第四十七話…「他愛のない話と進み道」


「ぶはぁ~…」

 胸の中に詰まった空気を、気力と共に吐き捨てようと、俺は全力で息を出す。

 結局、もう少しすれば空が赤く染まる時間まで、長い事、あの会議室に詰め込まれていた。

 ドラゴンモドキの話、白い奴ら…ブランの話、封印の杭での話、俺が話をする事は予定として、大して多くなかったはずなのだが、あれやこれやと、意見が欲しい…と最後までいさせられた。

 単純な戦力で言えば、この国はだいぶ高い水準を誇っているだろう。

 俺は見ていないが、ジョーゼ達から聞いた限り、かなり巨大なブランの集合体を吹き飛ばしたって話だし…、それでも、単純な武力や攻撃力だけじゃ足りない…と、この国の上の人らは思っているらしい。


---[01]---


 結局、対物理においては強いかもしれないが、対魔法に対してはそうでもない…、魔法を扱える者が少ない弊害として、その辺の訓練とか技術を伸ばす術が乏しい現状がある。

 特にヴィーツイオ…あるいはその関係者だ。

 連中は、一瞬で大量のブランを生み出す事が出来るらしい…、ソレを考えれば、魔法に対しての対策を1つでも2つでも講じるのは、別段間違った話じゃないだろう。

 それに対して、参考までに…とあれやこれやと聞かれた。

 魔法技術に乏しい国で、魔法にどう対処していけばいいか…とか。


 人同士の争いが野盗なりの規模に縮まっている分、魔物や魔人への対応が9割以上を占めている。


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 魔法を操る魔物や魔人がいない訳ではないが、結局のところ、人間といざこざを起こす中ではかなり稀な分類だ。

 だからこそ、今まで、対魔法技術は縮小が激しい。

 今更と言えば聞こえが悪いが、それでも今からでも、その辺の対応を少しでも出来るようになりたい…のだそうだ。


「ああいう場には呼ばないでほしいものだ…」

 いくら部屋が広かろうと、場の空気に窮屈感を感じては意味が無い。

 休憩をしようと言ったって、幾ばくかお茶を1杯飲むだけの時間を与えられ、ソレが終われば、また話し合い。

 国の一大事、その話に力を入れるのもわかるが…、ああも切羽詰まったように話を続けられたら、息が詰まってそれこそ窒息死しそうになる…てもんだ。


---[03]---


「譲さんは、よく顔色1つ変えずに、ずっと話に参加できるな」

 両手の指を組んで、ソレを上へ上げ、グイッと力強く伸びをする。

 寝込んだ後のアレと比べれば、まだまだ甘いが、凝り固まった体を伸ばすのは、やはり心地よい。

「つまらなくても、息が詰まっても、胸が締め付けられても、あの場の会話は、もしかすれば、明日のオースコフで開かれている会議と同じモノかもしれません。もしかしたら、今日かも…、いえ、そんな会話すら行う時間もなく、国が1つ無くなっている可能性だってあります」

 譲さんは、自身の胸元で握りこぶしを作る。

「だから、あの場の事に思う所があっても、次は行きたくない…とはなりません。不快感を顔に出す事もしませんし、そもそもそういう事を思ってもいませんでした。明日は我が身…と、その光景を目に、その会話を耳に、しっかりと刻むだけです」


---[04]---


「・・・立派なもんだ」

「まぁ本当に思っていたとしても、ここでは言いません」

「ここでは…」

 譲さんが言い切った時、丁度俺達は宮殿を出る。

「今回の件は、そもそも不満はないし、そういう場があるならどんとこい…て話ですけど、もし不平不満があったとして、それをグチグチ言うにしたって、・・・さすがに宮殿内では言えないですかね」

 彼女は、苦笑いを浮かべながら、こちらへと視線を向ける。

 そう言うものか…。

 いや、当然か…、当然だな。

 あの小さい王様の事もそうだし、ジョーゼ達が、俺達のいない間に何回も入ったって事も聞いて、取るべき距離感とか、その類が狂っていた。


---[05]---


 この国の最高権力者の家、そして、そこで指揮を執る者となれば、ソレに次ぐ力の持ち主…、礼儀礼節、当たり前の事だ。

 兵士連中を大量にけしかけられたりなんかしたら、どうあがいても自分の首が地面に落ちる。

 勝てる…なんて、絶対に驕れない。


『こちらとしては、あなた達なら、そう言った愚痴を言ってもらえてもイイ…とは思うのですが…』

 その時、唐突に後ろから声を掛けられる。

 そこには、アット・バイネッタが立っていた。

「…ッ! 失礼しましたッ!」

 彼の姿を見て、譲さんは瞬く間に頭を下げる。


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 俺も彼女に釣られるように頭を下げた。

「謝らないでください。別に問題があったとは思っていませんから」

 そんな譲さんの姿に、アットは苦笑をしながら手をこまねく。

「いえ、身内との会話とはいえ、分を弁えない発言でした。失礼いたしました」

「ふむ…。わかりました。その謝罪を受け入れましょう。ですので、頭を上げてください」

「はい。寛大なお心に感謝します」

 譲さんが頭を上げるのに合わせて、俺も頭を上げる。

「それで、バイネッタ様は、私達に何か御用でも?」

「大した用事ではありません。世間話…程度です。あれやこれやと、忙しい日々のせいで、ゆっくり話をする時間がありませんでしたし、この瞬間だけは、国の重要人物としてではなく、1人の男アットとして、話をさせてください」


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「世間話…ですか?」


「その…レッツォの事なのですが…、アレはちゃんと職務を全うしておりますか?」

「え? あ、はい、レッツォは私の隊では欠かせない隊員です。彼無しでは装備の点検もままなりません。戦いの時も、安心して背中を預けられます」

 譲さんにそこまで言わせるか。

 まぁ、俺も剣を診てもらったりしたが、新品みたいになって戻ってきた事があったな。

 見た目に似合わず、仕事が丁寧で、物を大事にしてくれているのが、戻ってきた剣を見てヒシヒシと伝わって来た

 そう言われるだけの仕事は確かにしている…か。


---[08]---


 初めて会った時は酒に溺れていたし、そういう姿をちょくちょく見る事がある。

 人は見かけによらない…というやつだ。

「そうですか。ソレを聞いて安心しました」

「レッツォの事で何か心配事でも?」

「心配…そうですね。常日頃から心配事に苛まれていますよ。レッツォは、私にとって唯一の血のつながった家族ですから」

「あ…そうですよね。はい、すいません、そこまで思い当たらないで…」

 唯一?

「その様子だと、カヴリエーレ隊長はご存じのようですね」

 彼は苦笑を崩さず、こちらにも目を向ける。

「この国ではよくある話ですよ。父は戦兵でしたが、魔物駆除の為に入った坑道にて落盤にあい死亡、母も子供2人を養うために働き、過労で倒れてそのまま逝ってしまいました」


---[09]---


「・・・」

 よくある話…か。

 この国に限らず、いくら戦争が無いとはいえ、形は違えども、同じような話はいくらでも出てくる。

 魔物に襲われ親が死に…なんて、日常的にとは行かないまでも、聞かない話でもない。

「なので、両親がいなくなってからは、私が…。そういう訳で、どうにも、遠く離れた地で生きる弟の身が、どうにも心配になってしまって」

 気持ちは…、分らんでもない。

 俺にはまだ先の話だろうが、ジョーゼが独り立ちして、遠くの地で頑張る…なんて言われた日には、心配で夜も眠れなくなりそうだ。


---[10]---


「その気持ち、お察しします」

「ありがとうございます。そう言えば、サグエ様も養子がいましたね。彼女には、こちらも大いにお世話になっております」

「世話になってる…のか? ・・・こちらも、あの子に友達ができて嬉しい限りです。だいぶ恐れしらずな所があるから、こっちとしては、何かやらかさないか心配でしょうがないのだが」

「あははは、イイではありませんか、それをできるのが、子供の特権…というもの。子供だからこそ、大人が押し付ける肩書を気にする事なく遊べるというのは、大事な経験です。あのように心の底から笑う姿は、あの方が亡くなってから見なかった。私は感謝しているのです」

 アットは、懐かしむように目を細める。


---[11]---


 子供の特権…か。

 国のお偉いさんが言うと、言葉が何でも重く感じられるな…、それに、そう言ってもらえると、こっちもホッとできる。

「ですが、あと少しすれば、あなた達は、この国を発ってしまわれる。寂しい限り…ですね」

 あと少し…、もう少し調査をした上で、俺達はこの国を出る。


 ヴィーツィオの封印の杭襲撃から1週間、とりあえずこの期間では、そもそもこの国に来た原因の1つである魔力震は起きていない。

 封印の杭の状態が、ヴィーツィオにとって目的の成功なのか失敗なのか、ソレはわからないが、少なくとも、ヴィーツィオの仕業かも…と思われていたモノが、そいつの仕業だった…と確定できた時点で、俺達の仕事の大半は終わったに等しい。


---[12]---


 後は、もう少し異変が無いかを確認の為に滞在し、その間に、サドフォークとこの国オーロヴェストとの連携を強固にするための話し合いをしながら、サドフォークの方へ連絡を入れるのみ。

 それが終われば、この国へサドフォークが人間を寄越して、さらに密な話し合いが進められるだろう。

 この国は、狙われている…とはっきりした以上、いつ襲撃されても言い様に、防御を固めるだけ…、俺達はヴィーツィオの情報を他の国へ持って行き、共有して事に当たる…、うまく話が進めばイイが…。


「ヴィーツィオの問題が片付くまで、顔を合わせる機会もあるでしょうが、あのお方は、今でこそ友と遊ぶ姿は、他と変わらず元気そのモノ、しかし、あまり長旅には向かない身…。あなた達も危険な旅路…、もしよろしければ、あの方とご友人なられた子を、この国で保護しますが?」


---[13]---


「有難い申し出だが断る」

 アットとしては子供の王様が友と離れ離れにならずに済む…、俺としてはジョーゼを連れ回して危険にさらす事を避けられる…、言い話に聞こえるが…、俺はアットの申し出を即答で蹴る。

 正直、どこにいたとしても危険は危険だ。

 自分な居ないせいでジョーゼに危険が及ぶ可能性もあるし、俺の傍に居たから危険に巻き込まれるかもしれない、ないとはいいきれない。

 どちらの可能性もある。

 だから、可能な限り、アイツは俺の傍に居させる…、ジョーゼ自身、一緒にいたいらしいし、そう決めた。

 アイツがココに残りたいと言うのであれば、その決定は簡単にひっくり返るが、それはまた後だ。


 そもそも俺が付いていたからと言って、助けられるとは限らない。


---[14]---


 それは、肉塊になってしまったシアの姿が、自身の無力さを誘うように、脳裏に浮かび上がるからだ。

 アレを見てしまっては、自分が付いていても駄目かもしれない…と、不安が募るばかり、そんな状態で、他人にジョーゼの身柄を保護させるわけにはいかない。


「それは残念です。ですが、出発まで、まだ時間はあります。もし気が変わった時は、一声かけてください」

「ああ。自分の言葉に後悔が無いよう…尽力するだけだ」

「尽力…、先の会議でおっしゃっていた事…ですか? ブランが落とした結晶、その研究に、封印の杭への干渉…」

「人の身に余る事をしているようで、今にも怖気づきそうだがな…」


---[15]---


 あの結晶はどういう仕組みか…ブランの心臓、そしてそのブランは封印の杭をどうにかする事の出来る存在だ。

 封印の杭の中に内包されている魔力は、魔力と感じ取る事はできても、普通の魔力として扱う事ができない。

 魔力は魔力でも、アレは封印の杭…という1つの封印の歯車であり、それ相応の形へ変換されているとみていいだろう。

 俺を含め、一介の魔法使いでは、あの魔力を感じる事は出来ても操る事は難しいというのに、ブランはソレをやってのけた…、封印の杭から魔力を奪ったのだ。

 ブランがどういう存在であれ、ソレを成した…、出来る力を持っている…、なら守るためにも、こちらはソレをどうにかする術を身につけなければいけない。

 そういった事を、会議の時に俺は口にした。


---[16]---


 俺の言葉に、呆気にとられる奴もいれば、不快感を見せるモノもいた…、神聖なモノである杭を人の手で汚す技術を探る…、そう言った点で良く思わない奴がいたのだ。

 知った事ではないが。

 アットは妥当な事と頷いたし、譲さんは何処か誇らしげだった。

 とにかく、人それぞれ、思う所がある事柄だな。

「もし、技術が確立した時には、もう一度この国を訪れてほしいモノです」

「まだ出来ると決まった訳じゃない。それに、確立しなくても、もし有効な手立てが見つかったなら、改めて国家間でのやり取りが行われるだろ?」

 俺は譲さんの方へと目配せする。

 彼女はソレに真剣な眼差しで頷いた。


---[17]---


「当たり前です。これは国…いえ大陸全土を襲う問題ですから」

 自信たっぷりな顔に、俺は呆気にとられる。

「譲さんは立派だな」

「…なんですか急に? 大事な話なのですから、茶化さないでください」

「そんなつもりで言ったんじゃ…、本当に立派だと思っただけだ」

「・・・そう…ですか? あ、ありがとうございます」

 譲さんは、何処か腑に落ちないような顔を見せる。

 立派だと思ったのは本当の事なんだがな。

 俺なんかより、立派だ…、いや、立派…の意味が違うか。

 俺がジョーゼを守りたいのと同じように、譲さんもただ守りたいモノの為に頑張っているだけだ。


---[18]---


 その大きさが違う。

 見ているモノが違う。

 その視野が、俺とは比べられない程に広いのだ。

 真似をするつもりもないが、そもそも真似出来るものとも思えない。

「では、私はこれで。お互い、この「世界のため」、頑張ってまいりましょう」

 側近に耳打ちをされ、長居し過ぎた事に気付いたアットは、残念そうに俺と譲さんを一瞥し、頭を下げて、宮殿の中へと戻っていく。


「やる事は違うし、守るモノ、守りたいモノも違うが、見るべきモノは同じ。協力者が増えると、自然と安心感が増すな」

「なんですか、その言い方は? 今までは安心できなかったって事? 私じゃ不服ですか、そうですか」


---[19]---


 譲さんは腰に手を当て、下から覗き込むように睨みつけてくる。

 当然、その目に敵意は籠っていない、むしろその表情が可愛らしく見えた程だ。

「いや、譲さんがいなかったら、俺は今頃、ジョーゼの為だ…とか言って無茶ばかりして、いずれ倒れていただろうさ」

 譲さんがいなかったら…。俺1人ジョーゼ1人、目的もなく、いつ終わるかもわからない不安を抱きながら、1日を生きるので精いっぱいで、ジョーゼの為…て言葉を盾に、お互いを不幸にしていた事だろう。

 今の状態が幸福とは言えないかもしれないが、それでも悪い状況ではないと思う。

「譲さんがあの時、村に一緒に来てくれなかったら、俺は死んでいたかもしれない。生き残ったとしても、ドラゴンを倒せず、当ての無い旅に出ていたかもしれない。いつ手に入るかわからない安定を望みながら、なし崩し的な生活をしていたかもしれない。同じ道をぐるぐるぐるぐる…、ただ歩き続けていたかも…。でも今いるこの道は、それらとは全く違うモノだ。その道にいられるのは譲さんのおかげだ。この状況は結局流れに身を任せた結果かもしれないが、それでも、大きく違うモノもある」


---[20]---


「…違うモノですか?」

「自分で、良い道を見つける…そんな意思を、持つ事ができた。辛い事、大変な事も比例して多くなるが、それでも、先のある道を歩けるってのは、それだけで良い事だ」

「・・・うん、そうですね」

 譲さんは優しい微笑みを浮かべ、宿へ向け歩き出す。

 その姿は、どこか足の軽さを感じた。

「その道の先にある、幸せな未来を掴むために、頑張らないと…ですね」

「ああ」


 そうして、その日は終わった。


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