第三十七話…「合間の反省時と意思」


『アレっちの方、大丈夫?』

『だってさ…。どう?』

『少しは…良くなりましたけど…、全身が怠くて痛いです…』

『痛いって、どのくらい?』

『初めて騎士団の訓練に参加した時の夜ぐらいです…』

『うっわッ。それはヤバいヤバうぃ。その日、私は全身が悲鳴上げて寝れんかったもんねッ! シオっちはどうよ?』

『ウチは、兵学院の方で同じような訓練していたから別に…。でも、そっちの訓練を初めてやった日は、寝れなかったかな』

『ふむふむ、やっぱそうだよねぇ~』

『そんな事より、先生の方はどうなのさ?』


---[01]---


『どうって言われても、左手の傷は塞いだし、布切れ巻いたから、これでバッチ問題なしよ。そっちは?』

『パッと見で酷い怪我はないよ。所々青アザができてるっぽいけど、死にやしない』

『無茶するぜぇ…全く』

『今の僕達で…あの危機的状況を打開…するには…ああするしか…イッだッ!』

『あ、ごめん』

『お~お~、アレっちらしからぬ豪快な叫びよの~。にしても、あっという間だったな』

『いやだって、発声魔法だし』

『そこよなぁ~。そもそも、魔力の扱いを覚えている中で、発声魔法をかじるかかじらないか…程度の知識しかない我々では、隊長先生のようにはいかぬも道理よ』


---[02]---


『一応、効果時間が伸びるようにはしたよね?』

『魔力を与える型で、結構、基礎的な並びにしたんだけどにゃ~。…ミ…シュターク…マグシクラフト…バイバハルトン…これで強化と保持なはず。バイバハルトンが保持する意味を持ってるはずだったけど、思ってた以上に早かった』

『まぁ、とにかく、先生が無事だったから、今はそれで良しとするしかないね』

『そうだにゃ~』



 誰かが話をしているのが耳へと届く。

 目を開けるが、視界がぼやけてその話をしている連中の姿がぼやけるばかりだ。

 声は聞き覚えがある…というか、知っている連中のはず。


---[03]---


 でも、頭が寝起きのようにモヤモヤと霧がかかって、考えがはっきりしない。

『お? 隊長先生、起きたか?』

『ほんと?』

 話をしている連中の中で、1人はやけに顔が近い…。

 無機質で、無表情な女の顔だ…。

 作り物っぽいその表情に、正直寒気を覚える。

「・・・」

 寝起きのような…というより、俺はまさに、今眠りから覚めたばかりなんだろう。

 その割には、体は重々しく、疲れが取れたとは到底思えないが…。

 目を開け…、嫌でも頭が徐々に覚醒していく。

 そして、はっきりとしてきた目が見た最初の光景は…。

「隊長先生、どっか痛いとこあったりするべか? あるならあるで、早くいっておくれ? 心配だかんなぁ」


---[04]---


「・・・」

バチンッ!

 視界一杯に広がる不気味さすら感じる無表情な女の顔…、お面…作り物ではあるが…、目覚めたばかりの頭はその情報を処理しきれず、思わずその顔を叩いていた。

「いったいッ!? 何するのさッ!?」

「いや…反射的についな…」

「つい? ついって言ったッ!? それが介抱して膝枕までしてもらった人への行動かいッ!?」

 そりゃあ、その言ってる事だけで判断するならあり得ないけど、いくら何でもそれ以外が不気味過ぎる…。

 ブツブツ…と、愚痴をこぼしながらそのお面の位置を直す姿は、子供が見れば泣き出しかねない怖さだ。


---[05]---


「悪かったな。重かったろ?」

 何はともあれ、膝枕…膝枕か…。

 意識が覚醒し、全身の感覚が正常に戻っていく中で、後頭部に感じている柔らかさには気恥ずかしさを覚え、早々に俺は体を起こした。

 しかし、それにしても怠さは残る…。

 部分的にではなく、全身に…だ。

「ちょっとッ! 謝ってくれるのはいいけど、一緒くたにしないでよッ、ねーッ!? 介抱した人に叩かれる心の痛みは、想像を絶する傷を与えてくるんだよッ!? それに、自分より若い娘に膝枕をしてもらったんだから、お礼の1つだってあってイイと思うんだよねッ! 私はッ!!」

 お礼を言う場所はそこじゃないと思うんだがな。


---[06]---


「シオ、状況はどうなってる?」

 俺は隣でアレンの手当てをしているシオに顔を向ける。

『無視しないでよッ!』

「・・・お礼の言葉は後回しだ。それより大事な事がある」

 俺は、フォーの肩を叩く。

 今はそれどころじゃない。

「むううぅぅーーー…」

 両手をブンブンッと上下に振って、抗議の意を体全体で見せてくるが、そのお面のせいで不気味さに拍車が掛かっている。

 今はソレを見なかった事にしておこう。

「今、カヴリエーレ隊長が、先生に代わって戦ってくれてる」

「そうか…」


---[07]---


 気を失う前に、譲さんの声が聞こえたような気がしたが、気のせいじゃなかった…て事か。

「俺はどのぐらい気を失ってた?」

「そんなには。ヤカンのお湯を沸かすぐらいの時間かな」

 それはそれは…。

「長いような短いような…」

 俺は左手で額を押さえる。

 額越しに伝わる布の感触…、傷が残っているような痛みは感じず、フォーの言う通り手当てをしてくれた事を実感した。

 だが、その事で話をするのは後だ。

「ここは何処だ?」


---[08]---


「訓練場と外を繋ぐ通路だよ」

「向こうの状況は?」

「よくわかんない。カヴリエーレ隊長が来てからすぐに、隊長先生を命令で引っ張って来たから…。でも、カヴリエーレ隊長の指揮があるから、やられっ放し…て事は無いと思うぞ…」

 フォーが、抗議をあらかたやりきって、説明に加わる。

「そうか」

 不安は残る…が、譲さんがいるなら、幾分か余裕はあるだろう。

 正直な事を言えば、すぐにでも戻りたい所だが…、がむしゃらに戻っても、また無茶をして潰れるのがオチだ。

「アレンはどうしたんだ?」


---[09]---


 シオに手当てをされているアレンは、見た目こそ怪我と呼べる怪我をしていないように見えるが…、えらくつらそうな表情をしている。

「隊長先生を助けるためにがんばったのだよッ」

 がんばった…か。

 確かに、最後に見たこいつと比べれば、力を出し尽くしている感を感じるが…。

「ウチとフォーで、発声魔法を使ってアレンの体を強化したんだ」

「そうそう、強化を維持するのも忘れずにやってな。想像以上に怪物化したぞ、魔法って怖い…。でも、すぐに魔法が終わってこんな状態に…よよよ…」

「すいません師匠…、付け焼刃…ではありましたが…、僕が不甲斐ないばっかりに…」

「容態は?」

「とにかく怠い…ですね。あと全身が筋肉痛で…痛いです」


---[10]---


「なるほど、大体わかった…」

 俺は怠さの残る体を動かし、アレンの額に左手を当てる。

 その体は風邪をひいている時のように熱くなり、額は若干汗ばんでいた。

「魔法で強化する前に、体に変な所はあったか? 怠いとか、痛いとか」

「いえ、あり…ません…」

 なるほど。

「じゃあ、こんな状態になったのは、魔法のせいというより、アレンのせいだな」

 俺は、腰の小物入れから、棒状の小瓶を取り出し、蓋を取る。

「アレン。口を開けて舌を出せ」

「え? あ…」

 彼は不思議そうな表情を見せるが、すぐに舌を出す。

 そこへ、小瓶の中に入った液体を2滴程落とし、それを飲ませる。


---[11]---


 その時のコイツは、なんともいえない複雑そうな表情をしていた。

「隊長先生、それは何だ?」

「魔力促進剤だ。体の中の魔力を作る手助けをする」

「まっずい…です…」

「我慢しろ。今の量だと効果なんて微々たるものだ。焼け石に水程度だが、その程度でも今のお前には必要だろうよ」

「隊長先生、結局アレっちはどうなんだ?」

「簡単に言えば、極端な魔力の使用で、極度の疲労状態、魔力が切れてるせいで、症状を和らげる事も治す事も出来てない。どれだけ強い強化をしてたか知らないが、強化の反動に体が堪えられずに負荷も多く掛かって、動けない程痛むんだろう」

「えぇ~…、でもでも、私達、そんな強い強化はしてなかったぞ?」


---[12]---


「呪文は?」

「…ミ…シュターク…マグシクラフト…バイバハルトン…」

「・・・確かに呪文自体は、強力なモノじゃないな」

「だろだろ? 半人前のさらに半人前な私達じゃ、できる事なんて限られるし、出来る範囲でやったつもりなんだが…」

「やった事を責めるつもりはないが、実戦でやるには博打が過ぎる…、気を付けた方がいい。特に魔法はな」

「「わかった…」」

「すいません…。

「でも、なんで呪文はちゃんとしてたはずなのに、効果が強くてすぐ終わっちまったんだぜ?」


---[13]---


「発声魔法は大まかな枠組みしか作れないからだ…。お前達も口開けろ」

「うぇ?」

 フォーの質問に反応しつつ、二人にも薬を数滴飲ませる。

「うわッ! マッズ…! この世の飲み物じゃねぇッ! こんにゃろーーーッ。何混ぜたらこんなクソマズいもん作れるんじゃい!!」

「うえぇ~…」

 確かに、味に関してはどんなに舌ベタがいたとしても、美味い…なんて感想を述べる輩は出てこないだろう…味をしているがな。

「発声魔法は、呪文を知っていて、ある程度の魔力操作ができるなら、誰にだってできる。だが、細かな形作りはできん。魔法を徹底的に簡略化させたのが発声魔法だからな」

「クソマズな味がいつまでも消えないんだけど…」


---[14]---


「しばらく残り続けるから我慢しろ。で…だ…」

 俺も少し薬を飲む。

 分かっていたとしても…、覚悟していても…、やはりマズい…。おまけに吐き気までもよおす始末だ。

 その吐き気ごと、胃袋の方へと飲み込んで…、フォー達の方へと向き直る。

「発声魔法は、簡単に言えばどんぶり勘定。いくら魔法を強化しようと…、いくら長続きさせようとしても、同じ呪文でも、使う魔力量で効果も持続時間も変化する。魔力が少なければ弱くなるし、すぐに終わる。逆もまたしかり」

「でも、私達、ガッツリ魔力を使ったぞ?」

「はい、魔力が少なかったって事は無いと思うけど…、現にアレンは相当強くなってた」


---[15]---


「今の話は、魔法自体の効果の話、すぐに魔法が終わったり、強くなったり…の原因は、アレンの方だ。たとえ話だが…、もし同じ料理を同じ量だけもらったとしても、食べ方次第で食べ終わる早さも、腹の調子も変わるだろ? アレンは大方、身に力が入り過ぎて魔法の効果を引き出し過ぎて、それに応じて魔力消費も早まったんだろう。思った以上に強くなれて、思った以上に早く終わったのはソレが理由だ」

「なるほど…」

「なまじ魔力の扱いを覚えている分、体を強化する魔法を操れたのが問題…なんだろうな」

 自分が使った魔法じゃなく、相手に掛けてもらった魔法でそう言った影響があるのは、少しばかり驚きだが…、他人が発動した魔法…て所も、無理に拍車をかける要因になっている。


---[16]---


「とにかく…、今度同じ事をする時は、ただ魔法を発動するんじゃなく、どう魔法を使うのか、魔力的な面を意識する事だ。最悪、体に無理が来てぽっくり逝っちまうぞ」

「マジ?」

「ああ、マジもマジだ」


 ドカンドカンッと何かが破裂するような音がこだまする。

「何の音?」

「訓練場の方からじゃ?」

 そうかもしれないし…、そうじゃないかもしれん。

 訓練場からしたにしては、音が小さいような気がする。


---[17]---


 何かが爆発しているのなら、音以外にも少しは振動が来るはずだ。

 ソレが無い辺り、外の問題の可能性が高い。

「お前ら、外の状況は見たか?」

「いんや。私達、出口の近くまでは行ったけど、早く戻ってやれって言われて、出る前に引き返したから」

「そうか…」

 この国は、普通の国とはちょっとだけ違う…。

 外でも問題が起きている以上、そう言った家々で、俺らが予期できない事はあるだろう。

「外も気になる所だが、こっちも放っておける問題じゃないからな」

 外は外で、そこの連中を頼るほかない。


---[18]---


「アレンが動けるようになり次第、コイツを外へ連れていってやれ。外にいる訓練場にいた連中と合流するんだ」

「隊長先生はどうするんだ?」

「俺はもう一回訓練場の方に戻る」

「でも、隊長先生だって限界じゃろうに」

「それでも…だ。譲さんが合流してくれたなら、まだやりようはある」

 ドラゴンの問題は、避けて通りたくない問題でもあるしな。

「じゃあ、ウチも行く」

 シオが、俺の腕を浮かんで、真剣な表情で訴えてくる。

「シアを放って、全部を任せるなんてしたくない…。あのドラゴン、あの子と何か関係があるんだろ?」


---[19]---


「ああ、大アリだ。あのドラゴンが、どういうモノなのか、それはハッキリしていない…、だが、恐らくあのドラゴンを動かしているのは、あの子供だろうよ」

 言うべきかどうか、迷いが無い訳じゃないが…、それでも話をはぐらかすにはあまりに真剣な目をしていた。

「仕組みがわからない以上、止めるために大本を絶つ可能性もある。付いて来ても、見たくも無いモノを見るかもしれないぞ?」

「・・・くぅ…」

 大本…つまりはあの子供の命をどうにかする可能性もある事。

 これがヴィーツィオの仕業だって言うのなら、見過ごす事は出来ない…、そうでなくても、手をこまねいて見て見ぬふりをする地点はとうに過ぎているが…。

 脳裏をチラつくのは、誰もいなくなり、ボロボロになった故郷の光景だ。

 この国の人間には何の義理も無い…、でも、もうあの光景を…見たくはない。


---[20]---


 止められるかもしれない場所にいて、何もしない…は、先に逝っちまった村の連中に顔向けもできなくなる。

 放置しようものなら、いずれそのしわ寄せが、自分に…、ジョーゼに向くだろう。

 それはダメだ。

 だから…だから止められるなら、子供だろうが切り捨てる。

 もちろん、それをしないために動くが…。

 向こうで戦っている時は、それしか方法が無いと思ってたけど、今は不思議と他にも方法があると思える…、何の根拠か、これなら大丈夫…とさえ思えてる。

「アレを止めるって事がどういう事か…、わかってるか?」

 でも最後の手段を取らなきゃいけない可能性は、依然と残る

 だから俺は知っておかなきゃいけない。

 その止める事の意味を、シオは理解しているのか?


---[21]---


 俺はあの子供が、どういう人間か、それを知らない…、会ったばかりで会話も数える程…、当然な話だ。

 おかげで、同情はしなくて済んでいる…。

 相手が子供…て事実は、確かに引っ掛かりを感じさせる部分ではあるが…、それでもやる事に支障を来す事はないはずだ。

 でもシオは、理由は知らないが、身を寄せ過ぎている。

 俺の問いに、シオは口をつぐみ、眉をひそめ、その目に動揺が走った。

 それでも、僅かな間を置き、表情こそ変わらないものの、シオは頷く。

「・・・」

 その場しのぎの肯定か否か…。

 どっちだろうな。


---[22]---


 まぁ、その場しのぎに自分の感情を取り繕えるなら、騎士団へ入る前に、セスといざこざを起こしたりせず、のらりくらりと避けていってた…か?

「まぁ、最終手段は褒められた事じゃない…が、あくまで最終手段だ。そうならないよう…手を貸してくれ」

「・・・うんッ!」

 何か言いたげで、不安そうな表情だったシオの顔に光が戻った。


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