにぶつけて、また訓練に戻ると思っていた分、その返しに反応が遅れる。

 呆気にとられつつも、俺は、セスの言葉に頷いた。

「出来るだろうな。叩き倒した時の力は、発声魔法じゃ無理かもしれないが、血制魔法にその限界は無い。諸刃の剣ではあるが、やろうと思えば、体は自壊させる以上の力だって出せる。身体の出来…身体能力なら、お前は俺より上なんだから、身体強化の一点においてなら、むしろ俺より強くなれるだろう」


---[17]---


 嘘は言うまい。

 危険だからやめろとは言うまい。

 俺は、自身の右腕に巻かれた包帯を取り、セスの方へと突き出した。

 今となっては、その火傷痕はあっても火傷は無い…、魔法の使えなくなった腕、ソレはある意味で限界の無い力を与える証明であり、限度を超えた場合の代償の証明でもある。

「この腕の話は、聞いただろ?」

「ケッ…」

 俺は良くも悪くもサドフォークの方で目立っていたからな。

 少なからず、こんな立場になるにあたって、あちこちから調べが入った。

 俺の知っている範囲…、知らない範囲、その両方で。

 だから、俺の元に来る時、何かしらの説明があったはずだ。


---[18]---


 まぁ、セスがソレを知っているかどうか、聞いているかどうかは、また別の話だが。

 その相槌がどの意味になるのかは知らないが、それでも、肯定の意味で、俺は捉える事にする。

「まぁ、損はさせないさ」

 むしろ、俺自身楽しく感じている程だ。

 他人の成長を見るのは、やっぱり悪くない…と。


 一番の問題児に思えていた奴が、その角をほんのちょっと削っているように感じる…、その事実が何処か嬉しくて、ほんの少しばかり調子に乗った。


 そして、不機嫌さを取り戻した弟子に、突き放された。


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