第四十五話…「沈む夢と孤独の消失」


 そよ風に草花が揺られる。

 頬を撫でる風は、暖かいようで、どこか冷たい…。

 後ろから…前の方へ流れる風は、まるで背中を押しているようだ。

 その程度で体が動く事はないが…、どこか急かされている気さえする。

 前へ…一歩でもいいから前へ…と、ただ自然の中で吹く風ではなく、俺に進ませようと流れる風のように…、誰かの意思が介入しているかのように…。

 たかだか一歩、足を前に出すだけの事だが、俺は、自身の胸にある漠然とした恐怖に、足を震わせた。

 周りには、どんどん前へと歩いて行く人だかりがあるのに…、俺はその人達のように進めない。

 老若男女問わず、ただ進む。


---[01]---


 何かを目指すかのように進む。

 俺には、その先に何があるのかわからない。

 霧に包まれて何も見えない。

 バシャッバシャッと音がするあたり…、その先には水場があるのか?

 俺が疑問に思った所で、その答えは誰も教えてくれない。

 前へと進んでいく人たちの中には、俺よりも年下な連中も混ざっている。

 中には子供もいた。

 皆、何食わぬ顔で歩いて行く。

 自分の足で歩いて行く子、両親に手を引かれ歩いて行く子…、でもそこに拒絶心は無い…、ただ歩く…、歩いて進む。

 その光景に、こうして立ち尽くしている自分こそが、この場にとっての場違い者なのだとさえ思える。


---[02]---


 実際、場違いな場所にいるだろうし、自分もなんとかしないといけないのだろうけど…。

 はぁ…と、ため息をつく。

 なんでそうしなければいけないのか、分らないのに、行かなければ…という使命感だけが頭を支配する。

 服の胸元を掴み、意を決し、一歩前へ足を出した。

 足は重い。

 鉄球でも括りつけているかのように、後ろへと引っ張られる。

 周囲が霧に包まれてから、幾ばくか歩くと、じゃぷじゃぷ…と、足を水が濡らした。

 冷たい…、真冬の川の水のように冷たい。


---[03]---


 それでも歩き続けると、気温もグッと下がったような気がする。

 霧の湿気で服が湿っぽくなり、少しだけ肌にひっつく…、だがそれも、まるで氷を押し付けられているかのように冷たさを帯び、進めば進むだけ、その冷たさは痛みへと変わり、体へ苦痛を覚えさせた。

 歩き始める前からわかっていた事だが、この霧はだいぶ濃い。

 少し離れれば、周りを歩いていた人達は見えなくなり、不気味にバシャバシャッという音だけを響かせた。

 ひたすら、そうしなければいけない…と、足を進めてきたが…、それが止まる。

 不安だった。

 怖かった。

 自分のしている事がわからず、体が震える。


---[04]---


 いつの間にか、何かにすがるように、左手で、右手を強く掴んでいた。

 強く…強く…。

 腕が自分の肌の色を忘れる程に強く、その震える左手は、爪をも立てる。

 白を越え、青白くなった肌に、爪が、指が食い込んでいく。

 次第に流れ落ちてくるのは、赤い鮮血…。

 その血は、沸騰したお湯のように熱く、右腕の肌を、指を火傷させんとばかりに溢れ出る。

 涙こそ出ていないが、今にも泣きそうだ。

 気づけば、辺りはシン…と静まり返っていた。

 静かだ…、ただひたすらに。

 さっきまで耳を塞ぎたくなる程、バシャバシャッと音を立てていた多くの足音が、今は聞こえない。


---[05]---


 ゴクッ…と喉が鳴る。

 周りがそうしていたから…そんな中身の無い理由で、自分自身…歩く理由を見いだせない中で、ただ進んできたが、何も聞こえなくなった事で、この瞬間まで目的にしていた事が無くなった…、分らなくなった

 俺は、この先に行きたい訳じゃない。

 皆がそうしてるから、そうしなきゃ…て来ただけ。

 でも、その皆もいなくなった?

 聞こえなくなった。

 置いて行かれた…。

 口元が震え出しそうになるのを、俺は必至に堪える。

 行かないで…、置いて行かないでッ…と大声を出したくなるのを、必死に我慢する。


---[06]---


 誰の言葉だったか、お前は1人だ…と言われた記憶が蘇った。

『お前は1人だから、何でもできるようにならなければいけない』

『両親がいないのだから、誰に頼るでもなく、歩き続けなければいけない』

 だから、泣いている場合じゃない。

 歩かなきゃいけない。

 バシャッ…と、俺はまた一歩を踏み出す。

 でも、その足取りはすぐに止まる。

 誰かが…、前に立っていた。

 大きい、俺の倍以上の身長があるだろうか…。

 霧で、その姿はぼやけて見えるが、その体型を見るに、男だろう。

 でもそんな事はどうでもいい。


---[07]---


 垂れ出る鼻水を、ズズッと啜り、俺はまた歩き出す。

 俺は出来る奴だ…と認めてもらわないといけないから、俺なら大丈夫だ…と胸を張らないと…。

 バシャバシャと、その男の横を通り抜けようとした時、腕を掴まれた。

 大きい手は、俺の腕を楽々と掴み取り、引っ張り上げる。

 いや、大きいんじゃない…、俺が小さいのだ。

 腕は細く、その先にある指は少し力を入れれば、簡単に折れてしまうんじゃないかと思える程に華奢…、子供の指だ。


 目と鼻の先にいるのに、男の顔はハッキリと見えなかった。

 振りほどこうとしても、子供と大人では、その力の差は、どうあっても埋める事は出来ない。


---[08]---


 そんな状態で、腕を掴まれているのに、なぜか恐怖は沸いてこなかった。

 それどころか、凍え死にそうな程に寒いこの場所で、捕まれた腕は、焚火で暖を取っているかのように温かい。

 落ち着ける…、ホッと胸を撫で下ろせる。

 男は、グイッと手を引き、俺が来た道を戻り始めた。

 グイグイッと引っ張られ、足がもつれて転びそうになると、男が支えて俺を守る…、その度に男は、焦りを匂わせつつも、安堵したように口元を緩ませる。

 顔は見えないのに、そんな男の表情の動きが、何故か見えた。

 こういう時、この男はこういう顔をするだろう…と、まるでわかっているかのように…。

 強引でありながら、どこまでも俺を気遣うように歩く男。


---[09]---


 戻る中で、何度も何度も、男はこちらに視線を向け、その度に緊張するかのように、口元を結ぶ。

 男の歩きに、こちらが慣れた頃には、さっきまで冷たくてしょうがなかった水は、ぬるま湯のようにすら思える程に温かく感じた。

 もう、冷たさも、痛みも、恐怖もない。

 この男に…、この人に任せておけば、きっと大丈夫だ。

 そして、霧を抜けた。

 その刹那、男は、霧の外へ俺を突き出すように、手を前に出して離す。

 抵抗も出来ず、する気もなく、投げられるままに、俺の体は霧の外へと出た。

 流石に唐突だったから、盛大に転ぶ。

 でも、痛みは無い。


---[10]---


 さっきの霧の中のどれもこれもが、まるで嘘のように、全く痛みはなく、その瞳に溜まり…流れ落ちるモノもなかった。

 俺はむくりと立ち上がって、霧の方へと視線を向ける。

 そこには、霧に体を包まれながら、口元に心配する色を覗かせ、こちらに力なく手を向けている男の姿があった。

 霧に包まれているとはいえ、ソレは中と比べれば微々たるもの、相当に薄まっているはずなのに、その霧に包まれている男の顔は見えない。

 それどころか、俺の手を掴んでいた手とは反対側の半身は、まるでそれ自体が霧になって霧散するかのように、煙のようなモノを立ち上がらせながら、半透明になっていた。

 男はそんな自身の体を見て、苦笑を滲ませる。


---[11]---


 そして、まるでサヨナラの挨拶をするかのように、軽く透けていない方の手を上げて、こっちに振って見せた。

 振り返り、また霧の中に…、霧の先に進んで行こうとする男を、俺はとっさに追おうとする。

 でも、行こうとした時には、誰か肩を掴まれていた。

 振り返り、そして見上げる。

 その先にあったのは、見知った顔だった。


「どこに行くの? 村を勝手に出て…、もう日が暮れるのに、今から森の中に入るなんて駄目よ?」

 姉ちゃんがいた。


---[12]---


「でもッ!」

 まだあの男の人と一緒にいたかった。

 ただそれだけなのに…。

 男の人が行ってしまった霧の方を、姉ちゃんに見えるように指差す…が、そこには霧なんて無かった。

 霧の中へと歩いて行く人だかりも、そんな人々を全て隠しきる霧も、凍え死にそうにすらなる水も、何もかもが無い。

 あるのは、夕陽どころか、その先にある夜の闇に飲まれ始める森が広がっているだけだった。

「霧? 何の話をしているの? ・・・とにかく、もう帰らないと、お婆さんが心配してるから、行きましょ?」


---[13]---


 そう言って、姉ちゃんは、その手の平に火の玉を作り出し、そして自身の赤髪と周囲を明るく照らす。

「さあ行こ?」

 姉ちゃんは踵を返す。

 村の方へと、俺の方を一瞥して、そして帰っていく。

「姉さんだって身重なんだから、わざわざ迎えに来る必要性ないだろ?」

「身重、3人目なんてできてないわよ? そんな予定もないし…、ガレス、起きながら夢でも見たの? 器用ね」

 姉さんはそう言ってクスクスと笑った。

 彼女の体は、腹も膨らんでいなければ、昔のままでスラッとした綺麗な曲線美を見せている。


---[14]---


「あ…ああ…、そうだな…。寝ぼけてたのかもな」

 自分の手を見る…、そこにあったのは子供の華奢な手ではなく、魔法使いにしては少々ゴツゴツした、硬くなったマメの痕のある手だった。


 さっきまで昼間だと思っていたのに、今はもう夜の一歩手前だ。

 だいぶ歩いたはずなのに、未だに村にはつかない。

 でも姉さんは、ソレに動じる事無く、ただ進んだ。

 視界に溢れ始める暗闇に、幾ばくかの恐怖を覚え、先を歩いて行く姉さんの方へ、小走りに近寄っていく。

 でもおかしい。

 いくら走っても、姉さんに追いつけない。


---[15]---


 姉さんは歩き、こっちはいつの間にか、小走りから本気で走り始めているのに、でも追いつけない。

 自分達との間が、どうしようもなく離れているみたいだ。

 目の前にいるのに、途方もなく遠い場所にいるみたいだ。


 太陽は沈み、周りは完全に闇へと落ちた。

 姉さんの作る魔法の火は何処までも遠く…遠く…、手を伸ばした所で、ソレは決して届く距離に無い。

 待って…と何度も言った。

 姉さんの名前を何度も呼んだ。

 でも止まらない、追いつけない。

 いつの間にか、遠くになった姉さんの容姿が変わっていた。


---[16]---


 より大人びて綺麗になった姉さん…、その傍らには、若い頃の姉さんに似た少女が、共に歩いている。

 赤髪を揺らしながら、少女は、一度だけ、俺の方を一瞥して、すぐに前を向く。

 ヴィーゼ?

 離れていた、一瞬だった…、でも、そいつの成長を赤子の頃から見続けてきたんだ…、間違えるはずがない。


 瞬く間に見えるモノが変わっていく。

 見えるのは姉さんだけだったのに、気づけばヴィーゼがいて、他にも数人…、姉さん達と歩く男女の姿が見える。

「はぁ…はぁ…」

 苦しい。


---[17]---


 村に戻る所の話じゃない。

 そんなモノは、とっくに通り過ぎれるほどの距離を走ったはずだ。

 いくら走っても、追いつけない。

 いくら呼んでも、止まってくれない。

 姉さん達は、その手の火の明かりに照らされながらも、闇に飲まれていく。


 待ってくれ。

 1人にしないでくれ…。

 姉さん達の姿が完全に闇の中へと呑まれる。

 何も見えなくなった。

 姉さんの明かりを消えた事で、目の前が文字通り真っ暗になる。


---[18]---


 目を開けているのか、それとも閉じているのか、それすらわからなくなる暗闇。

 次第に自分が何をしているのかすら、分らなくなってきた。

 走っていたはずだが、その感覚は消え去っている。

 息苦しさも消え、俺の意識も、闇へと飲み込まれていった。


 暗闇から光が入り込む。

 閉じられていた目は開かれて、朝日とは言えない真昼間の、天高く上った太陽の日差しが、窓から入り込み、容赦なく俺の目を射抜いて見せる。

「…グッ…」

 その痛みに、俺の顔は歪む。

 咄嗟に手でその光を遮ろうとするが、体は重りでも付けられたかのように重く、咄嗟に動かす事ができなかった。


---[19]---


 だが動くには動くようで、自身の反射的行動にこそ間に合わなかったものの、遅ればせながら太陽の日差しを遮ってくれる。

 咄嗟に瞑った目を薄く開き、周囲の風景を確認していくと、ほんの少しの考える間を貰いつつ、ここが宿の自分が借りている一室である事がわかった。

『やっと起きました…』

 意識の半覚醒状態の中、周囲の音をようやく聞き取れるようになってきた所で、見計らったかのように、そんな安堵するような声が聞こえた。

「・・・ねえさん?」

 その女性は、俺が寝ているベッドの横に置いた椅子に座り、読書でもしていたのか、その膝の上に本を置いて、こちらの方を覗き込んでいた。

 その姿が、どうしてもあの人の姿と被った…、だが違う。


---[20]---


 一瞬だけ赤く見えたその髪は白にも近い金髪で、その安心したようにこちらに向けてくる微笑みは、優しさよりも力強さを感じた。

 とにかく、姉さんに見えたのは一瞬だけで、俺自身もソレが人違いだとすぐにわかる。

 その女性は、驚いたように目をパチクリさせた後、まんざらでもないように、口元へ笑いを落とす。

「その響きはイイですね。…なんというのか、夢がある。一人っ子だからかな?」

 そう言って笑う女性は、アリエス・カヴリエーレ…、譲さんだった。

「悪い。寝ぼけて出たボケだ。忘れてくれ」

「ふふ。忘れろ…と言われて忘れられる程、今の言葉の衝撃は小さくありませんでしたよ?」


---[21]---


 面白いモノを聞いたから笑っているように見えて、今この瞬間の譲さんの笑みは、悪戯をする時の子供のソレだ。

 良くない相手の前で目を覚ましたもんだな。

 まったく…、内容はもう朧気になっているが、起きる直前まで見ていた夢のせいだろ…。

 夢はそのほとんどが消えつつあるし、何とも言えないが、胸にはただ寂しさだけが残っている。

 勘弁してほしいもんだ。

 だが…、小っ恥ずかしい事をしてしまったが、それでも、この寂しさを抱えて目を覚ました時に、誰も傍に居ない…て状態になっていないだけでも、救いはある…か。

「…とまぁ、冗談はそれくらいにして、サグエさん、体調の方、何かおかしな所はありますか? 痛い所とかそういうのは? 今、顔色が良いように見えませんでしたが…、もしかして体調に良くないモノでも?」


---[22]---


 ひとしきり笑った後、譲さんはいつもの真面目な表情へと戻っている。

「夢見が悪かっただけだ…」

 ドラゴンモドキと戦っている時、譲さんに対して、鎧のせいで表情こそわからなかったが、どこかいつもと違う印象を覚えて、幾分か心配があった…、でも、この様子なら気にする所は何も無さそうだ。

「体調の方は…特に何も。身体は重く感じるが、体調が悪いとか、そういうモノじゃなさそうだ」

 俺はゆっくりと体を起こす。

 体中が凝り固まって、ギシギシと音を立てそうだ。

 だいぶ長い事眠っていた感覚、頭が重い…、思考が硬い…。

「少し体を動かせば、調子を取り戻すだろ」


---[23]---


「…ですが…」

 心配そうな表情を浮かべる譲さんを尻目に、グイッと力一杯伸びをする。

 バキバキッと固まりきったものが、一気にほぐれていく感触は、まさに…心地良い…の一言だ。

 きっと、今の俺の表情には、スッキリとした爽快感のあるモノが浮かんでいる事だろう…、そう思う得る程に気持ちよかった。


「・・・まぁ、サグエさんがそう言うのなら…、きっと大丈夫でしょう。では起きて早々申し訳ないのですが、少し仕事の話を…。眠る前の事は、どこまで覚えていますか?」

「どこまで…?」


---[24]---


 眠る前…か。

 ん~…、よく思い出せん。

 辛うじて思い出せるのは、フォーと石弄りをしている事ぐらいか?

 それを譲さんに伝えると、少し悩むような顔を見せつつ、頭を横に一振りする。

「わかった。じゃあ掻い摘んで説明します。サグエさんが眠っていたのは3日程、あの白き者達との戦闘終了後、街の状態や情報の、大まかな整理が済んだ頃に、あなたは倒れるように眠りにつきました」

「それから3日間眠り続けた…と」

「はい。一応、薬師の方にも診てもらって、身体的に問題が無い事は確認がとれていたけど、さすがに3日は寝すぎです。丸1日目を覚まさなかった時点で、ティカやジョーゼさんが大騒ぎして、なだめるのに苦労しました」


---[25]---


 それはまた…。

「今は2人とも下の食堂で食事を取っています。そういう口実でもないと、2人してこの部屋で、置物みたいにジッとしっぱなしだったから、無理に連れ出しました」

 心配どころか、苦労を多分に掛けたようだ。

 はぁ…と譲さんがため息をついた所で、部屋の扉が開かれる。

 入って来た人影は、俺の顔を見るなり、胸へと跳びついてきた。

「あッ! ジョーゼちゃん、走るのは良くないぞッ! ご主人はおねんね中なんだからッ!」

 そして、遅れてティカが扉から顔を覗かせ、俺の顔を見るなり、垂れた獣の耳をピンッと一瞬だけ立たせて、安堵するように息を吐いた。

 今の会話からして、俺の胸に跳び込んできたのはジョーゼ…か。


---[26]---


 視線を少し下げれば、すぐに赤い髪が目に入ってくる。

 そう…この赤髪だ。

 まったく…、親子姉妹揃って綺麗な赤色をしてよ…。

 少しだけ、見た夢を思い出す…てもんだ。

「いやぁ~、ようやく目を覚ましたかご主人、どえらいお寝坊さんだなッ!」

「それは悪かった…」

 確かに寝過ぎだ。

 単純な疲労ならこうはなるまい。

 無理な魔法行使に、過度な薬の接種…、多分一番の原因は薬の方か。

 体内の魔力をいつも以上に作り出させる薬…、当然、体の体への負荷も大きい。

 普段薬を飲む事なんて無いから忘れていたが、確かに昔、薬を使って無理に魔法練習をしていた時にも、何日も寝続けた事があった…か。


---[27]---


 アレも姉さんとか婆さんに、あれやこれやと…多方面から説教を飛ばされたな。

 だがしかし、今回のソレは私欲じゃなく、本当に必要だった。

 だから薬の使用自体に後悔は無いが…、俺が良くても周りが同じ気持ちとは限らないな。

 特に、ジョーゼにはだいぶ心配をさせてしまったらしい…、この状態を見れば、何となく察しが付く。

 何気なく頭を撫でたが、振るえているのがわかる…、抱き着いている手も同じだ。

 ジョーゼの事を思うと、さっきまであった寂しさ…、孤独感は薄れるな。

 むしろ、俺じゃなく、コイツに同じモノを味合わせちゃいけない…と決意めいたモノを固められる。

「では、ティカ。サグエさんも目を覚ました事ですし、まずは方々に報告をしなければいけないので行きましょうか」


---[28]---


「え? ・・・あ~…、・・・そうだなッ! じゃあティカは、ご主人の為に、食べやすいモノでも作って来よう。あッ! ジョーゼちゃんは、ご主人が無茶をしないように見張っててねッ! じゃあご主人、また後でなッ」

 ティカはそそくさと部屋を後にする。

 あからさまな気遣いにも見えるが…、まぁ、何か食えるモノを作ってきてくれるのは、正直ありがたい。

 寝起きでまだはっきりとしていないが、腹もきっと空いている事だろうし。

「では、私も」

 そう言って、譲さんもこちらに頭を下げる。

「サグエさんの体調が戻り次第、今回の出来事に関して、話し合いをしますので、余裕があれば、諸々の整理をしてください。ティカに言えば、大体の事を答えられると思うので。それまでは、絶対安静…と言う事で、後で薬師の人も寄越します。それまではごゆるりと」


---[29]---


 譲さんが部屋を出ていく。

 言われた事に対して、気後れしそうな部分はあるが…、まぁそれも追々…だ。

 まずはお言葉に甘えて、ゆっくりとさせてもらおう。

 あれだけ落ち着いていたのだ…、一応の問題は、一旦は解決…落ち着いたと見て間違いないだろう。


 俺は、少女の頭をとにかく優しく撫でる。

 自分だって寂しさ…孤独を感じる時があるのだ。

 でも、俺にはジョーゼがいる、譲さんがいる、ティカがいる、弟子もいる…、自分は孤独じゃないんだと言い聞かせながら、窓から見える青空を見た。


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