第四十八話…「なれ果てと戦いの先」


 ドラゴンモドキとの戦闘から10日。

 オーロヴェスト軍施設、その医務室において、俺は再び、あの肉塊と対面していた。

 人3人分の肉塊、血色は無く、青白くなり果て、気持ち悪さだけが醸し出されているが、周囲にいる薬師や治療師などは、見慣れているのかその顔には無を着ている。

 自分もそうでありたい…と思うが、かく言う俺は、その肉塊を見て、胸を締め付けられる思いだ…、それは、俺の隣に足るシオもまた、同じだろう…。

 顔を合わせた時間も、会話を並べた時間も、はっきり言って親しくなる程の量は無い。

 だが、少しであっても知り合ってしまったがために、その肉塊に、元の姿を重ねてしょうがない。


---[01]---


 肉塊…、人ではなくなってしまった成れ果てに、自身の無力さを感じずにはいられなかった。

 どうにも、子供が死ぬというのは、精神的にきついモノがある。

 当然と言えば当然だが…。

 それは、子供だからか…、少年が…シアが守ろとしていた子供達が、ジョーゼと重なるからか…。

 いつの間にか俺は、シアを俺自身と重ねていたのかもしれないと、少しばかり思う。

 守らなければいけない人数も、年齢も、どれもこれも俺とは違うが、守る事と、自身が欲するモノ、その板挟みの中の自己犠牲…。

 その刹那に見た欲の体現がコレ…、どうにもあの黒いドラゴンとのやり取りが、コレだコレだ…と頭の中で持ち上げられる…、重なる。


 実際の所、シアが何処までヴィーツィオと結びついていたかはわからない。


---[02]---


 利用されただけか、完全な協力体制にあったのか、前者なら、まだ同情の余地はあるが…、その行き着いた場所は…この姿は、報われていると言えるのか?

「はぁ…」

 何にしても全ては済んだ事か…、全ては闇の中、答えはいつまで待ったとしても、出てくる事はない。

「サグエ殿、どうかなさいましたか?」

「別になんでも…、この遺体の奴に対して、思う所があっただけだ」

「そうですか。人も揃いましたで、始めてもイイでしょうか」

「ああ」

 薬師や治療師の他に、今から始まるモノを見るために集まった役人、その中にはアットの姿もあり、一度に多くの負傷者を治療するために…と、広めに作られた医務室は、自分達を含めて10名あまりが肩を並べる…、窮屈感はないが、どこまでも緊張感に包まれている。


---[03]---


 当然といえば当然か。

 今から始まるのは。この肉塊の解剖…解体である。

 人をこんな姿に変える力、それ以外にもヴィーツィオに繋がる何かの有無…、そもそも、人の姿をしていたシアだが、本当に人間だったのか…も、調べる必要のある事柄だ。

 国ないしは大陸全土に関わる事であり、自身の命に深くまで刺さり込んだ問題、お偉いさんたちが雁首を揃えて、ソレを見守りに来るのも、当然と言えば当然と言えるだろう。

 俺の隣に立つシオは、俺の付き添いとして来ている。

 不便だから…と、「シア」…なんて呼び名まで付けた。

 あの少年に対して、誰よりも向き合おうとした奴だ。


---[04]---


 解剖がされるとわかった時も、誰が何を言うでもなく、自分も連れて行ってくれと懇願してきた。

 誰よりも、少年を助けようとした奴で…、それらの真摯な態度を無下には出来ない。


「では始めます」

 1人の治療師が、解体用の短剣を片手に、その刃を肉塊へと通していく。

 10日の過ぎた肉塊からは、当然ながら生者のように血は出ない。

 人ではないモノに変わった…と想定した時、人じゃないからこそ、時間が経過していたとしても、何か良くない者が溢れ出す…なんて事がある…と思ったが、そういう事もないようだ。


---[05]---


 少しだけ、不安が消えてホッとする。

 人ならざるモノになっていたら…、こんな状態だとはいえ、何が起こるかわからないからな。

 最悪、身の危険に動き出して負傷者が出る可能性だって…、そんな事を頭の隅に置き続けていた。

 しかし、そんな心配の無くなった肉塊は、治療師が解剖に慣れているのか、それなりの速さでばらされていく。

 狩人が慣れた手つきで獲物を解剖する姿を連想される程の、手際の良さだ。

 だが、今回はあくまで、その謎の残る肉塊の調査…。

 肉塊は皮が剥がされ、どちらが上かはわからないが、縦にザックリと切られて、内臓などが出されていく。


---[06]---


「・・・うぷッ…」

 俺のすぐ隣で、吐き気を催す音が聞こえた。

 シオは、口元に手を当て、そして若干前屈みになり、見るからに胃の中の逆流を抑えている。

 しかし、自分がそんな状態だというのに、決して目を離す事はしなかった。

「慣れてない奴じゃ、見ているのも辛いだろ。生理的な意味でな。キツイなら部屋を出ても…」

「いいや、いる…、居させてください…。駄目だって言うなら、無理矢理にでも出してくれていいですから」

「そうか」

 本人がそう言うなら、俺が何かを言うまでもないだろう。


---[07]---


 今吐き散らかしてないなら、多分大丈夫だ…多分。


 肉に脂肪…骨…、剥いでいけばいくだけ、その量は、子供の量にしては明らかに多い量が飛び出してくる。

 最初は、見せかけで3人分の肉塊に見えるだけ…とも思っていたが…、やはりその肉塊は3人分の肉の塊らしい。

 肺も、心臓も…、臓器類はきっちり3人分、肉塊には詰まっており、3人分…という事実は、より色濃くなっていった。

 ばらしていく連中の腕の良さも目を見張るが、今はどうでもいい。

 肉を取り、内臓を出し、骨を露わにしていく中で、また1つ見えてきたモノもあった。


---[08]---


 骨もきっちり3人分だが、その大きさは同じではない。

 子供の骨に、大人の骨、大人の骨2人分も、大きさもそうだが、形からいって性別が違う…、男と女のモノだ。

 ソレが、子供の骨を抱えるように肉の中に納まり、顔は、訓練場で俺が見たように外を覗いている。

「・・・」

 部位ごとに分けられ、残った骨は、顔面だけ、そこには手を付けられずに、人間らしさを残した。


 この状態になるまで、この部屋の魔力の流れに変化はなし。

 本当に、ただ肉塊が解体されるだけとなった。

「どうですか、サグエ殿、なにか作業中に変化はありましたか?」


---[09]---


「いや、特に何もない。ただ肉がバラされただけだ」

 アットの質問に、出来る限り平静を保って言葉を返す。

「そうですか。では、ここまで何も起こらない…と言う事は、この者に問題はない…と?」

「ああ。それはただの…親子の亡骸だ。できる事なら、普通の人として弔ってやってくれ」

「調べが終わり次第、必ず」

 ここまでの事をやっている以上、最後まできっちりと調べ上げる…て事か?


「魔法使い様、コレを」

 解体に参加していた1人から、あるモノを渡される。


---[10]---


「3つある内の2つの心の臓から出てきました」

 それは、ブラン達が消える時に出てくる結晶だった…、ソレが2つ。

 それが誰の核となっていたか、どのブランの核になっていたか…、ソレは考えるまでもないだろう。

 だが、他のブラン達は、死んだ時点で体が消え、そして残るのは結晶だけだった。

 だが、この肉塊は死んでいるのに、体が残り続けている。

 それを証明するように、骨も、肉も、内臓も、何もかもきっちり3人分だ。

 他の連中と何が違う。

 ブランではない者と合わさったから…か?

 ブランではない生きた少年と、合わさったから、死んでもその体は残り続けた?

 合わさった時点で、ソレはもうブランではなく、人間だから?


---[11]---


 そもそもどうやってこれが少年の体の中に入ったのか…。

 元々体内に埋め込まれていた?

 それとも、肉塊になり果てる時に?

 前者であれば理由はいくらでも考えられる…、でも後者はどうだ?

 人間の体に、強制的にこんなモノを埋め込めて、しかも別の何かと合成できるなんて…。

 人の手でできる技とは到底思えない…。

 それこそ…、神のなせる業…だ。


「他のブランと一緒なら、死んだ時点で消えて、残るのは結晶のみ…。あくまでこのなれ果ては、元は1人の少年だった。少年の臓器等以外は確かに、ブランのモノと思うが…さて…」


---[12]---


 この状態が何らかの魔法の継続線上にあるものなら…、ブランの分の臓器が残っている理由に、少しばかりかすめるんだが…。

 俺は周りの人間に少しだけ離れるように目配せをして、その結晶を左手で握り、ソレに魔力を流し込んでみる。

 他の結晶で幾度となくやって来た事だが…。

「…変わらないか」

 他と一緒で、魔力を流し入れたとしても、何の変化もない。

 俺の視線は、解体された臓器へと向けられる。

 結晶と同じように、その肉塊たちに触れ、同じように魔力を送ってみるが…、それもまた結晶と同じ結果に終わった。

 解体される前の肉塊にも、前日に魔力を込めていたが、そちらも…そして今回も、なんの代り映えもない。


 何故ブランが、その肉を確保し続けられているのか、謎ばかりだ。


---[13]---


 かといって、俺にできる事はこれ以上なく、周りの連中も、この場での進展は期待できないと、顔を曇らせている。

「解剖になんの反応も見せず、魔力を流す行為にも、何の反応も見せない…。これは、見た目こそ不気味で、人ならざるモノになってはいますが、やはり、この状態においては、ただの死体…という見解で、問題はないでしょうね」

「…ああ」

 アットの出した結論に、俺は同意する。

「では、これ以上、ココで人を集めた問答をしていても、何の益もなりませんし、死体を弄るだけな光景を見続けても、何の利にもなりません。此度は、コレにて終了…という事で」

 周りがその言葉に頷き、俺も同じように頷く。


---[14]---


 シオだけは、頷く事はせず、いつまでもそのなれ果てを見続けるのだった。


 そのバラされた肉塊は、その後、薬に漬けたりして、人間との差異を確認していくらしいが、そこはもう俺の専門外の事になる。

 調べるのに必要なモノは残し、それ以外の不要と思われる部分は、火葬で燃やし、その灰をこの街の下…眼前に流れる大きな川へと流す。

 この国では、墓穴を掘って墓石を立てる習慣はないようで、人の名残を火で清め消し、自然に返すのだそうだ。

 その自然に帰る見送りをしたのは、俺にシオ、そして譲さんだけである。

 その遺灰を持ってくる人らを含めれば、もう少し人数は増えるが、ただの作業を担っているだけの人間をその枠に含めてもしょうがない。

 今回の一件で、他にも死者は出ているが、その者達はとっくに見送られ、川辺に遺灰を流そう…という者は、自分達以外にいなかった。


---[15]---


 袋に納められた遺灰を川へと流す。

 呆気ないモノだ。

 遺灰は一瞬にして川水に呑まれ、跡形もなく消えていく。

「・・・やるせないモノですね」

 隣に立つ譲さんは、こぼすようにそうつぶやいた。

「そうだな」

 なんだかんだ言っても、子供1人救えなかった事実は、胸を締め付ける。

 悲しみは無い、辛さも無い…、涙など流れようもないが…、未曾有の事態に、先手…先手…と対処できようもないが…、少年が死んだという事実よりも…、少年1人救えなかった事実が苦しい…。

 何があったのかを誰かに相談すれば、仕方がない…お前のせいじゃない…と、励ましの言葉を1つでもくれるだろうが…、その励ましには何の意味もないだろう。


---[16]---


 しゃがみ込み、いつまでも遺灰が流れていった川を見続けるシオは、俺以上に…まるで全てを抱え込むように落ち込んでいる。

 さっきから声こそ噛み殺しているが、目からは涙、鼻からは鼻水を垂れ流し、その事実を抱きしめている。

 励ました所で意味は無い。

 その事実はコイツが一番よくわかっている。


「ウチ…孤児だ…だんだ…」

 何度も目元を服の袖で拭いながら、振るえる声で、シオは言った。

「だがら…他人とは…思えなかった…。ウチにも…、守らな…いと…いけない子達…がいる…。シアと一緒…、あの子達の為に頑張って…騎士団に…入った…から…」


---[17]---


 少年と一緒…か。

 今まで、そう言った話をしてくれなかったが…、どこか引っかかるモノもあるな。

 オースコフの隊の屋敷で、ドルチェとシオが、何やら話していたが、その関係かもしれない。

 新人とはいえ、一応騎士団に入っている訳だし、不自由な生活からはおさらばなはずだ。

 それでも、どこまでもみすぼらしいというか、いつも通りが過ぎていた印象があった。

 いつまでも使い古された服を着ていたし、手ぬぐいとかの日用品に関してもそう…、隊の館では食事が提供されるが、大体の団員は貰った給金で、酒場に行ったり、その辺で買い食いしたりする…、でもコイツがそういう事をしている様子は無かった。


---[18]---


 それらは、今思い返せば…という、ポッと出の記憶でしかないが、シオの言葉に…それらの情景に得心がいくというもの。

 それで、鉱山孤児の少年に、自分を重ねたか…、子供達の為に、盗みを働いてでも食べ物を…、もしかしたら自分の命に代えてでも子供達を…と、行動した少年に。

 守るモノを持つ身として、シオの心情は同情に値する。

 コイツの為にも、俺の為にも、やれる事は1つだ。


「強くなるぞ、シオ」


 その震える頭に手を乗せて、出来る限り優しく撫でた。

「・・・うん」


---[19]---


 シオは、目元の涙を拭いながら、何回も頷くのだった。


 その日を境に、シオの魔法に対しての熱が急上昇し、魔力制御の訓練を倒れる間でやったり、発声魔法の呪文を事細かに聞いてくるようになって、聞いたモノを忘れないように、紙へ書き記す事も忘れず、どういう組み合わせをすればいいか聞いてきたかと思えば、翌日には下の大きな川で安全を確保しつつ、その発声魔法を練習した。

 あまり頭を使う事が得意ではないのか、呪文を覚えるのには苦労しているようだが、魔法ではない戦闘面で、騎士団に入団出来るだけの才はあり、身体能力は高い、だからなのか、呪文こそ覚えるのに四苦八苦しているが、発動させてしまえばなかなかに魔法を制御できている。


---[20]---


 最初は、魔法を使うだけの体作りができていないというか、鍛える事で戦う体を作るのと同じで、魔法を使う為に、まずは体作りから…と言う事で、魔力制御の訓練をさせていたが…、まだまだ未熟ではあっても、基礎は出来つつあるか。

 その訓練の様子を見ながら、弟子連中の訓練を、次の段階に引き上げる事を考える。

 発声魔法で、まずは、魔法をちゃんとした形で発動させる事を体に覚えさせ、その魔法を発動する感覚を体に覚え込ませて、血制魔法の下地を作る…、この段階までくれば、魔法使いとして見れなくもない…か?

 いや、まだまだか。

 何はともあれ、血制魔法の基礎もやっていけそうだ。

 ここから、この面子に、ジョーゼも入れて、アイツにも本格的に魔法を教えてやろう。


---[21]---


 そして俺も…、より正確な魔力制御を出来るようにして、魔法の精度も上げなければ、より効率よく…より正確に…、今まで通りに魔法を使っていては駄目だ。

 今までのソレは、あくまで普通の魔法使いとしての枠内、その魔法が使える…あの魔法が使える…と、ただ魔法が使えるだけだった。

 だが、これからはそれじゃ駄目だ。


 ドラゴンモドキとの戦闘が脳裏を過る。


 俺は、アレと戦える魔法使いになる必要がある。

 魔法が使えるだけじゃ駄目だ…、アレと倒せるように魔法を使って行かなければ…。


---[22]---


 結局、弓は扱えても狩りに出た事のない狩人と、今の俺は何も変わらない。

 技術だけじゃ駄目だ。

 その辺の魔人や魔物だけが相手なら、技術を持っていれば、いくらでも対処はできる。

 だが、俺が相手にしているのは、その魔人や魔物ではない…、経験が無い…、だからと言って、経験はポンッと手に入るモノでもなし…、俺はそのすぐに手に入らない経験を、持っている技術で補わなければいけない…。

 技術だけじゃ駄目な状態で、技術を頼りにしなければいけない状態…、何ともやりきれない思いを抱きながら、どこか意識が変わりつつあるように感じる弟子達に、負けないように…と自分の意識を変えよう…と思考を巡らせるのだった。


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